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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 人生のアップグレード
39/60

39 想と果林のエントロピー

 いつかはこんなシチュエーションに遭遇するのではないかと、心のどこかで思っていた。

 少年が昨日の夜少しだけ考えた、人生初の「修羅場」。

 修羅場と言っていいかどうかはわからないが、嬉しいような、恥ずかしいような、思い上がりだろうと思っていたソレが、次の日早速訪れると誰が想像していただろう。


 家を出たところで遭遇した、アシュレイ。

「おはよー、想! ここがアナタの家なのね」

 そこにやってきた、果林。

「そーちゃん。……その人、誰?」


 見知らぬ金髪女子高校生を敵と判断したらしい果林が、少年に駆け寄ってきて右腕にしがみついてくる。

「同じクラスになったヤツだよ」

「Hi! アシュレイです。よろしく」

「……そーちゃんはかりんの王子様だからね! エントロピーなんだからね!」

「Oh」

 突然かみつかんばかりの勢いで吠えられて、アシュレイが足を止める。

 想はそれに大いに呆れて、絡み付いてきた腕をほどいた。

「なんなんだよ。初対面の相手に失礼だろ?」

「だって。そーちゃん、前も同じクラスのヤツだよって言ったじゃん」


  ――はあ?


「前みた時は、全然こんな感じじゃなかったのに。ズルイ! 整形したの?」

「なに言ってんだ、お前」


 プリプリと怒り、頬を膨らませていじけているかと思ったら、今度は想の胸をポカポカとたたき始めている。

 おとなげない二十歳の様子に呆れていると、想の頭にある可能性が閃いた。


「お前もしかして、柿本だと思ってんの?」

「カキモト?」

「学校に来た時にやりあってた眼鏡」


 脳内で照合が済んだのか、果林はしょんぼりとしぼんでいく。


「……違うんだ」


  ――やっぱ規格外だな。


「想、チコクするよ。行こ!」


  ――やっべえなあ。


 可愛いクラスメイトのお誘いに、心のネジがギュンっと緩む。果林はその緩みに勘付いたらしく、少年の前で悲愴な表情を浮かべている。

「そーちゃん……」

 うるうるとした瞳は相変わらずチワワのようだ。そして少年はチワワを可愛いと思ったことが、まだない。

「同じクラスになっただけだからな」

「そーちゃんの嘘つきっ!」

 このセリフなら走り去って良さそうなのに、果林がとった行動は王子様に抱きつく、というものだった。


  ――おーい、超幸運! たすけてくれー!


 なんとなくそう考えただけだったのに、第二段階の威力は恐るべきもので、エスポワール東録戸の一〇三号室の扉が開いて四谷が姿を現した。

 まっすぐに修羅場へと歩いてきて、隣人の肩をポンと叩く。


「森永さん、回覧板です」

「え? あ、四谷君」

 果林は少年に抱きつくのをやめると回覧板を受け取り、慌てて部屋へと戻っていった。


  ――すげえスイッチの入り方するな。


 それが果林にとって通常の反応なのか、超幸運の力なのか。普段の電波受信状況からいって判別がつかない。


「諌山君、おはよう」

「……おう」

 四谷はチラリとアシュレイに目をやったものの、無言のまま踵を返し部屋へと戻っていった。

「彼、オトモダチ?」

「ああ」

 この一連の流れをどう思ったのかわからないが、金髪碧眼の美少女はニッコリと微笑んでいる。

「想、さあ、いきましょー!」


 色々と考えることがあったはずだ。

 でも、頭がよく働かない。 

 

  ――どうもダメだな。


 少年は反省しつつも、この笑顔にはどうも弱いらしいと素直に敗北を認めて、クラスメイトの後に続いて歩きだした。



 アシュレイ・ウィリアムズは目立つ。


 金色の髪がふわりと揺れては輝き、大きな碧い瞳はパタパタ、星の光のように瞬く。

 短いスカートからスラリと伸びた長い足はリズミカルに、堂々と歩みを進めるし、つややかな唇からこぼれるのは流暢な日本語で、周囲にいる普通の高校生たちを安心させてくれる。

 気さくなキャラクター、軽妙なトーク、スタイルも抜群なハーフの美少女転校生。

 クラスの人間のみならず、学年、いや学校中の生徒を男女問わず魅了している、らしかった。


 休み時間が来るたびに、教室の中からも、廊下からも視線が突き刺さる。


  ――参ったね。


 噂の金髪美女を見たいという好奇とともに、なんでお前? という嫉妬や疑問がそこらじゅうで弾けているのを少年は感じていた。


  ――隣なだけなんですけど。


 偶然隣になっただけだ。あいうえお順だから。諌山の「い」とウィリアムズの「う」のせいだ。ついでに、家が近かったし、「日本語が上手だね」と言わなかっただけ。

 その偶然の積み重ねが、眩しい笑顔とか、親密そうに見えてしまうボディタッチに繋がっている。


 アシュレイの視線はいつも想に向いており、それに何故か、お坊ちゃままで妙な反応をしてきたり。


「諌山君、これ好きだったよね」

「Oh、これはナンですか? レン」

「これは筑前煮の、筍だよ」

「想が好き? これ、オイシイ?」

「うまいぜ」


 こうなれば仲島も、親友に食べさせたいおかずを美少女に渡すしかない。

 遠くから柿本の冷たい視線を感じるわ、クラス中から羨望のまなざしで見られるわ、親友とのコミュニケーションが途切れるわで踏んだり蹴ったりの時間を必死に耐えている。


「じゃあ諌山君、君にはこっちを」

「コレはナニ?」

「しいたけだよ」

「シータケ!」


 再びオススメのおかずを奪われ、坊ちゃまの眉間に皺が寄る。しかし紳士である彼が苦情を言うわけもなく、楽しいランチタイムは過ぎていく。そんな親友にいくらか友情を返そうなんて気分になって、たまーに放課後は仲島家へ一人で赴いたりもする日々。



  ――モテてるわー。


 ペットボトルのお茶を空けながら、浮かんできた笑みをこらえきれずに少年はニヤついている。


「別に俺はみんなに慕われたい、なんて願った覚えはないけどな」

「すべては諌山想の人格のもたらしたものだ」

「やめろよ」


 家事から解放された男子高校生は久々に秘密基地にやってきて、電源を入れていないコタツに足を突っ込んでリラックスタイムを楽しんでいた。


「なあ、願いを二つ以上並行して叶えるのは無理なんだよな?」

「その通りだ」


  ――お前が勝手にかなえちゃうなんてことはないのか?


「ない」

 冷静な顔が、簡潔に答える。

「声に出さない質問には答えないんじゃなかったのか?」

「私はなにも言っていない」


  ――ないって言ったじゃねえか。


 今度は返事はなく、超幸運は澄ました顔で黙っている。

 そしてしばらくの沈黙の後、少年の耳にこんな声が聞こえてきた。

「幸せそうで結構なことだ」

「……お前の願ったとおりなんじゃねえの?」

「その通りだ」


 その返事にはどこか違和感があって、想は手に持ったボトルを口に当てる寸前で止めた。


  ――なんかヘンだな。


 胡桃色の長い髪が、開いた窓から入ってきた風で揺れる。

 伏せられた睫毛に隠れて、超幸運の瞳は見えない。


 少年が考え事をするために保っていた沈黙は、次の瞬間破られた。


「四谷くーん! そーちゃん来てるー!?」


 黙ったまま、四谷の顔が少年の方を向く。


「応対しても構わないだろうか?」

「えーと……」

「四谷くーん! 誰といるのー? そーちゃんでしょー!」

「聞こえてんのか?」


 少年と超幸運の声は小さい。それでも聞こえるのは、ボロアパートの壁の薄さのせいだろうか。


「森永果林は諌山想に会いたい気持ちが強い。それで、聞こえるのだと思われる」

「なんだよそれ」

「今出なければ、諌山想が帰宅する際に猛烈なアタックを受けることになるがいいだろうか?」

「今なら猛烈じゃないのか?」

「多少は」


 それにやれやれと肩をすくめ、じゃあ今で、と返答をすると超幸運は立ち上がって部屋の扉を開いた。


「あ、四谷君! あー、やっぱりそーちゃんがいたー!」

「よう」


 お隣の成人女性は部屋の主を無視して中にあがりこむと、想のすぐ隣に座り込んできた。


「そーちゃん、寂しかったあ。全然会えなかったから」

「そうか?」

「そーちゃんも寂しかった?」

「別に」


 ぷうっと頬を膨らませた果林の向こうから、四谷がゆっくりと戻ってくる。

 二人の向かいに正座して座った家主を、お客は完全にいないものとして扱うつもりらしい。


「もうあの子と一緒に帰っちゃやだよう」

「あの子って?」

「あの外国人の子。そーちゃん、わかってて言ってるでしょ。イジワル!」


  ――知らねえっての。


 しらけた表情を浮かべる王子様に、果林はあからさまにガッカリしたようだ。


「ねえそーちゃん、浮気はしてもいいけど、最後はかりんのところに戻ってきて」

「浮気って。それ以前に付き合ってもいないんですけど?」

「あれえ? なんで? そーちゃんはエントロピーなのに?」

「エントロピーってなんなんだよ」

「えー? あのねえ、サッチが言ってたんだけど、男の子はみんなエモノなんだって」

「エモノねえ」

「でー、エモノじゃないのがエントロピーなの」


  ――おい四谷、エントロピーってなんだ?


 チラリと超幸運に目をやると、微動だにしなかったがちゃんと返事があった。


『森永果林が言っているのは、男は皆エモノ、つまり獣であり、すぐに性的な交渉を求めてくるものだという友人の教えだ。理性でそれを抑えて求めてこないものがエントロピー、つまりジェントルマンであり、彼女にとっての王子様にあたる』


「ジェントルマンね」

「そう! それだよ! やっぱりそーちゃんは王子様なんだ。わかってくれたんだもん」

 果林は嬉しそうに笑うと、想の胸に顔を押し付けてきた。

「そんなヤツ、いくらでもいるだろうよ」

「そんなことないの」


 茶色い頭がスリスリと胸のあたりに寄せられて、想はどう対応したものか苦い顔をしたまましばらく耐えた。


 そろそろいいかなと引き離そうと思ったところで、果林の頭が小刻みに震えだし、更にはすすり泣く声まで聞こえてきて、十六歳のモテ期ど真ん中の少年はますます困ることになってしまった。

 

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