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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 人生のアップグレード
38/60

38 新生活にしかけられた爆弾

「お帰りなさい!」


 少年の帰宅を出迎えたのは晴れやかな笑顔を浮かべた母で、げっそり、ぐったり、今にも吐きそうのオンパレードだったこれまでとはうってかわって、気分も機嫌も良さそうであり、顔色もすっかりヘルシーになっていた。

「ただいま」

 それに少しだけ面食らいながら、カバンを置き、上着を脱いでソファの上に放り投げていく。

「随分、調子良さそうじゃない?」

「そうなのよ。今日はすごく、気分がいいの。終わったのかなあ、辛い時期は」


  ――願いが叶ったんだな。


 やる気まんまんの超幸運のおかげなのだろう。ここから新しい命の誕生までは平穏で、不幸な非常事態は起きないよう約束されている。

「久しぶりに清々しい気分だわ」

 いつもは寝ていた跡がついているソファはふんわりと盛り上がっているし、部屋も片付いている。少年の日課になっていた掃除や洗濯などの家事はすべて済んでいるようだ。

「おかげで張り切っちゃった」

「あんま無理すんなよ」

「なに言ってんの、寝てばっかりもかえってよくないんだから。動ける時には動かないとね」


  ――まあ、ヒマだったよな、どう考えても。


 毎日バリバリ働いていた上に、(ヨソ)の男といちゃつくバイタリティもあったわけなのだから、ずっとグダグダごろごろしていたのは母にとって不本意な状態だっただろう。

 息子はそう考えるとふっと笑って、自分の荷物を持って部屋に戻った。



 学校が春休みに入ると母は会社を辞める前の引継ぎのために出勤し、父はいつも通りの労働の日々。

 想がちょこちょこと家事を担当しているうちに四月が訪れて、諌山家の新しい一年が始まった。


 息子は高校二年生になり、母は専業主婦に。これからは、夏に増える新しい家族のための準備が少しずつ進められていく予定になっている。


「ねーねー、そーちゃん、お花見しようよ」

「パス」

 コンビニで果林の誘いはあっさり断ったものの、

「諌山君、春の宴席を用意したから、ぜひ参加してくれたまえよ!」

「わかった」

 仲島からのご招待には喜び勇んで出かけてしまう。


 広大なお庭の真ん中、舞い散る桜吹雪の中で親友からこう言われて少年は顔をしかめた。

「諌山君とまた同じクラスになれたらいいなあ」


  ――なにが楽しくて生きてんの? って言ったくせにな。


「どうしたんだい?」

「なんでもねえ」


  ――あれから半年か。


 秋から冬、そして春。時は流れ、季節は移り変わり、運命は廻る。



 新学期が始まり、少年は新しいクラス分けの張り紙を見て、まず苦笑を浮かべた。


  ――あいつ、裏で工作してんじゃねーだろうな?


 仲島も、柿本もまた同じクラスらしい。来年も一緒かもとしか思えなくて、また苦い笑いが口の端から漏れ出てしまった。

 ゴージャスランチのご相伴に預かる分には好都合だし、お笑いオタクは放っておけばいい。まあいいかと考える想に、声がかかる。


「おはようございまーす。はじめまして」


 隣の席にやってきた女子生徒は、初めて見る顔だった。学校行事などでも、見かけた覚えがない。いれば絶対に目に入ったはずだ。


 ふわっふわの金色の髪に、キラッキラの青い瞳。


「私、アシュレイ・ウィリアムズ。先月ニホンに来たばっかりなの」


 彫りの深い顔に浮かんだフレンドリーな微笑みに、想の表情も緩んでいく。


  ――マンガのキャラクターみたいだ。


 手足が長く、スタイル抜群の美少女が日本の高校の制服を着ている。アニメのような非現実的な光景だが、悪くはなかった。いや、むしろ、いい。


 「日本語が上手なんだね」という陳腐なセリフを飲み込みながら、自己紹介を含めた会話を交わしていく。


「アメリカと日本のハーフなんだよ。お母さんは日本人なの」

「そうなんだ」


 晴れて疑問が解消されたところで、新学期の朝礼が始まることがスピーカーから告げられた。隣の席の美少女は人懐っこい性格なのか、少年の手を取ってまた微笑む。


「どこに行ったらいいの? 教えて、想」

「ああ……」


 でれでれと緩みそうになる頬を、心の中から必死に叩く。そんな想に、教室から出たところでお坊ちゃまが声をかけてきた。


「諌山君、そのレディは?」

「アシュレイ・ウィリアムズでーす。先月日本にきました」

「僕は仲島廉です。日本語がお上手ですね」

「もー、日本人はみんなそういうよね。外国人がちょっとでもしゃべれると、すぐに言うよー」

 プンっと頬を膨らませたアシュレイに、仲島が焦る。そして美少女は振り返ると、少年に向けてぱあっと瞳を輝かせた。

「想は言わなかったネ!」


  ――わー。


 よく知りもしない他人からいきなりベタベタされたら腹が立つものだと思っていた。実際、果林には苛立ちを感じた。それが、非の打ち所のない美少女相手だと嬉しいらしい。

 自分の薄情さと図々しさに思わず、笑ってしまう。


「諌山君、カノジョはいいのかい、かりんさんは」

「彼女じゃねえって言ってるだろ」

「でも、悲しむよ、きっと……」

 仲島は悔しいのかなんなのか、ブツブツと呪いの言葉を少年の隣で呟いている。


  ――関係ねえし。


 果林と少年はあくまで「親愛」を育む間柄だ。恋愛関係になるわけではない。それよりも、ぴったり寄り添ってくるアシュレイの体がふわんふわんと当たってきて、困る。困るだけではなくて、年頃の男子としては勿論嬉しい。


 朝礼が済むと、新学期の一日目はあっという間に終わってしまった。

 隣の席のハーフ美少女は想が気に入ったのか、ピカピカの笑顔でこんな質問を投げかけてくる。


「想、この住所の場所、すぐわかる?」

 白い手の中の黒い手帳には、少年の家のすぐ近くの番地が書かれていた。

「わかるよ。俺の家の近くだし」

「ワーオ、本当? じゃあ、近くに住んでるのね!」

 日本語は流暢だが、アクションは完全に外国人のそれだ。大きな身振り手振りで喜びを表現すると、アシュレイは最後ににっこり笑って、想に迫った。

「想、ワタシまだ、一人で歩いて帰れない。一緒に家まで来て」


 ――役得ってヤツかな。


 金髪美少女高校生は目立つ。帰宅する他の生徒がじろじろと見つめてくる中、少年はまんざらでもない気分。


 アシュレイは自分の好きなもの、家族のことをペラペラと話している。発音に時々海外風のものが混じるが、金髪美少女が自在に日本語を操る姿には不思議な印象を覚えてしまう。

 外国人がどうこうと思ったことはなかったんだけどなあ、なんて考えつつ、想の心はヘラヘラと揺れていた。


  ――もしかしてこれ、超幸運のパワーだったりする?


 新しい四谷の寂しそうな、しかしやる気に満ちた様子が脳裏に浮かんだ。

 選ばれた無欲で善良な契約者をなにがなんでも幸せにしたい。最初の縛りもなくした。だけど、少年は自分に都合のいい願いを口にしない。だったら……勝手にいいことだらけにしてやるよ! なんて、荒ぶっているのではないだろうか。ハッピーにしたい情熱がたぎっているのではないだろうか。

 その結果が、これだ。

 これまで知る由もなかった、好みに超絶ストライクだった「ハーフの金髪美少女」。


  ――願いが一つっていうのは、俺が自主的に言うのが、ってことだったりな。


 超幸運からのご厚意なら同時進行もオッケー!

 なのだとしたら?

 

「ねえ、想、さっきレンがガールフレンドがいるって言ってたケド」

「レン?」

 

  ――ああ、仲島の坊ちゃんか。


「いや、別にいねえけど」

「そうなんだ! ウフフ」


  ――なに、そのウフフ。


 そろそろ家の近くまで来ているとふっと気がついて、少年は慌ててゆるゆるになっている心に喝を入れた。

 もしかしたら果林が出現するかもしれないし、母がウォーキングなんかしている可能性もゼロではないし。


「あー、家はこっちだな」


 見せられた番地は少年の家に程近い、五分ばかり歩いたところにあるマンションのものだった。

 ありふれた地味な白いタイルが目印になるんだかならないんだかわからないが、五階建てで、最上階の五〇一号室がウィリアムズ家らしい。


「想、ありがと」

「ああ」

「ウフフ。ワタシのことは、アシュレイって呼んで」


  ――わーお。


 さきほどの「あー」でなにを言いよどんでいたのか、お見通しだったらしい。これは照れる展開で、少年は視線を逸らし、額を掻くなんてリアクションをしてしまう。

 そんなシャイボーイに向けて、アシュレイはピッカピカの可愛い笑顔で手を振ってくれた。


「また明日ね、想、バイバイ!」

「またな」

 

 来た道を戻り、自宅へと向かう。

 なにか飲み物を調達しようかと思ったが、いつものコンビニに行くのは気が進まなくて、珍しく自動販売機にコインを放り込んでコーヒーを選んだ。


 それを手に取ってしばしの間見つめると、想はようやく家へと帰った。

 

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