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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 運命の一日
32/60

32 高校生の極めてノーマルな日常 3

 支度を済ませ、マンションのエントランス前にたどり着き、想はしばらく立ち止まっていた。

 向かいのアパートから出てくる人影はない。

 そうだろうと思っていたのに、なんとなく足を止めて、無表情なクラスメイトが出てくるのを待ってしまった。


  ――もう四谷はいないんだよな。


 隣の住人が出て行く気配がないからか、既に出かけてしまっているのか、果林も姿を現さない。


 久しぶりに一人で歩いて学校へ向かう。黙ったまま教室に入り自分の席に座る。仲島がやってきて朝の挨拶をしてきたので答え、無言で見つめてくる柿本史絵の視線は無視。


 チャイムがなると同時に教室へ入って来た担任の教師は、挨拶を済ませるとクラスに向けこんな報告をした。


「あー、今日はひとつお知らせがある。四谷が両親の都合で引っ越した。もう転居していて、ここに来ることは出来ないそうだ」


 青春期の大事な仲間が一人黙って消えたというのに、クラスメイトの反応は二人をのぞいて薄い。

 反応している珍しい二人はもちろん仲島と柿本で、この二人はどうやら「お笑い好き」という絆で結ばれた仲間らしい。ランチライムになると時々、おぼっちゃまは貴重な同志について想に語った。もちろん、少年は興味もないし聞きたくもないのだが。


「あの、諌山君」

 案の定、昼休みになると、豪華なランチを楽しんでいる二人の下に柿本史絵が乱入してきた。

「柿本さん! よかったら一緒にどうかな。僕のお弁当はいつも少し大きいんだ」

「結構です」

 無情なお断りの言葉を吐いて、眼鏡女子はずいっと想の顔をのぞきこむ。

「四谷君、転校しちゃったって本当?」

「本当なんじゃねーの? 朝担任の話したとおりだろ」

「諌山君、あんなに仲が良かったのに。知ってたの? それとも知らなかったの?」


  ――なんて答えようかな。


 「面倒くさい」の塊になった少年は、仲島家謹製ランチに手を伸ばしながら、しぶしぶ口を開いた。

「知ってたぜ」

「……んで……った……」

 唸るような声が漏れ聞こえてきたが、なんと言ったのかは聞き取れない。

「あの、じゃあ、どこに行ったのかは? 知ってる?」

「うーん」


 知らない、と答えるとリアリティがないだろうか。頭の中でどう答えようか悩んでしまう。

 ついでに黒の超幸運にそっと呼びかけてみたが、定休日だからか返事はなかった。


 しかしとにかく、四谷司にはもう会えない。

 彼の行き着く先は遺体の安置所になるだろうから、希望を感じられない答えを示さなければならなかった。


「……アフリカのどこかとか言ってたよ。両親の都合とかなんとか」

「アフリカって! いやいや、そこは国の名前で答えるべきでしょっ? 曖昧すぎるよ!」

 おおげさにのけぞる史絵の姿に、一瞬で引く。下からのアングルで見たお胸は大きかったが、魅力は皆無だ。

「諌山君、四谷君はどこに行くって言ってたの?」

「知らねえよ」

「知らないんかいっ!」

 声を同時に、想の胸に思いっきりツッコミが入った。胸のあたりにチョップが入るという、オールドかつオーソドックスなスタイルで。


  ――なんなのコイツは。


「痛いんだけど」

 冷たい目で睨みつけると、ようやく我に返ったのか、史絵は顔を真っ赤にして小声で「ごめんなさい」と呟いた。

 目の前の仲島は苦虫を噛み潰したような、初めて見せる変顔をしていて、それがなにを意味しているのかはわからない。

「あいつがハッキリ言わなかったんだからしょうがねーだろ?」

「あの、住所とかメールとかは? 知らないの?」


  ――メールはあるけど、俺以外からは受け付けないんだぜ。


 とは言えないので、かわりに意地悪な返事をかえす。

「そんなにあいつが好きだったんなら、もっと早く言えばよかったのにな」

「はぅああっ!!」


 また大きくのけぞる史絵の姿に、想は鳥肌を立てた。

 なにこのおんなきもちわるい。おぞましさで頭がいっぱいで、趣味の悪いボンボンにも冷たい視線を送ってしまう。

 お坊ちゃまは片思いの相手の片思いにショックを受けたのか、顔を青くして涙を浮かべている。

 悲惨なランチタイムは静かに終わって、想は自分の席へ戻っていった。


 やあ諌山君今日も家へ遊びに来ないかい?

 最近おきまりのこんなお誘いをする元気が今日はないらしく、仲島はとぼとぼと教室を歩いて出て行ってしまった。


 いとしい彼の姿を見失った乙女は、自分の席で突っ伏したまま動かない。


 そんな悲しげなクラスメイトをよそに、少年はいつも通りの無表情で人気のなくなった教室を出た。



「あっ! 来たー! そーちゃーん!!」


  ――げっ。


 校門で待ち受けていたピンクの大声に、周囲の生徒が振り返る。キラキラピンクのシュシュをキラめかせた果林が駆けて来て、想の腕にいつも通り、ぎゅうっと抱きついてきた。

「やめろ、なにすんだよ」

 それをすぐに引き剥がして怒ってみても、さほど効果はないらしく、果林は笑顔のままだ。

「あのねえ、お迎えに来たんだよ。最近そーちゃんが会ってくれないから」

「いらねえし」


 とはいえ、まっすぐ帰宅するのなら果林と一緒になってしまう。家はお向かいのご近所さんだし、なにより自分は彼女の「愛しの王子様」だ。

 寄り道をするにも、どこかの店に寄る程度ではついて来られてしまうし、気軽にお邪魔できるお友達の家は一軒しかない。そのお宅の坊ちゃまはハートブレイク中で、既に帰宅している。いまごろリムジンの中でため息をついているだろう。


「一緒にかーえろ。四谷君は? 今日は一緒じゃないのー?」

 にこにこと、がんばって褒めるとしたら「無邪気」な笑顔を浮かべる果林に、想はため息をついた。

「わかったよ」

 結局どこまでもついてこられるに違いなくて、潔く諦めるしかない。

「そのかわり、腕組んだりとかは、なしで」

「えーっ、ダメなの?」

「ダメ」


 ダメといわれているのにヘラヘラと笑う果林と、仕方なく、並んで歩く。

 周囲の視線が痛い。皆、珍獣を見るかのような瞳をしている。ように、感じてしまう。


「そーちゃん、四谷君は風邪でもひいたの?」

「あいつは……」

「諌山君、この人誰なの?」


 家へ繋がる道の途中、突然、柿本史絵が立ちはだかった。

 しょんぼり机に伏せていたはずなのに、いつの間に現れたのか。限りなく面倒臭そうな予感で、想の体中に悪寒が走る。


「なにこの人。そーちゃん、誰?」

「別に。クラスが同じだけのヤツだけど」

「柿本史絵です。あなたは? 四谷君とはどういう関係なのかしら」


 ズイズイっと、史絵が前に出て果林のすぐ目の前まで来る。ピンクはなにを感じたのか、珍しくムスっとした顔でそれを迎え撃った。


「四谷君はアパートがお隣なんだよ。そーちゃんがよく遊びに来るから、かりんも一緒にご飯食べるの」


 鼻に力が入ったせいで、史絵の赤い眼鏡が少し、上にあがっていく。


  ―― 一回だけだろーが。


「お隣の住人なんだ。高校生じゃないんですよね。校門のところにいたんですよね。生徒以外の人間は入れませんよ」

「そーちゃんのお迎えだもん。そーちゃんと四谷君と三人で帰ろうって思っただけだもん」


 電波系メタルピンクVSお笑いオタクのレッド眼鏡。

 多分戦いは本筋からすぐに脱線して、恐ろしくめんどくさい方向に進むだろう――というおぞましい想像に、少年もさすがに焦る。


「やめろよ、もう帰るから。柿本、こいつは四谷の隣に住んでるだけ。……えーと」


 心に起きた葛藤と戦う。

 止むを得ない。

 ひっかかるものは山のようにあったが、仕方がない。諦めてその名を口にする。


「……果林、こいつは四谷が好きだったんだけど、あいつはもう引っ越していないんだ。だから今日は苛立ってる。相手にすんな」

「なっ、ちょっと、いー、いさやま君は、なーにを言ってるのかなー? なーにをー?」

 気持ちの悪い口調にめちゃめちゃに顔をしかめて、少年はピンクの手を引いて史絵の横を通り過ぎた。


 二人の女子の間に板ばさみ、と言えば聞こえはいいが、どっちもなんだかもう、他人には威張れない類の異性だ。そんな二人のうちどちらがマシかと言うと、今のところは近所のピンクの方が勝利して、想は小走りで果林と一緒に家路を急いでいる。


「そーちゃんと手、つないでるー!」

 嬉々とした声に苛立ち、思いっきり手を払う。

「あふん」


  ――あふん、じゃねーよ!


 手を払われても笑顔のまま、果林はぴょこぴょこと少年の周りをまわるようにして歩いている。

「ねえねえ、そーちゃん、四谷君引っ越しちゃったの?」

「ああ」

「寂しいね、そーちゃん。でもでも、かりんはずっといるから、えへへ。大丈夫だよ」


  ――そうらしいね。


 なにせ「親愛」を育む間柄だ。一体どんな運命が待っているのかは知らないが、自分とはまるで違うタイプの人類である目の前のミラクル二十歳は、将来になんらかの良い影響を及ぼすらしい。


「お前、友達とかいんの?」

「うん、いるよ。サッチでしょ、みっちーでしょ、あと、ツネ君と、ゼンさんとー」

 指を折りながら数える姿は正直、アホにしか見えない。

「でもねえ、前に住んでたところにいるから、ちょっと遠いんだ。だからね、そーちゃんと会えないと寂しいの。最近お店にも来ないし、四谷君も全然会わないし」

 今度はぷうっと頬を膨らませている。想にとってその様子は本当にいただけない姿で、思った通りの感想を口走ってしまった。

「お前の化粧濃いよな」

「えーっ? かりんの一番可愛いお顔だよ?」

「そうか? もうちょい抑えた方が良くねえ? 気持ち悪いぜ、目の辺りとか」


 驚いたのか、果林の目がクワッと見開き、口があんぐりと開く。


  ――しまった。言い過ぎたか。


「きもちわるい?」

「いや、なんつーの? なんか黒すぎてちょっと、邪悪な感じがする、かなあ」

「ジャーク……」


 果林の脳の中に、一体どんなモンスターの映像が浮かんでいるのだろうか。

 初めて見るこの残念二十歳の真剣な顔に、想の体も少しだけ、力がはいる。


 結局そのまま家に着くまで、果林がしゃべることはなかった。

 ひたすら拳に力をこめたまま、マジな顔のまま歩いて、うつろな「バイバイ」を口走ると、ピンクの頭はおとなしく一〇五号室に吸い込まれていった。

 

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