31 超幸運大会議への出席
青。
夏の空のような真っ青な空間だった。
気が付くと自分の周囲、すべてがひたすら一色に塗りつぶされた異常な空間に少年はいた。
超幸運と契約した時に連れて行かれた場所と同じところなのだろう。
あの時は黒で、今は青。
自分が立っているのか、浮いているのかよくわからない。床、地面とよべるようなものはないが、不安定な感覚もない。
そこまで考えてから、想は自分の全身を確認した。
ベッドで寝ていた時のままの、だらしない部屋着姿だ。
視線を前方に戻すと、真っ青な中に、黒い塊が浮かんでいる。
ぼうっとしていて一メートルくらいで縦長の、球体というには輪郭があやふやなそれが「黒の超幸運」なのだと何故かすぐに理解できた。
なので、おそらくその周囲に円を描くように並んでいるぼんやりとした塊がそれぞれ、「白」「緑」「赤」「金」の超幸運なのだろう。
――勢ぞろいか。
『諌山想、私の隣へ』
呼ばれるままに足を動かすと、歩いているんだかいないんだか、よくわからないが体は前に進んで、想は黒い塊のすぐそばに立った。
『でははじめよう』
『今回の進行は赤だな』
『では私が』
超幸運たちが話している、らしい。
その声は頭の中に直接響いてくるもので、少年には同じ口調の同じ声にしか感じられず、誰が発言しているのかよくわからない状態だ。
話す時に、例えばちょっと動くとか瞬くとか、そういうアクションもしないらしい。
『それぞれ、契約の状態を報告せよ。白から順に』
『契約者は一人現れたが、あくる日に他人に話したため解除となった』
『契約者は二人現れたが、それぞれ他人への報告があったため解除となった』
――わー、つまんなそー。
発言者が誰かもわからず、視覚的にも面白さがない状態に、想は思わず顔をしかめた。
いつか話してもらった「誰もが参加して損をしたという感想を持つ」に、納得がいく。
『契約者は一人現れたが、三日後に契約解除となった』
『契約者は一人現れ、現在本契約に進んでいる』
『契約者は現れなかった』
――現れても、他のヤツら無反応かよ。
せっかく黒が嬉しい報告をしたというのに、誰も反応しない。
そういう決まりになっているのか、他の仲間に興味がないのか。
『現在の契約者は一名。本契約中を確認。では、黒以外の担当地域の割り振りを決定する。全員、確認を』
『確認した』
『確認した』
『確認した』
――誰がしゃべってんだよ?
彼らが番号順に発言していくのだとしたら、司会進行の赤から始まって、白、緑、黒、金なのだろう。
だがそんな風に考えても、意味があるとは思えない。質問する気すら起きないし、当たっていたところでなにが起きるわけでもないだろう。
『次回に利用する肉体の用意を各自始めるように』
『了承した』
『了承した』
『了承した』
『了承した』
――もういいかも。
もうちょっと面白いかと思っていたのに。期待外れで、想は思わずため息をついていた。
静かな青い空間に、ふう、と息が漏れる音がする。もちろん、超幸運たちと思われる塊は微動だにしない。
――このつまんねー集会に、契約者が五人揃ったことってあったのかな。
そんな暴露なり体験談が、たくさんの願いをかなえて満足した後に契約を解除した人間によって公開されたことはなかったのだろうか?
今現在「都市伝説になりかけてる」という超幸運との契約の日々。彼らの発言が真実だというのなら、世界には一年で五人、超幸運と出会ったラッキーな人間がいる。地球の歴史と共に超幸運が存在し続けているのなら、奇跡の物語として誰かが語っていたりは……。
――信じねえか。そんなの。
途中まで考えて、想はふっと笑った。
どんな説明をしたって、ほとんどの人間に作り話として受け取られるだろう。
なんでもできる優秀な人材がいたと評判にはなっても、それが人知を超えた存在のおかげだったなんて、信じるわけがない。
実際、目の前に現れたというのに信じきれなくて、一年で四人もその幸運を棒に振っているのだから。
――俺ってもしかしてラッキー?
超幸運たちは、自分たちのルールについて確認作業を進めている。契約者が現れた時に、なるべく本契約に進められるような工夫が必要だのなんだのと話しているようだ。
面白みにかける円陣の様子を、想はじっと見つめた。
――夢だったりしてな。
こんな話をしたって誰も信じない。両親に話したら、すぐさま「可哀想な子」認定がおりて、カウンセリングだのなんだの、配慮をされるようになるだろう。
もしくは、触れてはならぬと、全面的にスルーされてしまうか。
――夢でもなんでも、こんなトンデモ体験なかなか出来ないよな。
そう思うと急に貴重な体験をしているような気分になってきて、少年は振り返ると謎の青い空間をあちこち見つめた。
真っ青がひたすら続いていて、目印になっていた超幸運たちがいなくなったそこは、一気に想のバランス感覚を崩してくる。
――あぶねえ。
再びクルリと振り返ると、想の目の前に金色の塊が現れていた。
『黒の超幸運との契約者』
その声は誰のものなのだろうか。距離に関わらずみな同じように響く声。いや、思考と呼ぶべきか。
少年の頭に響くそれは、普通に考えれば目の前にいる「金の超幸運」のものなのだろうが。
『諌山想、答える必要はない』
『えー、なんでなんでいーじゃんいーじゃん! 久しぶりだよねここに人間がくるのはさ! 何年ぶり? 黒も嬉しいくせに澄ましてないで一緒に喜ぼうよ。いいねーいいねー、ねえ、私とも契約してよ。人類初のダブル契約といこうじゃないか。私ならなんでも、いくらでも、どんな願いもかなえるよ。一緒に人生エンジョイしようよ!』
――なにこれ。
今まで「了承した」とかばっかりだったのに? と驚く想と金の間に、黒い塊がズイっと割って入ってくる。
『金の超幸運、そのような行為は許されていない』
『いいじゃん、黒とか緑ばっかり本契約しててズルいよ。私だって人間の願いを叶えたい! イサヤマ ソウ? 日本にいるんだよね。じゃあ次の合言葉教えるから毎日一回呟いて!』
エキサイトする金の超幸運らしき塊に、他の色たちも寄ってきて揉め始める。
『金、いい加減にしろ!』
『お前はまた同じあやまちを繰り返すのか?』
『人間はお前のおもちゃではないんだぞ』
相変わらず誰がどの発言の主なのかはわからないが、金の超幸運だけやたらとテンションが高いらしい。
白・赤・緑・金が集って揉め、少し離れたところで黒が少年に寄り沿って隣に立つ。立つというか、浮いているような感覚なわけだが。
『諌山想、すまなかった。金は少し、我々の中では特殊だ』
「別にいいけど。ちょっと面白いし」
そういえば、個性がつけられているとかなんとか、以前に四谷が話していたはずだ。
「ダブル契約ってありなの?」
『ありだよー! ありあり! あのねー合言葉はねー!』
『やめろ!』
『いい加減にしないか!』
自分の中に大量の声が入ってきて、少年は顔をしかめた。
訳がわからない初めてのゴチャゴチャ感に、思わず頭を抱えてしまう。
『ダメ、という決まりはない』
すっと、涼しげな声が響いた。
それはおそらく、黒の超幸運のものなのだろう。
わあわあと響くほかの声と違って、どこか親しみが感じられる、際立った響きに想は顔をあげる。
「でもいらねえわ」
『諌山想ならそう答えると思っていた』
目の前に浮かんでいるのは相変わらずのただの黒い塊なのに、なぜか喜びが浮きだしているように感じた。
――信頼の効果ってやつか?
黒い塊の表面が、さわさわっと揺れる。いや、揺れていない。揺れているように見えた。のだろうと、思う。
――もういいぜ。
ちょっと笑いながら、このくだらない会議からの離脱を絶賛本契約中の黒の超幸運に申し出る。
それと同時に、ひとつだけ特別な響きの声が、こう話しているのが少しだけ耳に届いた。
『わたし、黒の超幸運は本契約中である人間、諌山想に関して、次の段階へ進むことを希望……』
「次の段階」とはなにか、そう質問をする前に景色が少しずつ暗くなり、青が遠のいていく。
そして気がついた時には、もう朝だった。
二月十七日、超幸運のいない、特別な一日。
――聞きそびれた。
少年にしては珍しく、後悔の気分で額をポリポリと掻く。
――答えは明日か。
三分ほど経って、まあいいかと諦めをつけると、想はベッドから起き上がり朝の支度を始めた。