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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 新しい人生の始まり
22/60

22 リスタートされた人生

 不思議に思っていた。

 年明けに出て行くと言った割に、なんの準備もしていない両親について。


  ――まあ年末じゃ、引越し業者も休みだしな。


 少年はぼんやりとそう考えていたが、どうやら好意的に捉えすぎていたらしい。


「想」

 年末の休暇に入ったらしい父に呼ばれ、少年は自分の部屋を出てリビングへと向かう。

 ソファに父が座っており、母の姿はない。

「なんか用?」

「この間の話なんだが……」

 そこで言葉が止まる。


  ――行かないで、お父さん! お母さん!


 というのを待っているんだろうな、と考え、ニヤリと笑う。


  ――言うかよ、そんなしょーもないセリフ。


「この間の話って?」


 父の目がぎゅうっと閉じて、口から苦しげなため息が漏れ出てくる。

 少年は知らん顔でそれをじっと見つめる。


「すまなかった。この間の話、出て行くっていうのは嘘だ」

「はい?」

「行かないでくれと言ってくれるものだと思っていた。想が許してくれるなら、やり直そうと母さんと決めてたんだ」

「許してくれなかった場合はどうするつもりだったわけ?」

「それは……」


  ―― 一人暮らしなんて無理だよ。パパー、ママー! って言うまで待とうとか?


 息子の冷たい視線に気がついて、父は頭をくしゃくしゃっと掻くと、観念したような顔でため息をついて、また話し始めた。

「とにかく、あれは嘘だ。ちゃんとやり直そう。家族として」


  ――おーい、四谷! これが待ってた幸せかー?


 しょうもない結末に呆れながら、少年は簡潔な返事を父に告げる。


「いいけど」

「いいのか?」

「なんでもいいって言っただろ? なんだって俺は構わないんだよ」


 息子のセリフに、父の顔は複雑だ。今の言葉が許しなのか、投げやりなものなのか判別がついていないらしい。そしてどう判断したらいいのか戸惑いつつも、こう続けた。

「想、頼みがあるんだ」

 

  ――嘘ついて息子試した挙句、頼み?


「なによ」

「来年家族が増える。母さんは仕事を辞める。体調が良くないから、家のこと、手伝って欲しいんだ」


  ――あ、こっちか? 幸せって。もしかして?


 いつの間にそんな展開になっていたのか、母の年齢がいくつだったか、もしかして「これが人間の幸福だ」とか超幸運が言い出すんじゃないかとか、そんな思考が頭の中をギュンギュンと飛び交い、そのすべてに呆れた気分になって想は唸った。


「それ、父さんの子なの?」

「どうしてそんなこと言うんだ。いくらなんでも許しがたいぞ、そんな……」

 苦しげに怒る父の様子に、気分が妙に悲しいものに変化していく。

「ごめん。悪かったよ」

「いや、こっちこそ悪かった。お前は悪くない。全部私達のせいだ。とにかく、このタイミングでその……お前に兄弟ができたのは、多分ちゃんとやり直せっていうことだと思うんだ。みんなでちゃんとした家族になろう。私もちゃんと父親になる。母さんもだ。想も、いいか?」


 複雑で、苦いものがこみ上げてくる。

 少年はふうと息を吐いてそれを全部吐き出すと、可哀想な父にかすかな光を与えた。


「……いいんじゃないの?」

「想」

「でもあんま、期待しないで」


 座ったまま動かない父に手を振って部屋に戻ると、上着と財布を持って玄関に向かう。

 その途中、寝室から母が飛び出し、一目散に駆け込んだトイレから嘔吐する音が聞こえてきて、そこに父が走ってくるのを見届けてから少年は家を出た。



「なんなの、あれ」

 足を突っ込んだコタツはまた電源が入っていない。仕方なく、想は身を屈めてスイッチを入れた。

「あれとはなんだろうか」

「来年俺に可愛い弟か妹ができるんだってよ!」

「素晴らしいな、この少子化の時代に」

「それ、ジョークのつもり?」


  ――全然面白くねーんだけど。  


 四谷の部屋は寒い。コタツの中も、コタツから出ている部分もやたらと冷えて、想はすっかりムカついた状態だ。

「あれ、ついてるところみたことないけど」

 部屋の隅にはファンヒーターが置かれている。置かれているだけで、稼働するのかどうかは謎のままだ。

「節電しているからな」

「家計が厳しいの?」

「その通りだ」


  ――うぐぐ。


 おかしいが、笑ってしまっては負けな気がして少年はぐっと歯を食いしばった。 

「今日は飲み物を買いに行かないのか?」

「ドリンクのサービスは?」

「あれは本契約が完了した日のみの特別な処置だ。今は通常通り、飲食に関する対応はなくなっている」


  ――畜生!


 家から持ち込んだ怒りが脱力のせいで霧散していく。一〇三号室を出て、プルプルと震えながらコンビニへと走り、暖かい飲み物を調達して想はまた超幸運の部屋へと舞い戻った。


「で、家族のやり直しっていうのが俺の幸せなの?」

「それもあるが、それだけではない」

「じゃー、なによ」


 牛乳がたっぷり入ったコーヒー飲料はまだ少し熱いが、冷え切った体にジワリと心地良く染み込んでいく。


「諌山功とルミの夫妻は、自分たちの育児の成果がいかなるものかハッキリと認識し、息子の状態を理解した。これから先、より良い親子関係を築けるよう努力するようになり、次に生まれた第二子への接し方の参考にするので諌山……」


 なぜか、言葉が途切れた超幸運に、想は怪訝な顔を向ける。


「どうした?」

「諌山家の第二子はまっすぐな子供に育つ」

「お前もしかして、名前とか性別とかわかってて、言いそうになったんだろ?」

「そうではない」

「いいんだぜ? どんな名前か、男か女か、最初っから知ってても俺は別に。サプライズとかそういうのはいらねえって言っただろ?」


 黒の超幸運は澄ました顔でだんまりを決め込んでいる。

 そこに、ドアを叩く音が響いた。


「お客だぞ、四谷」

 しかし部屋の主が立ち上がる前に扉は勝手に開いて、客は笑顔で中に飛び込んできた。

「こんばんはー! 四谷君、いるー?」


 もう見えているだろうが、と思わず突っ込みたくなる呼びかけとともに、段ボール箱を抱えたピンク頭が現れる。


「います」

「あのねー、懸賞でお鍋セットが当たったんだよ! 美味しいお肉と野菜のセットなのー! でも量が多いしお鍋はみんなで食べるものだから一緒にどうかなーと思って……」


 そこまでまくし立ててから、ようやくもう一人の姿に気がついたようだ。アパートの隣人、☆かりん☆は靴を脱いで勝手に上がりこみ、想に向かって近距離からはてなマークを連射し始めた。


「どこかで会ったよね? 話したことあるよね、かりんと! 誰だっけ、あれ、ああ、そうだ、ロールスロールに乗ってた人だよね! あの長い車、いつ乗せてくれるの? 中でワインとか飲めるんだよね!」

「おい四谷、早くなんとかしろよ」

「連絡いつ来るか待ってたのに。あれって予約が必要なんだっけ?」


 猛烈な勢いで電波を受信している果林の前に、四谷が立つ。


「森永さん、申し訳ありませんがこの家には鍋がありません」

「うちにあるから大丈夫だよ!」

「調理器具もありません」

「コンロないの? コタツがあるのに?」

 

  ――すげーなコイツ。


 かつて出会ったことのないタイプの人類の登場に、想はただひたすら感心するばかりだ。

「じゃあもってくる! 卓上ガス!」

 段ボール箱をボカンとコタツの上に乗せると、果林はダッシュで部屋から出て行った。

「おい、鍵かけとけよ」

「了承した」


 四谷が立ち上がり、素早く施錠を済ませる。しかし、これは逆効果だった。


「あれー! 開けてよー! ガス持ってきたよー。ガスだよー、ボーってするやつ! お鍋もあるよー! 重いから早く開けてー、開けてー!」


 やかましいことこの上ない。

 ドアがガンガン、下の方から音がする。おそらく蹴っているのだろう。


「四谷くーん! 四谷くーん!」

「諌山想、開けてもいいだろうか」

「好きにすれば?」


 このままではドアが壊れてしまいそうだ。居留守をするには無理があるし、大体当選した賞品が置き去りになっている。

 仕方なく開かれたドアから入ってくるなり、果林は目をまあるく開いてこう言い放った。


「オートロックだったんだね、ビックリしちゃった」


  ――桁違いのバカだな。


 四谷の穏やかな制止はまったく耳に入らない仕組みになっているようで、果林は勝手に卓上コンロをコタツの上に乗せ、更に鍋もセットしていく。

 この強敵に超幸運はどう対応するのか、想は黙ったまま、ただ見守っている。


「困るのですが」

「なんで? 絶対美味しいよ。国産和牛だもん! 食べたことある?」

「コップや皿などもありません」

「ホントにー? じゃあ果林の貸したげるね! あとで持ってくる」


  ――どうやったらこんなモンスターが生まれるんだろうなあ。


 果林は嬉々とした様子で鍋の準備をすすめていく。

 そして段ボールの中から当選品を取り出したところで、はたと動きを止める。


「ねえ、君の名前知らないかも!」


 突然標的にされて、少年は苦笑しながらこう答えた。


「だろうね」

「私、森永果林!」

「知ってるよ」

 ピンク頭がどひゃーっと驚く。

「なんで? 私は君の名前知らないのに、なんで果林のこと知ってるの?」

「そこのコンビニによく行くからさ」

「ああ、そうなんだ。それで知ってるのかー! いつもご利用ありがとうございます!」


 ニッコリ笑う顔は、相変わらず化粧が濃い。目を細めると、黒い塊が集まって得体の知れないなにかが出来上がる。


「四谷君、おはしちょうだい!」

「ありません」

「じゃー持ってくる!」

 再び、ズダダと果林は部屋を出て行った。おそらく、すぐに戻ってくるだろう。

「四谷、いいのか?」

「……止むを得ない状況のようだ」


 それはなんでもできる存在の割りに随分弱々しい発言で、想はしばらくゲラゲラと大きな声で笑った。

 

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