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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
21/60

21 少年を待ち受けていた幸福 3

 エスポワール東録戸から出ると、道路の向かいのマンション前に母が立っているのがすぐに見えた。

 息子のコートをぎゅっと抱きしめるように持って、キョロキョロと周囲を見回している。

「想!」

 すぐに息子を見つけて駆け寄ってくる母親を、少年はじっと立ち止まって待つ。


「ここ、誰のおうちなの?」

「クラスの奴だよ。近所に住んでるって言ってた奴」

「そうなの。良かった、上着も着ないで行っちゃったから……」

 グスグスと鼻をすすりながら、母が息子にコートを手渡す。

 息子は仕方なく、それを受け取って羽織る。

「ごめんね、ごめんね、想、今まで、ごめんね」

「いいよ、もう」

 めんどくさそうに答える少年の胸に、母がしがみついてくる。

「今更かもしれないけど、今日からちゃんと、想のお母さんにならせて……」

「わかったから。もうやめろよ、こんな道端でさ」


 クリスマスイブの真昼、住宅街を歩く人影はない。それでもこんなシチュエーションは恥ずかしさの限度を超えていて、想は思わず、母の体を自分から引き剥がした。


「怒ってないって言っただろ。いいんだよ、今更もう……」

 母の泣いた顔が目前にある。涙で化粧が崩れて、まるでオバケのようだ。

「ヤバい顔になってるぞ」

「ひどい」

「だったら早く直しなよ」

 体の向きを回転させ、自宅へと母の背中を押す。暖かい部屋に戻って、顔を元通りに直した母と二人で無言のティータイムを過ごすと、父親も帰宅してきた。



 穏やかで会話の少ないクリスマスパーティの参加者は三人。変な緊張感があって、参加している誰にも楽しさはない。

「母さん、腕が上がったな」

「単に勘違いしてただけだったの」


 なにも言わない息子のかわりに父と母がたまに言葉を交わし、いたたまれない空気が充満してますます息苦しくなっていく。

 地獄のようなパーティはテーブルの上の料理が減るたびに終わりに近付いて、とうとうクライマックスを迎えていた。


「想、これ、クリスマスプレゼント」

 それほど美味しくない母の手作りケーキを食べ終わったところで、父から封筒が差し出される。

「なに?」

 開けてみると、中にはチケットが二枚入っていた。

「わーお」

「若い子に大人気なんだってな。仕事の関係で手に入ったんだ」


  ――俺、興味ねえんだけど!


 出てきたのは、クラッカアンドサイダーの単独ライブのチケットだった。

 席はどの程度いい場所かわからないが、B列と書かれていて、だいぶ前の方なのではないかと想は考える。


  ――奴にやるか。


 散々してきたタダ飯の礼が、ようやくできそうだ。

 仲島はきっと天井を突き破るくらいの勢いで、飛び上がって喜ぶに違いない。


  ――いや、一緒に行こうって言われるかな。うぜーな。


「良かったわね、想。お友達と一緒に行ったらいいじゃない」

「そーだね」

「プラチナチケットってやつらしいぞ。販売開始十分で売り切れたって」

「知ってるよ。サンキュー」

 この次に、母親からのプレゼントを渡される。中身はこちらも流行の携帯音楽プレイヤーで、息子が使う予定のないアイテムだ。

「ありがと」

「ううん」


 控えめな礼の後、沈黙がリビングを支配していく。

 諌山家ではそれはいつものことだったが、今日の静寂はどこかが違っていた。

 少年はそれを敏感に感じ取って、ゆっくり、そっと、目だけ動かして両親の様子を探る。


「想……」

 夜の沈黙を破った勇者は、父だった。

「なに?」

「父さんと母さんは、離婚することになった。お前は、どっちと一緒に暮らしたい?」


  ――あらまあ。


 昼間の四谷との会話が、心の中に蘇る。

「はははは」

 笑い出す息子に、両親は困惑の目を向ける。


  ――自分の好きなように選んでも、幸福に繋がってるんだよな、四谷!


「どっちもお断りだね。二人とも、どっちとも一緒に暮らしたくなんかない」

「そうか」

「そうか、じゃないわよ。そんなのダメよ」

「アンタが言うなよ」


  ――今日のあれこれ、なんだったんだよ。

  ――なにが、今日からお母さんにならせて、だよ!


 ただ単に自分の感傷に息子を付きあわせただけ。昼に繰り広げられた母と子のドラマの意味をそう断定して、少年はまた笑った。

「いいじゃんか。自分の好きな相手と仲良く暮らせば?」

 母の顔は驚きでひきつる。

「親父は俺となんか暮らしたくないだろ? 一人の方が気楽じゃない? 若くて可愛い彼女でも見つけろよ」

 父の顔は下を向く。

「昼にも言ったけど、マジでどうでもいいから。二人とも好きにしたらいい。俺もそうする」

 少年は立ち上がり、自分の部屋に戻ると上着と財布を持って玄関へと向かった。

「想、どこに行くの?」

「すぐそこ。二人ともどうするのか決めといて。帰ってきたら聞くよ」



 ボロいドアはノブを引けばすぐに開いて、少年はまず、家主へこう疑問を投げかけた。

「お前って鍵はかけない主義? それとも、俺が来る時だけ開けてんの?」

「普段はきちんとかけている」

「へえ」


 では事前にいちいちあの正座の状態から立ち上がって鍵を開けているのだろうか。想像するとやけにおかしくて、想はケラケラと笑った。しかし足を突っ込んだコタツの中は冷たい。


「おい、電源入れておけよな!」

 パチンとスイッチを入れると、ぬかりのあったお詫び代わりなのか、ホットのお茶がすっと天板の上に出された。

「ドリンクのサービスは今日から始まったのか?」

「本契約になった記念だ」

「ははは」


 はちみつ入りのお茶は柑橘類がブレンドされていていい香りがした。一口飲んだ少年の体に、じわりと熱が広がっていく。


「そういや、仮から本契約になった場合の変化、聞かなかったな」

「諌山想にとって、体感できる変化はない。また、願いの叶え方や願いを伝える方法などにも変化はない」

「変化なし?」

「いや……」


 何故なのかは不明だが、四谷は首にマフラーを巻いている。それがやけにおかしくて、少年は噴き出してしまう。


「なんだろうか」

「なんでもねえよ。で、変化は? なにかあるんだったら教えてくれよ」

「変化は一点のみ。私の力の解放だ」

「カイホー?」

「解き放つ、と書く解放だ。これから先、諌山想の願いを叶えるために使える力が増す」

「へえ」

 

  ――今までは出し惜しみしてたのか?


「じゃあなんでもアリになるわけ?」

「そうではない。ルールなどに変化はない」

「なにが変わるか具体的に頼む」

「私のやる気だ。諌山想により良い人生を歩んでもらえるよう、今までよりも力を入れさせてもらう」

「バカじゃねえの?」


 適当な返事に対して、少年はこれまでになくゲラゲラと大きな声で笑った。


「仮だと本気出してもらえないわけだ」

「黒の場合はそうだ」

「へえ」


 笑いすぎたおかげで出てきた涙を、指で拭う。

 しかし、笑いが収まっても涙は止まらなかった。心にじわじわと侵食してきた哀しみのせいか、少年の体は細かく震え続けている。


「四谷……」

「なんだろうか」

「幸せって、なに?」


 しかし、超幸運からの返答はない。


  ――もしかして、今聞くと俺の幸せが減るってやつか?


 そう考えると、ようやく涙が止まった。

「お前を信じていいんだよな?」

「わたしは契約者に、真実のみを告げる」

 スッと、ティッシュが箱ごと差し出される。

 少年はそれを受け取って鼻をかむと、涙は手の甲で拭って下を向いた。

「もうちょっとここにいてもいい?」

「聞くまでもない」


 四谷の部屋にはなにもない。話が弾む間柄でもないので、やたらと静かだ。


 静寂の中に、どこで流しているのか、クリスマスソングがかすかに聞こえてくる。

 そのうち、隣の一〇五号室から響いているのだろうとわかった。

 音楽に合わせて、ひどく能天気な女の歌声が聞こえてきたからだ。


  ――あいつかな? 森永☆かりん☆


 気分が乗ってきたのか、声は少しずつ大きくなっていく。音程を外しながらもやけに愉快そうな歌声に、少年は脱力して笑った。

「へたくそだな」

「まったくだ」

 意外な同意にまた笑う。

「お前もそういうこと言うんだな」

 四谷からの返答は特にない。

 

 少ししてからようやく立ち上がり、想は一〇三号室から出た。扉の前に出ると、隣の部屋から相変わらずご機嫌な声が聞こえて、それに見送られながらゆっくりと少年は自宅に戻った。



「で、どうするの?」

 諌山家のリビングで、今後の家族のフォーメーションについての話し合いが始まる。

 母はじっとうつむき、父は覚悟を決めた顔で息子にこう話した。

「この家をお前にやろう。生活費も渡す。私たちは出て行く」

「はあ……」


  ――随分思い切った結論、出したもんだな。


「これから一人で暮らしてみて、気持ちが変わったらまた一緒に暮らそう。父さんでも、母さんでも、両方でも、お前の希望通りにする」

 両方は無理じゃねえの? と少年は父の言葉に呆れている。

「行くあてとかあんの、二人とも」

「なんとでもなるだろう」


 寂しそうに呟く父の横顔を、想はしばらく眺めた。

 そういえば、父親とじっくり話をしたことがない。

 それは父が望んだせいなのか、自分が望んだからだったのか。


「そんな無責任でいいわけ?」

 息子の問いかけに、父は小さく微笑んで答えた。

「今までも充分無責任だったから。なにも変わらないだろう?」

「斬新だね」

 母は不安げな表情で、息子の顔を覗き込んだ。

「今のままでもいいのよ」

「無理しなくていいよ」

「無理なんかしてないわよ」

 この言葉に、想はニヤリと笑った。


  ――嘘つき。


「解散するのは正月が過ぎてからでいいかな?」

「いいよ」


 不思議な気分だった。さっきまではあんなに悲しかったのに、いざここに戻ってみたら何故かひどく落ち着いている。

 少年はその理由を考えてみたが、答えは出ない。


 妙に落ち着いている息子に、父はそっと、小さな声で自分の希望を伝えた。

「お前が呼んでくれる日を待ってる」

「はい?」

「やっぱり行かないでって言ってくれるのを待ってるからな」

 

  ――ナニそれ?


 父と母が揃って、シクシクと涙を流し始めている。


  ―― 一応、愛情表現ってやつなのかな。

 

 少年はちょっとだけ笑って、こう答えた。

「努力するよ」


 こうして諌山家のクリスマスパーティは、十二時を過ぎた頃、ようやくお開きになった。

 

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