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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
20/60

20 少年を待ち受けていた幸福 2

 重苦しい空気が漂うリビングで、母と息子のランチは無事に終了。

 クリスマスの飾り付けの醸し出す浮かれたムードと裏腹に緊張感漂う空気の中、沈黙を破った勇者は、母親の方だった。


「想、怒ってる?」

「なにを?」

 イライラはしている。しかし、母が聞きたいのは、少年の今現在の心情についてではない。

「今までのこと。仕事ばっかりでほったらかしだったから」

「怒ってないよ」

 そう、怒ってはいない。

「本当に?」

 怒っていたことはあった。それは、ずっと昔、小さな子供だった頃の話だ。

「怒ってないよ」

 うんざりしながら答える息子に、母が顔を近づける。

「本当の気持ちを教えて。今日はもう、全部聞かせて欲しいの」

「なにをよ?」

「想がどう思ってるか。お母さんについても、お父さんについてでも、なんでもかんでも教えて」

 

  ――ホント、なんなの、これ?


 目を閉じると四谷の青白い顔が浮かんでくる。

 澄ました無表情が言っていた、少年の感じるべき幸福。

 それは一体、なにを指すのだろう。こんな、茶番としか思えない、母との心のぶつけ合いの時間なのだろうか?


「私は、想がちゃんと学校にも行って、大きくなって、不自由なく暮らしてるんだから、それでいいんだって思ってた。仕事を辞めたくなかったし、ずっと家にいるなんて息が詰まるからイヤだったし、お父さんもいいって言ってくれていたから。全部これでいいんだって思ってた」

 息子の反応はなくてもいいのか、母は続ける。

「だけど、そうじゃないよね? 想はいつも怒ってる。不機嫌だし、なにも話してくれない。全部私達のせいでしょう?」


  ――その通りとでも言えば、満足すんのかよ?


 目を開けると、すぐ前に母の泣きそうな顔が迫っていた。


 胸のうちに湧き上がってくるのは、ただひたすら、うんざりばかりだ。


「想、話して。なんでもいいの、お願い」

「……わかった」


  ――超幸運、この時間を、できるだけ早く、終わらせてくれ。


 当然ながら返事はない。知っているはずなのに、そう考えた自分にふっと笑う。

 息子の顔に浮かんだ笑みに、母は、息を呑む。


「どうでもいいよ。ホント、全部、なにもかも。怒ってない。怒る理由がないし」


  ――不倫してようが、へたくそなお料理に張り切っちゃおうが、仕事に打ち込もうが……。


  ――子供のこと、ほったらかしだろうが。


「なんとも思ってないから。別に。アンタの好きにすればいいんじゃねえの?」


 泣きそうな顔が、泣いた顔に変わっていく。それを見たらたまらない気分になって、少年はこう吐き捨てると家を飛び出した。


「ついでに言っとくよ。寂しくなんかもねえ。これが、俺の思ってることの全部!」




 家を飛び出した少年の向かった先は、もちろんすぐそこにある超幸運の隠れ家だ。上着もない状態で飛び込むには一番ちょうどいい超ご近所さん宅へ勝手に入ると、想はまず正座している四谷の頭をパカーンと思いっきり叩いた。


「お前、ホントふざけんなよ?」

「ふざけた覚えなどないが」

 傾いた体がゆっくりと戻り、四谷司の姿はいつも通り、まっすぐ背筋を伸ばした状態になっていく。


 オンボロアパートの一〇三号室にはいつの間にか、コタツが用意されていた。部屋の中は冷えるので、舌打ちをしながらも足を入れ、少年は思いっきり顔をしかめて毒づいた。


「来るのわかってんだったら電源入れとけよな」

 四谷は答えない。

「なんか飲み物買ってきて」

「われわれは単純な命令は受けない」

「今すぐあたたかーい飲み物が欲しいぜ! 心からな!」

 想が声を荒げると、予想外なことに四谷は上半身だけくるりと振り返り、袋から缶コーヒーを取り出して少年に差し出してきた。

「意外なことすんなよ。……ビックリするだろ?」

「お前の願いは叶えられた」


 手渡された缶は放り出したくなるほど熱い。

 やってきた時の勢いを思いっきり削がれながら、少年は大きなため息をつき、コーヒーの蓋を開けて一口すすった。


「やっぱお前、わかるんだな? 未来が」

「その質問には答えられない。わかる未来もあれば、わからない未来もある」

「設定ブレてんぞ?」

「そう考えても問題ない。わたしにはこれ以外の答えを示すことはできない」

「なんだよそれ」


 缶コーヒーはあっという間に空になり、コタツの上にカーンと音を立てて置かれる。

 温まってきた足元とは逆に冷え切った心をどうしたらいいのかわからず、想は天板の上に突っ伏して、両手で髪をぐしゃぐしゃとかき回し、しばらくしてから手を止めるとポツリと呟いた。


「なあ、あれが俺の幸せなのか?」

「あれとはなんだろうか」

「おかーさんと息子の、心のぶっちゃけ合いだよ。さっき俺ん家で繰り広げられたホームドラマもどきのこと」

「違うようだな」


  ――じゃーなんなの? っていうかなんだよその曖昧な答え。


「未来の幸福って言ったよな? あの時、願いが並行してないか確認した時に」

「確かに言った。それはまだ、諌山想の元に訪れてはいない」

「いつ来るの、シアワセとやらは、俺のところに。いつだよ、四谷」

「すぐに来る」

 冷静な声に、少しだけ顔を上げる。


  ――本当かよ。


 とてもそんな風に思えなくて、少年は両手に力を入れてぎゅっと握った。


  ――もう終わりだ。だって、言ってしまった。


 決して言ってはいけない言葉を、口にしてしまった。どうでもいい。なんでもない。興味なし。無関心。

 過去に一番、自分が傷ついてきた扱い。ずっと心の奥底に封じ込めてきた悲しい気持ち。


  ――だって仕方ない。そう思われたら、自分もそう思うしかないじゃないか。

  ――どうでもいいって。なにもかもどうでもよくなきゃ、やってられない。


「四谷……」

「なんだろうか」

「なんでこんなめんどくさいんだ? もう単純にさ、俺のこと幸せにしてくれよ、頼むから」

「諌山想。今日この瞬間からわれわれの契約は、仮のものから正式なものに変化した」

「はい?」


 突然の宣言に面食らって、想は顔をあげた。

 もうちょっとで出てしまうところだった涙は引っ込んで、涙腺の奥でやれやれと呟いている。


「なに言ってんの?」

「仮契約だったものが、正式なものに変わった」

「今まで仮だったんだ?」

「その通りだ」


 意外な事実の暴露に、想は今日何度目かわからないため息を吐き出して、四谷の大真面目な顔を見つめた。


「一応聞いておく。なんで?」

「諌山想が超幸運の存在を真実だと認め、そのように扱ったからだ」

「そんな覚えないけど」


 コタツを挟んで向かい合い、超幸運の言葉を待つ。


「黒の超幸運と契約した人間のうち、本契約まで進んだのは諌山想が四人目だ」

「そんなに難しいんだ、本契約って!」


 歯をむき出しにして、ついでにムカつきもむき出しにしてイヤミったらしく吠える。もちろん、四谷が動じる気配はかけらもない。と思いきや、謎の微笑を浮かべてこう答えた。


「難しいようだぞ」

「説明したいんだったらお好きにどうぞ」

「諌山想。超幸運と契約をする人間はそれなりの数存在する。設定されているキーワードは難しくなく、言葉を発する際の条件も非常識なものにはしていない」

「ちょっと頑張れ、ね」

「しかし、超幸運について理解をし、信じる者は少ない。疑う者はとことん疑い、疑わない者はまったく疑わない。そして、信じない者も信じる者も、他人に黙っておくことがなかなかできない」

「……へえ」

 

  ――まあ、確かに、そーかもねえ……。


 はなっから信じなければ、他人にネタの一つとして話してしまうかもしれない。

 頭っから信じてしまう単純な人間は、言わずもがなだ。つい、浮かれて話すのだろう。


「諌山想のように信じるでも信じないでもなく、一人きりでわれわれを試そうとしてくる人間は稀だ。最近は特にそうで、この五年間、当選者は何人か現れたものの、その真偽についての情報を求める間に権利を失っている」

「どういうこと?」

「インターネットだ。超幸運に関して、知っている者はいないか調べてしまう」

「調べただけで権利がなくなるのか?」

「調べているうちに、同様の体験をした者を発見する。自分も会ったのだが、これは一体なんなのか。こんな書き込みをすると権利が失われ、真実を知ることはできなくなる」

「書き込みって掲示板とか? そういうとこに書くのも、話した扱いになる?」

「その通りだ。なので、超幸運は現在、都市伝説のようなものになりつつある」

「はははは!」

「笑い事ではない。迷信の類として認識されかけているので、超幸運と契約をし、その力を行使できる人間は今後ますます減っていくだろう」

「なにか困るの? それで、お前らはさ」

「困りはしない。残念には思うが」


 ここで少年は、はたと自分がなにをしに来たのかを思い出した。


  ――笑ってる場合じゃねえし。


「おい四谷。それより、俺の母親だよ。うざすぎ。なんとかしてくれ」

「それはできない。他人の心理の操作は無効だ」

「俺のことは? もう単純なアホにしちゃってくれよ。わーい、お母さんが優しくなったーって思えるくらいのアホな子にしてくれよ!」


 ダン、とコタツの天板に拳を打ち付ける。

 そんなナイーブな男子高校生を、超幸運はこう諌めた。


「われわれは契約者に変化を求めない。それに、それは幸福な状態とはいえない」

 想は超幸運を、じろりと睨む。

「われわれは願いを叶える。それは、契約者を幸せにするという意味ではない」

「なにが言いたい?」

「しかし、わたしの叶える願いは、契約者の幸福に繋がるようになっている」

「じゃあ、今日はちゃんとママと向かいあえってか?」

「不幸を知る者のもとにこそ、真の幸福は訪れる」

 澄ました顔は、珍しくこう続けた。

「……らしいぞ」

「なんだそれ」

「わたしは人間ではない。が、多くの人間を見てきた」


  ――そこから悟りを得ましたってか?


 また、ため息が少年の口から漏れる。

 帰る場所は家しかない。財布も上着もない。それらを今すぐ出せといっても、超幸運は叶えない。


 想は仕方なく立ち上がると、四谷に向かって軽く手を挙げ、冷たい空気の漂う外への扉を開けた。

 

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