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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
19/60

19 少年を待ち受けていた幸福 1

「諌山、今回も頑張ったじゃないか」


 教師から笑顔で答案を返され、少年はそれに、はあ、と小さな声で答えている。

 補習やら親の呼び出しといった負のイベントは起こさずに済んだらしい。

 教壇から自分の席に戻る間に目が合った親友に、ほんのちょっと笑顔を見せておけば試験は無事に終了だ。


 冬休みはもう目前に迫っている。世間一般では年末年始はイベントが目白押しになるものらしいが、諌山想には関係ない。クリスマスだろうが、正月だろうが、いつだって通常運転で生活に変化などない。

 コンビニは一年中、三百六十五日、時には三百六十六日、二十四時間いつだって開いている。それさえあれば、生活にはなんの問題もない。



「ねえ、想、今日は寄り道しないで帰ってくれる?」

 二学期の最終日、いつも通り学校へ出ようとしている息子に母からこんな声がかかった。

「なんで?」

「大事な荷物が届くの。午後に来るから、受け取ってもらっていい?」

 今までにされことのない頼みごとに、想は首を傾げている。

「宅配ボックスじゃダメなわけ?」

「……入れられないものもあるのよ。信書とか」

「へえ」


  ――めんどくせえなあ。


 本心はそれに尽きるが、朝から親子喧嘩も気が重い。親友の仲島君は、今年最後の授業が終わればすぐにオーストラリアに発つ予定らしいし、それ以外に行く場所は四谷の部屋しかない。黒の超幸運に急ぎの用があるかといわれれば、ない。



「わかったよ」

「ありがとう。良かったわ」

 ルンルンと喜ぶ母の姿からプイと視線を逸らして、クタクタのスニーカーに足を入れる。エレベーターで一階まで降りると、向かいのアパートからおなじみの姿が現れた。

「四谷」

「なんだろうか」

「お前、コートとかないの? さすがに見た目、寒そうだぜ」

 もう十二月もあと少しで終わる。朝の冷え込みは半端なくて、コートもマフラーも、ブレザーの下にセーターも着ていない男子高校生の姿はやたらと寒々しく見える。

「われわれは寒さを感じない」

「そうだろうけど、目立つぜ? 制服だけで平気そうな顔しちゃってさ」


  ――顔色が悪いって、保健室あたりに誘われそうだけど。


「目立つのダメって言ってなかったか?」

「わかった。不自然に見えないよう対処する」


  ――案外、抜けてるよなあ。


 一体どのくらいの期間人間のフリをしてきているのか知らないが、脇が甘い。

 超幸運の擬態の問題点を考えながら学校への道を歩んでいく。


 終業式はあっという間に終わった。通知表を受け取り、机やロッカーの中を空にして生徒たちは学校を後にする。高校生に、クリスマスに騒ぐなというのは無理な話で、みな浮かれた足取りで家以外の場所へと繰り出していく。

 もちろん、カラオケだのパーティだの、誰かの家だのに行かない生徒だって多い。塾にいく受験生もいるし、友達のいないさみしんぼうもいる。


「じゃーな」

 家の前で超幸運と別れ、珍しく寄り道をせずに少年は家へと帰った。

 いつも通り、ドアに鍵を入れてまわし、薄暗い廊下を歩いてリビングへと向かう。


「おかえりなさーい!」


 ドアを開いた瞬間、いつもは決してしない母の声が響いた。

 明るい笑顔の上には、浮かれたメタルグリーンの三角帽子がのって輝いている。


「驚いた?」

「……まあね」


 仕事に行っていると思いきや。

 リビングは完全なクリスマス仕様に作りかえられていて、無駄に大きなツリーはピカピカとライトを順番に点灯させているし、その下には誰宛てなのかわからないがプレゼントがいくつか置かれている。

 テーブルには真新しい白いクロスがかけられ、大きなチキンやサンドイッチ、更にはケーキが並べられていた。


「想とクリスマスパーティしようと思って」

「じゃあ……」


  ――信書がどーのこーのっていうのは、ウソだったわけか。


「じゃあ、なあに?」

「いや、別に。着替えてくるよ」

 自分の部屋に戻り、想はコートをポイとベッドの上に放り投げた。


  ――もしかして、これか。四谷の言ってた、二ヵ月後にわかる幸せって。


 苦い笑いがこみ上げてきて、ふっと息を漏らして、少年は着替えを進めていく。


  ――バカじゃねーの?


 こんなことで喜ぶのはお子様だけだ。コケにされたような気分に腹が立ち、少年はパソコンを立ち上げると四谷にあてて短い苦情のメールを送った。

「想、着替え終わった?」

「今行くよ!」

 乱暴に制服を脱ぎ捨て、着替えを終える。重たい気持ちを引きずりながら、短い廊下を進む。


 一人息子がリビングに入ったら、諌山家のパーティは始まるらしい。

 クラッカーが破裂音を鳴らして、紙テープが白々しく宙を舞っていく。


「父さんハブっていいわけ?」

「お父さんは夜一緒にやればいいんだもの。お母さんはちょっとだけ、想と二人きりで過ごしたかったの」


  ――キモッ!


 鳥肌がぞわぞわと、二の腕から全身に広がっていく。

 息子の虚ろな瞳に母は気付かず、下を向いたまま小さく笑みを浮かべると話を始めた。


「まずは謝ろうと思って。ホントに、ごめんね、想」


  ――ぶっ殺そうとして?


「お母さんね、一カップのこと、三〇〇ccだと思ってたの」

「は?」

「お料理の時に計量するでしょ? 一カップって、二〇〇ccなのよ、本当は。ずっと間違って覚えていたの! ついでに、小さじは大さじの半分だって勘違いしていたのよ。本当は、三分の一なんだけど」


 母の言葉の意味が理解できず、想は眉間に皺を寄せた。思いっきり深く。

 その表情にようやく気がついて、母は情けない顔をして笑った。


「今まで、お料理する時にずっと間違った分量で作ってたのよ! ホント、ドジで嫌になっちゃうわね」


  ――ああ、なるほど。レシピ見てるくせになんでって、そういうことだったのか。


 マズイ料理の作り方載せてんじゃねえよ、と本に向けていた苦情は筋違いのものだったらしい。

「お料理教室に通って、ようやくわかったのよ。まずそこのところが間違ってたって」


  ――バカだなあ。


 お料理教室には過去にも行ったことにしてあるのに。設定をもう忘れてしまったのだろうか。想は考えながら、今日はやたらと動く母親の口元を見つめた。

「おなかすいたでしょ? 一緒に食べましょう。このチキン、買ってきた物じゃないのよ? お母さんが作ったの」

 こんなセリフに息子の反応はゼロ。

「朝から頑張って作ったの。想に食べてほしくって……」

「すごいね」

 ちっとも感情の入らない褒め言葉に、母は悲しげな表情を浮かべている。

「大丈夫よ、味見したんだから」


  ――今までは? してたの?


 していたんだとしたらとんだ味オンチだし、しないで息子に出していたんだったら、随分とバカにした話だ。

 想の冷たい視線を感じつつ、母が動く。自信作を二枚の皿に取り分けると、自分と息子の前にそれぞれ並べた。


「二学期、お疲れ様。試験の成績も良かったんでしょう? 頑張ってたのね」

「……試験って?」

 ジンジャーエールがグラスに注がれ、小さな泡をパチパチと弾かせる。

「先生がお電話くださったのよ。すごくよくなったって。お母さん、あなたのこと全然わかってなかった」


  ――やる気出したとかじゃないんですけどね。


 勝手に感動中の母がグラスを持ち上げ、息子に乾杯を促してくる。

 しぶしぶ、少年もグラスを手に取って持ち上げる。


「乾杯!」


  ――なにに?


 ため息をつくかわりに一口グラスの中身を飲み込んで、やむを得ず、わざわざ骨の部分にリボンまで巻いてあるチキンに手を伸ばす。

「食べてみて!」


 複雑に入り乱れた感情が、手の動きを止めてしまう。

 持ったものの、口まではやってこない、クリスマス仕様のチキン。

 それをじっと見つめている、母。


  ――めんどくせ。


 少年は母親にちらりと目をやる。

 母は、息子のしらけた視線に気がつく。


「……そうよね、こんなの、今更すぎるわよね……」

 突如泣き出す母親の姿に、想は思いっきり顔をしかめた。

「今までちゃんとしてこなかったんだもん……。自分のことばっかり優先させて、あなたはほったらかし。ご飯だって全然美味しくないのに、食べないなんてって怒ったりして……」

 グスグスという嗚咽が、号泣へとグレードアップする。


  ――四谷くーん! 僕のお母さんがうざいのをなんとかしてくださーい!!


 心の中で必死に超幸運を呼ぶが、答えはない。口に出されない願いは叶わないし返事もない。

 自分でなんとかする以外にこの状況を切り抜ける方法はなく、少年は手にしたチキンにガブリとかじりついた。

「あ、うまっ、これ美味い! すげえ美味い!」

「本当?」

「ホントホント。だいぶ上出来。だって普通に食えるし」


  ――俺もオーストラリアに行きゃあ良かった!


 パスポートでもなんで取ればよかったと心の底から後悔しながら、諌山想の悲しいランチはこの後もしばらく、続いた。

 

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