18 育まれる友情と、未知との遭遇
今夜の夕食は「絶品ソースが美味しい! ステーキ弁当」に決まり。
最近テレビで活躍している有名なシェフが監修したとかで、別添えのソースをかけて食べると最高に旨いと、ニュースなどで取り上げられている話題の新商品だ。
尤もこれを選んだ少年は、たまたま行きつけのコンビニに置かれていたからそれを選んだだけで、POPに印刷された、微笑みを浮かべているシェフなどに興味はない。
想はいつも通り、ペットボトルのお茶と一緒に選んだ弁当を持ってレジに行き、笑顔でそれを受け取る店員を見て眉間に皺を寄せた。
――こいつか。
バーコードリーダーがピっと音を立て、本日の夕食代がいくらになったかが告げられる。
財布から千円札を一枚取り出しているほんの少しの間に、悲劇は再び起きた。
「森永さんっ!」
「わあ」
絶品ソースは案の定、レンジの中で爆発していた。
超幸運にこの間の願いを叶えてもらうべきだったかと、少年は後悔のような感情を覚えている。
「ソースはちゃんと取ってって言ってるでしょう!」
「すいませーん」
反省のかけらも見られないピンク頭の胸には、「☆かりん☆」の名札がついている。
レインボー24の店員は皆、フルネームがかかれた名札を左胸につけているはずだ。が、このピンクは勝手にミルキーブルーのペンで自分のそれを他の店員よりも可愛くアレンジしてしまったらしい。
――可哀想な電子レンジ。
夕方の店内に、絶品ソースのいい香りが漂う。レンジの中でベタベタにアレンジされた弁当はど派手なネイルのついた手で拭かれ、レジ袋に入れられていく。
「ちょっとベタベタするけど、ちゃんと拭いたから!」
ピカーっと輝く笑顔で差し出され、想は思わず笑ってしまった。
「これ、ソースなしでも美味いの?」
「え? んー、どうかなあ。あった方が美味しいんじゃない?」
あっけらかんと答える☆かりん☆の前に店長が素早く入り込み、すいませんすいませんと必死にお詫びをしてくる。
「今新しいのと交換しますので!」
「いいよ、別に」
ぱあっと笑顔を浮かべたピンクから袋を受け取り、オプションのようについてくる店長に手を振ってコンビニから出ると、いつものように少年はエスポワール東録戸へと戻った。
「味気ないわ」
やはり別添えの絶品ソースは必要だったらしい。
「四谷、ソース出してくれよ」
「われわれは単純な命令は受けない」
「じゃあオトモダチとして頼むっていうのは? この味気ないステーキ弁当を美味しく食べるために、一肌脱いでくれ」
「わたしと諌山想の関係は、友人と呼べるものではない。超幸運と契約者であり」
「言っただけだよ」
チッと舌打ちをして、薄く塩コショウがされただけのペラいステーキ肉を口に運んでいく。
「なあ、期末試験、一位とか取れる?」
「そう願えばもちろん可能だ。その方法は前回シミュレーションで話したものと同じで二種類あり」
「やっぱりカンニングを疑われる?」
「その通りだ」
まだまだ、教師の信頼が篤い生徒にはなれていないらしい。
「仲島家のお招きは? また入り浸りオッケー?」
「それを願いとして叶えるのか?」
――珍しい言い回しだな。
その理由がなぜか、考える。そして答えはすぐにわかった。
「お前に頼むまでもないな」
仲島君、今度も一緒に試験勉強に励まないか? とでも言ってやれば、あのボンボンは笑顔で「いいとも!」と答えるだろう。
「なあ仲島、もうすぐ期末試験だなあ」
次の日の昼休み、いつものようにランチにお呼ばれしながら想がこう呟くと、お坊ちゃまは嬉しそうに笑顔を浮かべながらポットからお茶を注いで親友に差し出してきた。
「今度もまた先生に来てもらうことになってるんだ。諌山君も一緒に、ぜひ!」
――こちらこそ、ぜひ!
少年が笑みを浮かべるとそれだけで約束は完了し、秋が終わりを迎える頃、毎日楽しいボンボンのお友達ライフが再び始まった。リムジンでの送迎、美味しいお食事、わかりやすいお勉強、そしておやつまで付いた生活は快適そのものだ。
――こいつさえ押さえておけば、超幸運なんかもういらねーんじゃないの?
そんなことを考える想に、こんな質問が飛んでくる。
「諌山君は、クリスマスはどう過ごすんだい?」
「別に。なんもないけど」
スプーンで触れるとすーっと、ありえないレベルですーっと切れるビーフが転がるシチューを食べながら、少年たちは軽やかな会話を交わしていく。
「僕はオーストラリアの別荘に行くんだ。良かったら、一緒にどうかな?」
朗らかな仲島の笑顔に、少年は少しだけビビった。
――マンガかよ、ホント、こいつは。
「いいよ。パスポートもないし」
「更新をし忘れているのかい?」
――まず、持ってないって発想がねえんだな、このセレブ野郎。
「だらだらしたいんだよ。年末年始は」
「そうなのか。なるほど、それじゃあ仕方ないね」
――俺が、うん、いきたーい! って言ったら即、連れてってくれんのか?
自家用ジェットとか、プライベートビーチとか、そういうものを持っているんだろうなと考え、想は親友に視線を向けた。顔立ちは、良くも悪くもない。最近世話になりすぎていて、なんとなく、品があるように見えてきた気はする。
「今のうちに更新しておくといいよ。修学旅行だってあるわけだし」
「海外だったっけ?」
「去年は沖縄だったかなあ」
――じゃあ、いらねーじゃん。パスポートなんか。
とろりと口の中で溶けるビーフを味わっているうちに、心の中にふっとこんな考えが浮かぶ。
――オーストラリアで、超幸運に出会っちゃったりしてな。
「どうしたんだい? なにか楽しいことがあったのかい?」
「別に」
少年のそっけない答えに、仲島は悲しげな表情をする。その様子がおかしくて想がまたふっと笑顔を浮かべると、お坊ちゃまは安心した様子で食事を再開させた。
もしも仲島が超幸運に出会ったら、どんな願いをするだろう?
帰り道、フカフカの座席に身を沈めながら少年は考えてみた。
――クラッカアンドサイダーに会いたい!
――お前の願いを叶えよう。この願いは、今から三日後に叶えられる。
ひゃっほーと飛び上がって喜ぶんだろうな。考えて、想はふふんと笑った。
仲島はきっと、小市民的な願いを叶えていくに違いない。家は広いし、快適だし、困ったときには執事アンドメイド軍団が飛んでくる。学校にはボディガードが潜んでいるなんて異次元の高校生なのだから。
――いや、案外、お父さんとお母さんと過ごせる時間を増やして、とか。
あれだけ自分を慕ってくるあたり、さみしんぼうなんだろう。想は仲島にそんな印象を持っていた。超幸運に願いを叶えてもらってからこの二ヶ月強で随分お邪魔させてもらったが、仲島の家族には、誰ひとりとしてお目にかかっていない。あれだけ広い家に、一人ぼっちだ。人はいても、使用人だ。家族ではない。
――金持ちもラクじゃないね。
そんなことを考えている間に、車はもう自宅マンションの前についている。
今日はなぜか、仲島家執事の権田が車の扉を開けて想に一礼をしてきた。
「どーも」
「毎日遊びに来ていただいて、ありがとうございます」
突然のお礼に少年は面食らって、妙にかしこまってこんな返事をしてしまう。
「いや、こっちこそどっぷりお世話になっちゃって……」
「お坊ちゃまは諌山様を随分慕っておられます。どうぞ、末永くお付き合いを」
丁寧な言葉に、はあ、と頭を下げる。どうやら本気で親友扱いをされているらしい。
――俺みたいなロクでなしの、どこがいいんだか。
リムジンを手を振って見送っていると、突然後ろからバンと背中を叩かれた。
「うぉっ?」
「すっごい! なあにあのながーい車っ!」
想がムカつき丸出しで振り返ると、メタルピンクのシュシュに街灯の光を反射させた☆かりん☆が笑顔で立っていた。
「ねえねえ、君ん家の車? なんだっけ、ロールスロール?」
「俺の家のじゃねえし」
少年の冷たい視線をものともせずに、ピンク頭はまだまだ笑顔だ。
「じゃあなんで乗ってたの。もしかしてタクシー? どこで乗れるの? 駅前とか?」
「あれは友達の家の車」
「ウソーっ! お友達の車? すごいすごい、わたしも今度乗せてっ!」
あまりにも軽い発言の連続に、想は思いっきり顔をしかめた。
――頭わるそーと思ってたけど、マジで悪いんだな。
「中にミラーボールとかついてるんだよね」
興奮する黄色い声を無視して、マンションのエントランスに向かう。
「ねえ、乗せてよー!」
そんな声がするのと同時に、腕にしがみつかれる。ふわんとした体が当たって、さすがの少年も焦って思いっきり腕を振り払った。
「なんだお前っ」
振り払われた側は、目をまんまるにして驚いた顔だ。しかし、返答はこう。
「かりんだけど」
少年にとって、「絶句する」という体験はこれが人生で初めてのものだった。
意思疎通ができそうにない生物との衝撃的な邂逅に、冬だというのに額に汗が浮かんでくる。
「かりんだけど?」
「……それは知ってる」
「え? ホント!?」
嬉しそうに輝くピンクに、少年は思わず怒鳴った。
「お前は俺を知らねえだろ!?」
大声に驚いたのか、果林が体をすくませて一歩下がる。その隙にマンションのエントランスを通り抜け、想はエレベーターではなく階段を駆け上がって家へと帰った。