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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
16/60

16 超幸運が人間社会に紛れる際のルール

 仲島家のリムジンに送ってもらい、少年が帰宅したのは午後八時。

 両親はまだ帰っておらず、家の中は暗い。


 テーブルの上には千円札が一枚置かれている。息子のために料理を用意しなくてごめんなさいという、母からのお詫び代わりの千円だ。

 そんな日々が一ヶ月以上続いて、想の手元には使われていない千円札が十二枚。


  ――思わぬ臨時収入だね。


 これほど貯まった理由は、もちろん仲島君の厚い友情のおかげだ。彼の家に招かれると夕食代はかからない。今日はお友達の家でご馳走になったらからこれは要らないよ、なんて報告をする殊勝さは少年にはなくて、財布は毎日、少しずつ太っていく。

 仲島家の説明をするのは面倒くさい。そんなにお世話になっているならお礼を、という話になったらもっと面倒だし、あのお宅にはなにを持っていってもお土産になるとは思えない。


  ――あいつが勝手にお招きしてくるだけだしな。


 今までのお友達関係にはよっぽど懲りたのか、三クボにはもう見向きもせず、仲島は想にばかりすり寄ってくる。少年はそれに、お前ちょっとうぜえよ? 気分で微笑みかけてやる。

 諌山想と仲島廉の友情は少し歪な形に、かなりのローペースで、順調に育まれていた。


 厚くなった財布をポケットに突っ込んで、少年は深夜のお散歩へ。ちょっと飲み物を用立てに、いつものコンビニへと向かう。

 その前に、マンションのエントランスでふと足を止めた。


  ――超幸運は眠らない、って?


 エスポワール東録戸の裏側に回り、狭い庭になっている部分を通って一〇三号室の窓の前で立ち止まる。カーテンも閉められているし、中のあかりもついていない。つまり、なにも見えない。

 と、思ったら、突然窓が開いた。

「うわっ」

「質問か願いが出来たのだろうか、諌山想」

 薄暗い部屋の中に、青白い顔が浮かんでいる。

「お前、怖えよ」

「諌山想が訪ねてきたので出迎えた。中に入るのなら、玄関からの方が誤解が少なくて良い」

「いや、用はないから」

 そう答えると、四谷は黙ったままゆっくりと窓を閉めた。

 想も、そのまま庭を通り抜け、レインボー24へと向かう。


  ――あいつんとこに泊めてもらえばわかるのかな?


 しかし、布団はない。あったとしても、枕元でじっと正座されていたら多分、気持ち悪い。


  ――まあいいか。


 もうすぐ次の日になろうとしている夜の街に、コンビニだけが明るく光を放っている。棚の中に目新しい商品はない。昔からある定番のコーラを手に取ると、少年は家に帰ってしばらくPCの画面を見つめた。



 次の日。いつも通り、少年はエスポワール東録戸でだらだらと過ごしている。

 隣には超幸運が控えていて、質問や願いを聞き入れようと待ち受けている。

「宝くじ買って、一等当てるとかっていうのは可能?」

「可能だ」

「すげえな」


  ――これが一番早いよな。超幸運が本当だっていう証明になりそうな願い。


「例えば俺が買う宝くじはこれから先全部当たっちゃうとか、そういう願いも叶う?」

「もちろんだ」

 

  ――じゃあいざって時には、そう願えばダラダラ生きていけちゃうな。


 ふっと笑う想に、超幸運は注意を促してきた。

「諌山想、この国で定期的に売り出されている高額当選が見込めるくじに関して、毎回必ず一等を取らせ続けることはできない」

「なんで」

「不自然すぎるからだ。あまりにも高額の当選が続けばなんらかの不正をしているのではないかと怪しまれるし、不必要な危険を招く可能性がある」

「じゃあ例の、オススメしないってやつになるのか?」

「その通りだ」

 大真面目な四谷の顔に、想は大きなため息をついた。

「こうるせえな、お前」

 

  ――黙って願い叶えてろよ、ホント。


 そう考えていたものの、この願いを叶えようと少年は思っていない。人生に窮した時の最終手段、くらいでいい。その程度だ。連続して当たる必要などない。

 喉の渇きを覚えて、少年は立ち上がった。秋晴れの爽やかな空気の中、いつも通り飲み物を買って再びボロアパートへと戻る。


 一〇三号室のドアに手をかけたところで、隣の部屋から誰かが出てきた。

「あ! こんにちはー!」

 構わずに中に入ろうとした想の腕を、隣の誰かが掴む。どうやら今の声は少年にかけられたものだったようで、振り返ると見覚えのあるピンクの頭が揺れていた。

「こんにちはー。先週、一〇五号室に引っ越してきた森永っていいます!」

 コンビニでタルタルソースを爆発させた、新入りの店員で間違いなさそうだ。こんなピンク色の頭はそういないし、真っ黒に装飾された目元も特徴的だった。

「四谷、お客さんだぞ」

 掴んできた手を振りほどいて、中にいるクラスメイトに呼びかける。正座をしているかと思いきや、もう玄関まで来ていた超幸運は、現れたご近所さんの前に立つと軽く微笑んだ顔で常識的な挨拶をした。

「彼は僕の友人で、ここの住人ではありません」

「あ、そうなんだー。ごめんなさい」

「一〇三号室の四谷です」

「四谷君ね。私、森永(もりなが)果林(かりん)っていいます。これ、ご挨拶に」

 小さな紙袋を差し出され、四谷は素直にそれを受け取っている。

「ご丁寧にどうも」

「高校生? 一人暮らししてるの?」

「ええ。では、失礼します」

 まだ話したりなさそうなピンク頭を無視して、ドアが閉められる。

 部屋の奥で座っていた想は、戻ってきた四谷に笑いかけた。

「お前、なんだよ今の。すげえ普通じゃん」

「普通に応対しなければおかしい状況だったからだ。学校でも、教師や他の生徒に対しては今のように振舞っている」

「そうだったっけ?」

 四谷が誰かと話している姿を見たことがあったかな、と想は考える。


  ――いつもあの口調じゃ、まあ、おかしいわな。


「なにもらったの?」

「洋菓子の詰め合わせだ」

 超幸運に差し出された紙袋から勝手に中身を取り出して、包装紙を破って開ける。

「これ、そこのコンビニに売ってるやつだな」

 レジの奥の棚には、贈答用の詰め合わせが飾られている。見覚えのある安っぽいデザインの缶に、少年は勝手に納得していた。


  ――店員割引とか、コンビニにもあるのかね。


「食っていい?」

「もちろんだ」

 安い味のクッキーをかじりながら、いつも通りのだらだらモードに戻る。

「お前、いつも昼ってどこにいんの?」

「人のいないところだ」

「ははっ」

 意外な答えに、思わず大きな笑いが漏れる。

「寂しいね四谷君!」

「わたしには食事が必要ない。食物を体の中に入れても消化されないし、処理をしなくてはならないので、飲食はできる限り避けている。なにも食べずにじっと席に座っていると周囲が心配などの反応をするので、毎日昼休みの時間は人の目がないところに移動している」

「へえ」


  ――なんでもできるなら、ご飯のフリなんかも簡単そうだけど?


 想がじっと見つめると、四谷は続けて更に「お昼に不在の理由」について話し出した。

「諌山想、われわれの肉体は毎年二月十七日に入れ替わる。来年の二月になれば『四谷司』はいなくなるので、普段からあまり記憶に残らないよう、人との交流は極力しないようにしている」

「……お前、なんでもできるんだろ? 自分のことだけみんなの記憶から消しちゃうとか、そういう風にすりゃいいんじゃないの?」

「記憶の操作はそれほど単純なものではない。四谷司という男子生徒がいたという事実以外の記憶にも関わってくるものが必ず存在し、それらをすべて消していくと余計な影響が及ぶ可能性がある」

「はあ?」


 お近づきのご挨拶クッキーはパサパサしていて、ちっとも喜びのない味だ。口の中の乾燥を飲み物で押し流して、残った分は蓋をして袋に戻しておく。

「例えば仲島廉の場合、四谷司がいたという事実だけを消すと、誰かに蹴られて罵られた記憶が非常に危ういものになってしまう」


 誰かに蹴られた挙句、つまらないと罵倒された。それから大いに反省して、態度を改めて、友人選びもやり直したわけなので、確かにそこだけが曖昧になると混乱するかもしれない、と想は考えてみた。


 しかし、それ以前に致命的に大きなツッコミどころがある。

「それはお前が悪いんだろ? そんな事情があるなら自分で蹴ったりするなよ」

「あの時は一番効果があるやり方がああだったのでわたしが蹴り、注意をした」

「注意か? あれ」

 仲島の悲しそうな表情を思い出し、想はケラケラと笑う。

「制裁だろ」

「どう思ってもそれは諌山想の自由だ」

 澄ました顔にますますおかしい気分にさせられて、笑いはしばらく続いた。朗らかな時間が終わり、出てきた涙を拭きながら少年は改めて超幸運に質問をぶつけていく。

「仲島以外に、四谷君の思い出があるヤツは誰かいるの?」

「同じクラスの女子生徒である柿本(かきもと)史絵(ふみえ)は四谷司の容姿が好みなので、好意を持ってよく観察をしている」

「モテ自慢かよ?」

 今度は呆れた気分で声をあげる。しかし、いつも通り四谷は無表情のままだ。

「じゃあ柿本とやらは甘酸っぱい片思いのまま、お前とお別れするんだな」

「その通りだ」

 

  ――澄ましやがってよ。


 心の中でケケっと笑う。しかしその後すぐに、では二月を迎えた後この秘密基地はどうなるのかという疑問が浮かんできた。


 この少年にとっては珍しく、それは惜しいなという気分になって、想は相変わらずのマジメな顔に視線を向けた。

 

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