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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
15/60

15 高校生の極めてノーマルな日常

 レインボー24(トゥエンティフォー)南録戸三丁目店は想の家から一番近い距離にあるコンビニエンスストアだ。

 広めの店内には新商品が毎週のように入荷され、業界一位なだけあって弁当はどれも美味。「毎日違うお店の味を試した~い」みたいな希望のない想にとって、ここさえあればすべてが事足りる便利な場所だった。

 タルタルチキン弁当と、お供に緑茶を手に取って想はレジへと向かう。今はキャンペーン中で、弁当とドリンクがセットで五十円引き。おかげで夕方の店内はいつもより少し混み合っていて、レジの前には列が出来ていた。


  ――四谷の奴(あいつ)、なんか隠してるよな。


 結局疑問はなにも解決していない、と少年は考える。


  ――必ず真実を答えるとか言うくせによ。


 例えば、超幸運がいつ契約者と出会うのか。それも「わからないこと」なのだろうか。

 想は考えながら、列が進むのをじっと待つ。


  ――あいつも神様ってわけじゃないんだろうけど。


 じゃあ自分は「神」なんてものを信じているかと言うと、違う。想は思わずニヤリと笑った。

 では「超幸運」は信じるのか? 自分は、信じているのだろうか。


  ――面白いとは思うけどね。


 母親の態度の変わりようは? 確かに、手料理攻撃は収まってる。

 仲島家に招かれてお坊ちゃまの御友人ごっこに至ったのは?

 成績だって、どんぴしゃの三十六位。


  ――警部、これは、信じるに足る証拠になるのではないでしょうか!


 仲島の家で見せられた「クラブスマイラーズ」のコントが浮かんできて、今度はため息が出てきてしまう。

 中に入ってしまえそうな程の巨大なテレビで二時間も上映会をされて、本当に疲れた。

 昨日の忌まわしい思い出に、しかし今度は笑いが出てくる。

 隣で涙を流しながら笑い転げる仲島は、気取ったお坊ちゃまの設定はどこへやら、やっぱりアホなウザキングだった。


「お弁当あたためますかー?」


 列はのろのろと進んで、ようやく想の順番がまわってきた。やけに時間がかかると思ったら、どうやら新入りの店員のせいだったらしい。

 見覚えのない、頭の上の方で二つに結ばれているピンク色の髪。濃いメタルピンクのシュシュが店内の照明を受けてギラギラしている上、女児向けの猫のキャラクターの小さなぬいぐるみがいくつも飾りつけられてる。


  ――頭わるそー。


 自分だって大した頭脳の持ち主ではないのに、少年は冷めた気分で新入りの若い女性店員の採点をしていく。

「お弁当あたためますかー??」

「はい」

 タルタルチキン弁当を渡し、ポケットから財布を取り出そうと手を伸ばす。

「あたためますかー!?」

 思わず顔を上げると、ピンクの店員は目を大きく開けて、想を下から覗き込んでいた。

「……はい」

 声が小さくて聞こえなかったのだろうか。今度はついでに首を縦に振って、わかりやすく答えていく。

 

  ――化粧、すげー濃いな。


 アイラインとマスカラで黒々と強調された目元。どうやら目を大きく見せたいらしいが、それ以前に目の周囲が黒い怪しげな塊になってしまっていて、魅力とは真逆の印象しか受けない。

 真っピンクの唇は、脂っこいものでも食べたかのようなテラテラ具合で、メイクって一体なんなんだろうね? と少年に問いかけてくる。


 弁当が加熱されている間に代金を払っていると、前方から爆発音が響いた。

「うわっ! ちょっと森永さん!?」

 ピンクが慌てて振り返る。どうやらレンジの中でなにかが破裂したようだ。

「ソースは外してからって言ったでしょ!」

「すいませ~ん」


 レンジの中は悲惨な状態だ。爆発したタルタルソースが庫内のあちこちでしゅうしゅうと音をあげている。

 どうやらここからは、いつもより余計に時間がかかると察知した勘のいい客が、何人か去っていく。


「すいませんお客様、すぐ用意しますんで」

 店長と書かれた名札をつけたおっさんに声をかけられ、少年は小さく頷く。一件落着と思いきや、ピンクの店員が温め終わった弁当を袋に入れて、ひょいと差し出してきた。

「ごめんね、ちょーっとベタベタするけどハイこれ!」

「ちょっと森永さん!」

 すいませんすいません、と店長は何度も頭を下げる。すぐさま振り返り、新人のピンクを連れ去って店の奥で説教を始めた。かわりに他の店員が慌ててやってきて対応を始めたものの、人手の足りないレジの中は戦争のような状態だ。


 結局丁寧に拭いてもらったものの、まだ少しベタつく、添付のソースを失ったチキン弁当を下げてエスポワール東録戸へ戻ったのは十分後のことだった。


「なあ、レンジに入れても爆発しないソースの小袋作ってくれよ」

「諌山想がそれを開発するというなら、十一年と三ヶ月かかるがいいだろうか」

「俺がやんのかよ。くっだらねえ願いだな、それ」

 四谷はいつも通りの無表情で、少年に確認をしてくる。

「叶えるのか?」

「なしなし。じゃあさ、この世のすべてのコンビニ店員がソースをレンジで爆発させないようにしてくれ」

「これから先にレンジで爆発しない小袋が開発され、すべてのコンビニエンスストアで採用されるまでは十九年と八ヶ月かかるがそれでもいいだろうか」

「もっとくだらねえな」

 大真面目な返答にハハと声をあげて笑い、想は超幸運にこう答えた。

「それもなしで」

「了承した」


  ――なにかしら、大発明が出来るってのはいいかもしれないな。


 くだらない願いだと思ったが、新しい発明というのはなかなかいい発想ではないだろうか。

 自分にとって素晴らしくいい新商品はないか考えながら、想はチキン弁当を口に運ぶ。

 いつも通り、四谷はテーブルの向こうでじっと正座したままだ。超幸運は必要ないとはっきり断言した通り、一度も食事をする姿を見せたことがない。


「お前、マジで飯、食わないの?」

「必要ない」

 学校での昼休み、四谷の姿は教室の中にはない。


  ――こっそり便所飯とかしてたらマジで受けるんだけど。


「寝るのも必要ないんだよな。夜とかどうしてんの?」

「なにもしていない。諌山想から連絡があった場合に備えている」


  ――今度こっそり覗いてみようかな。


 実はどこかに布団を隠していて、夜はぬくぬく寝ているのではないだろうか。

 それとも、じっとこの部屋で正座をして座っているのだろうか。


  ――どっちにしてもウケるわ。……いや、ちょっとホラーか。


 結局自分にピッタリの大発明案は浮かばない。そもそも、日常でそれ程不便をしていないし、情熱的に欲しいと思っているものもない。



 次の日の昼、やたらとゴージャスな重箱入り弁当を仲島と一緒に味わっている間に、想はこんな質問をお友達にぶつけてみた。

「仲島」

「なんだろうか、諌山君」

「お前って、夢とかある? すげえ欲しいものとか」

 仲島の目が突然、くわっと開く。

「なに、そのリアクション」

「いや、諌山君の方から話しかけられるなんて、初めてな気がして」

 大きく開いた瞳はうるうるとしている。


  ――なんだこいつ。気持ち悪っ!


「いつも僕からばっかり話しかけていたから、もしかして迷惑がられているんじゃないかと思ってたんだ」

「そんなことねえし」

「よかった……。本当に、よかったよ……」

 想はちょっとだけ笑って、こんな風に心の中で叫んだ。


  ――うっぜー!


 その内心を知る術もない仲島は、友人の顔に珍しく浮かんだ笑みに素直に喜んで涙を引っ込めると、嬉しそうに話し始めた。

「夢ね。僕の夢、欲しいもの……。そうだなあ、今度やる、クラッカアンドサイダーの単独ライブのチケットが欲しいよ」

「……そんなの、お前なら簡単にゲットできそうじゃんか」

「電話受付が始まってすぐにかけたんだけど、つながらなかったんだよ! やっぱり人気がすごいから。つながった時にはもう売り切れだった。開始十分で完売だったんだよ? 信じられるかい? ファンクラブ用の抽選も外れたし、もうお手上げだよ!」


  ――律儀な奴だなー。


 財閥パワー使わないの? という言葉を想は飲み込む。

 もしかしたら、庶民の暮らしを体験しなさいとかなんとか、お家ではお坊ちゃま無双の状態だが、その外の世界では一高校生として暮らしているとか、そんな設定をされてこんなしょうもない高校に通っているのだろう。と、少年は考えていた。


  ――普通の高校生は、こんな弁当持ってこないけどね。


 何人分と想定しているのか不明な、三段重に入っている四角いなにかを口に運ぶ。

「これなに?」

「鴨のテリーヌだよ」

 教室の奥の方では、かつての仲島のお友達軍団、通称三クボ――小久保・窪山・奥掘――がじっとりとした目で二人のお食事風景を見つめている。


  ――悪いね、君達。


 ついでに姿を探してみたが、四谷はやはりいないようだ。

「諌山君、もしチケットが取れたら、その時はライブに一緒に行こうじゃないか!」

「お断りだね」

 仲島のショックを受けた顔にふっと笑う。


 その笑顔をどう思ったのか、お坊ちゃまもなぜかにっこり笑って、二人の奇妙なランチタイムはしばらく続いた。

 

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