11 力の証明ができそうな願いを試してみる
「今度の試験で一番取るとかって可能?」
四谷の部屋に寄るのがすっかり習慣になって、毎日毎日、想の平日の指定席は狭い四畳半の九八〇円のテーブルの前になっていた。
黄色の薄っぺらいクッションはますますペラペラになっていて、その上に座っては思いついた願いのシミュレーションを聞いて楽しむ日々を送っている。
「一番になるのは可能で、二種類の結果があるがどちらも諌山想にとってあまり良い結果になるとは言えない」
「取れるんだな」
――まずはそっちが驚きだぜ。
いつも通り、飲み物は一人分だ。新しく出た炭酸飲料の味は奇抜なだけで、旨いとは言い難い微妙な仕上がりになっている。
「で、どうなるの? まずは一つ目」
「一つ目は、ほとんどの生徒が満点を取って一番になる」
「ははは」
結果がアホらしすぎて、単純に笑いが漏れてしまう。
「どんなだよ」
「教師全員が試験の回答方法を全て三択にする。極端な出題が多かったせいで、勉強していなくても正解を選べる程度のレベルの低い試験となり、半数以上の生徒が満点を取って横並びになる」
「そんな定期試験があったら伝説になるな」
「まったくだ」
大真面目な顔で頷く四谷に、お前がそういう風に仕組むんだろうが、と少年はニヤニヤ笑う。
「もう一つは?」
「通常の試験だが、諌山想が適当に書いた答えが悉く正解し、一番になる」
「いいじゃんか。なにが問題なんだ?」
「普段の授業態度、前回の試験の結果などから鑑みて、教師達は諌山想がカンニングなどの不正行為を行ったと判断する」
「なるほどなあ。そりゃ、そうなるだろうな」
想は普段から態度がいいとはとても言えない生徒だ。部活動にも、委員会活動にも参加していない無気力丸出しの生徒がいきなりのトップでは疑われるのも当然で、納得するしかない。
「じゃあ一番計画はなしで」
「了承した」
そんな発想をした割に試験でいい点を取るための努力をする気はさらさらない少年は、立ち上がるとこの日も夕食を買いにコンビニへと出かけた。
男子好みのカロリーお高め弁当を温めてもらって、再びエスポワール東録戸へ戻る。
「電子レンジも欲しいな」
「電子レンジを用意するには二十三日かかるがいいだろうか」
「長くかかりすぎじゃね?」
もうすぐ十月になる。ここに入り浸る気なら、電子レンジよりも暖房があった方がよさそうだと想は考える。
「床暖房は無理だよな」
「それはこの部屋の構造的に難しい。賃貸物件なのでそこまでのリフォームはできない」
「この部屋にあったものなら、……コタツとか?」
――で、コタツで二人、ぬくぬくしながら話すのか。
気持ちの悪いシチュエーションに苦笑しながら、既にぬるくなってきた焼肉を口に運ぶ。
「一番じゃなくていいから、試験でいい成績取るっていうのは?」
「もちろん可能だ。諌山想にとって一番いい結果が出る方法は極めて快適で、誰もが喜ぶ素晴らしい結果になる」
「それで学年何位になんの?」
「三十六位だ」
――しょっぱ。
しかし「普段の自分が不自然じゃない程度にいい結果を出す」としたら、無難でリアリティのある数字だろう。
想は現在、勉学に打ち込んでいるとはとても言えない状態で、当然成績は奮わず、このままいけば留年の可能性だって充分に考えられる。
このままではマズいとうすうす考えてはいたが頑張るのはイヤで、――しかし超幸運に願ってしまえば「きわめて快適」で喜ばしい結果が出ると言う。
――試してみるとするか。
これが叶えば、超幸運の力とやらの証明になるかもしれない。いまだに四谷が自分を徹底的にストーキングしているただの変態という可能性を払拭できないでいる想は、意を決して不思議なクラスメイトに視線を向けると、こう命令した。
「次の試験でなるべくいい成績をあげられるようにしてくれ」
「お前の願いを叶えよう。この願いは、試験が終了する十五日後に叶えられる」
「諌山君!」
次の日の朝の教室で、後ろからかけられたこんな声に想は驚いていた。振り向けないままでいると、声をかけた本人はわざわざ少年の前までやってきて膝をつき、顔をしかめている想にむけてひどく哀しそうな表情を浮かべてみせた。
「諌山君、怒っているんだね……」
仲島廉は大袈裟だろとツッコミたくなるほどの「哀しみ」を、その顔に浮かべている。
「なにを」
「今までの僕をだよ!」
――なんだこれ?
「怒ってないけど」
「本当に?」
四谷にボコボコにへこまされたあの日以来、仲島はすっかりおとなしい少年になっていた。
いつも友人たち三人を引き連れて教室の中でバカ騒ぎをしたり、放課後一緒にでかけようよと女生徒たちに絡んではウザい扱いされていたのに、それがピッタリ止んで、クラスには平和が訪れていたはずだった。
「……なんて優しいんだろう諌山君は! きっと天使のように清らかな心を持っているんだね」
想は思わず、四谷の方に顔を向けた。これは一体なんなんだと。仲島が変わってしまったのは間違いなくあの容赦のない制裁のせいだったし、突然のこの展開に昨日した願いが関わっているのではないかという気がしたからだ。
そんな余所見をしている少年に構わず、仲島廉の反省会は続いている。
「今までの僕は本当に本当に最低だったよ……。諌山君がいつも一人でいるのを見て、友達がいないかわいそうな奴だとか、流行にまったく興味のないダサい奴だとか考えては小馬鹿にしていた! なんて品性下劣な男だろうか、この僕は! しかし君はそれを責めない! 責めようとしない!」
「うるさい」
「いいや、謝らせてくれ。この僕の愚行を! これまでの一切合切を!」
「もういいって」
心底うんざりしてため息をついた想に、仲島は更なる追い討ちをかけてくる。
「いくらでも罵ってくれて構わないというのに、君はそれをしないんだね……。なんて、なんて素晴らしいよく出来た人なんだろうか……っ! 君という男はっ!」
とうとう涙をこぼし始める仲島と、学校一のウザキングを泣かせた想に教室中から視線が集まっていく。
「馬鹿、さっさと自分の席へ帰れよ」
ついでに四谷の方を見て、こいつをなんとかしてくれ! と心の中でシャウトしてみる。
『今はなるべくいい成績を取るという願いを叶えている最中だ。仲島廉をどうにかするという願いは叶えられない』
こんな声が頭の中に響く。それは四谷からのテレパシーだったのか、それとも、彼がこう言うだろうなという想像が心に浮かんできたものなのか。
とにかく、おいおいと泣く仲島をどうにもできなくて、しばらくこの馬鹿馬鹿しい茶番劇は続いた。仕方なく頬杖をついたまま我慢していると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、とうとう仲島が立ち上がる。
「いや、すまない。みっともないところを見せたね」
「ホントにな」
「諌山君、今までのお詫びをしたい。そして素晴らしい人格者である君と、改めて友達になりたいんだ!」
「断る」
仲島の目がカッと開いた。わなわなと震え、目に涙をためたもののなにも言わずに自分の席へと戻っていく。
――恐ろしくうぜえ。
授業が始まり、教師がけだるげな足取りで入ってくる。チラリと後ろに目をやると、仲島は祈るように手を組んでいて、下を向いたままじっと動かない。
容赦ない少年の「お断り」にすっかり意気消沈して、「改めてお友達計画」は頓挫したものだと思っていたら違っていた。授業が終わり放課後になって、仲島はダッシュで再び想の前へやってくると、とびっきりの眩しいおひさま的な笑顔を見せて叫んだ。
「諌山君! 今日、うちに遊びに来てくれたまえ!」
「……はぁ?」
顔の中心部にかなり力を入れて不快な気分を表現してみたものの、仲島には通じなかったようだ。
「もうすぐ試験だろう? うちに凄腕の家庭教師がくるから、一緒に勉学に励もうじゃないか」
「お断りだって」
明確に返事をしたはずなのに、笑顔の仲島に腕を取られ、思いっきりひっぱられてしまう。
「おい、やめろ!」
「今日は夕食もご馳走になっていってくれたまえ! シェフに腕を奮ってもらうから!」
とんでもない馬鹿力に引きずられて教室から出るところで、四谷と目が合う。
いつも通りの無表情に歯を剥いて抗議をしてみたが、残念ながら特に返答はなかった。