第二話<Ⅱ>
「…何か隠していらっしゃるのかしら」―
モニカにそう言われてからというもの、トリスの頭の中はおかしな感情でいっぱいいっぱいになってしまった。
どこかしら恐怖が入り混じった、奇妙な感じ。
心臓の音が普段より大きく跳ね上がるように波打ち、呼吸が震えてもどかしい。
モニカにそう言われてからというもの、トリスの頭の中は何かよく分からない感情もし、母が何かを隠していたのだとしたら…
それはなんだろうか…?
(もしかして…)
死に関係することだとしたら…
「トリス」微笑みながら言う母。
「トリス!」怒りながら言う母。
「トリス?」いぶかしそうに言う母。
「トリス…」寂しそうに言う母。
病気や自殺で…
…これらが全て、もう一生見れなくなるとしたら…――
「ッッ!」
意味もなく、座っていた椅子から勢い良く立ち上がってしまった。
衝撃でテーブルの上のろうそくの火が揺れる。
「はぁっ、はぁっ…」
きゅっと唇をつむぎ、胸の前で両手を握り締める。
「…お母さん…っ!」
翌日―
「おはよう…」
トリスが起きてくるころには、もう日が真上まで昇っていた。
「あら、ずいぶん遅かったじゃない」
母が、テーブルを布切れで拭きながら破顔しながら言う。
「…うん…」
明らかにいつもより様子がおかしいトリス。
目の下のくまが、凄く目立っている。
「…ねえトリス。昨日眠れなかったの?」
「うん…」
「なにかあった?あなたがそんなになるまで寝ないなんて珍しいわね」
「……」
「ほら、なにか悩んでることがあったらお母さんに話してみなさい」
優しい笑顔で顔を覗き込んでくる。
しかしトリスには、どうしても作り笑いにしか見えない。
そう思ったのが引き金のなったのか、昨日一晩中考えていた恐ろしい仮想がよみがえる。
「…あ…」
「ん?」
「あ…ああ…あ…あ…」
「…トリス?」
母がトリスの肩に触れた瞬間、彼女の中でなにかが切れた。
「あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ほとんど声になっていない奇声を発し、その場に崩れ落ちる。
「トリス!!?」
「いやだあ゛ッッ!!そんなの…っ!!い、い、いやっ、ああ、ああああぁいやああああああああああ
ああああッッ!!!」
「ちょっとトリス!!!ちょっと!!ねえどうしたの!?」
必死に肩を掴んで揺らす母。
トリスは狂ったように叫びながら、床を大量の涙で濡らしていく。
「トリス!!トリスぅ!!!しっかりしなさい!!トリス!!!」
思い切り抱きしめ、のどをほったような声で呼びかけ続ける。
すると次第にトリスはこわばった体の力をすぅっと抜いてった。
「ふーーっ…ふーーっ…」
まだ息は荒いものの、だいぶ落ち着いた様子に母は胸を撫で下ろした。
「…ちょっとトリス、本当にどうしたの?」
いまだにぼろぼろと涙を流し続けしゃくりながら立ちすくんでいたトリスは、僅かに聞き取れるか細い声で
「だっ、だって…!お母さんの…!ヒック…様子が…最近おかしいからぁ…!!
わたっ私、ヒッ、お母さんが死んじゃうんじゃない、か、ってヒクっ」
「トリス…」
赤く腫れ涙で濡れた目元を拭ってやりながら、母は語りかけるように、宥めるように、トリスの目をま
っすぐに見据える。
「いい?トリス。そんなことは絶対にないわ。お母さんは死なないし、どこにも行かない。
ずっとそばにいてあげるから」
「っ…お母さん……ヒっンぐ」
「ああもう、顔中べたべたにして…鼻水までたらしちゃって…
女の子の名に傷が付くわ」
「う…」
「ほら、おもてで顔洗ってきなさい?こんな顔であったらあの子もがっかりするわよ?」
いきなり母が言った「あの子」という言葉。
トリスはかなりいぶかしげな顔をする。
「あの子…?」
「ええ。あの子。もうすぐ来る予定なんだから」
頭の上に?マークを浮かべているトリスに母は小さく笑い、
「あなたがとっても喜ぶ子よ。楽しみにしてなさい」
「え、う、うん…」
状況が全く掴めないまま、ぎこちなくうなずく。
そして、母が小さく声のトーンを落として言う。
「お母さんがどうして落ち込んでたのかは、あとで話すわね。その子も一緒に」