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感情の切断  作者: karigyura
序章
2/7

第一話

ヨーロッパ北欧諸国、北海帝国(ほっかいていこく、1016年 - 1042年)は、カヌート(クヌーズ)大王がイングランド・デンマーク・ノルウェーの3国の王に就いたため成立した国家連合。

現在のスウェーデン南部もその支配下に置いた。


そしてその中の、デンマーク。


1219年、ヴァルデマー2世がエストニアを征服し、国内は湧き上がっていた。







道路わきに所狭しと立てられた、高さがある家々。

入り組んだ路地に、人が行き交う。

たくさんの歴史的地域に、恵まれた食料。


そして、かつて栄華を極めた王達。


時に苦しみ、時に泣き…


それもまた、歴史の一部。


国民がそうなれども、それもまた歴史の一部。


どんなものでも、個人の歴史がある。



…そう、国民にも、さまざまな苦労や努力がある。















広大な草原の片隅で、小さな影がひとつ。


月明かりに青々と輝く草原には、今はその影しかない。


大きな岩場に寄り添うようにしている。


…その影がもぞりと動いた。


一回大きく揺れた後、もぞもぞもぞと細かく揺れる。


と、


バサッ!


静かな空間に盛大な音がした。


影があった場所に、一人の人間がいる。


まるで何かを警戒するように辺りを見渡したあと、さっきまでかけていた毛布の奥に手を入れ、何かを取り出した。


それは、サバイバルナイフ。


全長30cm、刃渡り約15cmの凶器にもなりうる物。


それを持った右手を前に構え、もう片方の手は手前に引き腰に添える。


それからの、静寂。


風が吹き草が揺られる音が数回。


「ふっ」


小さく呼気を吐いた瞬間、草むらの影から大きな動物が飛び出してきた。


鼻息を荒くし、涎を地面に滴らせる。まるで獲物を待っていたようないでたち。


次の瞬間、ナイフを構えた人間に飛び掛る。


「…」


ぎりぎりまでひきつけたあと、わきによけながらナイフの刃をその動物の肌に沿わす。


刹那、ナイフでえぐられた部分から血がにじみ出る。


悲鳴ともなんとも言えない鳴き声をあげる猛獣。


休むまもなく、ナイフが猛獣を襲う。


叩き上げるようにに刃を刺し突き上げ、青々しい草花に血を飛ばす。


手首を捻らせて刃のほうを上に向けると、飛び掛ってきたのをよけてその隙に下から猛獣の首の辺りを突き刺した。


一瞬ビクリと痙攣して、盛大な音を立てて地に落ちる猛獣。


…しばらくしてからその猛獣の生死を確認した後、人間はそれを担いで岩場に持っていった。

仰向けにさせ腹にナイフを入れる。


横向きに一周切れ目を入れた後、皮を両側に引っ張る。


少し力を入れると、簡単に中のピンク色の肉が現れた。


「…」


よく見ると脂肪がいい具合についていて、筋も少なそうだ。


まだ若いやつなのだろう。


「……上出来だ」


呟いた声は、割と低かった。


男声と言ってもなんらおかしくはないが、すこし華奢な声質。


顔つきもそれと同じく、男性らしい顔つきなのだが、どこか繊細過ぎる。


身長は高め。女性というには少し高過ぎる。


女性なのか、といわれるとなんとも言えない。


容姿だけでは男性なのか女性なのか皆目見当も付かない。


そのまま皮を剥がれたもう猛獣でもなんでもないピンクの肉の塊の腹を開き、内臓を丁寧に取り出して下に向け、血を抜く。


全ての血を抜き終わるまでにはかなりの時間がかかる。


それまで、サバイバルナイフの手入れをすることにした。






野宿で狩りをする―


この生活を始めてから、もう何年もたつ。


初めはもちろん、怖かったし、辛かった。


しかしこれまでやってこられたのは、それより別の感情のほうが勝っていたから。



…「憎しみ」



この感情が大きすぎるせいで、それどころではなくなってきたときのことを覚えている。


まあ実は言うと、それで甘ったれた自分に鞭を打って頑張ってこられたのもあるが。




そんなことを考えながら、だいぶ前にどこかの市場で高値で買った絹布でナイフを磨いていると、


「…!」


少し遠くのほうから足音が聞こえてくる。


サクサクと地を踏みつける音。


足運びからして、どうやら襲ってくる気配はない。


なだらかな丘を越え、その姿が見えた瞬間、あちらはいきなり目を見開いた。


「?」


一歩踏み出そうとすると、


「ひっ…」


と小さく声を上げた。


まだ初老の男だ。大きな荷造りを背中にしょっている。


はて、どうしたものか、と考えてみると、


そういえばさっきのことで服が血塗れになっていた。


きっとそれに驚いているに違いない。


それは誰だってこんな所で血塗れの人間がいたらびっくりする。


「驚かしてしまってすまない。安心してくれ。こいつを解体していただけだ。」


血抜きの真っ最中だった肉の塊を指差す。


すると男はどこか安心したように胸を撫で下ろした。


「ああびっくりした。こんな所でそんな格好してる人間がいるとは思わなかったから」


「すまないな」


「いやいや……しかし、」


男は肉の塊をまじまじと見つめる。


「これ、あんたがやったのか」


「ああ」


「はあー…すごいなあ。こんな凶暴なのをやっちまうなんて」


男はそう言ったが、自分はいままでもっと厄介な奴等を相手にしてきた。


「一番凶暴なのは人間だ」


そう呟くように言った声は、男には聞こえなかったようだ。


「ところで、見たところまだ若いが…」


「19だ」


「そうかそうか…俺、お前さんぐらいの娘がいるんだよ。旅に出る時に嫁さんと一緒に置いてきちまったけど…」


どうしてるかなあ、と懐かしそうに空を見上げる。


「あんたも大変だな、兄ちゃん。ま、どんな理由があってこの生活を始めたのかは深く検索しないが…お互い頑張ろうや」


満面の笑みで男が言う。しかし、もう一人の顔は引きつった。


「私は…」


唸るような声を発す。


「ん?」


不思議そうに男が問う。


そして、どこか威厳のある声で


「私は、女だ。兄ちゃんではない」


そう言った。


「……」


「……」


しばらくの沈黙の後、男が物凄く慌てながらしゃべった。


「す、すまない!てっきり男だと…!」


「いや、慣れている」


「そ、そうか……にしてもずいぶん男前なお嬢さんだな」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


「お、言うねえ。まあ顔が綺麗なのは事実だけどな」


今までいろんな人間と出会ってきて、今日も同じだ。


女と分かった瞬間、皆二言目には綺麗だの美人だの。


しかし自分は何故こんなにも男に見られてしまうのか…


顔つきが凛々し過ぎるせいもあるし、生まれつき低い声域のせいもある…


考えていくと、何故か自然に自分の胸に視線が行った。


この年になっても僅かにしか大きくなっていないこの胸のせいで男に見られるのだったら、これはもう

神様の嫌がらせに違いない。


「なあ」


「ん?」


「私にもう少し胸があったら、女に見えるのか?」


「え!?そ、それは……まあ…うん…分からんなあ…」


歯切れの悪い返事をした男。


不思議と重い空気と沈黙。


男は耐え切れなくなったのか強引に話題を変えた。


「ここで出会ったのも何かの縁だ!名前教えてくれねえか?」


「名前?」


「ああ」


「…トリス・フォート。デンマーク生まれだ」


「デンマーク…」


当時のデンマークといえば、何かと揺れている国家だった。


国王が健在なのが少々普通ではない国でもあった。


「しかしこんなときにスウェーデンの国境にいて大丈夫か?

いくらデンマークがエストニアを支配したからって、エストニアの国民たちは不満でいっぱいなはず

だ。見つかったりしたら…」


「いや、その辺は大丈夫だ。

服でよく狙われるが…デンマークのものではなくきちんとエストニアのものを着ているからな。

王が支配したおかげで、あちらの文化や特産品なんかが入って来やすいんだ。

服だってそのひとつ。

それと、ひとつ考えてみてくれ。

敵国に支配され、政府のお偉いさんはどうなってる?」


「…デンマーク政府に捕まって……あ」


「そう。上の人間が捕まっているなら、国境を守っている兵もすべて雑用で呼び出される。

というわけで、国境はフリー状態だ」


「そりゃまた危ねえ状態だな」


顎を撫でながら男は言う。


トリスは久々に人としゃべる感覚に、少し酔っていた。


いくら国境守護兵がいないからと言っても、わざわざ危険な国境を通るものはそうそういない。


人など通らないと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「…ところであんたはどこの国の人間だ?

国境が危ないと分かっているのにわざわざ来たんだろ?」


「ああ。俺はノルウェーの人間だ。北海帝国のおこぼれ貰ってなんとか頑張ってるみたいだよ」


「そうか、ノルウェーの人間なら北海帝国の名でどうとでもできるか…」


「ま、そいうこった」


…と、


トリスの鼻先に冷たい何かが落ちた。


「…雪…?」


空を見上げると、いつの間にか雲が低くなって雪が降ってきていた。


「やばいっ、雪降ってきやっがた!早いとこ首都についとかねえと!」


慌てて荷を背負う。


そしてトリスの手を握ると、


「楽しかった!ありがとうな!」


と破顔して駆け足でどこかへ走り去っていく。


挨拶する間もなかったほど急いでいたのでさよならは言えずじまい。


「…」


ただ握られた手を見つめながら、再び空を見る。


「……人のぬくもり…か…」








そして、血抜きが終わった肉の塊の解体を始める。

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