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7、代価

 クラーレン金貨といえば、グランヴィール貨幣の中でもっとも価値が高い。アーラの感覚では、日本円に換算すれば一枚で二十万から三十万円ほどの価値というところだ。

――こんな短い物語りでクラーレン金貨? 

 驚き思わずいきおいよく顔を上げると、王子は何ごともなかったかのように机の上でとんとんと書類をそろえていた。澄んだ深い青の瞳でアーラを見返す。

「なんだ? それだけでは不満か?」

「いいえ滅相もございません。多すぎるのでございます」

 アーラは金貨に触れぬまま低頭した。

「私はただお耳にめずらしければと思い短い物語りをしただけのこと。これほどまでにたくさんのものを賜る働きなどしておりません」

「俺が褒美だと言ったのだ。素直に受け取ればいい」

 王子がそう言っているのだ。ここはよろこんで「謹んで頂戴いたします」と受け取るべきなのだろう。

 しかし王都の市民であっても、大金持ちでもないかぎり、クラーレン金貨を手にすることなど一生かかったってないのだ。たいてい、銀貨ですんでしまう。日常の買い物だけならば水晶でできた晶貨と、銅貨だけでまにあうのだから。春の芽吹き亭でも、よほどのことがないかぎり銀貨さえ見ない。

 それなのにたかだか半時間、ひとつ物語りをしただけでクラーレン金貨を受け取るというのは、アーラにはできかねた。金貨を賜るなら、それ相応の物語なり仕事なりをすべきだと思うのだ。

――これが銀貨だったらよかったのに。

 王子は黙ったまま、珍奇なものでも見るような目でアーラを眺めている。

 その沈黙に耐えかねてアーラが口を開けかけたとき、王子が書斎机の席から立ち上がった。

「貨幣の価値に対してまともな口をきく人間を久しぶりに見た。大道芸人だろうが大商人だろうが、もらえる報酬は多ければ多いほどよいに決まっている。さらに要求することはあっても、多すぎると申し立てるなど聞いたことがない」

 王子は歩み寄り、ますますものめずらしげにアーラを見た。

「おまえ、宿屋の娘だといったな。だがそこの主人夫妻の実の娘ではないと聞いている。それでも宿屋という商売人の店で暮らしているなら、手に入る金は多いほうがいいものだろう?」

「見合っているかどうかが大切なのです。見合わぬ代価はいずれひずみや貸し借りが生じます」

 アーラは心の内で冷や汗をかいていた。

――経済学は専攻じゃないのに。それともこれは経営学?

 どちらにしても値段が常識的なら問題はないのだ。ただ王子がアーラの物語りにつけた値段は、非常識だ。

「国庫管理官が国家財政の話をしたとき、俺は眠くていやになったものだ。だがおまえの話はさっきの物語りといい、金貨に難癖をつけることといい、おもしろい。もう一度名前を聞いておこう」

 アーラはほっとした。怒りを買ったわけではないらしい。

「春の芽吹き亭のアーラです」

「家名は?」

 答えに詰まる。もちろん、異なる世界から転げ出てきたアーラにグランヴィールでの家名があるはずもなかった。

「実の両親から継いだ名だ。恐れるな、何も罰しようというわけではない。俺はおもしろいと言ったのだ。褒美を渡しこそすれ、おまえがびくつくようなことはなにもしない」

――充分してるじゃないの! 

 アーラは唇を噛んだ。王子の声は凪いでいるが、アーラが出方を誤ればどうなるかわかったものではない。どうすればいい? 

「城下の生まれでなければ、シグジャールか? それともゲヘルか? シグジャールの学舎で学んだというのなら、納得がいくのだが」

 嘘をつくのはかんたんだ。この場かぎりの嘘ならば繕う自信はある。しかしどうしたってかんたんにばれてしまう嘘だ。どこの何を調べても、アーラの存在を記したものなど出てきはしないのだから。

 アーラは息を吸い込んだ。ゆっくりと吐き出す。

「もう一つ、物語りをさせていただいてもよろしいでしょうか」

 ここはもう、腹をくくるしかない。

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