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5、執務室

 いくつもの回廊を抜けて、ようやくたどり着いた扉の前。

 狐色の髪の青年がノッカーを打ち用件を告げると、ほどなく「入れ」と返事があった。

 よい声だと、アーラは素直に感心した。声は生まれ持った資質でもあるが、成長に伴って磨かれも、当人が磨きもする。だからこそ人となりを大いに表す――と、アーラは信じていた。扉越しに聞いた声は、人の上に立つ者として、よく磨きこまれたものに違いなかった。

 ――王子様なら、それも当然か。

 政治的駆け引きや剣の腕を磨くのと同じに、声や話術を磨くのも王族としての必修科目なのだろう。たぶん。

 扉を開き、狐色の髪の青年が流れるような優雅さで臣下の礼をした。動作は同じなのに、となりの灰みがかった金髪の彼がすると、堅苦しく軍人らしい礼に見える。

「筆頭騎士ジルフィス・グラントリー、次席騎士クオード・マルカスとともに城下、春の芽吹き亭より語り手アーラ嬢をおつれいたしました」

 赤みをおびた狐色の金髪がジルフィス。筆頭騎士。

 灰色がかった金髪がクオード。次席騎士。

 ――やっぱり、“ただの兵隊さん”じゃなかったわけね。

 アーラは胸の内でひとりごちた。

 ――そして、目の前に鎮座ましますのが、

 ゼファード王子殿下だ。

 王子は重厚な書斎机の前に座り、書類の山をばりばりと処理しているさなかだった。

 ここは王子の執務室なのだ。とても実際的で、装飾が少ない。ただ、書斎机と床に敷かれた臙脂色の絨毯だけは、経てきた年月とそれらを作り出した職人の手腕によって、素晴らしい存在感を放っている。

「ご苦労。――語り手よ、直言を許す。くつろいで物語りを披露せよ」

 王子殿下は書類に目を落としたままで、こちらを見向きもしない。

 アーラはひとまず膝を折って、この執務室の主に敬意を表すために、一番一般的な礼をした。

「もったいないお取り計らいに存じます。わたくしは春の芽吹き亭のアーラと申します。このたびはこのようなつまらぬ町娘風情をいと高い王城までお招きくださいまして、身にあまる名誉と存」

「あいさつはいい。そこに座れ」

 ペンを持っていない左手をひらりとふって、アーラのかたわらにある巨大な一人がけソファを示す。

 ――座っていいものなの? 

 いと高きところにおわす王子殿下のお許しがあったとはいえ、たかだか町娘風情が王子殿下の目と鼻の先で腰を下ろしていいものだろうか。身分というものをわきまえて、立っているものではないのだろうか? 

「座れと言っている。吟遊詩人だって、座らなければバラッドは始められない。物語りだってそうなのだろう?」

 アーラの心を読んだかのように王子は言った。

 ――吟遊詩人はリュートを弾くから座るんだろうけど、私にリュートは要らないわよ。

 しかし立っているのも、全身を洗濯され、衣装責めを受けた身には堪える。ありがたく、アーラはふかふかのクッションに身を沈めた。極上のやわらかさと肌触りのクッションは眠気を誘う。猫にでもなった気分だった。

 王子はちらと一瞬だけ視線を上げて、アーラではなく後ろに控えている二人の騎士を見た。

「ジル、クオード、ご苦労だった。もどっていいぞ」

「殿下、畏れながら拝聴させていただくわけにはまいりませんか」

 ジルフィスが言いながらアーラの肩に手を置いたので、彼女はびっくりした。あわてて顔を上げると、ジルフィスはやわらかく微笑んでこちらを見下ろしている。細身に見えるのに、左肩に置かれた手は力強い。

「おまえはさすらい人や大道芸や吟遊詩人がきらいじゃなかったか? 語り手の物語りを聞きたいとは、どういった風の吹き回しだ?」

 向きなおると王子は純粋におどろいたようすでジルフィスをながめている。ジルフィスはひょいと肩をすくめた。

「ちょっとした気まぐれだよ」

 口調ががらりと変わった。王子を相手に、ずいぶんくだけている。

「アーラ嬢がどの程度の物語りをするのか、興味が湧いてね。ゼファだって、この子を独り占めしなきゃ気がすまないってほど狭量じゃないだろ?」

「ジルフィス」

 咎めるように、クオードが言った。

「忘れたのか。おまえはこのあと、隊長とともに陛下の随行をする予定のはずだぞ。残念ながら物語りの楽しみは次の機会にしておくんだな。……殿下、失礼します」

 ジルフィスの舌打ちが聞こえてしまった。小さな音だが、あれは舌打ちだ。

 ――筆頭騎士なのに! 

 アーラは左肩のぬくもりがゆっくりと去ってゆくのを感じた。

 王子が軽くうなずくと、クオードがジルフィスを連れて退出した。扉が閉まる。

 たちまち空気が重くなり、アーラはごくりとつばを飲み込んだ。居づらい。

 執務室に、いと高きところにおわすはずの王子殿下と二人きりになってしまった。



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