表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/83

52、歓談会

 晩餐会で饗されるせっかくの贅沢な料理も、アーラはちっとも味わうことができなかった。あたりで囁かれる会話に耳をすまし、自身がどのように見られているのかをさりげなく観察しなくてはならなかったのだから。

 それでも、ただのアーラとして参加するのではなく、ゼファード王子の家令であり婚約者候補であるアーラ・グラントリーの役を演じればよいのだと自分に言い聞かせてから、気持ちは少し楽になった。ここに出席している御歴歴は、アーラの本質など知りもしないし、知ろうともしないはずなのだから。

 「自分は何でも心得ているのだ」と取り澄ましたようすでいるよりも、幾分世間知らずで素直な娘を装うほうが便利なことは多い――アーラはすでに〝あちら〟で、社会に出てそう学んだ。およそ〝大人〟というものは、教え甲斐のある者には寛容なのだ。話しかけられたときには小首をかしげ、また熱心に耳を傾けるようにわずかに身を乗り出し、彼らが自慢話をする際には大げさに目を瞠って見せると良い。すると相手はおのれの優位性を信じて気分が良くなり、熱心な聴衆を演じたこちらの印象もいいというものだ。

 選ばれた妃候補の令嬢たちの多くはアーラなど足元にも及ばぬほど見目麗しく、所作も育ちを感じさせる流麗さだった。事前に仕入れている知識によれば、年齢は十六から二十四までいるはずだ。アーラは二十歳と触れ込んでいるものの実際には二十六なのだから、最年長ということになる。けれども最年少の十六歳は一目でその若さと初々しさがわかるものの、次の十九歳からその上は、肌つやも化粧の濃さもたいした違いはないようにアーラの目には映った。たぶん、皆必要以上に化粧をのせすぎなのだ。もったいない。

 食事がすむと場を移して歓談会となった。王子が主役の今宵ではあれ、もちろん王も出席しているが、筆頭騎士のジルフィスは候補者の一人の家族であるからとして、王のそばに侍すのを免除されていた。

 家令の主であるゼファードが主役の務めを果たすべく多忙を極めている今、ジルフィスが近くにいてくれるのはアーラにとって心強い。つい数時間前、冠を戴いたかのように彼女の髪を編んで巻きつけ、白と薄紫の花を飾ったのがこの筆頭騎士だとは、きっと誰も思うまい。

 アーラとジルフィスのもとにはひっきりなしに客が訪れた。ほとんどはほかの候補者とその家族で、どう考えてもうわべだけのお世辞としか聞こえない美辞麗句を連発してじろじろアーラを眺め回し、去っていった。腹の中では「この程度の見目でよく出て来られたものだ」「王弟の娘という親の七光りで候補になっているだけだ」等々蔑みがあふれかえっているにちがいない。

――せいぜい蔑むがいいわ。

 アーラは心の中で肩をすくめた。

――私は務めとしてここにいるだけで、美貌をひけらかしに来ているわけではないんだもの。

「ダンスでもあればよかったのに。歓談会なんて馬鹿みたいに退屈だよ」

 ジルフィスがぼやいた。

「耳栓持ってくればって思うよな。あんな連中ばかりじゃ、耳ふさいでいて適当に相槌打ってたって変わらないさ」

「でも、耳栓なんかしたら向こうの腹が探れないじゃない」

 アーラは言った。声の高さや調子、笑いをにじませているか乾いているか……声を聞き分けるのは、「当たり障りのない返事」をするためにも重要だ。

「探る価値があるやつなんてそうそういないよ」

 そう答えたそばから、ジルフィスの表情が険しくなった。

「……末弟殿下のお出ましだ」

 アーラは初めて末弟派の頭目――ヴァーディス・ゼ・グランヴィール殿下を目にした。

 アーラが抱いた第一印象は「ハンサム」だった。ボーロックの印象が強すぎて似たような恰幅の中年だと勝手に思い込んでいたのだが、末弟ヴァーディス殿下は映画俳優を思わせる美男子で、三十代半ばの魅力を余すことなくひけらかしている。その絶対的な自信に満ち満ちた仕種と自身の魅力に酔っているに違いない微笑みが、アーラの美意識とは永遠に相容れないものだった。

「君が噂の、私の新しい姪だね。なんとかわいらしい! 君が選外になったなら、ぜひとも私の妻にしたいくらいだ」

 ジルフィスがそつなく妹を紹介したが、彼は望まざる叔父の出現にたいそう腹を立てているのがアーラにはわかった。グランヴィールではたしかに、法律上叔父と姪の婚姻は禁じられてはいない。とはいえ推奨されてもいないはずだが。

「お初にお目にかかり光栄です、ヴァーディス殿下。私など殿下にとっては小娘同然でございましょう。そのようなものにあたたかくお声をかけていただき、ありがたく存じます」

「謙遜するものではないよ、アーラ嬢。私が本気でないことを口にすることなどないのだからね。妻がだめなら養女になるのはどうだい? サリアン兄上にはこのジルフィス君がいるのだし、君が独身で庶子もいない私の家族になってくれるのなら、私は君のためにあらゆることをしてあげよう」

「お言葉ですがヴァーディス殿下。アーラは我が妹であり、ゼファード殿下の婚約者候補です」

 ジルフィスは声が必要以上に低くなってしまうのを懸命にこらえているようだった。しかしヴァーディスはどこ吹く風で、

「だから選外になったらの話さ。ジルフィス君だって、大切な妹のことを思えば彼女を私に預けるのが一番いいと思うだろう? だって、王族で一番私有財産が多いのは私なのだからね。陛下だって個人の財布では私にはかなわないさ。陛下はいい王かもしれないが、金儲けが下手だからね」

 周囲を取るに足りないもののように扱う態度に、アーラの負けず嫌いな性質が大いに反発していた。女性問題が取りざたされたり汚職が騒がれたりしてもまったく動じない日本の政治家と同じくらい傲慢で不遜だ。国会を仕切る大物議員たちより若くて見目は良いかもしれないが、それだけだ。

――そのハンサムな面の皮は、いったいどれだけの厚さがあるのかしらね? 

 反発が表に出ないようにねじ伏せるのに、大いに精神力を消耗した。

――こいつが末弟派の頭なら、ぜったいに王様になるべきではないわ。

 全き個人的な感情からアーラはそう決め付けた。

 しかし同時に、この軽率そうな末弟殿下が、軽薄で傲岸なだけの人物ではないだろうということも彼女は感じていた。その予感がなぜかとても恐ろしく、背筋がこわばる。

――ユンナにヴァーディス殿下のことを聞いてみよう。ユンナならきっと、そういった話にも詳しいはずだから。

 そう決意するとアーラは家令として末弟の腹の底を探るべく、恐れを反発と同様に抑えつけ、ジルフィスと彼の会話に耳をすました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ