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31、襲来

 アーラには、他人の醜聞に耳を大きくし目を輝かせる趣味はない。〝あちら〟ではワイドショーも苦手だったのだ。芸能人の誰が誰と付き合っているかなど、どうでもいい。与党と野党が互いに些細なことをおおげさに罵り、不毛な足の引っ張り合いばかりをする。口先では何ごとも国民のため国民のためといいつつ、庶民の平均年収をはるかに上回る給料を手放そうとしないのをニュースで見るにつつけても、うんざりしていた。

――春の芽吹き亭にいたころは、毎日気持ちよく立ち働いて過ごしていたのに。

 王城で催される夜会が、はなやかできれいなだけではないことは想像にかたくなかったが、まさか洗練と対極に位置するような輩が平然と出席しているとは思わなかった。きっと、〝あちら〟の政治家たちが一流ホテルで開く政治資金集めのパーティにも、こんなタイプの出席者がいるのだろう。

「一人にさせてしまってすまなかった。セリスたちと話しているのが見えたから大丈夫だと思って、他の客の相手をしてしまった」

 ゼファードの声にはっとして、アーラは物思いから現実に引きもどされた。

――そうだった。ぼんやりしていられる時じゃない。

「ううん……ありがとう。助かったわ」

 アーラは、デリオスをうまくあしらえなかった自分を情けなく思った。今考えれば、もっと理性的に、はっきり拒絶するやり方があったはずなのだ。

「さっきの人、あれでも侯爵の息子なんでしょう? あんなふうに言いたい放題言っちゃって、大丈夫なの? 末弟派に与したりしない?」

 ゼファードは鼻で笑った。

「ジュビス家のデリオスが手に負えないというのは有名なんだ。末弟派だって、あいつを抱え込んでわざわざ面倒ごとを増やすようなことはしないだろう。心配は要らない」

 ほっとした。おのれがうまくいなせなかったばかりに不穏な事態になるのでは、胃にいくつ穴があくか知れない。アーラは自分の神経が理想としているよりもかなり細いことを知っていた。だからこそ、神経の負担にならぬよう思いつめずに淡白であろうと心がけている。そうできないことも、あるけれど。

「なら、よかった」

 にわかに、ゼファードが頼もしく思えた。アーラより年下でも、やはり将来人の上に立つことを前提として、幼い頃からさまざまなことを課されてきたのだろう。

――庶民風情の私とはきっと、鍛えられかたが違うのよね。

 愛想と笑顔のふりまきかたや、こじれかけた問題をいかにして無難に切り抜けるかというすべは二十数年生きてきて身に着けた。しかしアーラは、いつだってあからさまな敵意やお追従を受けることなどない、社会全体から見れば取るに足らない小娘だったのだ。一方で彼は、無表情に冷静に、相手を黙らせ、それでもなお恨みを買わない塩梅を若くして心得ているのだから、たいしたものだと彼女はゼファードを見直した。

「ジュビスはもともとたいしたものを持っていないから、力を増そうとしてあんな浅薄な考えを起こしたんだろう。ここしばらく何代も、貴族議会でたいした地位につけていないからな。ジュビスは問題にならない」

 グランヴィールの政治について、アーラはもちろん詳しくない。しかしこれからは、おそらく詳しくならなくてはならないのだろう。そうでなければ、ご令嬢というものは政略結婚なり部下への褒美として下賜されるなり、紳士がたの政治の駒として使い捨てられると相場が決まっている――自分の世界の歴史を見るかぎり。無論、アーラはそんな都合のよい駒として一生を終えるつもりなどないのだから。

――いつかは、帰るんだもの。

「貴族議会でたいした位置についているお方が、問題だということね」

「ああ。一番厄介なのは、末弟派のボーロック公だ。ボーロックの名前には気をつけろ。関わったらろくなことにならない」

 うなずいたアーラは、人ごみをすり抜けて何とかこちらにやってこようとしている人物をみとめた。狐色の前髪が揺れている。ジルフィスだ。

 アーラの視線を追って、ゼファードも従兄に気づいたらしい。壁際に寄って、三人で邪魔が入らず話せるだけの場所を確保する。

「遅かったな。とっくにクオードと交代していたはずだろう? どこにいたんだ?」

 ようやくたどりついたジルフィスは、芝居がかったしぐさで肩をすくめた。

「好きでこっちに来られなかったわけじゃないさ」

 アーラにはなんとなく想像がついた。

「きっと、あでやかな未亡人から初々しい十五六のご令嬢に至るまで、いろんな人から声をかけられて、いちいちそのたびに身動きとれなくなったんでしょう?」

 ジルフィスの目が見開かれ、金褐色の瞳に動揺が見てとれた。図星なのだ。

「やっぱりね。だって、ジルはとってももてるんでしょう? そうじゃないかと思ったのよ。王子殿下に話しかけるのは畏れ多くてできなくても、ジルフィス・グラントリーにはつい声をかけたくなるような雰囲気があると思うから」

「それは俺が安っぽい男ってことなのかな?」

 どうやらジルフィスは憤慨しているらしい。

「どうしてひねくれるの? 褒めているのに」

 ジルフィスがちっとも喜んでいないようすなのが、アーラには意外だった。美しく着飾った女性や少女にかこまれちやほやされれば、普通ならば有頂天になるだろうと思うのに。

 不意に、ジルフィスの表情が硬くなった。ゼファードの表情は動かなかったが、緊張感が伝染する。アーラが視線で問うと、「来た」と短くささやかれた。

――あれが、ボーロック公? 

 〝敵〟が来たのだ。

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