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10、おしゃべり

「……若いのに、ずいぶんしっかりした子だとは思ってたんだ」

 まだ衝撃からさめきれずに、ジルフィスは額髪をかきあげた。

「貴族に生まれついた根っからのご令嬢でも、ゼファの前に出るとのぼせてうまく話せなくなる子が多い。それなのに君はそつなくこなしていた。だからずいぶん落ち着いてしっかりした子だと、感心したんだ」

「落ち着いているとは、小さいころからよく言われました。だから故郷ではむしろ、実年齢よりも年上に見られることが多かったんです。老成しているということなんでしょう。でもそれは若さが足りなくてふるまいが老けているということですから、素直には喜べない評価ですよね」

 己のことを語るアーラの口調からは、堅苦しさが幾分抜けていた。疲れのために気を張るのをやめたのかもしれないし、ひょっとすると、年齢の話題をきっかけに少しは打ち解けてくれたのかもしれない。ジルフィスは彼女の前に腰を下ろした。

「君が〝老けている〟というのは、俺は納得しかねるな。老成しているといわれたなら、それは褒められたんだよ」

「そうでしょうか」

「そうだよ。俺は二十七だけど、君とは反対で、もっと落ち着けって言われてるくらいだ」

「二十七歳ですか。私も、もう少しお若いのだと思っていました」

「そうだろ? 筆頭騎士のくせにへらへら笑ってるのがガキみたいに見えるからやめろって、隊長にも言われるよ」

 アーラは小首をかしげてジルフィスを見ていたが、突然目を見張ったかと思うと、はっと息をのんで低頭した。

「大変失礼をいたしました! 筆頭騎士様ともあろうお方に馴れ馴れしく口をきくなど、私のように身分もなくそのうえ詮議中の者にはとうてい許されぬこと。浅はかでした。礼を欠いた物言いをし、煩わせ、申し訳ございません」

 真っ青になって態度を変えたアーラにジルフィスはおどろいた。

――打ち解けてくれたんじゃなかったのか。疲れていて気が張れなくなったことを、彼女は悔やんでいるのか。

 それでも彼はアーラが礼儀を欠いたなどとは露ほども思っていないし、煩わせられたとも感じていない。反対に、気負わない話ができてうれしかったくらいなのだ。ゼファードの部屋で肩書きを明かす前は、もっとくだけた調子で話せていたのだから。

「アーラ嬢、そんなにかしこまらないでよ。俺は今、しっかりした子だと君を褒めたばかりなんだ。ぜんぜん失礼だなんて思っていないし、もっと気楽にしゃべってもいいんだよ」

「そんなこと」

 できませんといわれるより前に、ジルフィスは彼女を制して続けた。

「君と話していると楽しいんだ。貴族のご令嬢の知り合いならいくらでもいるが、彼女らとはこうやって何気ないおしゃべりをすることはできない。口先では天気や観劇の話をしていても、結局は相手の機嫌を損ねないように当たり障りのない言葉を選ぶか、腹の探りあいか、家同士の政治的駆け引きになってしまうからさ。ほら、顔をあげて」

 アーラは困惑したようすで、おずおずと背筋を伸ばした。ジルフィスはうなずいた。

「もっと楽にしてくれていいよ。俺は堅苦しいのが、どっちかっていうと苦手だから。一応親友ってことになっているゼファはあんなふうに根をつめるタイプだし、クオードは俺のことを軽薄だと思ってる。俺が望むような〝楽しいおしゃべり〟がそうそうできるわけがないってのは、想像できるだろ? 金を払えば話し相手になってくれる輩はいくらでもいるだろうが――さすらい人とかね――俺はそういうやつらと話したいとは思わない。君は、金につられてきたわけじゃないんだろう? クラーレン金貨を要らないと言ったんだって?」

 アーラは目を伏せて答えた。

「多すぎると、申し上げたんです」

「そこが君の面白いところだよ」

「そうでしょうか? 当然のことだと思いますが」

 気を引くための方便ではなく心からそう言っているらしいアーラが、ジルフィスはとても気に入った。

――かわいいなあ。

 物事に誠実であろうと、何ごとにも分をわきまえていようと、おのれを律している努力が垣間見えてそれがとても好ましい。

 ジルフィスはあぐらをかいた膝に頬杖をつき、アーラの睫毛をとっくりと観察した。

「アーラ嬢」

「なんでしょう?」

「君のことを、アーラって呼んでもいいかな?」

「どうぞ。王子殿下がおっしゃるように家名を名乗れない身の上ですもの、お好きなようにお呼びいただいてかまいません」

「俺は、君にジルって呼んでほしいな」

 アーラが否と言おうとするのは予想していたから、間髪入れずにまくしたてた。

「言っただろ? 堅苦しくじゃなくて、楽しく話したいんだって。俺が二十七で君は二十六、年も近いから遠慮もいらない。君はなんにもしゃちほこばることなんかないんだ。俺がいいって言っているんだから。それとも敬語を使うなって命令したら、君は俺にそうやって話してくれるのかな?」

 アーラは目に見えてとまどっていた。それがジルフィスにとってとても微笑ましかった。

「ほら、ジルって言ってごらん? アーラ」

「はい」

「年増の女官みたいに『はい』とか『ええ』じゃなくって、『うん』とか『わかった』でいいんだって」

「本当に……失礼にはなりませんか?」

「心配性だなあ。ちゃんと命令したほうがいい?」

 アーラが首を横に振って、くすりと笑った。ジルフィスはほっとした。

「よかった。俺は君が少しでも早くここから出られるようにゼファにせっついてみるよ。だから次に俺がここに来るのは、君を迎えに来るときだ。……といっても、明日か明後日にはそうなるように努力するけどね。そのときには〝楽しいおしゃべり〟ができるようにしてくれるかい?」

「わかったわ」

 そう応じたアーラの声は、よそゆき用に整えられた声音よりもいくらか低く、そして少しいたずらっぽく聞こえた。

「ありがとう、ジル。来てくれて、話せて、とてもうれしかった」

 ジルフィスは出口のほうを向いたままうなずいた。振り返れば、だらしなくにやけた顔をアーラに見せることになっただろうから。

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