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正常ではない二人の幸福  作者: 孤高のじん
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第一章 声を聞いた時、終わったと思った

いつも読んでいただきありがとうございます。


新しい長編シリーズになります。


運命だと信じた出会いから始まった二人の物語です。


愛情、依存、そして少しずつ壊れていく日常を、静かな心理描写を中心に描いていきます。


実体験をもとにしたフィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。


「あんたとおるの、もう嫌や」


その言葉は、初めて聞いたものではなかった。

むしろ、何度も形を変えて繰り返されてきた“日常”だった。


僕はその言葉に、もう驚かなくなっていた。

驚かなくなった代わりに、何かが少しずつ削れていく感覚だけが残っていた。


この関係は壊れているのではない。

もっと曖昧で、もっと静かに停止している。


それでも僕たちは、それを「生活」と呼んでいた。



出会いは、偶然の電話だった。


当時の僕は、生きることそのものに疲れていた。

正確には、生きる意味を探すことに疲れていたのかもしれない。


同じように、どこかで誰かが言っていた。

「壊れた心は、運命の人と出会わないと戻らない」と。


それを信じていたわけじゃない。

ただ、それ以外の方法をもう思いつけなかった。



ある日、女友達と電話をしていた。


「今ファミレスおるねん。店の子とご飯食べててさ」


そんな何気ない会話の途中だった。


その“店の子”という言葉に、理由もなく心が反応した。


「代わってくれ」


自分でも驚くほど強い声が出ていた。


女友達は笑って断った。面倒くさい、と。

でも僕は引き下がらなかった。


「一言でいいから」


しつこいほどに頼んだ末、ようやく電話は代わられた。



その瞬間だった。


声を聞いたとき、胸の奥で何かが跳ねた。

理由のない衝撃。説明のつかない確信。


ああ、この人に会わなければいけない。


そう思ってしまった。



その日から僕は、毎日のように女友達に連絡した。


最初は軽く断られていた。

それでも僕は諦められなかった。


「四人でもいいから会わせてほしい」


気づけば、それが口癖のようになっていた。


三ヶ月が過ぎた頃、ある日連絡が来た。


「会ってもいいって」


その言葉を聞いた瞬間、安心というより先に“確信”が来た。


どんな人間でもいいと思っていた。

ただ会えればいいと。


でも同時に、どこかで分かっていた。

きっとこの出会いは“普通”では終わらない。



待ち合わせの日。


僕は親友と一緒にその場所へ向かった。


遅れて現れた彼女を見た瞬間、言葉を失った。


想像していた誰でもない。

むしろ、自分の中にあった「理想」に近すぎた。


その違和感が逆に怖かった。



衝動だった。


「このあと、どっか行かへん?」


冗談のように、でも本気でそう言っていた。


少しの沈黙のあと、彼女は小さく笑って言った。


「何もしないなら、いいよ」


その言葉で、世界の境界が少しだけ緩んだ気がした。



その夜、何が起きたのかを正確に説明することはできない。


ただ一つだけ確かなのは、

僕たちはその日、“戻れない場所”に足を踏み入れたということだった。


理性よりも早く、感情よりも深く、何かが崩れていった。


そして不思議なことに、それは恐怖ではなく“安心”に近かった。



朝、目が覚めたとき。


僕は確信していた。


この人と一緒に生きるしかない、と。


気づけば、言葉が口をついて出ていた。


自分の過去、壊れた心、どうしようもない空白。

それを全部見せたうえで、お願いしていた。


「一緒に暮らしてほしい」


彼女は少し笑って、頷いた。



そのとき僕たちは思っていた。


やっと運命の人に出会えたのだと。


けれど彼女は、そのとき胸の奥で別のことを考えていた。


(私も同じだ。もう戻れない場所にいる)


それを僕は知らなかった。



別れ際、僕たちは離れられなかった。


気づけば彼女の部屋へ向かっていた。

紙袋ひとつの荷物だけで。


その夜も、言葉より先に距離が消えていった。



彼女が仕事の話をしたとき、僕は言ってしまった。


「辞めてくれへんか」


自分でも無茶だと分かっていた。


でも彼女は少しだけ間を置いて、静かに言った。


「わかった」


その瞬間、何かが決定的に固定された。



それからの日々は、異様なほど静かだった。


同じ部屋で、同じ時間を過ごし、

世界が最初から二人しかいなかったような錯覚の中にいた。


触れ合うたびに、何かが塗り替えられていく感覚があった。

記憶の上に記憶が重なり、過去の痛みさえ曖昧になっていく。


僕たちはそれを「幸せ」と呼んだ。



けれど今なら分かる。


あれは救いではなかった。

ただ、お互いの“壊れ方”を確認し合っていただけだったのかもしれない。


それでも僕たちは離れられなかった。


そして確かに思っていた。


これは運命だ、と。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第一章では、二人が出会い、惹かれ合うまでを書きました。


幸せだったはずの日々が、この先どのように変化していくのかを、ゆっくり丁寧に描いていきます。


感想やブックマーク、評価をいただけると執筆の励みになります。


第二章もよろしくお願いいたします。



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