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「……それは……」
シオンは言い淀んだ。
他者からの言葉だけではない、彼女自身が自らに刷り込んでしまったのだ。
自分は、生きているべき人間ではない、と。
然しながら時間は無情に過ぎていく。
シオンに残された時間も残り僅か。夜の匂いのしてるうちに、シリウスは悠長に構えているほど余裕があるわけでもなかった。
「シオン様。…ご自分の為に生きれぬというのなら
ワタクシを救うと思って、契約をさせてください。」
「……っ、なぜ、そうまでして。私などに仕えようと…するのですかっ、、誰かに仕えるということは縛られ、自由をなくすこと、そんなの誰だって嫌では……」
シリウスのその言葉に、泣きそうな表情になりながらシオンは今までにないくらい鈴のように綺麗で優しいその声をはりあげさせた。拳を力なく握り、シリウスの言葉が理解できなかった。自らを殺しに来た貴方が何故、今になって自分を生かそうとするのか。そして仕えようと言うのか。
シリウスは「ふふっ、…なんです、そんなことでしたか」と軽く笑わられた。こちらは真剣だと言うのに。けれど不思議とシリウスはバカにしてるわけでも、まして自らを軽んじてるわけでもないように思えた。
「ずっと、望んでおりました。貴女のような方と出会えるのを。理屈なんてものは、ワタクシにとってあまり意味のないこと。…魂がシオン様だ、と認めてしまえばわたくしはそれに従いたい。 申し訳御座いません、貴女様に出会うために生きてきた、これは些かクサ過ぎて信用に欠けましたね!…ワタクシは
貴女様を主にしたい
ワタクシの欲望です。幼少の頃からの。
ですから、貴女自身がいらないと言っても、ワタクシは欲しい。それだけに価値があるものなんです。」
シリウスは言葉を続けた。説き伏せるよう、違う。説得しようと。でもシリウスの言葉はとても正直で嘘がない。欲望なんて言いながらとても誠実に思えた。
シオンを見つめる優しい金色の瞳は、危うげに揺れる。こちらへ、と差し出す手のひらは僅かながらに震えていた。それ程までに欲しているのだろうか。
分からない。なにも。…でも
(こんな私でも、誰か一人の救いになるのならば…)
諦めていたその感情がふつふつ、と泉のように湧き出てくる。そして、目尻が熱くなって涙ぐんでいるのが分かる。とても情のない顔をしている、見せている。
シリウスは目を見開いてこちらを気にかけ労るような視線を送ってくれる。
「…シオン様、」
「私が主でもいいのなら、魔法使いさん、…いいえ、シリウス様。捧げます、貴方様との契約で得られる私の生涯を。」
「……っ…!」
シオンは決心をした。胸元に手を当てシリウスを真っ直ぐに見やりながら。これが生きる決意をしたシオンの瞳はたった一夜の間に、シリウスにとって敬愛するほどの一筋の輝かしさを宿していた。
心臓が今迄にないくらいに高鳴っている。
これを運命と言わずして、何を運命というのか。
跪いてるシリウスはおもむろに立ち上がればシオンの視線に合わせて屈んだ。「ありがとうございます。」そう囁やけば話は早いと指をパチン、と鳴らしたかと思えば場所が一瞬にして変わる。シオンは気づけばソファに座っておりご丁寧にひざ掛けまでされていた。そしてそれになにか言葉を言うまでもなくシリウスはさぁ話は早くと契約についての説明をしだした。
「…契約は、シンプルです。
今からワタクシがシオン様に魔力を注ぎます。その副作用で貴女様の髪は白髪になるでしょうが、健康に害は御座いません。そして、貴女の手の甲に星の形をした紋章のようなものが浮かびあがります。
その後、この契約書に貴女の名とワタクシの名を書けばそれで契約終了です。…あ、その際、苗字を省きたければそれも結構です。お手軽でしょう。」
「、わ、わかりました。その感じだと私は、名前を書く以外何もしなくてよいということ…?なのでしょうか?」
「ええそうです!そもそも契約は魔法使いである我々が赦さなければ、まして普通の人間に仕えることなどありません。…つまり、合意です。まあ、何かしら脅して得るものもいますが、ワタクシとシオン様は違うを完全なる合意ですのでご安心を。ワタクシが強請ったものですし、…♡…さてさて、では魔力を注ぎます。身体が熱くなるような感覚があるかと思いますが、すぐになくなります。とはいえ、貴女様は死にかけた身体ですからね、ゆっくり注ぎます…ご安心ください」
と機嫌よく話をしながら手をかざすシリウスにシオンはこくり、と頷いて姿勢を攻めて正して瞼を閉じる。
『Her name is "シオン." She will become my lord and master, and I will now engrave the seal of our covenant here.』
シリウスの唇から囁かれるように唱えられる呪文。
その瞬間、さらさら、と流れるようにシオンの周りを一瞬冷たくも感じるそよ風が全身を包んだかと思えばそれが自分のなかに入ってくるように感じる。
(…温かい。)
熱いと聞いていたからもっと火傷するような感じなのかと思ったらそれは、凍える夜に毛布にくるまってるような誰かに抱きしめられているような、不思議なぬくもりを感じた。安心するような。
(…きっと、シリウスがとても慎重に私に注いでくれているんだわ。優しい匂いがする)
シリウスの配慮だと勝手に思いながら次第に自身のなかでそよそよと風が吹いて渦巻いていたものがなかで弾けて散らばって定着していくものを感じた。…何故だろう。とても、全身の血の巡りが良くなったように感じる。瞼を開ければ相変わらず痩せた身体だったが、真っ白すぎた身体には血色があるように健康な肌の色をしていた。
一つだけ違うのは自分の胸元にさら、と零れる髪が白く染まっていたことだけ。
「……ふう、…はじめてのことにとても疲れましたがどうやらすぐに馴染んだご様子。いやはや良かった…!…さて、残すはこれだけ。…是非、シオン様から。」
シリウスの声に彼の方を見ればなんだかとてもくたびれているようだった。魔法については詳しく知らないが、今日一日だけでもきっととんでもない魔力の消費をしたのだろう。そしてシオンへ気遣いながら注がれた魔力。 ここまでしてくれたのに、自分がみすみすそれを逃してはいけない。生きると決めたなら、と手渡された羽根ペンを持ち、近くの机の方まで自然な動作で歩けばシリウスがす、と彼女の目の前に契約の紙をぽん、と何もないところから出して置いた。
最初、苗字を書くべきだろうかとも思ったが省いても問題ないと迷う私を見越して彼は言ってくれた。
ならば、と数秒置いてから はっきりと名前の所に自分の大切な名を書いた。
〝シオン〟
と。
「できました。お待たせしてすみません」
書けばすぐにシリウスに場所を譲る。
「いえいえとんでもない。」とシリウスはにこやかに微笑めば私の名前の書いた隣にしっかりと書いた。
〝シリウス・シャネスティ〟
文字が光ったと思えばその契約の紙をシリウスは手に取り胸元に抱きしめるようにすればきらきら、と淡い光を立ててどこかへ消えてしまった。
きっと誰にも見つからないところにシリウスが隠したのだろう。
「…ふふ、それでは我が主、どうぞ今日からこの屋敷で二人きり、宜しくお願い致します」
とうっとりとした表情からすぐ切り替えるように私のほうを見て恭しくお辞儀するシリウスに、私は遠慮がちな気持ちを引っ込めて手を差し出した 。
「どうぞ、よろしくお願いします。シリウスさ、」
「〝シリウス〟とどうぞ、今後はお呼びください。シオン様。」
「……シリウス。」
「…ええ。シリウスでございます ♡」
にこにこと笑う彼に根負けした私がそう名を呼べばそれはそれは嬉しそうに手を取り握られた。
……その後、なかなか手を離してもらえなかった。とても嬉しいみたいです。 そうしたら気づいたら私も笑っていました。




