第一章 『哀しき二人の魂の出逢いと夜明け。』
夢を見た気がした。
だれかが、こんなワタクシにでさえ手を差し伸べてくれる。
それは大人になったワタクシでボロボロで満身創痍といえる状態だ。
そんなワタクシの目の前にいる女の顔は霧がかかっていてよく見えないのに
優しい面差しを向けられているように思った。
そしてたまらなく
愛おしいと思った。
ーーーーー
なんて、幼い頃見た丁度100年も前の夢を、黒髪の男は思い出していた。
自室の窓辺により掛かり、大きな屋敷の窓から外を見下ろす。
男の名は、シリウス·シャネスティ
この国の悪名高い…魔法使いだ。
彼の自室はすべて上質なもので囲まれ、灯りも灯されているのにどこか薄暗かった。
そしてまたそんなシリウスも、独特の影がある。
この世のすべてを退屈そうに、全てに絶望したようにただ、無心に、無表情に、夜の景色を見下ろしていた。
月などシリウスの眼中にはない。
彼は待っているのだ。これから来るであろう依頼主の姿が現れるのを。
そして、ローブをまとった一人の男がやってきた。歳は…30代なかば程くらいだろうか。男があたりをキョロキョロと落ち着きなく見ながら邸の戸を叩くのを見て、不気味にシリウスは口角をあげ、笑みを作る。
シリウスが指をぱちんと鳴らすと、独りでに扉が開いた。
それにローブの男は恐怖に唾を飲みながら意を決したように屋敷の中へ入っていった。
シリウスは部屋を出る。
その途端、邸の玄関の扉がバタンと閉まった。
_________
「な、なんだ……っ…扉が勝手に、!!」
怯えるローブの男の前に
シリウスはやって来た。
「やあ、今晩は。今宵良き満月の日に
客人とはなかなか良きものでございますね!」
先刻の一人のときとは打って変わり、胡散臭い笑みとともに
月なんて見てもいないくせに
さも見たかのように適当に挨拶しながら、階段を降りてくる。
細めた目と艷やかな長い髪が蝋燭の灯でより、妖しさを纏わせていた。
(今日は満月ではなく、半月だったが…)と思ったが余計なことは言わないほうがいいと、首を横に振り、
その姿を見たローブの男は一目で彼が、シリウスだと納得した。そして、言葉を詰まらせたものの話し出す
「ああ、あなたが…魔法使いシリウスと見受ける。
噂通り、夜のような髪に、金色の瞳だ。喪に服したような黒き服装…
あなたに依頼したい、幾ら払えば受けてくれるのだ?金に糸目はつけないっ…。」
その話し方を見る限り、男は相当な金持ちだと見た。
まあシリウスのもとに来るものはみんな似たりよったりで共通点は、金がある。なのだが。
彼は依頼のためならなんだってする。
そう、”なんだって“だ。
「うーん、いいですねえ、まずは依頼内容を聞きましょう。それによって金の動きは変わりますから」
関心したように頷きながら、シリウスはまたパチンと指を鳴らす。
ローブの男が瞬きする間もなく気づけば
シャンデリアが大きく目立つ部屋で、自分は椅子に腰掛けていた
シリウスは机を挟んで、椅子に座りティーカップで紅茶を軽く口に含む。
「隣国で最も貴重で、取寄も困難な
茶葉です、風味はスモーキーなのに、飲めば後味で時に果実の香りや、時に砂糖を入れたように甘く、時にビターな苦みを感じさせる。不思議な紅茶、名をモクセイフレンティー。
…如何です?」
にっこり微笑むシリウスが進める手に
ローブの男は自分の周りの机を見ると紅茶がティーカップで既に淹れられた状態で用意されていた。しかも
いま淹れたてのように蒸気が上がっている。
ローブの男は息を飲みながら、如何にも怪しいこの状況に怯えながらもその上質な香りに誘われるように
おもむろにティーカップを手に取り、冷えた息で紅茶を冷ましながら、口に含み、ごくっ…と飲み込んだ。
「ああっ…本当に不思議だ。
風味は、スモーキーなのに飲み込んだとき、キイチゴの味がした…」
おどろきながらもどこか先程の緊張はやわらいだよう見受けられる。
その様子をシリウスは見て、笑みを崩さず調子を合わせながら、話を聞き出す
「そうでしょう。のみながらゆっっくりと、お話ください。…ワタクシはどなたヲ…
殺せばよろしいのか」
直球でいて核心を突くその言葉に
ローブの男は動揺するかと思いきや何故か夢見心地のように、まるで浴びるほど酒を飲んですっかり気分良く酔ったようにゆら、ゆら、と体を揺らしながら
「あぁ〜…それはぁ、我が、兄の娘なのですが……」
口調も酔って呂律が回りにくくなったように話し出す
気づけば被っていたローブが脱げ落ち顔が顕になる
シリウスはお構いなしに
笑いながら、「ええ、兄の娘さん?」と話を聞く。
「兄は遺産をすべてその娘に託すと、そして
俺に育ててくれ、と頼んで死んでいったんですがねえ
お金はいいんですがぁ、その娘が来てから
妻もやたら目の敵にするようになりましてねえ、
息子は?っへへ、なにやら気に入ったようでよくその娘と一緒におるのですが、まあ、不幸の子なんてよばれてましてな
そのせいか、俺も怪我をしたり息子なんて
高熱を出して今も寝込んだままでしてな、妻は
その娘のせいだ、と酷くその娘に当り散らしていたある日、
妻も高熱で倒れ、まし、て…」
その刹那、男は正気に戻ったかの如く無表情になり
自分は何をべらべらと喋ってしまったのかと口を抑える、
そして何故だろう。紅茶の後味がまるで鉛のような味になって今度は嫌に苦々しい味がして、男をより不安にさせた。そして、何故か急に苛立ちはじめ、ふーっふーっとさかだつ獣のように息を荒くしはじめた。
シリウスは変わらず笑みを向けながら
「ほう…それはそれはなかなかの不幸。…
それで、私はその娘をどのようにすれば……?」
冷ややかな笑み、冷ややかな視線すら
男は気づかぬまま今度は怒ったような口調で声を荒らげように話し出す
「野心もないのに、家をついで運だけでのし上がってきたあの兄がくたばって!!!ようやく俺のものになると思ったのに!!あんな娘がやってきたせいで家もめちゃくちゃになり!金は俺のものにもならねえで!!…
……ここに依頼に来たのはな、あの娘を……
病で死んだってことにして、殺しててやってほしいからなんだよっっ!!!」
異様なその雰囲気で
なんとも恐ろしい“本心“をを勢い任せにぬかしたその男は今度はまた紅茶の後味が変わり、また果実の味をさせたかと思うと
なんの味もしなくなった時、ようやく我に返ったときには
目の前の、シリウスにすっかり怯えきり、椅子から腰を抜かしたように滑り落ちた。
シリウスは「おやおや、大丈夫ですか」と近寄ると「ひっ…」と男はその場から動けずぶるぶると震えあがる。
男は、シリウスに兄の娘を病気させ
あくまで病死という形で…してほしい。と簡略的に言ってお金だけ渡すつもりだった。
なのにあの紅茶を飲んで後味が変わるたび、自分の本心がその味がするまで口から吐きでたのだ。
シリウスの魔法。
あの紅茶はただの紅茶ではない。
解っていても、震え上がることしか男はできなかった。
そんな男にたいし、シリウスは静かに微笑んだ。
そして小さな拍手を送った。
「うんうん…素晴らしい。
良い具合だね、この紅茶はね、隣国のとある貴族に頼まれて
ワタクシが魔法をかけて毒草や薬草をブレンドし作ったものなんです」
毒草
その言葉に「嗚呼嗚呼っ…では、ッ、では私は死ぬのか…????」男はくちもとをおさえ、血の気が引いたように青ざめる。
「死にはしませんよ。言ったでしょう?ワタクシの魔法がかけてある、と。
この紅茶はワタクシの魔法がかかった世界に一つしかない不思議な紅茶。この紅茶は後味が変わるだけの紅茶じゃありません。
紅茶を飲み、胃に残って香られせる度、変わる変わるの後味で、良い気分にも不快な気分にもさせる。
その時の大きな感情を大いに刺激し、
飲ませたものの本心を吐かせる。…まあ飲んだ分量によって効く時間も違うのですが、まあようは精神を一時的に操る紅茶といったところでしょうか」
と律儀に、にこやかに説明をするシリウスに男は死なないということには安堵したものの、次から紡がれる言葉に怯えきりながら
「い、いったいなんのつもりで……っ」
「いやなに
なかなか、皆様、要約されて依頼する方が多いもので…最初は良いかなとも思ったのですが
ワタクシに害をなそうとやってくる輩も増えましたものでねえ…
それにワタクシ、ちゃんと依頼主様のお心によりそってとびきりの魔法を使いたい人間じゃありませんか、?だから」
長たらしく話すシリウスが発した、人間という言葉に
思わず「に、人間…?こんな、悪魔のような……っ」
と口にする男にピクッとシリウスが固まる
そして、おもむろに近づいて、怯える男の肩に手を置く
「悪魔?ワタクシは人間ですよ、あなたと同じ人間デス…自分がより良くこれからも生きていく為に都合の惡いものを疎んじ、…こうして、ワタクシに排除させようとする…
あなたと同じ、人間ですよ。
」
最後の言葉はすっと男の耳元で、ささやくように告げる。
そして、次の言葉を言う
「そして、そんなワタクシの娯楽は
依頼主様の本心を心ゆくまで聞きその様子を眺め、愉しむのを趣味としておりましてね。
対価を貰って何人も人を殺してきましたァ…依頼人は皆、金を払い都合の悪き人を殺してくれ、と…ああっ…すべでは生きるために…皆、そうなんですねえ……」
恍惚な笑みを浮かべうっとりという魔法使いと
自らの私欲ため代金を使ってまでも、兄の娘を殺してほしいというの男の二人の空間には異様な雰囲気があった。
男は怯えた様子とは打って変わり、男の中の異様な何かがその時、表に笑みと言う形をとって現れた。
シリウスはその様子を見逃さず、にたりと微笑み
「それでは、ご依頼………お受けしましょう…。依頼金は…」
と話、男は言われた通りの金を小切手で手渡した。
賤しき笑みを作ったままぶつぶつと何やら言いながら、館を出た。
扉がまた独りでにバタン、と閉じた。
シリウスはまた自室の窓辺にもたれかかり、
商売としての笑顔を作った口角を下げ、笑みが消えまた無表情になる。
「全く、、酷い世の中だ。」
うんざりしたように
吐き捨てるようにそう言って、ベッドで瞼を閉じる。
夢路へと往く。
そしてまた幼い頃の見た夢を見るのだ。
昨夜から、急にまた見るようになった…シリウスにとっては…今のシリウスから見ればそれは幸せな…………………
悪夢だ。
___________
遂に、依頼内容を遂行する時がやってきた
0時を回り、誰もが寝静まった頃
あの娘のいる部屋の窓を見上げる
あの男の家の前だ
シリウスは、ふわりと宙に浮き、魔法で窓を独りでに開け、入っていく。
シリウスはいつもこうだ。決して、呪いの力を使うときは必ず本人のところへやってくる、そいつが嘆き、怯えるサマを見るためにだ。
それを嘲笑いながら、呪いの魔法をかけ、
様々な方法で死へと追いやる
あるものは、吐血して、あるものは毒を飲まされたように苦しみだして息絶える、無論、毒などは検出されない
あくまで病死、という形を取らざる得ない
勘のいいものが、呪いと気づいてもそれを口にすることはない。
なぜなら呪いというものは
伝染していくからだ。気づいても黙っている。
自分の命が惜しいからこそ、だ。
口に出してはいけない
運良く呪いは免れても
魔法使いが殺しにくるかもしれない。
それをなんとか免れても、呪いに怯える日々が続く
だから、呪い。なのだ。
口に出すのも恐ろしい。
シリウスがはいってくると、おもむろにベッドから起き上がった黒髪の少女がシリウスを見て力なく訪ねた
「……どなた、ですか…?」
その目は虚ろだ。憔悴しきった姿だった
そんな少女にシリウスは近づいて、その顔を近くでよく見た。
食べ物もろくに口にしていないだろう、普通の少女より痩せている。
シリウスは笑みを浮かべ
「貴女を殺しに来た、魔法使いですよ」
と穏やかに答え、少女の、白い華奢な手を手に取り、手の甲にキスを落とした。
「今宵、貴女のような少女の命を取ることに気は引けるますが、…これも仕事でして。けれど、貴女の身分は本来敬われるべきご令嬢。…敬意は払いましょうとも。」
そう答える声音にすら感情は何一つ感じられない
そんなシリウスという男を、前にしても少女の瞳は動かなかったが、少女は静かに声を出す
「私になど…私は…貴方様のような魔法使いさんに、敬意をはらわれる人では、ないわ…」
「…殺されるとしても貴女はご令嬢です。なぜ、そのようなことを…?」
その言葉に少女は小さく微笑んで、シリウスがキスを落とした手の甲を見つめ、もう片方の手を重ねた。
シリウスはその姿を見て
その微笑みが作り笑いであることを見抜き、目を細めた。
自分も慣れた作り笑いを向けてるからこそ、シリウスはベッドの横に座り、殺す前に話を聞くことにした。
「わかっておいででしょう。…わたしを殺すようにといったのは叔父様でしょう…?」
この少女は気づいている。
にやりと、シリウスは楽しげに笑った。
事実今までにない出来事に心躍っているようだった。
「うんうん、お見事大正解ですよ!貴女はなかなか状況を冷静に見れるようですねぇ。やはり、敬意を払っておいてよかった」
「…ふふ、不思議な方。教えてくださるんですね
でも本当に、私のような人間は…敬意なんて払われるような人間じゃない。…私のせいでみんな不幸になりました…その連鎖が終わらせることができるのなら…私も願っていたことです」
少女の言葉が力ない、なのにその瞳は実に真っ直ぐにシリウスの瞳も捉え、光を宿していた。虚ろに下がる瞼などには屈することのない強い瞳だった。そして、また、ひとつ尋ねた
「魔法使いさん…本当に、私を終わらせられるのですか?」
シリウスはその状況を静かに捉えて、その瞳の光が実に
シリウスの心を揺さぶった。だから気づかなかった
仮面をお落としてしまったことに。
いつの間にか、笑顔が消え、無表情に心の奥底の氷のように冷たいものが顔へ形となって現れる。冷酷な心を少女に見せつけてしまったのだ。
然し、少女はまるで動じてない。
そうして、少女の後ろから黒い闇がゆれている。
不幸を呼ぶ少女。
そう言われている所以_____その正体が
コイツだ。
深み闇の霧が少女の後ろが濃くなりながら
人型を取ったようなだが全身は陶器のようなもので、ところどころヒビのはいったものが現れた。
目からは禍々しく赤く揺れている。
滅多にお目にかかれないコイツに、シリウスは恐ろしいほどの笑みが浮かぶ。
「くっははっ……これはこれは……
成る程、不幸…ねえ?ですがこれだけのものが側にいながら良く、君も、周りもこの程度で済んでいるものだ」
シリウスの最後の言葉に少女は目を見開く。
「この程度…?」
そんな少女の後ろの人形に人指し指を向ける。
「ええ。だってそれ、悪魔を入れる特別な人形ですよ。
余程、強い思いがないとそいつはその中には入らない」
「オ“ォ”……」悪魔の人形が悍ましいほどの呻き声を上げる。
そんなものをみても、シリウスは笑顔を崩すことはなく淡々と話す。
「そしてそいつが今まで"貴女を守っていた気に"なっていたようだ。」
「……わたしを守る…?」
「貴女は確かに不幸を呼ぶと言われるだけはある
けれど残念。貴女は一つ見当違いをしましたね。」
「……?」
「だって、貴女〝自身〟には不幸を呼ぶ力なんてないんだから」
笑顔でその言葉を言う魔法使いに少女は凍りついたように
震えた声で、「そんな、そんなわけ……っ…」と動揺がじわじわ、と顕になる。
そんな少女にシリウスは「ああ…」と目を細め
「実に人間らしいその表情、先程よりずっと可愛らしいですよ」
なんて笑うシリウスを悪魔はじっと見ている。
部屋の灯りの蝋燭がチリチリと音を立て
実に穏やかに、不穏に、静かに、その一室での絶望を物語っている。
少女は深呼吸をする。
少女が息を吐いたと同時にシリウスは言葉をまた投げかける。
「では話の続きをしましょう。
そもそも、不幸なのは貴女であって今までやられてきた奴らじゃあない。
本来、普通の人間が悪魔と契約することは基本的に難しいんですよ」
「…難しいだけで不可能ではないのですね」
震える目で真っ直ぐにシリウスの目を覗き込む少女に若干、シリウスは"殺しづらさ"を感じながらも見つめ返す。
「へえ、動揺してたわりになかなか話はちゃんと聞いてるようですね。まずは賛美を。
さて、本来ここまでお喋りはしないんですが貴女は特別なターゲット。
まずその続きを話す前に、貴女が、終わらせられるか
という問いに答えましょう。」
少女は真剣にシリウスの話を聞く
次の言葉が少女の本当の絶望になるとも知らずに。
「貴女、ワタクシが殺さずとも明日の夜
死すでしょう。然し…」
「…然し、なんですか…?」
「その悪魔は貴女が死ねばその魂を食らい貴女の体を乗っ取り、沢山の人の血が明日の夜から流れるでしょうねえ。
なにせ、力はあるくせに頭がない本能だけの悪魔だ」
少女は
「そんな……死んだあとも、私は……では私は本当に不幸を呼ぶ少女では」
わなわなと震えた。力の入らぬ手でシーツを握りしめる。
「通常なら。そうなる手はずのようでしたが」
「えっ…」
シリウスは少女の手を引き、横抱きに持ち上げる。
そして、悪魔の人形から引き剥がすため、ある呪をとなえる。
『Abominable demon of chaos, unleash at my command』
シリウスは笑って、パチン、と指を鳴らす。
その刹那、悪魔を入れた人形がどんどん亀裂が生じ、遂には破壊される。その時、悪魔は悍ましい叫び声を上げ
中の悪魔が真っ黒な瘴気を纏わせながら苦しみだしている。形こそ人型だが口から見える牙や、手足の爪は獣のように鋭利だ。
シリウスはその隙に少女を抱えたまま窓から飛び出て、空へと走り出す。不思議なことに身体は宙に浮きなのに、
虚空を地面があるかのように蹴って空を駆け出している
少女はその状況に息を、飲みながら、シリウスに問いかけた
「魔法使いさん…っこれはどういうことなのですか…何故、私を、あの人形から離すのですか…っ…」
「ああ。失礼しました。
大丈夫ですよワタクシは、あの入れ物…つまり、
悪魔との契約を壊しただけです、通常であれば
それで、あの悪魔は放たれ、魔界へと戻るのです」
その言葉に少女は黙って話を聞く。
シリウスは腕に抱かれた少女を冷ややかに見下ろし、静かに微笑んだ。
「…可哀想に。通常であればそれで貴女からあの悪魔はいなくなり周りのものの邪気に当てられた高熱も治ったことでしょう。そして、ワタクシも、今日、貴女の命を奪うことができた。…然しながら……
あの悪魔は貴女の魂…存在に執着を持っているらしい」
「え…」
少女は冷水を当てられたように感じていると屋敷も見えなくなってきたところから何かが追いかけてきた。
「っ…!あ、あれは…」
「ははっ…これはこれは。凄い。
これではゆっくり話す余裕もありませんね」
楽しげに笑いながら
後ろを見て、シリウスは指をパチンと鳴らす。
するとどこからが、黒い羽の生えた大きな馬がやってきて、シリウスたちを乗せ、軽やかに前足を上げ
ヒヒーンと涼やかに声を上げ、シリウスは空を走っていたより圧倒的に早く飛んでいく。
悪魔がどんどん見えなくなっていくほどに。
ーー
そして気づけば、シリウスの屋敷へと降り立ち
シリウスは少女を抱えながら降りた。
「ご苦労でしたね。しばらく休むといい」
そう言ってパチンと指をならしモヤができたと思うと
羽の生えた馬は、羽が消え普通のサイズの黒い馬になり屋敷の庭の何処かへといった。
「さて、お嬢さん歩けます?」
「あ、ごめんなさい…歩きたいのですが…」
「ではこのまま、ワタクシが連れてゆきましょう。
」
「すみません…」
やせ細り、ろくに食べ物も食べず水だけをなんとか飲んでしばらくずっとベッドで過していた身ではすぐに動くことは難しかった。
そんな少女にニコッと微笑んでシリウスはひとりでに開く扉から屋敷へと入る。
バタン。扉が閉まった。
シリウスは少女を椅子に腰掛けさせると、椅子を持ってきて少女と向かい合うように自分も座った。
「さて悪魔はここまで貴女を追いかけてきますが。
いやはや、貴女を殺すだけの役目から随分、外れてしまいました。
……本来の貴女を殺す任を果たしたいのですが」
そう言いシリウスは不気味に笑いながら少女の頬を撫でる。少女は不思議そうに、そして最終的に申し訳無さそうに見つめるだけだ
「すみません…煩わせてしまって…」
「は…?」
シリウスは思わず目を見開いた。
思わず、わけがわからないことを謝罪され
軽く自分が動揺したことを隠す為、シリウスはとりあえず笑った。
「ハハッ…不幸が染み付きすぎですねこれは。
もっと怯えてくれてもいいのですがね」
シリウスは手を離し、歩きだして
部屋のカーテンを開けた。
少女は困ったようにシリウスの行く先を目で追った
少女に背を向けたままシリウスは窓から夜を見つめる
「さて。あの悪魔ですが
あれは貴女の魂が尽きたとき、貴女を食らうでしょう
どのみち明日にはなくなるその命ですが…
困りました。ここからは依頼から外れてしまうことをしないといけない。」
その言葉に少女は尋ねた
「では…魔法使いさんは…」
不意に少女の方へ顔を向ける
「あの悪魔を殺してあげましょう。
そうして…ワタクシが、貴女の命を奪います」
シリウスが窓を開ける。シリウスの後ろの背景に月の光に照らされて、妖艶に微笑むシリウスの
瞳が、紫色から、紅く、揺れ始めた。
少女は息を呑んだ。
「ヴアアアアア」
悪魔がやってくる。獣の体で。真の四肢で。
「おやおや、もう、来ましたか。ゆっくり話す暇もない」
そう云うと、シリウスは面倒そうに窓を開けて
ステッキをローブの中から取り出し向かってくる悪魔にそのステッキを向け、先端から紫色の丸形の光が作られそれが放たれると、悪魔に直撃して凄まじい呻き声がする。
悪魔は紫色の煙に包まれ悪魔の体を拘束しているようだった
少女は何がなんだか分からぬままじっ…とその光景を見て
いることしかできず、もどかしさを感じた。
足は一人ではもうろくに動けず、這っていくにもそんな体力は残されているわけもなく。
明日の夜には死ぬ
不意にシリウスの言葉を思い出した。
シリウスを見ると、横目で不敵な笑みを浮かべたシリウスが少女を見て、何故か、少女の手を取る。
「…?」
「貴女のお名前、聞きそびれておりましたが
最期の夜になるのですから、せめて貴女の口から貴女の名を聞いても宜しいですか。」
わたしのなまえ。
心臓がドクンと跳ねた。
名前なんて尋ねられたこと一度もない。
その名を呼ばれたのはあまりに遠く感じるほど過去のことで。今の今まで私も私自身の名を忘れていた。
お前。以外の呼ばれ方。
私の名前。
少女は静かに声を振り絞った。
「……シオン。」
少女の名を聞いた瞬間、鼓動が大きく高鳴り、息を呑んだ。
シオン
なんて美しい名なのだろう。思わず時を忘れ少女をうっとりと目を細めて見て余韻に浸ってしまう。
不思議な気持ちになった。未だ嘗て味わったことのない不思議な感情だ。
自分の中の膨大な魔力が煮え滾るような感覚。
何なんだ。これは。
残されたリミット 明日の夜には死んでしまう 少女よ。
だが、惜しい。このまま手折ってしまうのもみすみす、手放してしまうのも。
今思えば やはり運命だったのだ。
貴女との出逢いは。
その刹那、余所事を考えていて思わず悪魔へ施した拘束を解いてしまう。
そして悍しい唸り声を劈くほど耳障りにしながら
此方へ物凄い勢いで迫ってくる醜い欲望の塊
そこに、シリウスはゆっくりと…手を翳した。
「さようなら。申し訳ないとも思いませんが
彼女は私がいただきます、と伝えておきますね。」
その言葉が通じたのか怒りに似た叫び声を上げながら
シリウスの手の至近距離へと来たとき
ドゴンッッツ
鈍い音が聞こえたとき、黒い闇が剣の形をして紫色の煙をまといながら悪魔を貫いていた。
そして侵食していくように悪魔の身体はじわじわと消えていく。やがて、紫の煙に包まれたかと思うときその煙は弾けて、小さな欠片となってキラキラと散らばっていく。
そんな一瞬出来事に、シオンの虚ろな瞳はその光が移って
眼の前のその瞬間に心ごと奪われていた。
シリウスがシオンの方に振り向いた。
けれどその表情はいつになく真剣で笑っていない。
嗚呼。そうだった、この方は私を…。
けれど不思議。シオンは笑っていた。
何なら、神様に感謝しているくらいだった。
自分の命が息をする限り、誰かの迷惑になっている。
漸く、…死神の鎌が私に向けられている。
もう誰にも、誰にも。
そう思って現実へと心を取り戻したとき、
シリウスはシオンに跪いていた。
「………え?」
「………この何十年、数えるのすら退屈でやめてしまいましたから…もうどれだけの時間を生きてきたのか正確には判りませんが、漸く其れでも生きてきた意味があったのだと実感いたしました。」
シリウスは言葉を続ける。
出会ったばかり、今夜話したばかりの貴女に
この形容しがたい感情に名前をつける間もなかったというのに、自分は今、シオンという少女を前に跪いている。
「ワタクシはきっと、シオン…いえ、シオン様
貴女と出会う為に、生きてきたのです。」
死神だと思われたシリウスからの酩酊するような言葉たちに
くらくらとさせられて、凝視してしまうシオン。
シリウスは立ち上がり、シオンの元へゆき、その手を取った。そして持ち上げ、引き寄せる。
彼が、何かの呪文を囁いた時、足に力が入った。自由の効かなかった身体が一瞬にして普通に立っても問題ないように立っていた。何に驚いたらいいのか度重なる目の前の状況に息を呑んでしまうばかりで、言葉が出てこなかった。
そんな中、ふ、と思い出した彼は、シオンを真っ直ぐに見つめた。
「自己紹介が遅れました。ワタクシの名は、シリウス。とはいえあまり長話はできませんね。
もうすぐ…夜が明けてしまう。
ワタクシは貴女を死なせたくありません。…そしてワタクシになら、ひとつ…
一つだけ…あなたを、生かせる方法があるのです。」
シリウスのその真っ直ぐな金色の瞳が夜明けに訪れる太陽の一筋の光のように眩く強烈に、シオンの瞳を、虚ろな心を一瞬で射抜いたのだった。




