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第八章 崩れる構図

都庁前署、深夜。

副社長・三浦陽介は、取調室の椅子に深く腰掛けたまま、腕を組んでいた。

怒りも動揺もない。ただ、疲れ切った顔だった。

「社長が死んで、一番得したのはあなたです」

山岸が言う。

「……得?あの男がいなくなっただけで、会社が楽になると思うか?」

「横領データも消えた」

三浦は鼻で笑った。

「消えてない。俺の頭の中には、まだ残ってる」

山岸は一瞬、言葉に詰まった。

「事件当日、十九時過ぎ。あなたはビル裏口で誰かと口論している」

「していたな」

「相手は誰です?」

三浦は少し考えてから言った。

「……経理の城戸だ」

「内容は?」

「横領の責任を、どっちが被るかで揉めてた」

「社長の話は?」

三浦は即答した。

「してない」

山岸が眉をひそめる。

「音声には、“社長が消えればいい”と」

三浦は静かに答えた。

「言った。だがそれは、“殺す”って意味じゃない。あの男が辞めればいい、って意味だ」

「信じろと?」

「信じなくていい。だが俺は――社長に手を出すほど、馬鹿じゃない」

その供述は、意外にも一貫していた。

その頃、田所探偵事務所。

田所は、三浦の調書を読みながら、眉をひそめていた。

「……妙だな」

夏野が言う。

「副社長、冷静すぎませんか?」

「そう。“疑われ慣れている人間”の態度だ」

「経営者だからですか?」

「違う。本当に犯人なら、もっと“余計な言い訳”をする」

田所は城戸の供述も並べる。

経理部長・城戸美沙は、事件当日、会議室前を二度通過したと証言している。

だが、その時刻の記憶が曖昧だった。

「“覚えていない”が多すぎる」

夏野が言う。

「副社長と経理部長、どちらも“嘘をついてる可能性”は高いですね」

「だが、二人とも“同じ種類の嘘”だ」

「同じ種類?」

「“保身の嘘”だ。自分の立場を守るための嘘。殺人を隠す嘘じゃない」

その時、山岸から電話が入った。

「田所、重要なことがわかった」

「何だ?」

「会議室の床、再鑑定した」

「何が出た?」

「机の脚の擦過痕、よく見ると――二種類の方向が混じってる」

田所の目が細くなる。

「……二方向?」

「最初の報告では“一方向”だったが、微細な傷を含めると、“戻した形跡”がある」

「つまり……」

「誰かが動かし、別の誰かが“元に戻そうとした”」

夏野が小さく息を吸う。

「それって……副社長犯人説、崩れません?」

田所は静かに言った。

「崩れる。副社長が犯人なら、動かすのは一度でいい」

「わざわざ戻す理由がない」

「戻した人物は、“事故に見せるため”じゃない。“何かを確認するため”だ」

山岸が電話越しに言う。

「つまり、副社長の後に、誰かが現場に入ってる」

田所は少し笑った。

「……ようやく、この事件、“本当の形”を見せ始めたな」

夏野が言う。

「じゃあ、副社長は?」

「少なくとも、“直接の実行犯”じゃない」

「でも、副社長は確実に現場を操作している」

「そう。副社長は“第二の当事者”だ」

田所は机の上の資料を一枚ずつ並べ直す。

「この事件、最初に社長が倒れた時、現場にいたのは“一人”」

「その後、副社長が来て、机を動かした」

「さらに、別の誰かが入って、戻そうとした」

夏野が言った。

「三人……?」

「少なくとも三人」

山岸が電話越しに言う。

「じゃあ、最初の一人は?」

田所は即答しなかった。

しばらく黙ってから言う。

「……今まで、一番“何もしていないように見えた人物”」

夏野の脳裏に、ある名前が浮かぶ。

だが田所は、まだ口にしなかった。

「今は、副社長が“犯人に見えなくなった”だけで十分だ」

「本当の犯人は、“この事件で一番、存在感が薄い”」

窓の外、新宿のネオンが静かに光っていた。

副社長という仮説は、ここで完全に崩れた。

だがその代わりに、より不気味な影が、事件の中心に浮かび上がり始めていた。

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