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第七章 副社長という仮説

田所探偵事務所。

机の上には、資料が扇状に広げられていた。

神崎の歩数ログ。

早乙女のゴミ袋写真。

小宮山の削除履歴。

そして、副社長・三浦のドラレコ音声。

田所は、その中で一枚だけを指で叩いた。

「……これが一番、殺意に近い」

副社長の音声記録。

『社長、消えればいいのに』

夏野は静かに言った。

「言葉だけ見れば、完全にアウトですね」

「しかも、一番“動機が深い”のも三浦だ」

田所は副社長の人物像を整理する。

創業メンバー。

社長のワンマン経営に反発。

横領データを社長に握られていた。

会社を追い出される寸前。

「副社長はな、“失うものが多すぎる人間”だ」

山岸が言った。

「実際、社長が死んで一番得してるのも三浦だ。株価は安定、横領も闇に消えた」

「副社長犯人説、かなり綺麗だな」

夏野が首を傾げる。

「でも、副社長が直接手を下すタイプには見えません」

「普通はそうだ。だが“追い詰められた人間”は、性格を裏切る」

田所はドラレコの音声をもう一度再生した。

『……ふざけるな。あんたのせいで、こっちは首が飛ぶんだ』

「この“あんた”は誰だと思う?」

山岸が答える。

「社長じゃないのか?」

「違う。これは“社長に言ってる口調じゃない”」

「じゃあ誰だ?」

「社内の誰か。自分と同じ立場の人間だ」

夏野が言う。

「経理部長……?」

「可能性は高い。横領データを巡って、三浦と城戸は水面下で争ってた」

田所は経理部長の調書を取り出す。

「城戸は、事件当日、“会議室の前を二回通っている”」

「証言?」

「防犯カメラが切れてたから、本人の証言だけだ」

山岸が言った。

「三浦と城戸、二人で社長を追い詰めてた可能性もあるな」

「そう。この事件、“単独犯”より“共謀”の方が自然だ」

夏野が不安そうに言う。

「でも、誰が直接……」

田所は言葉を遮った。

「今は“直接”を考えるな。考えるのは“誰が一番、現場を操作できるか”だ」

山岸が答える。

「副社長は役員フロアに自由に出入りできる。会議室にも、社員より自然に入れる」

「しかも、社長と口論しても違和感がない」

夏野が言った。

「喧嘩していても、“日常の一部”に見える……」

「そう。副社長は“最も殺しやすい立場”だ」

田所は机の写真を指差す。

「机を動かした人物像としても、副社長が一番自然だ。体格、腕力、権限、時間帯」

「神崎や早乙女より、はるかに現実的ですね」

山岸が言った。

「副社長が社長と揉み合い、突き飛ばし、慌てて机を調整した」

「そして、経理部長がそれを手伝った」

田所は静かに頷く。

「二人なら、“事故に見せる知恵”もある」

夏野が言った。

「でも、防犯カメラの停止は……」

「それは“誰かに頼んだ”か、“後で処理した”可能性もある」

山岸が苦笑した。

「つまり、副社長を中心に、全員が絡んでる構図か」

田所はゆっくり言った。

「この事件、副社長犯人説は――論理的に、ほぼ完成している」

部屋に、短い沈黙が落ちた。

夏野がぽつりと聞く。

「……田所さんは、副社長が犯人だと思いますか?」

田所はすぐには答えなかった。

ドラレコ音声を止め、資料を一枚ずつ眺め直す。

「“思う”だけなら、一番それっぽいのは副社長だ」

「でも?」

「それっぽすぎる」

夏野が目を細める。

「それっぽすぎる……?」

「犯人ってのはな、たいてい“ちょっとだけズレてる”」

山岸が言う。

「副社長はズレてない?」

「ズレてない。あまりにも教科書通りだ」

田所は静かに続けた。

「この事件、ここまで綺麗に“副社長が犯人”に見えるのは、逆に不自然だ」

「誰かが、“そう見えるように動いている”」

夏野が小さく息を吸う。

「……誰かが、副社長に罪を被せている?」

「可能性は高い。そしてその誰かは――」

田所は言いかけて、口を閉じた。

「いや、まだだ」

「まだ?」

「今は、副社長を疑わせておけ。それでいい」

山岸が首を傾げる。

「……お前、わざと誤解させてないか?」

田所は小さく笑った。

「探偵はな、自分も一度、“間違える”必要がある」

「じゃないと、本当に間違えてる場所が見えなくなるからな」

窓の外では雨がすっかり止み、ネオンだけが街を照らしていた。

だが事件の中では、まだ誰も、本当の暗がりに気づいていなかった。

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