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第三章 田所のやり方

「……で、現場はもう見たのか?」

田所は資料から目を離さずに言った。

「一応な。会議室は保存してある。見に行くか?」

「行かない」

「行かないのか」

「行かない。俺は“行かない探偵”だからな」

山岸は少し呆れたように鼻を鳴らす。

「お前、本当に変わってるよな」

「変わってるのは現場だ。俺は人を見るだけ」

夏野がファイルを抱えたまま言った。

「先生、普段から現場には行きませんしね」

「現場に行くと、“警察と同じ景色”を見てしまう。それじゃ意味がない」

「出不精なだけでしょ」

「だからそんなデブになるんだよ」

「大きなお世話だ」

田所は椅子に深く腰を沈め、資料を机いっぱいに広げた。

「この事件、特徴は三つある」

指を一本立てる。

「第一。誰も“犯行を目撃していない”」

二本目。

「第二。誰も“物理的に不可能な行動”をしていない」

三本目。

「第三。全員が“嘘をつく必要がある立場”にいる」

山岸が眉をひそめる。

「それ、普通の事件と何が違う?」

「普通の事件は、“一人だけ嘘をつく”。この事件は、“全員が嘘をつける”」

夏野が首を傾げる。

「全員が……?」

田所は淡々と整理する。

「副社長は経営トラブルを隠す必要がある。

 経理部長は数字を誤魔化してる可能性がある。

 営業部長は社長への不満を隠す。

 人事責任者は精神状態を隠す。

 秘書は私的関係を隠す。

 システム管理は記録を操作できる」

「つまり、全員が“嘘に慣れている”」

山岸はため息をついた。

「……嫌な会社だな」

「嫌な会社ほど、事件は綺麗になる。みんな“嘘を吐く練習”ができてるからな」

田所は一枚の写真を指差した。

会議室入口付近、傘立ての写真。

「この傘立て、気にならないか」

「ただの傘だろ」

「今日の新宿、何時から雨だ?」

「六時半くらいから本降り」

「つまり、十九時台に外出した人間の傘は、必ず濡れる」

田所は写真を拡大した部分を示す。

「この青い長傘だけ、乾いてる」

夏野が画面を覗き込む。

「本当だ……周りの床は濡れてるのに」

「誰かが“外出したと言っているが、実際には出ていない”」

「それだけで?」

「事件ってのはな、大抵“どうでもよさそうな物”から壊れる」

田所は別の資料を取り出す。

被害者の机にあった紙コップの鑑識報告書。

「それから、このコーヒー」

「毒物反応はなしだったな」

「だが、指紋が二種類ある。社長と、秘書だけ」

夏野が言う。

「秘書が最後に触った?」

「触った、だけだ。でも重要なのはそこじゃない」

田所は社長の健康記録を示す。

「社長は糖質制限中。

 普段はブラックしか飲まない」

「……なのに?」

「鑑識報告によると、紙コップの中身は“市販の加糖コーヒー”」

山岸が顔をしかめた。

「つまり、社長の普段の習慣と違う?」

「誰かが“用意した”コーヒーだ。社長自身が選んだとは考えにくい」

夏野が静かに言う。

「社長に自然に飲ませられる立場の人間……」

「秘書、もしくは社内スタッフだな」

田所は少し間を置いてから続けた。

「この事件、犯人は――

 “社長に近づける立場”

 “証拠を動かせる立場”

 “他人の嘘を知っている立場”

 この三つを同時に満たしている」

山岸は腕を組んだ。

「まだ絞れないな」

「最初から絞るな。俺は“誰が犯人か”じゃなく、“誰に何を聞けば嘘が壊れるか”を決める」

田所はゆっくり山岸を見る。

「まず、これをやれ」

田所の第一次指示

1. 六人全員の入退館ログ

2. エレベーターの記録

3. 会議室の前日の写真

4. 防犯カメラの操作履歴

5. 紙コップの指紋・成分

6. 副社長と経理部長の直近メール

山岸は呆れたように言った。

「最初から全員疑うのか」

田所は小さく笑う。

「違う。全員に“喋らせる”だけだ」

夏野が頷く。

「人は一度嘘をつくと、それを守るために、さらに嘘を重ねます」

「そう。事件解決の近道はな、“真実を探すこと”じゃない」

田所は資料を閉じ、静かに言った。

「“嘘が自滅する瞬間”を待つことだ」

窓の外では、雨が静かに新宿の街を濡らしていた。

田所はその音を聞きながら、もう一度傘立ての写真を見つめていた。

――事件は、もう壊れ始めている。

だが事件の輪郭は、少しずつ、確実に浮かび上がり始めていた。

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