表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一章 新宿五階の探偵

新宿三丁目。

夜の雑踏は昼よりもうるさいくせに、なぜか人の気配だけが薄い。ネオンは派手だが、その光はアスファルトの表面しか照らさない。五階建ての雑居ビルに入ると、エレベーターは必ず一度、意味もなく揺れる。

五階。

蛍光灯が一本切れかけた廊下の奥に、半分だけ影に沈んだ扉がある。

《田所雄三探偵事務所》

田所雄三は、その扉の内側で、コンビニの焼きそばパンを片手に自分の腹を見下ろしていた。

三十五歳。頭脳はまだ現役だが、体型は確実に中年のそれである。

「……最近、重力強くなってないか」

「それ、地球のせいじゃなくて先生の生活習慣です」

背後から冷静な声が返ってくる。

秘書の夏野和泉。長身で細身、黒縁眼鏡の奥の視線はいつも冷静で、無駄な感情を挟まない。

「人はな、年を取ると自然と丸くなるんだ」

と田所が詭弁を弄すると

「性格だけで十分です」

と夏野は辛らつな言葉で返す。

「ひどくない?」

と言う田所に夏野は

「たまには外に出たらどうです?」

と外出を促す。

田所が

「何しに?」

と問うと夏野は

「依頼があった時くらいは調査に出るのも良いんじゃないですか?」

と返すが田所は

「外に出なくたって解決するんだから外に出る理由がない」

と、外出する気は全くない。

デスクの上にはカップ麺の空容器と、胃薬の箱。探偵事務所というより、残業続きのサラリーマンの机に近い。

その時、ノックもなくドアが開いた。

「相変わらず、ひどい部屋だな」

と言いながら、コートの襟を立てた男が立っていた。都庁前署の刑事、山岸。無精髭に険しい顔、態度はいつも不機嫌そのものだ。

田所が

「刑事はいつも礼儀を忘れてるな。ここは一応、民間企業だぞ」

と言うと

「安心しろ、企業って言えるほど綺麗じゃない」

と言いながら、山岸は封筒を机に投げつつ続ける。

「殺しだ。社長が死んだ。警察ももちろん捜査しているが、協力して欲しい」

その言葉に、部屋の空気がわずかに沈む。

田所は焼きそばパンを置き、封筒を開いた。

「……IT企業か」

と呟く田所に山岸は

「ネクサス・リンク。新宿本社。代表取締役が会議室で死んでた」

と返し、続けて説明する。

「頭部打撲。事故に見える」

田所は資料に目を通しながら、ゆっくり言った。

「“見える”事件ほど、面倒なんだよな」

夏野が小さく息を吐いた。

「また胃が悪くなりますね」

それに対し田所が

「もう悪い」

と言うと夏野は

「では、最初から諦めましょう」

と突き放す。

「秘書としてどうなんだ、それ」

とあきれ顔の田所。

窓の外では、雨が新宿の街を静かに濡らしていた。

ネオンは今日も派手だが、真実だけは、相変わらず見えにくい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ