対話
「盗まれたのはこれで全部か?」
「はい、本当にありがとうございます」
頭を下げる女性に、背後で警察に連行されていく四人組の男たちを見ながら、小さな溜息を吐く。
車を打ち落としてから間もなく、当然市街地に落とすわけにはいかず、リゼルは墜落した瞬間に車のフロントを足で踏みつぶし、開く扉と共に迫った多少の抵抗を躱して、泥棒達を直ぐに来た警察達に引き渡した。
「天者様、ご協力ありがとうございます!」
「問題ない。ちょっと通りかかっただけだ」
次いで敬礼をする警察に、リゼルはぶっきらぼうに言い放つ。
天者は、非常時にその戦闘力から、武器を使用することが認められている。
当然不適切に振るわれた際には、通常よりも大きいな罰則が課されるが。
「でも、どうして襲われたんだ?」
「私にも分かりません。ですが、私のお店でも仕入れている農場の近くに歪が発生してしまい、徐々に広がっていっている状態で……天者様のお陰です。本当に助かりました!」
「……また何かあったら呼んでくれ」
何度も頭を下げる女性に、若干の申し訳なさを感じながら、その場から離れる。
今、統合世界では各地に発生する歪による被害が後を絶たない。
最初にそれが確認されたのはいつだったのか、最早リゼルは知りもしないが、いつしかその研究を進める中で世界が無数に枝分かれしていることが判明、同時にその数に許容量、制限が存在することも。
「おや、ようやく戻ってきたか」
「悪いな、待たせた」
「問題ない。この高台の眺めは悪くなかった。それでは帰ろうか」
カミアはそう言ってこちらへ片方の荷物を渡すと、そのまま高台に背を向けて歩き始める。
夕暮れを背後に望む統合世界での日常、それはきっと……少なくとも不幸せなものでは決してない。
「リゼル、君は本当にアンバランスだな」
「……さあな」
「おや、これ程美しいレディが話しかけているというのにつれないな」
カミアの言葉に、少し前にした彼女との話を思い出す。
変化を起こすには戦うしかない、それは確かに彼女の言う通り、人間である以前に生物としてあるうえで当然の事なのかもしれない。
もしその行動の代償が、何かを失うものだったとしても。
「おや、あそこに移っているのは――――――」
「電子公告、天者募集のポスターだな。第七使徒様は大人気だからな」
道の途中、お店の壁に投影されている一つの広告。
それは統合世界という場所において、天者という職業が一般的に認められている事を示す、一つの証明でもある。
「君は、やけにあの女に敵意が強いな」
「……別に、そういう訳じゃない」
カミアの言葉に、ポスターから視線を外す。
と同時に、いまだこちらを向いたままの視線は何かを聞きたいのか……いや、もしかしたらそれはもう既に。
「……俺とハンナは、幼馴染なんだ」
何かに気づいているとでも言いたげな。
「ほう、道理で。しかし、その割には当たりが強いな」
「……そうだな。俺達は孤児でキーラ、この前会ったあいつの養護施設……実験所で育ったんだ。恨んでるわけじゃない、俺たちには力が必要でキーラは実験体が欲しかった」
リゼル・レインライトとハンナ・アンネーリエは、十数人の孤児達と同じ施設で育った。
キーラは子供達に、まるで母親みたいに優しくしてくれた。
今になって思えばそんな優しさは実験体に逃げられないようにするための演技だったのだろうと思うが、それでもリゼルやハンナのような孤児は、喜んで実験台に乗った。
「もしかして、貴様の脚は人体実験の反動か?」
「違う。当時軍の科学者だったキーラの実験は人工的な異世界の生物の髄液を投与することで身体能力の拡張、最強の天者を作ること。そしてその中で生き残ったのが――――――」
「ふむ、なるほど。道理で貴様の強さと位階がズレている訳か。しかしなればその脚は?」
「……仲間殺しの罰だ、位階も加味したな。だから止められない、俺の脚には緊急時の従属権限が仕込まれてる」
かつて二等天者だった馬鹿な天者は仲間殺しをきっかけに五等へと落とされ、同時に二度と謀反が出来ないよう一等天者……名前は確かヴェインとか言ったか、そいつが居た分を少しでも補填させられるよう、決して逃げられない玩具の脚になった。
「ほう、それは頭の良いことだ。しかし、君はどうしてそこまでして現地人を助けた。所詮は関係のない人間だ。直接手を息の根を止める必要も無い。おまけに君がやらねばこちらの人々に被害が及ぶ可能性もあるのだろう?」
「……別に、ただちょっと気が迷っただけだ」
「ふは、気の迷いか。ならば何故あの女を嫌う?」
「……進んで世界を消滅させる働き者が嫌いなだけだ」
吐き捨てるような言葉に、カミアは大きく笑う。
この時、彼女は何を思っていたのだろう。
時折少しだけ気になってしまう彼女への興味は、覗いても意味がないとは分かっていても、気づけば飲まれてしまいそうなほどに大きくなる。
近くに見えた駐車場と停まっている車、昨日と違って自動では開かない扉に遮られるまでに。
「今日は、キーラは居ないのか」
「おや、今日はまた点検日か?」
「ああ、だからもうそろそろ来てる頃かと思ったけど……」
荷物を置く。
キーラの居ない家は、やけに静かだ。
少しだけ落ち着いて少しだけ寂しい、そう感じてしまうのはきっと……それだけリゼル自身も彼女の毒に侵されてしまっている証なのだろう。
「君にとって、あの狂人女はどういう存在なんだ?」
「……知らん。ただ、少なくとも碌な奴じゃない」
「ふははは、碌な奴か。その割には浮かない顔だな。まるで……そうだな、親が帰ってこない子供みたいだ」
耳障りなカミアの言葉に、ちっと舌打ちをすると、「黙って片付けろ」と彼女の手に買ってきた野菜の一つを放り投げる。
実際彼女の言葉は、決して間違っていない。
リゼルにとって、彼女は今までの生でたった3人、リゼルの事を本当に必要としてくれた相手だった。
実験台に乘る度、彼女は愛の言葉を囁いた。
実験結果を自慢する度、彼女は嬉しそうに頭をなでてくれた。
それが本当の意味とは違っても、生まれてから親に捨てられ、何も知らなかったリゼルに全てを教えたのは彼女だった。
「ふむ、なるほど……さては君にとって、あの女は母親か」
「お前、今日はやけに踏み込んでくるな。キーラは……そうだな。昔はきっと母親だった」
「おや、わざわざ昔とつけなくても、現実を知ってしまったか?母親に劣情は抱かないと――――――」
「黙れ。今はあいつが俺達の事を大切にしてた意味を知った。孤児院から消えた奴らの行く先も、あいつが力を手に入れて何をしようとしているかも。それでも俺が力を得るにはキーラが必要だった。あいつしか出来なかった。義足を元の足以上に使えるようにするには、もしまた間違いを起こした時、間違いを押し通せるくらいの力を得るには」
あの日、リゼル・レインライトは大きな間違いを起こした。
それは行動をした事じゃない、助けられなかったことでも……ましてや罰を受けてしまったことでも。
――――――あの日間違っていた事は、力を持っていなかった事。
「……ふむ、君は思っていたよりも面白い人間だな。どうだ、私と一緒にこの世界でも滅ぼしてみるか」
「……お前と一緒にするな。俺はあの時も今も、守りたいだけだ」
「ふは、守りたいだけ……ならば、守りたい者の敵が巨大だったらどうする?一つの軍なら?一つの国なら?或いは一つの世界なら――――――」
カミアの言葉に、小さく溜息を吐く。
彼女の言葉はただの屁理屈だ。
あの日リゼルは二等天者だった。
だがそれがもし殺した相手と同じ一等天者だったら、彼さえ超えた使徒だったなら。
――――――♪♪
彼が一縷の抵抗さえも許さない、絶対的な何かだったら。




