歪み
「報告書は受け取りました。非常事態に対する対処と剪定、評価に値します。報酬は各自の戦果に応じて振り込んでありますので、次の任務が決まるまで各自待機をお願いします」
「はっ!」
翌日、第四執務室。
「何か変わったことは?」
「ありません!原生生物に多少苦戦した程度です」
「……分かったわ」
白髪の女性、ハンナの言葉に前列に立っているオーウェルと後列のリゼル、ルルア、そして六名の隊員が敬礼をする。
ここは任務の始まる一週間前、カミアとの二人で訪れたのと同じ第四執務室。
何で任務が終わった後にまで、隊の全員がわざわざここに足を運んでいるのかと言えば。
「リゼル君!」
「ルルア、お疲れ。任務報告も終わって、これでようやく家に帰れるな」
「はい、でも酷いです!報告書からリゼルさんの名前がほとんど無いなんて!」
「はは、そういうものだろ。実際俺は荷物持ちしてただけだしな。書こうと思っても書くこと無いだろ」
「それは……でも、荷物持ちだって必要な役目のはずです」
執務室を出て何度か曲がった先、廊下の一角でルルアが大分苦しめのフォローをしてくれる。
結局、あのまま任務は無事全員が生還し、報告書からリゼルの名前は消えた。
巻き込まれて一人くらい死んだかとも思ったが、どうやら数人はオーウェルが先に逃がしていたらしい。
相変わらず、そのあたりの状況判断はリーダーの適性そのものだ。
あの時貸しと言った事が余程気に障ったのか、任務が終わっても挨拶さえ返ってこないこちらに対する扱いを除けば。
『おや、貴様が居なければ任務の成否も危うかったというのに、随分と謙虚な事だ』
「……はは、まあでも報告書なんて載ってなくても、俺としてはルルアさんみたいな優しい人と知り合えたからそれだけで十分だよ。それに、最期ギリギリまで待っててくれただろ?ありがとう」
「……でも――――――」
食い下がるルルア。
ここまでこちらを気遣ってくれる相手がいるという事実は、素直に喜ぶべきなのだろう。
友情か、あるいは哀れみか、彼女の気持ちが知りたいと思ってしまうのは、きっとリゼル自身もそれなりに、彼女という人間に惹かれていたからだ。
「でももだっても無いって。本当に嬉しかった。だからまた任務の時は話しかけてくれ。また一緒に任務にいけるように、首飾りを砕いて願っておくから」
「……!分かりました、リゼルさんがそれでいいなら」
ルルアの言葉に、改めて軽く手を振ると、その場から離れて一つの市街区へ出る。
数十分程度は歩いたか、遠くに見えるビル群と煉瓦で作られた一軒家を中心とした家々、ここは王都の中でもまた色の違った旧市街区。
いつも一人だったときは日用品などを買い物にくる主な場所であり、静かな空気の中で気分転換もできる、都市の中ではマシな場所だ。
「リゼル、次は何を買う?」
「お前が選べ。今日はお前が暮らす上で必要なものを買いに来てるんだ」
「おや、そうだったか。ならば貴様の財布を渡せ。全部使いきってやろう」
「……次は首輪でも買うか」
スーパーを出たカミアは何故か少し嬉しそうに笑う。
他愛もない会話から軍部を出てしばらく、生活をする上で一通りの調達を終えた二人は街中を歩いていた。
「さて、まあでも大体は買い揃えたな。取り合えず一旦帰るか」
「そうだな。次の任務はいつだ?」
「知らん。早ければ今日……はさすがに無いか。明日か、明後日か。もし除籍されたら一生ないな」
「……そうか」
聞いた割には淡白な返事、とはいえ特に気にすることもなく、リゼルも「そうだよ」と返すと、またしばらく歩く。
明るく声をかけてくる肉屋の隣を過ぎ、噴水で詠う演奏家の前を通り、ネットで人気の店の前を潜る。
過去と現在が混在している道は、不思議と嫌な思考をどこかに連れていってくれるようで。
「リゼル、君は何故戦おうとしない?」
長く続いていた沈黙の均衡が破られたのは、最後に見かけた店から15分以上歩いた道の外れだ。
「……?何だ急に。理由は前に話しただろ」
「違う、この世界とだ」
そしてカミアの言葉に、ふと脚を止める。
どうしてこんな話題になったのか、視線と共に意識を横へ向けると、こちらへ愉快そうな視線を送る両の瞳が見える。
彼女は、時々不穏な事を言う。
変人の妄言、当然そう言ってしまえばそれまでなのだが、不思議と引き込まれてしまいそうになるのは、きっとそれが彼女の魅力なのかもしれない。
「ふは、何を驚いた顔をしている。主張をしたいのであれば相手を叩き伏せる、それが当然の摂理だ。リゼル、君は世界を滅ぼすことに反対なのだろう?」
それこそ……魔性とでも呼ぶべきの。
「……!だったらなんだ?」
「ふは、ようやくらしい顔になったな。私はそっちの方が好きだぞ?」
カミアの言葉に、一歩足を引くと、意図せず上がってしまった視線を向ける。
戦闘態勢の一歩手前、武器に手をかければ騒ぎになってしまうが、もしこの場に気配に敏感な天者でも居ればバレてしまうくらいに、本気の。
「どうでも良い。だったらなんだって聞いてる」
「ふふ、そう怒るな。これはただの助言だ。悲観していても何も変わらん。世界を変えるのに最も手っ取り早い方法を知っているか?戦争だ。壊して、壊して、壊し尽くして、こちらの主張を聞かざるを得ない状況まで追い込む」
「……野蛮すぎるだろ」
「そうか?戦わなないよりはマシだろう。力がなければ蹂躙されるだけ。劣っていれば戦争ができる。均衡すれば対話が出来る。そして強者の創り上げた秩序が――――――」
平和だ。
カミアの言葉に、少しだけ乱れた呼吸を整える。
彼女は、やはり壊れている。
表面的な人格としてのズレや認識違いではない……それはきっと、根本的な倫理観のズレ。
(おかしいはずだ……こいつは、どう考えても……)
頭に、少しだけ靄が掛かる。
それはもしかしたら、彼女の主張が頭では理解していても、ほんの少しだけ心のどこかで間違ってはいないと思っている自分が居るせいだ。
世界を変えたければ戦うしかない。
それこそ……かつてどうでもいい滅びた世界のために、仲間殺しの禁を犯したあの時のように。
「きゃああぁあーーーっ!」
「おや、高台に登ってみればあれは……強盗か。リゼル……通報を――――――」
「……ちっ!」
カミアの言葉に、その場にあった荷物を放り投げ、高台の柵を乗り越える。
強盗の発生場所はここから下に降りて二つ目、通りを挟んで向こうの奥。
人数は四人、武装は……ちゃちなナイフくらいか。
一人で十分片付く。
「おや、こういう時は戦うのか」
後ろから聞こえた鬱陶しい笑い声を無視したまま。
「助けてください、あそこの人たちが店のお金を……っ!」
「あの車か?少し待ってろ」
やがて走り始めてすぐ、店の前へ到着したまま女性の言葉に、止まらないままに再び地面を蹴る。
逃げて行ったのは通りを走り抜ける車の中ので明らかに不自然な動きをしている一台の黒いワゴン車。
距離はまだ数十メートル程度、この距離なら槍の大砲を撃っても良いが。
(ここで撃ったら周りを巻き込むな。追いつくしかないか……)
遠くに見える自動車に、一つの角を曲がると、壁を蹴りあがって屋根へと上る。
黒のバンは幸いにも、直ぐに見つかった。
現代の車はどれも陸路の他、空へも飛べる。
もしあの車が、今は混んでいない空を飛んでくれたら。
「……飛んだな。終わりだ」
聞きなれた装填音と共に、槍から一筋の大砲を放つ。
車の群れから一台、空中へと離脱した黒の車はショートカットをしようとしたのか、とはいえそれは周りを巻き込む心配が減った事とも同義であり、飛行ユニットを撃ち抜かれて落ちていく車は、リゼルにとっても受け止めるだけで良い。
もっとも、今落ちている車に乗っている奴も、窃盗をしただけで天者を相手にするとは夢にも思わなかっただろうが。
「ふむ、綺麗な一撃だな」
同時刻、丘の上でそんなリゼルの様子を見ながら、カミアは退屈そうに荷物を隣のベンチに置き、景色を眺めていた。
(わざわざ少し泳がせたのは被害を減らすため。ふむ、出来るだけ目立つ行動をしたくないのかと思えば――――――)
未だに新鮮に感じる違う世界の空気を感じながら、小さく笑う。
リゼル・レインライトという人物は、カミアにとってまだ理解をし切れていない存在だった。
性格は面倒くさがり、否、あるいは優柔不断なのか。
だがその割には。
「あら、そこに居るのって……」
その時、折角巡らせていた思考を遮るように、背後から一人の女性声が聞こえる。
甘ったるい声に、落ちない匂いを香水で強引に上書きしたような……心地の良い香り。
「おや、貴様はいつぞやの……悪いが、私は今愛しのダーリンの観察で忙しいのでな」
「あら、やっぱり二人はお付き合いしてたのね!私、応援するわ」
「……何用だ?」
女性、キーラの言葉に小さく溜息をつく。
この女の反応は、寧ろ清々しいまでに全てが嘘。
最も、だからこその付き合いやすさは有るのかもしれないが、今の時点で一つ分かるのは……この女が狙ってここに来た事。
「茶番は要らん。人体実験狂い、何の用だ?」
「あら、あらあら?二回目でバレちゃうなんて、いつも見た目には気を付けてるはずなんだけど。香水が足りなかったかしら?」
「茶番は要らんと言ったぞ。ここにあの男はおらん」
いちいち脱線する話を咎めるカミアに、キーラが小さく微笑む。
表情が崩れない、否、この外面で警戒を解いているのか。
優しく母性愛に満ちた魅力的な女性、そんな自身の仮面を利用することで、この女はきっと。
「何の用だ?」
「ふふ、気迫に満ちた顔。イリアちゃん、君の眼にはリゼルはどう映ってる?」
「ふむ、質問の意図が分かりかねるな。それはどういう意味合いだ?」
「くす、別にどっちでも良いわ。性格でも、外面でも、或いは異性としてでも」
キーラの言葉に、カミアは「そうだな」と僅かに頭をひねる。
この女は、どうにも考えが読めない。
それこそ戦えば一秒と掛からず、或いは多少の抵抗はあろうと殺せるのだろうが、まるで彼女はそれさえも織り込み済みであるかのような落ち着きを感じる。
正にマッドサイエンティストという言葉がぴったりか。
「……あ奴はアンバランスな男だ。性根は腐りきっているが、希望や衝動に対する行動力が無いわけでもない。愉快な男だ」
「あら、あなたはリゼルの事をよく見ているのね。それはきっと正しい分析だと思うわ。そうしたら私からも一つだけ、さっきのお返しをしてあげましょうか……イリアちゃん、あなたはこの世界の人間ではないでしょう?」
「……!ほう」
キーラの言葉に、口元が吊り上がる。
誰もが感じずとも理解できる、ほんの少しだけ淀んだ空気。
それはもしかしたら、二人の世界を超えた異常者が……初めて本当の邂逅をした瞬間だったのかもしれない。
「私も、これでも擬態は得意な方なのだがな」
「あら、やっぱりそうなのね。心配しなくても、私は機関の科学者じゃないわ。ただ余りに忠誠がないイリアちゃんの性格と、現地人に異常な執着を持つリゼルの性格から推測しただけ」
「忠誠心のなさか。ふむ、以後留意しよう。とはいえ彼の性格とは、そんなに不思議か?あ奴はただ最初の任務で現地人を殺すのが嫌で、隊に謀反をしたと聞いたが」
リゼル・レインライトは任務の中ですら人を殺せない臆病者で、挙句錯乱して仲間殺しの禁を犯した。
しかしここまで彼と関わる中で、もし彼が大切に思う一人とその他の十人を天秤に掛けたら十人を切り捨てられる考えを持っている事はこの前の任務で分かった。
ならば彼が謀反を起こした真実は、類人種が存在する滅亡世界で現地人出会い、仲良くなり、そこを滅ぼそうとした隊に謀反を起こしたのか。
否、あるいはもしあの時、彼女が言っていた言葉が本当なら。
「ふふ、ふふふふふ……ええ。そうね、その認識であっているわ。今日はその話をしに来たの、イリアちゃん。当時二等天者だったリゼルは四年前、任務の中で命令に従わず、一等天者だった部隊の隊長を殺したわ。そして部隊の半数を戦闘不能にした所で、その場から逃げた隊員の一人の緊急コールを受けたハンナちゃん、第七使徒が到着。リゼルは彼女に捕まったわ」
「ほう、そんな事が有ったのか。それであ奴は五等天者とやらに降格、今の扱いをされているという訳か」
「ええ、でもそれだけならリゼルはその時点で首を刎ねられてるわ。反逆罪は軍の中でも最も重い罪、おまけに上官の……それも機関のエースである一等天者を殺したなんて、情状酌量の余地も無い」
彼女の言葉はもっともだ。
だが、それならリゼルを助けた何者かが居る。
それも反逆罪から守れるほどの権力を持ち、相当に彼に入れ込んでいなければならない。
「ふふふふ、面白いでしょう?今日はその話をしにきたのよ。捕まえたのもそう。でも、リゼルを守ったのも第七使徒――――――」




