未成世界
「ルルア、方角はどっちだ?」
「み、南です。一キロ圏内に敵対的な生物の反応あり。向かってきます!」
数日後、青空に囲まれた深い森の中。
『人の気配がないな』
「当然、ここは滅亡世界の逆、知的生命体の育たなかった未成世界だからな」
『ふむ、昨日言っていた二つの内の一つか?だが、知的生命体が居ないと確定しているのならば、どうしてそこまで警戒している?』
「うん、別に敵が知的生命体だけとは――――――」
限らないだろ、そんなリゼルの言葉を指し示すかのように、直後地面が揺れる。
地震にしては局地的、それでも広がっていく地割れは、人間の矮小さと比べればはるかに巨大だ。
もっとも、この蛇のような怪物は、小さな支配者が生まれなかったからこそ存在し続けたのかもしれないが。
『ふは、随分と大きな蛇?ミミズか?』
「何でもいいだろ。俺達はさっさと――――――」
カミアの言葉に、飛び出してきた蛇が放った瓦礫や土塊を躱すと、少しだけ急いで近くに置いてある荷物を拾う。
と同時、上空から迫った巨大な蛇の体を、高速で振るわれた斧が弾き飛ばした。
「邪魔だ、落ちこぼれ!」
「分かった分かった。さっさと決めてくれ、二等天者様」
オーウェルの言葉に、その場から十数歩離れると、少し離れたところで戦闘を見守る。
今さらだが、今回の任務で戦っているのは隊長であるあれの他、六人の隊員。
それぞれが大きい銃に剣、はたまた杖なんて珍しいものを持っているやつもいるが、対する巨大な蛇も二十メートル以上はあろうかという大きさと頻繁に地面に潜るその動きからか、討伐には意外と時間がかかっている。
『それで、貴様はずっと見ているだけか?』
最も、武器すら取らない身としてはどうでも良いことだが。
『お仲間が戦っているぞ?ここから君がまじめに戦闘に参加し、あ奴らをサポートでもしてやれば、落ちこぼれと呼ばれている機関内での君の立場もいずれ改善する』
「昨日話しただろ、あいついわく俺は邪魔になるらしい」
『貴様は、壊滅的に自我が無いな』
「はっ、こんな事下らないって思ってるだけだ。どんだけ世界を滅ぼして回ったところで、どうせただの一時しのぎにしかならないってのに……」
中身のない雑談に、カミアはふむ、と頭を捻らせる。
そういえばこいつに統合世界の説明をしたか、そんなふと浮かんだどうでも良い疑問を振り払って、身体を再び戦場であろう方向へ向けると、やがて辺りにひと際大きく鳴り響いた地響きと共に、敵対生物の体がオーウェルの一撃によって真っ二つに両断される。
周囲に散らばる固そうな鉱物はそれなりの相手だったのだろう。
実際、二等天者は天滅機関の中でもかなり上位の立ち位置であることは間違いない。
それこそ数の少ない一等天者や十三使徒よりも一般的には任務の中で下位隊員が見習うべき身近な模範ともされており、機関にとっては、最も切るのを躊躇わずに済むエース。
「おい、落ちこぼれ。さっさと次へ行くぞ!」
「あー、はいはい。直ぐに行きますって」
「オーウェル様、そのまま南方向に十キロ先、再び敵性反応があります」
「あ?今回はまた随分敵が多いな。お前ら、気を抜くな!ルルア、動きが有ったら報告しろ」
斧をしまい、隊を一括すると共に歩き始めるオーウェル。
任務が始まってからは今日で約2日。
出会い頭の絡み方に反して、リーダーとしての手腕はとても洗練されているように感じる。
隊を鼓舞して自ら前を歩いていく姿勢や緩急の付け方、それは確かにリゼルにはないリーダーとしての資質なのだろう。
『しかし、随分と一任務にしては大荷物だな』
「……まあ、小隊に二等天者まで派遣されるくらいだと、世界の調査が十分にされてないことが多いからな。長いと最悪二週間くらい最長で――――――」
カミアの言葉に、隣に置いてある180の身長以上はあろうかという巨大なバックパックを取る。
今更だが、何でこれだけ機械が発展していた世界なのに、荷物を小さくすることはできないのか。
「あの、リゼルさん。荷物、少し持ちましょうか?」
そして、そんなどうでも良い疑問は、予想外の方向からの言葉に遮られた。
「……?」
「へっ、あ、ごめんなさい。突然声かけてご迷惑でしたかね?えっと、同じ隊の三等天者ルルア・リーリエットです。荷物、ずっと持たれてるのを見て、大変そうだなって……」
ルルアの言葉に、リゼルは何の話をしているのかと一瞬思考を回し、彼女が一人でずっと荷物持ちをしているこちらへ気を使って話しかけてくれているのだと気づく。
リゼルが隊員殺しの禁を犯したことは、機関内でもそこそこ有名だ。
だからこそ周りも基本的に腫れもの扱いで、感情の判別は容易という他ない。
余程の変人か、あるいは周りに興味のない人間でもない限りは。
「荷物?ああ、大丈夫だ、別に大した重さじゃない。俺は君達みたいな戦闘力が無い分、せめてこっちで貢献させてくれ」
「えっ……で、でもでも、ずっと一人に荷物持ちを押し付けているのは違うと思います。リゼルさんが、例え昔に悪いことをしたとしても――――――」
「……分かってて話しかけてるのか。ルルアさんは優しいな。でも、これは俺がせめて隊のためにやりたいことだから」
「……でも」
引き下がるルルアの言葉に、どうすべきかと悩む。
ここで彼女を突き放すのは簡単だ。
とはいえ、そうなると折角気を使ってくれた相手に恩を仇で返すことになるし、それは余りに良くない。
かと言って、リゼルと話しているせいで彼女の心証が悪くなるのもそれはそれで。
「分かった。そうしたら、これから任務が終わるまでの間、時折話し相手になってくれないか?誰も見ていない時で良いから、丁度話し相手がいなくて退屈してたんだ」
一人は会話が通じないし、そんなひそかに思った心の声を読んだのか、隣から「おや、私では欲求解消には不足か?」と、相変わらず表現の悪い言葉が聞こえる。
当然無視だが。
「……!はい、もちろん!」
「ありがとう」
にこやかに頷くルルア。
花が咲くような笑みとはまさにこのような事を言うのか、同時に遠くから聞こえてきたオーウェルの叫びは、リゼルが当初の予定とは違い、話す中で進めていた足を止めてしまっていたのだろう。
『ふっ、君でも気を遣う事はあるんだな』
「……せっかく気にかけてくれてるんだ。突き放す意味はない」
「遅いぞ、落ちこぼれ!ルルアも、足を止めるな!」
「悪い、直ぐに行く」
「は、はい!」
オーウェルの言葉に、二人はほとんど同時に足を動かすと、そのまま隊に合流する。
結局、あのうわべ同士の会話から任務を完了するまで、一行は実に一週間もの時間を要した。
「私、別大陸の出身なんです」
「そうなのか。もしかして、西のリダルか?」
「そうです!よくご存じですね」
「昔、言ったことが有るからな。確か、アンディメルドの首飾りを買って――――――」
「あ、私も買いました!地脈エネルギー?が無くなって砕けると願いが叶うっていう。この前遂に砕けたんです!」
「そうか。それは良かったな。俺のは家にまだ砕けずに残ってる。いつ叶うんだろうな?もう五年なんだけど……」
洞くつの暗がり、隣から聞こえてくる声に、声を潜めたまま遠くに見える夜空へと視線を向ける。
中身のない心地いい会話、機関の中には時折こういう人間がいる。
例え心の中ではどう思っていたとしても、決して表には出さず、それでいて必要以上に近づかない。
「ふふふ、それなら私、砕けた首飾りに願い事するの忘れていたので、代わりに願っておきますね。リゼルさんの願いが叶いますようにって」
「それは……本末転倒じゃないか?」
ふふふ、そんな混じりけのない笑い声に、少しだけ瞼が落ちる。
たまにはチームも悪くないのかもしれない、ほんの少しだけ心のどこかでそう思った。
「……!歪の反応!この先、東に七キロ!砂漠の中です!」
きっと、いつまでもこんな時間が続くのなら。
「はっ、ようやくか!よし、行くぞお前ら!」
「「「「はい!」」」」
数日後、オーウェルの言葉に、前に立つ隊全体が一斉に頷くと、土から砂に変わった地面を踏みしめる。
歩き始めてからしばらく、いつの間にかバックパックの中身は半分に、見える景色は一面見渡す限りの砂漠になっていた。
七キロなら足を取られることを考慮しても半日くらい歩けばつく、それこそ敵性存在もなく飛翔デバイスも使えれば三十分もかからず。
「オーウェル様、飛翔デバイスを使いますか?」
「いや、まだ良い。砂漠の上だ。万が一修復デバイスを使った後に逃げ遅れるなんてことにならないように――――――」
まだ温存しておく、そう言いかけたオーウェルの横で、彼の話を遮るように耳元のイヤホンから声が聞こえた。
『……何か来るぞ』
「……どうして分かる?」
『生物の気配が一帯から消えた。恐らくここの原生生物たちの頂点捕食者だな。これは私達が戦わねば――――――』
カミアの言葉に、刹那辺りの地面が揺れる。
何が起きた、否、これが今彼女の言っていた頂点捕食者か。
とはいえ、ここまで見えている砂漠全体を揺らすほどなんて、一体どれくらいの。
「……!敵性存在反応!大きいです!四十、いや五十メートル!これは――――――」
「何だと?場所は!」
「十キロ……五キロ……これ、この前の――――――?」
『――――――!!』
ルルアの言葉に、一行が迷うことなく飛翔デバイスを展開し、後方に飛ぶ。
砂漠の波紋のように広がった咢、それでも飲み込まれるものがいなかったのは、それだけこの隊が優秀である証だったのかもしれない。
「散開しろ!」
オーウェルが叫ぶ。
だが直後、彼の咆哮とも間違う声を辺りに響いた異音は正面から打ち消すと、同時に飛び上がった巨体が、地面へと大きな影を落とす。
その大きさはまるでビルでも落ちてきているかのような異様だ。
「排熱機構」
そして、それを正面から迎え撃って弾き飛ばされるだけで済んだ炎斧もまた、規格外の戦士であることは間違いない。
「ルルア、飛翔デバイスを使って離脱、歪に修復デバイスを投げ入れろ!」
「は、はい!」
オーウェルの言葉に、ルルアが腰に装着しているデバイスのボタンを押し、背中のスラスターを開く。
同時に、独特なエンジンの音に惹かれたのか、刹那再び地面から飛び出した蛇の体を今度は察知したオーウェルが正面から受け止め、弾き飛ばされる。
ダメージは無し、そしてこの時点で他の隊員達には。
『おや、まだ静観か?彼らは負けるぞ?』
「……ちっ」
カミアの言葉に、地面を蹴り、背中のスラスターを開く。
この任務で大切なのは、成功して自分とルルアが生還すること。
この戦いにおける勝利は、あの蛇のような敵対生物の親玉を倒すことじゃない。
あくまでも、この世界を消滅させること。
『オーウェルとやらが果敢に挑んでいるな。他の有象無象は成す術無し。君はどうする?』
「当然援護だ……ルルアが歪にデバイスを投げ入れるまでの――――――っ!」
そう言うと、直後に何度目か弾かれて飛んできたオーウェルの巨体を躱し、入れ替わりに蛇の巨体へ槍の大砲を放つ。
「ちっ、落ちこぼ――――――」
『――――――!!』
『衝撃は有るようだな。しかしダメージは薄い。正に能無し共の頂点と言った所か。リゼル、大剣を使って適当に構えろ。援護してやろう』
「……了解」
カミアの言葉に、飛翔デバイスを展開したまま槍をガシャリと回転させる。
同時に背中から抜き放ったのは大剣、援護と言っていたが何をするのかは分からないので取り合えず敵目掛けて投げて、後は。
「きゃっ⁉」
『リゼル、あっちだ』
「分かってる。お前の援護とやらは――――――」
どこへいった、そんな言葉に直後、再び構えた槍に左手に持っていたはずの大剣が溶ける。
何が起きたのか、同時にまるで纏わりつくかのように槍を覆った金属はリゼルが大砲を発射するのと共に、手に持った槍を更にゴツく、巨大に変貌させると共に、ルルアの足元から全てを飲み込んでしまいそうなほどの、巨大な咢が顔を出す。
「さあ、捕食の時間だ」
そして辺りに鳴り響いた奇怪な咆哮は、直後に身体を貫いた大砲の一撃によって、悲鳴へと変わっていた。
『――――――!!?!?』
『どうだ、感想は?』
「……悪くない。脚部スラスター展開」
背中に続いて、両足の義足が勢いよく開く。
ルルアが歪に到達するまでは後3キロ程度。
ならば後二発、高速で空中を押し進むと、同時に砂の中から出てきた巨大な尾を躱し、直後に真横から巨大な爆風が迸る。
自身の体の数倍ものそれを正面から弾き返したそれは、やられっぱなしだったはずの二等天者様だ。
「落ちこぼれが、調子に乗るな」
「荷物持ちがいなかったら負けてただろ?一つ貸しだ」
リゼルの言葉に、オーウェルは舌打ちと共に空中を蹴ると、次いで迫る尾を弾き、同時に地面から現れた咢をスラスターの出力を上げて回避する。
後一撃、歪へと迫るルルアに、再び砂の中へ潜っていく巨体に感覚を研ぎ澄ませる。
『真下だ』
「脚部機構展開、雷鳴剣」
眼下、砂漠ごと飲み込むかのごとく迫った巨大な咢へ、一筋の雷剣を振り下ろした。
『――――――!!』
本来であれば、敵の腹の中に留まるつもりは無かったが。
『刃を伸ばす、そのまま振りぬけ』
「はっ、また随分と気が利く――――――」
周囲一帯に紫色の電光が奔るのと同時、一筋の刃が暗闇を切り裂き、何かに突き刺さる。
苦しんでいるのか、揺れるように蠢いたものが何かは、きっと言うまでもない。
だがまだ威力が足りない、それなら。
「全エネルギー放出、雷星剣」
脚の先へ雷を集中させる。
同時に、視界を包んだ強い光と鳴り響いた奇怪な悲鳴は貫いた相手の断末魔か、それとも世界の終末を告げる音か。
ただそれを判断すべきは、きっと空一面に視界の彼方を覆っていた無数の歪だったのだろう。
遠くに見える一人の女性に、咄嗟に帰還デバイスを起動してゲートを開くと、ふと砂漠に溶けるように倒れていく巨大な生き物の姿が見える。
『……どうだ、悪くは無いコンビネーションだっただろう?』
「……さあ」
思えば仲間との任務など、いつぶりだっただろうか。




