科学者
「おや、情熱的だな」
カミアの言葉に、身体を包み込む気持ちの悪い体温を感じながら小さくため息を吐く。
「心配したわ、私のリゼルに何か有ったのかと思って」
「……抱きつくな、鬱陶しい」
「あらあら、息子が危険な任務から帰ってきたんだもの。少しくらい許してちょうだい」
リゼルの言葉に女性、キーラ・メイレンは優し気な表情を浮かべると、抱擁したまま背中を愛おしそうに撫でる。
おっとりとしているように見える糸目に片目の隠れた桃色のロングヘア―、ニットらしき服に法衣を着た彼女はリゼルが今地面に立つための足、義足を作った天才科学者。
「手を怪我したの?他はどう?どこか痛い部分は無い?」
「……それを見るための点検だろ。さっさとしろ、そして帰れ」
「あら、そんなつれない事言わないで。私はあなたの事を思って――――――」
キーラはそう言うと、ようやく隣のカミアに気付いたのか「まあ」と、面倒そうな声をあげる。
彼女は二週間に一度、義足を整備するためにこの家に来る。
医者顔負けの治療まがいの行為も出来る彼女は、ついでに身体の傷を見てもらうこともでき、助かってはいるのだが、問題はあの鬱陶しいまでの性格に。
「ふむ、これはまた奇妙な気配がするな」
「あら、あらあら!リゼルがついにガールフレンドを連れ込むなんて。私はお邪魔した方が良いかしら?」
「煩い。こいつは定期的に俺の義足を整備するだけの科学者、キーラ・メイレン。キーラ、こいつは今日からオペレーター部門に配属する事になったイリア・カーディス」
あら、リゼルの紹介にそんな声をあげた彼女は何かが不服だったのか、勝手に言葉を継ぐ。
「あら、整備するだけだなんて。私はリゼルが望むなら何でもしてあげるわよ?いつも言っているでしょう、私の愛しい息子」
抱きしめたままこちらへ微笑みかけているのか、或いは誘惑しているのかわからない視線を送ってくるキーラ。
彼女の仕草は、いちいち魅力的、否蠱惑的で面倒くさい。
それが彼女の元々の性格なのか、いずれにせよ対異性に特化した彼女のコミュニケーションスタイルは、話を早く進めたいときには邪魔という表現以外思いつかない。
「よろしく頼む、キーラ。イリア・カーディス、イリアで構わない」
「あらあら、こちらこそ。私もキーラで良いわ。お姉さんやママでも大歓迎よ?」
「……検討しよう」
カミアの言葉にキーラはクスリとほほ笑むと、そのまま軽く手を交わし、リゼルはそんなどうでも良い光景を無視してようやくのプライベートスペースへの扉を開けた。
玄関を抜けて、廊下の奥にあるリビングから扉を隔てた一つの部屋。
軽い作業テーブルや椅子のある部屋が、キーラが家でいつも使う簡易的な工房だ。
「さて、それじゃあスーツを脱いで足を見せてくれる?」
「分かった」
キーラの言葉にスーツの足元をまくると、紫銀の混じった鋼鉄の足を開く。
リゼルの足には、移動用のスラスターと簡易的な刃、そして放電機構が登載されている。
おまけにその材質は、現行で見つかっている最も高い硬度を持つ鉱石、『星鋼銀』を用いて作られているため、折れることはおろか傷つくことさえほとんどない。
「あら、回路が三つも外れてるわ。珍しいわね。身体にも傷があったけど、今回の任務は本当に大変だったみたいね?」
「……さあな」
隣から聞こえてくる「そうなのか?」という声を無視する。
ニヤついているようにも見える彼女はキーラの言葉が余程愉快だったのか、とはいえ重要なのは、当然そんなことではない。
彼女は機関の人間ではない。
それでも、現地の人間を連れ帰るというのは機関の中では最も重い刑罰である『十罪』に当たる。
バレれば良くて矯正処分、悪ければ……破滅か。
「さて、ここを繋いで……これで良いわ。リゼル、動かしてみて」
「……いつも助かる」
キーラの言葉に脚を動かすと、少しだけ軽くなった足にお礼を言う。
実際、彼女の存在は任務どころか、日常生活をこなすうえでも欠かせないのは間違いない。
彼女の整備が無ければいずれリゼルは歩けなくなるし、どこかでのたれ死ぬしかない。
「ふむ、そうやって足を整備するのか」
「あら、知らなかったの?オペレーター部、天者と一緒に行動をしているってことは新人の子かしら。リゼルは優しいから大当たりよ。あの噂は知ってる?」
「噂、こ奴が落ちこぼれという話か?」
「ふふ、そう。でも信じなくて良いわ。直ぐに分かる、リゼルは優しい子だもの。だから現地の子を助けようとしたのに――――――」
時折喋りすぎるところが偶に傷か。
「余計な話をするな。整備が終わったならさっさと帰れ」
キーラの言葉に少しだけ目線を細める。
彼女はリゼル・レインライトという人間を知りすぎている。
化学者ゆえの癖か、あるいはそれ以外の何かか。
いずれにせよ彼女の言葉が例え、事実であってもなくても、彼女がリゼルの悪評を少しでも薄めてくれようとしているのだとしても、勝手に自分の情報を喋られるのは少し鬱陶しい。
「おや、面白そうな話題だな」
「黙れ……どうでも良い」
「ふふ、怒られちゃったわね。それじゃあリゼル、私は帰るわ。寂しくなったら呼んで?私はあなたの味方だから」
「……早く帰れ」
こちらへ向く優し気な笑みに、鬱陶しそうに手を払う。
そしてそんな姿にようやくキーラも諦めたのか、彼女は工具箱のようなものを片づけて再び小さく笑うと、そのままいつもの道を帰っていく。
ゆったりと一歩一歩。
ひたひたと音さえも発さず。
――――――最後の言葉から先は、一切こちらを向くこともなく。
「……良い匂いだ」
「何だ、惚れたのか?」
「ふははは、そう惚ける必要はない。殺人狂……いや、人体実験の類か?染みついて落とせない血の匂い」
カミアの言葉に、「はっ」と小さく笑い声を溢す。
それはきっと……日常の中に潜んだ真っ黒な猛毒。
使い方を誤れば脚を壊して、喉を焼いて、その身体さえどろどろに溶かしてしまいそうな程の……強く、甘い毒薬。
「ふむ、君と居れば退屈はしなさそうだ」
「……知るか。俺は刺激なんて求めてない」
ちょっとストーリーの都合で短くなっちゃいました。




