天滅機関
『こちらは修理科です。壊れたデバイスをこちらへ提出の後、名前と等級、所属の提示をお願いします。』
「第七使徒様直下リゼル・レインライト、五等天者です」
『リゼル・レインライト、承認しました。破損デバイス承認。支給品を受領してください』
「受け取った、ありがとう」
執務室から出て暫く、天滅機関内修理科傍通路。
『……ふは、そろそろ話してもいいか?』
「……ああ。でも、黙ってろって言っただろ。危なかった」
『ふははは!そうだな、確かに彼女は本物だ。流石の私もあれには一対一では敵いそうにないな』
耳元から聞こえてくるカミアの言葉に、小さくため息を吐く。
言葉を被せられたあの時、恐らくイヤホン越しに音の波か、或いは漏れ出た言葉を聞かれていた。
当然、普通であれば考えられないことだが、彼女の場合には。
「……それはそうだろ。あいつは十三使徒だからな」
『十三使徒……何の俗称だ?』
「そのままだよ、十三使徒は俺達みたいな五等から一等まで分けられてる天者達の中で最上位である一等天者の更に上、全天者達の中で最も強い十三人」
十三使徒は毎年、一等天者達の中から選ばれる最強の称号。
彼女はその中の第七席であり、確か約百万人くらい存在するはずの天者達、その中に巣食っている誰も敵わない怪物の一人だ。
「まあ、ようは異常者の親玉だ」
『異常者、ふむ、異常者か……やけに棘のある言葉を使うな。さてはさっきの言葉にイラついているのか。だが私が推測するに――――――』
「別に……イラついている訳じゃない。聞いただろ、俺は落ちこぼれなんだ」
『そうか?ちなみに私の予想では二人の力を合わせれば――――――』
隣で不愉快なことを呟くカミアに、耳のデバイスを取ると、そのまま廊下を歩く。
十三使徒は全天者にとって憧れの称号であるのと同時、畏怖の象徴。
使徒の命は万の兵士よりも重く、またその相手に目をつけられるという事は、機関のほとんどを敵に回すことでもある。
「君は中々往生際が悪いな。そういうタイプも嫌いではないが」
「……お前がうるさいのが悪い、って――――――」
隣から聞こえた声に、思わず視線を向ける。
デバイスを取った以上聞こえないはずの声、そんな浅はかな思考を断ち切って、いつの間にか視界の端にはリゼルと似た軍服を着た女性が立っていた。
「どうだ、感想は?」
「お前、隠れる気あるのか?」
「心配するな、今一瞬建物を伝って見てきた。この建物には――――――」
ガチャリ、と再び彼女の言葉を遮って、歩いている先廊下の中腹に立つ扉が開く。
何度も言葉を遮られたせいか、隣でムスッとしているカミアが居るが、この辺りはさっきリゼル達も通った、異世界からの帰還部屋の一つ。
基本的にここは年中扉が開け閉めされ続けているような場所なので、今回も誰かが世界の消滅を終えて帰ってきたのだろう、いずれにせよ関係が無いのならば。
「んあ、そこに居るのは……リゼル・レインライトか?」
ふと、呼ばれた名前に立ち止まる。
扉越しに聞こえた聞き覚えのない声。
とはいえ、指名で呼ばれた以上無視するわけにもいかず、その場で足を止めると、目の前の部屋から一人の斧を持った大柄な男性が顔を出した。
「……誰だ?」
「ああ?ちっ……おいおい、今度の任務の上官の顔くらい覚えてねえのか?二等天者オーウェル・サドミック。今度の任務で一緒になる部隊の隊長だ」
男性、オーウェルの言葉に「ああ、次は部隊なのか」と小さく返答を返す。
一八〇センチはありそうな身体に全身を覆う筋肉、如何にも素材の良さそうなライトメイル、扉越しにもこちらに気づいた気配察知能力は正に強者の風格、二等天者か。
とはいえさっきのハンナや、或いはカミアでさえ比較すると霞んでしまうのは、やはり彼女たちが異質である証だ。
それこそ、こうして見ればカミアでさえ分類分けすれば一等天者の中でも限りなく。
「ほう、貴様がこやつの上官なのか」
「あ、何だお前。その洋服は……オペレーターか。所属は?」
「ふむ、配属先はまだ決まっていなくてな。私はイリア・カーディス。今日づけでここの――――――」
「こいつは今日配属されてきたんだ。だから俺が案内をさせられてる」
リゼルの言葉に、オーウェルが「そうか」と短く言葉を返す。
同時に背中に奔ったゲシッという効果音の似合いそうな微かな衝撃は話を遮られたことに怒ったのか、とはいえ大した威力でもなかったため無表情のまま次の言葉を待っていると、オーウェルが発したのは小さな溜息だった。
明らかに善意ではない、それも見下すような感情の籠った。
「はっ、こんな落ちこぼれに案内とは。おいお前……イリアって言ったか、こいつは見習わない方が身のためだ」
「ふむ、参考までに理由をお聞きしても?」
「あ、お前知らねえのか?こいつはずっと人を殺すのが嫌で未成世界だけを滅ぼし続けて、あげく初めての滅亡世界で錯乱して隊員殺しの禁をしたんだ」
オーウェルの言葉にちっ、と舌を鳴らす。
それは反応に、彼女も向こうの言葉が真実であると気づいただろう。
「ほう」と愉快そうに笑うと、同時にオーウェルが言葉そのまま視線をこっちへ向けてくる。
その表情は、既に不愉快の極みだ。
「……何度も言ってるだろ。もうしねえよ」
「はっ、出来ねえの間違いだろ。役目も果たせねえゴミが。お前には常に第七使徒様の監視がついてる、精々荷物持ちでもして、俺たちの邪魔をするなよ」
近づいてくるオーウェル。
こちらへ向ける視線は嘲笑か、或いは挑発か。
やがてそのまま通り抜ける巨体に、リゼルは「分かった」と一言だけ返答すると、背後から聞こえた短い笑い声に、そのまま再び足を進める。
隣から覗き込んできた視線にだんだんと響かなくなってくる足音は、ようやく溜め込んだ苛立ちと鬱憤を吐き出せる、外が近づいている証だ。
「言われたままで良いのか?あの男はさっきの女とは違う、私でも貴様でも取るに足らん」
「別に……全部事実だからな。それに明日からは戦わず楽な荷物持ちをしているだけで良いんだ。ありがたいことに」
「ふむ、働かぬ者は相応の対価しか得られないぞ?」
「……金持ちになりたいわけじゃない。そこそこ稼いで楽に暮らせれば、それで」
大それた望みがあるわけじゃない。
そんな言葉に、カミアが隣で頭をひねる。
それは自分の感情で全てを滅ぼした彼女には理解できないものだったのか、否、二人は偶々同じ船に乗り合わせたようなものなので別に理解してもらう必要もない。
「おや、また異なことを。ならばこんな特殊な仕事をせずとも、こちらにも他に仕事はあるのだろう?」
「……まあ」
カミアの言葉に回答をはぐらかす。
やがて目の前が開けた空間へと変わると、視界には一般開放されている受付に、行きかう人の波、遠くに覗く夕焼け空。
彼方に見える何十階あるのかも分からないような高層ビル群は、外だというのに鬱陶しいくらいに閉鎖的だ。
「ほう、これは凄いな!私達の住んでいた世界とは余りに発展度合いが違う」
「ここは統合世界の中の一番でかい都市だからな。あそこに見える塔が他の世界への梯子。ちなみにあれのお陰でお前みたいな異世界の奴とも言語を繋げて会話が出来る」
「ほう、そういう事か。仕組みはよく分からんが、他にも世界というものはあるのか?」
「当たり前だろ、じゃなきゃ俺達みたいなのはいない。世界が増えすぎてそれぞれの世界に歪……お前の世界で言う天の梯子による崩壊現象が広がった。それを防ぐために俺達は既に人類かそれに近い文明が既に滅んだ滅亡世界と、未だ文明の発現していない未成世界を滅ぼして回ってる」
右側近く、一際大きく聳え立つ三対の塔を指さすと、カミアが明らかに興味深そうな視線で「ほう」と笑う。
他の世界への接触に渡航、リゼルのような天者はもうとっくに慣れてしまったが、考えてみれば滅ぼされる側にとっては当然の反応なのかもしれない。
最も、彼女の場合には不穏な意味合いも含んでいるが。
「滅亡と未成か、確かに合理的ではあるな。世界というのはどういう状況で生まれるんだ?」
「さあ、その辺りの詳しいのは知らん。ただバタフライエフェクト?とかいうのでしょっちゅう分岐点で世界が分かれて、それが無限に増え続けてるらしい。それこそ、時間の流れが違う場所もあるからいまだに恐竜がいたり、まあ退屈はしないな」
「ほう、世界の分岐か。君の言う言葉が真実だとするなら、もしかしたら我らの今いるここよりも発展している世界もあるやも」
「はっ、かもな。ただ世界の誕生っていうのはどっちかと言えば、人間の行動よりも生物の進化とか、そういう転換期で起きやすいらしい。確か、どっかの科学者が言ってた気がする」
カミアの言葉にそのまま建物の先を曲がり、大量の車の止まっている駐車場の一角にある車の前に立つ。少し前に買ったボロ車、リゼルの家はここから自動運転の車で30分、町の外れにある一軒家。
運転自体は自動なので今の疲れた状態でも問題ないが、道路や空路が混雑していなければいいが。
「これは……乗り物か?」
「そうだよ。奥の方に浮かんでるだろ、目的地を設定すれば自動で陸か空を通って連れてってくれる。さっさと乗れ」
「……全く、美女はもう少し優しくエスコートしろ」
カミアの言葉に、雑に車の扉を開けると、一拍遅れて小さくなっていった影に扉を閉め、反対側へ乗り込む。
幸いにも、今日はどちらの道もそれほど混雑していることはなく、20分もしない内に目的の場所へ、一つの小さな建物の駐車場らしき場所に到着した。
さっきまでとは景色のまた少し変わった、低い建物の並ぶ通りに。
「降りるぞ」
『……分かった』
イヤホン越しに聞こえる声に、隣の座席には一振りの大剣が立てかけられていたが。
「これから困ったときは車に乗せるようにするよ」
『……文明にこんな鉄塊は不要だな』
「お前……壊すなよ?」
隣の座席から大剣を持ち、車から降りる。
同時にそれらは鞘や剣帯事溶けるように地面に落ちるのと共に一人の人間を象ると、その姿は乗る前までいたはずのオペレーターへ変わった。
何度見ても本当に便利な能力だ。
「はあ……今の私では、あの隊長とやらにも勝てないやもしれん」
「さらっとオーウェルを馬鹿にしてやるなよ。というか、俺の家はこの先だけど、本当に居座る気か?」
「おや、これ程までに美しい女性を家にも入れず野ざらしにするつもりか?あるいは君の劣情を刺激してしまうのなら、私としては組み伏せてくれるのであれば満更でもないが。心も身体も全て……ぐちゃぐちゃになるまで犯し尽くしてくれるのなら」
「……お前、良く喋るな」
不穏な彼女の言葉に、心配の必要も無かったかと思い直すと、車の前から目の前にある一つの平屋の入口、執務室とは違う片開きの扉の前へ歩いていく。
ここがリゼルの家、幸いにも天者という職業は給料面では落ちこぼれでもそこそこ良いこともあって、贅沢をしなければ普通に暮らしていける。
もっとも。
「あら、あらあら。リゼル、ようやく帰ってきたのね!」
「……キーラ。そうか、今日は点検の日か」
直後、車のエンジン音を聞きつけたのか、誰も住んでいないはずの家の入口の扉が勢いよく開く。
そして、一人の女性が抱きついてきた。




