神威
「おや、何やら不味そうな気配がするな」
空に浮かぶ方陣、考えなくともわかる景色に馴染まない一つの白い光にカミアは息を呑む。
絶対正義の象徴、光の紋章……闇を払う白騎士が降臨した証。
「……神威武装は3種類ある大きさのうち、俺達が今いるような小世界って呼ばれる奴を一撃で撃滅できる。ただし代わりに一回ごとに修理が必要で、おまけに発動までああして方陣からのチャージと、最後に触媒を使用者の武装と融合する必要がある」
「ふは、理すら無視して一撃で世界ごと、か。正に神の威光だな。触媒、あの中央の塊を破壊すれば良いのか?」
「……ああ。だがあの周りには結界が貼られてて、確か展開中は使用者も自由に動けるはず。だからまた少しの間足止めをしろ。俺が最大出力の放電機構でバリアを破る」
結界を破れる手段はそれしかない。
リゼルはそう言うと僅かにしゃがみ込み、足元の義足を開く。
その動作と言動は恐らく何かチャージが必要なのだろう。
発動させたら負けの大技、見たところさっきまでのように攻めてくる気配が無いのは、やはりこちらから仕掛けなければ。
「……精々死ぬなよ」
「ふは、誰に言っている?私でも心臓を一突きすれば死ぬと言っているのに、どんなに名の知れた賢者とやらでも、斬れぬものは無いという剣聖にも、救国の英雄でさえ、私を殺せる者など居なかった。寧ろ死ねるというのなら――――――」
本望だ、ふと零れてしまった言葉に、直後目の前に迫った光の剣を弾き飛ばす。
この軽さは本人が迫ってきたわけじゃない。
空中に浮遊する無数の剣、だがあの程度の威力ならば地面の鉱物を集めた剣の壁で防いで。
「天雷機構、出力向上。破絶光」
「……!ふは、これは……丁度いい。ならばこれより第二ラウンドと行こうか、ハンナ・アンネーリエ!くれぐれも手加減はしてくれるなよ。我らはこれより取るにも足らぬ人々を庇護するため、統合世界の人々を皆殺しにする!止めるには――――――」
地面へ潜る。
破損して断絶した地面を潜っての移動は、いつもよりも若干遅い。
だからこそ彼女の正面に出現したとき、既に剣は構えられていたし、それを破るには全方位からの斬撃でも、あるいは次いで薙いだ片手を変えた3刀でも。
「あなた、今からでも遅くない。リゼルへの処罰は私が何とかする。もう私は第七使徒にまでなった。あなたがリゼルの事を思うなら――――――」
「ふふ、ふはははははははっ!ああ、なるほど。私は君の事も少し気になってきたよ、白騎士!私がリゼルの事を思うなら、か。ならばそれほどまでに彼の事を思っていながら、何故君は主の裏切りの時、あの狂人女がいなければ一生機関の奴隷になる可能性さえある人体切断を黙って傍観していた?本当に大切ならば――――――!」
腕から無作為な刃を伸ばす。
あらゆる部位から、どのタイミングで刃を出しても防がれる。
追い越される光の剣は速度、弾かれる身体は力、唯一勝てる要素が有るとするなら。
「光よ――――――」
「おや、安易に踏み込みすぎるなよ?私の身体は――――――」
迫る光の剣に、腹部から一つの刃を素早く伸ばす。
ハンナはそんな珍妙奇天烈な攻撃にも当然のごとく僅かに身体を下げると、続けて合わせるように振るわれた剣を受け止め……直後に剣の中腹から枝分かれした三列の刃をギリギリで躱す。
――――――!!
「……っ!!」
そして、直後に後方で鳴らした金切り音と共に、地面から伸びた剣が彼女の腿を浅く裂いた。
「……ほう、ようやく一撃だ。なるほど、その強さ故誰も気づかないだろうが、君は本当に目が見えないのだな」
「……リゼルが話したのね。そうよ、もう何も見えない私の眼で覚えていられるのは最後までずっと見ていたリゼルだけ。昔から弱視だった私を守ってくれた。だから世界を滅ぼしたくないとリゼルが言うのなら、私はリゼルの分まで滅ぼすわ。それでどれだけの人が犠牲になっても構わない。リゼルは機関を止めて穏やかに暮らせばいい。そこに私が居なくても構わないわ」
「ふは、これはまた大した忠誠心だな。ならば何故脚が切られている奴を――――――」
「ふざけないで。黙ってみていた訳がない!だから力を手に入れた、だから事件の事も大々的に広めて、リゼルを落ちこぼれにして、等級も上げず、危険な任務に行くことも少なくした!」
「ははははっ、私が守ってきた、か!それは大した良妻だ。君のお陰で、我が主はずっと罪の意識と力のない自分に苛まれた。そしてあの人体実験女に助けを求め、ほんの少し背中を一押しすれば――――――」
「……!黙って」
無数の白い雷の渦が辺りへ降り注ぐ。
とはいえ、地面に潜れる状態で今更そんな攻撃が通用するはずもなく、再び雷の隙間を搔い潜って接近し、直ぐに感じる衝撃に宙を舞う。
ギリギリで地面に触れたことで、取り囲むように生やした剣の山を、防がれる直前に軌道を曲げ、光の波動が周囲一帯全てを吹き飛ばす。
挙句には空中から振り下ろした巨大な大剣まで受け止めるというのだから、本当に人間と戦っているのか分からなくなる。
「……っ、重い」
「丁度地下にシェルターが有ったようなのでな。少しだけ拝借させてもらった。ハンナ・アンネーリエ、これは我が主が望んだ事だ!リゼル・レインライトが必要としていたのは長年健気に陰から支えてくれる妻じゃない。ほんの少しだけ心を犯してくれる一滴の毒薬だった」
「……っ、ふざけないで‼」
ヒステリックが叫ぶ。
直後に剣を根本から切断した白い雷は、果たしてどこまで強くなるのか。
「……放電機構、リミット解除。皇星剣」
それでもその瞬間、そんな神威を吹き飛ばすように奔る無数の紫電は、待ち望んでいた瞬間が到来した証だ。
「……待たせた」
「ふは、ようやくか。それでは始めようか、私たちの奏でる滅びの序章を――――――」
その言葉に、リゼルは地面を蹴る。
踏み出したのはたった一歩、それだけで空を裂き、音を消し去り、核であろう触媒の元まで迫ったリゼルは刹那目元に迫った剣に槍を合わせると、地面から無数の剣が目の前のハンナの足元から突き出し、僅かに後退する。
足元から迸るエネルギーは、恐らく当てれば結界ごと神威武装まで全てを砕けるのだろう。
ただしそれは彼女の方も同様、つまりこの戦いは最初に触れた方の。
『ふはははっ、君たちの最高速度に私は付いていけそうにないな!』
「なら背中から援護しろ。後は俺がどうにか――――――っ!」
リゼルの目の前に無数の光剣が迫り、背中から六対の刃を伸ばして弾く。
同時に身体が引かれる感覚と共に、ハンナの元へリゼルが大砲を放つと、無視してその場から消え去る彼女に追撃の槍を放ち、受け流して放たれた剣に脇腹が抉れた主の表情が僅かに歪む。
移動の速度は追いついたとはいえ、やはり小回りは槍の方が劣っている。
とはいえ、その分はこちらで援護をすればいいので、後はどうにか二人で合わせて。
「リゼル……もう説得はさせて貰えない?」
「……その優しいその口調、久しぶりに聞いたな。でももう遅い、俺はもう――――――」
リゼルの義足とハンナの剣が衝突する。
威力は互角、否、遂にこちらが少しだけ上回った。
とはいえ、この状態はそう長く持たないのは義足から急速に消えていくエネルギーからも直ぐに分かった。
もって……あと数撃。
「カミア、次で決めるぞ」
『ふは、世界の命運を決めた一撃か。興奮するな』
「……いつも通りなようで何よりだ」
再びの浮遊感と共に、目の前にハンナが迫る。
少し目を外せば荒れ狂うように辺りに舞い散る紫電は、リミット状態とか言っていたエネルギーが尽きかけている前兆だったのだろう。
だが当然その気配も察知されていたのか、目の前で光が爆ぜた。
「天雷機構、リミット解除――――――」
刹那、白と紫の稲妻が正面から衝突する。
辺りを砕くのは膨大な雷エネルギーと爆風。
威力は押している……いや、違うか。
これでもまだ足りない。
「リゼル……ごめんなさい。私は――――――」
「っ、くそ‼カミア、流す!」
「ははははっ!ああ、拝命しよう――――――っ!」
リゼルの言葉に、上空から前と同じシェルターを変形させた大剣を振り下ろす。
受け止めたのは、リゼルが弾かれると共に体を翻した聖騎士。
負けるのは当然分かっている、だがきっと彼の言っていた言葉の意味は……身体が焼き切れてしまいそうな程膨大な紫色の雷に。
「喰らうと良い。何も知らず滅ぼされる者達の――――――‼」
目の前で僅かに揺らいだ白い閃光は、今度こそ本当に最後の一撃だ。
「くっ、あぁアアアあああああー―――――……っ!!!?」
「ふはははははっ、どうやら勝つのは私たちのようだな、主よ!」
「……ああ」
ガシャリ、乾いた音に瞬間、競り合っているハンナの背中から一筋の大砲が放たれる。
本当ならこのまま神威武装の持つバリアを剝がせれば問題ないのだろうが、恐らく先の競り合いで、もうリゼルの攻撃にその威力を持つものは一つもないのだろう。
「……っ、天、雷!」
もっとも、迫る大砲をギリギリで防いだ小さな光の剣は、いかなる武装も発動者がいなければ問題が無い証明でもある。
「消えろ、守護者よ」
「……ふ、ざけないで。私が……私が負けたら――――――っ!!」
そしてその瞬間、彼女の剣が強烈な光を放つのと共に、辺り一筋の閃光と、爆風が吹き荒れる。
それはきっと大量の命を背負っているものの強さ。
守るべき世界で暮らしている人々の希望を抱き、決して倒れる事のない不退転の覚悟にして、あらゆる全ての天者達の憧れを背負う……本物の。
「ああ……やっぱり信じてたよハンナ。プレッシャーを力に変えられるお前なら、きっと――――――」
『リゼル・レインライト、従属権限破壊確認』
その頃、白に包まれた研究室内で。
「あら、あらあら、そう……今日だったのね!」
アラート音の響き渡る中、ピンク髪の女性、キーラ・メイレンは宇宙のように広がった画面の前に座ったまま何かを覗くと、手元にあるキーボードを叩く。
映像の中から一つの枝が伸び、切り落とされる。
まるで機関のしている事の縮図にも見える一面に広がった宇宙のような部屋の中で、キーラはしばらくの間そのまま画面を弄り続けていると。
『――――――』
「……‼あら、あらあらあらあら……そう、そこまでなのね!あの子たちが始めた革命の戯曲は――――――」
キーラの声は、誰にも聞こえないまま明滅する画面の中へ消えていった。




