覚悟の境界
「ハンナ、俺はもう……『覚悟を決めた』」
脚に稲妻が奔る。
キーラが仕込んでくれた従属権限の破壊、それはハンナにとっても予想外の一打にして、数少ない反撃の狼煙。
「……!何を――――――」
「ハンナ、俺は勝ち目がないまま戦うような事はしない。今度こそ――――――」
地面を蹴る。
雨が晴れたおかげで、放電機構は使える。
咄嗟にハンナも手元の剣を構えるが、大きく踏み込むのと共に足元から三対の稲妻を放つと、横薙ぎに地面を抉った剣が受け止める。
だがその一瞬をついて。
「動揺したな」
「……していないわ」
続けて後方から振り切られたカミアの双刃に、ハンナは咄嗟にその身体を捻ると、手元にいつの間に握っていたのかもう一対の光剣を振るい、その全てを往なす。
それでも流石に一振りで倍の攻撃を受けきるのは無理があったのか、こちらへの注意が一瞬緩んだのと同時、カミアは地面から剣山を出現させると、ハンナはその全てを躱し。
「これも躱すのか。本当に――――――」
「スラスター」
直後、強烈な爆発音とともに高速で接近した槍で、彼女の頬を浅く咲いた。
「ハンナ……俺は卑怯か?」
「……いいえ」
二対の槍と剣が交差する。
交わったのは数撃、やがてカミアが今までより三倍、否、五倍以上はあろうかという巨大な剣を構成すると、直後に三対の光剣が腕ごと彼女の身体を横っ腹から吹き飛ばす。
刹那の間に彼女の耳元で鳴り響いた大砲の発射音に追撃するように、ハンナの身体を剣ごと、鋼鉄の脚で蹴り飛ばして。
「ふむ、これだけ攻勢に出てかすり傷一つか。あ奴と同じようなのが他に12人も居るとは。ふははっ、世界は広い!」
「楽しそうだな。ハンナは目が見えない。だから感覚を狂わせろ」
「……‼ふむ、道理で絡繰りを知っている主の攻撃が通りやすかったわけか。とはいえ、まさかあの強さで盲目とは――――――」
カミアが目の前で立つハンナを妖しい瞳で見つめる。
リゼルと同じくキーラの実験体である彼女は、幼いころから弱視を患っていた。
だが実験を繰り返す中でその視界は完全に光を失い、眼鏡で弱視のフリはしているものの、それから恐らく一度たりとも、視界は開けていない。
それでも本当は……これを知っているのは幼馴染であるリゼルだけなので、そこを突くような真似はしたくはなかったが。
『……足元、デバイスが落ちてる。気をつけろ』
「ああ、君を縛りつけていたのはあの女か」
「……何の話だ?取り合えず、5分だけあいつの相手をしろ。一つだけ、あいつらを倒して、少しだけ時間も稼げる策が有る」
「ふは、無理を言ってくれる。とはいえ、その策次第としておこう」
「……俺達の目的を果たす」
リゼルの言葉に、カミアは僅かに笑う。
実際、彼女には弱点があるとはいえ、このままでは二人は確実に負ける。
それはリゼルという元天者が現実から逃げて腐っていた間彼女が努力をし続けてきた証であり、その差を埋めるには、どうにか殺す以外の方法で追い返すしかない。
可能な限り苛烈に、統合世界にリゼル達の存在を知らしめた上で。
「ふははは、ようやく我が主もらしくなってきたものだ。良いだろう、主の望みとあらば答えるのが――――――」
「いい加減にして」
だがそんな刹那、避けたリゼルの隣を通り抜けるように、一筋の光がカミアをその場から連れ出した。
「ははっ、丁度良い。なら俺は――――――」
急激に遠ざかっていく光の線を見ながら、槍をしまう。
その場から駆け出した理由は、一つの装置を隊員達の死体から集めるため。
彼らを始末したのはカミアなので、それほど分かりにくいところには無いと思うが。
「……リゼル君」
「ルルア……まだ帰ってなかったのか。アイシャは?」
「帰しました。シェルターの中から絶対に出ないようにって」
「……そうか。ならまた貸し一つだな。この場でも見逃す、早く統合世界に帰れ」
今回だけ、そんな言葉に……ルルアが少しだけ、それでも珍しく手元で両手を震わせたまま握りしめる。
怯えている、否、それを差し置いてもなお引けない理由があったのか。
「……用がないならもう行く」
「……!待って!……その、少しだけ迷っているんです」
「……迷う?」
「はい……その、リゼル君……滅亡世界から統合世界への移民条約を、和解を目指すことはできませんか?」
闇に落ちた人間にとっては、数少ない救いの手だ。
「……どうして?」
「どうしてって……私、本当は境界線を定めたつもりだったんです。大切な人の生活を守るために、滅亡世界を消滅させるのは」
「……だろうな。だから俺は君と――――――」
「嫌なんです!」
突然の大声に、少しだけ目を開く。
それは、初めて見る彼女の感情だった。
「……ルルア?」
「嫌、嫌なんです……リゼル君はもう、私の『大切』に入っちゃったから」
こんな人間に二度とないであろう、正面から向けられた言葉の意味も。
「……ありがとう。でも……壁の向こうに手は届かない」
「……!だから、せめて移民でも和解でも、それなら私も――――――‼」
ルルアが叫ぶ。
彼女の感情は、既にリゼルが裏切る直前発した言葉に対する反応で既に分かっていた。
ただ予想外だった事が有るとすれば、彼女がそのうえでこういった提案をしてくること。
それでも少しだけチクリと痛むように感じる心臓は、リゼルの感覚が正常に作用している証だ。
「……ルルア、例え移民条約が例え締結できたとして、その世界に住む人たちの故郷を滅ぼす説得は出来ると思うか?世界の裏側にいる人を救う事は出来るとは思うか?今まで葬り去られてきた悲しみを今更無しにして滅ぼす側から――――――」
「でも、それが一番助かる人が多いはずです!そう両極端にならなくても――――――」
「分かってる……でも頭の中で響くんだ。もう鮮明に思い出せもしない、助けられなかったベルンの顔が。街を復興したいって嬉しそうに言うノルンや、アイシャの顔が」
例えその道を目指したとしても、今この場の人々を助けることは出来ない。
いつか助けることを夢見て、いつかどこかで滅びる人々のために。
そんなのは、リゼル・レインライトという人間が許せない。
「……どうしても、無理ですか?」
「ああ。俺は今この世界を助けるために、天滅機関を……いや、根付いている以上は一緒だな。統合世界を滅ぼして、全てを灰にする」
滅びた世界の守護者として。
リゼルの言葉に、ルルアが「……そうですか」と呟く。
この時、目元から流れていた涙とぐしゃぐしゃになった顔は、彼女がそれだけこちらの事を考えてくれていた証なのだろう。
だから、やがて悲しそうに背中を向けて、空間に奔った亀裂と共に消えていく彼女の姿を、最後までずっと見つめていた。
生まれて直ぐに能力を気味悪がって売られ、軍の兵器として薬漬けの日々を送っていたカミアという少女にとって、人との会話程難しいものは無かった。
幼い頃はしっかりできていたのだと思う。
揺らいだのは初めて母親に能力を見せて欲しいとせがまれ、それを発現した時。
傷つけるつもりはなかった。
ただ無意識にいつものように母の首筋をなぞった指が刃に代わって、血が止まらなくなって……気づけばその身体は動かなくなっていた。
だから父に助けを求めた。
母が動かなくなった、軽く触れただけでさっきまであんなに元気だったのに。
父親は近寄るなと言った。
今になって考えれば、いつもあれがこちらに向けていた目は、きっとカミアという人間を通して母を見ていただけだった。
だから軍の良く分からい科学者に売られた。
他にも何人か子供はいた。
ただ気づけば一人死んで、次の日には更に一人が狂って、
否、今考えればまともに話せるような相手が居なかっただけで、カミアという人間もその時に狂っていたのかもしれない。
あの子に告白をしたい――――――何故?監禁して洗脳すれば良い。
自分を害する相手が憎い――――――何故?ならばさっさと殺せば良い。
和平して戦争を終わらせたい――――――何故?相手を滅ぼした方が早いのに。
自分がズレていた事はイリアから教わった。
一般的な人々はこう考えて、ああやって行動して……それでも、どっちが正しいのかは最後まで分からなかった。
教えてくれた家族は殺された、もう一人の家族は報復を肯定してくれた。
―――――――ならばやはり……きっと元々ズレてなどいなかった。
「妖しい気配は感じてた。あなたがリゼルを惑わしたから――――――!」
「ふは、惑わした……惑わしたか。普段の扱いに対してはいやに彼を思った言葉だな」
閃光の剣をカミアが両の剣で受けとめ、吹き飛ばされる。
同時に無数に降り注ぐ剣に、カミアはその場から地面に潜って移動すると、直後に目の前に迫った剣が再びその身体を吹き飛ばす。
カミア自身元の世界では敵がいなかったが、力はおろか速度、技量さえも向こうが上。
それでも付け込む隙が有るとするなら。
(罵倒に落ちこぼれ……初めて会った時に気になってはいたが……)
彼女はリゼルの事をずっと罵倒していた。
しかし彼女はリゼルが持ち込んだ明らかに不自然な持ち物に対しても猶予を与え、追求さえしなかった。
一瞬だけみせた警戒は、何かの違和感に気づいていたにも関わらず。
「ふむ、矛盾した言動に曖昧な態度……ああ、さては君はリゼルの事を好いているのか!」
「……‼だったら何?」
「ふはははっ、その開き直り方、我が主と一緒だな。なるほど、あの男は貴様と同じ施設で育ったと言った。そして恐らく君は彼が現地人を殺すことを反対なことも知っている……さては彼の戦果を低く見積もり、落ちこぼれと晒上げることで機関から見限られるのを待っていた。あるいは主が暴走さえしなければ――――――!」
刹那、光の剣がカミアの目元まで迫り、対の剣を重ねて受け止める。
相変わらず速度は早い、だがさっきまでより僅かに読みやすく直線的になったのは、それが図星だったからなのだろう。
リゼル・レインライトと出会った時は、その強さ以外特に何も思わなかった。
滅ぼし切って退屈して、退屈して、退屈して……そろそろ身投げでもしようかと思っていた所へ現れた新世界への切符、その程度の認識。
だからこそ、そんな行き先が少しだけ変わったのは、彼の話を聞く中で、その選択に興味が生まれたからだった。
統合世界を破滅させる、それはカミアが成し遂げたことでさえ比較にもならない程壮大で、狂気的で、かつ到底正気とは言えない最低の。
「天雷機構――――――」
「ふはは、動揺しているのか。さっきより動きが雑に――――――‼」
カミアの身体を無数の白い雷が掠め、迫る無数の剣を地面から四対の刃を生やして受け止める。
同時にさっきと同じ大剣を横薙ぎに振るうと、ハンナはそれを飛び上がらずしゃがむようにして躱し、そのまま目にもとまらぬ速さで懐へ入ると、極大の衝撃波がカミアの身体を吹き飛ばす。
おまけに、態勢を立て直すよりも早く吹き飛んだカミアに追いついて振るわれた雷の剣は。
「脚部機構展開、雷鳴剣」
だが、直後に抱き抱えられたのか背中に奔った僅かな衝撃ともう一筋の雷は、カミアの時間稼ぎが役目を果たし終えた証だ。
「……落ちこぼれが調子に乗らないで」
「おや、思ったよりも早かったな。そんなにも私と離れて寂しかったか」
「……黙れ、まだお前に死なれたら困るだけだ」
「ふは、つれないな我が愛しの主よ。五日前はあれだけ激しく愛し合ったというのに」
背中に感じる力強い腕の熱にカミアは身を乗り出すと、その首元に口づけをする。
僅かに動かされる眉、それはきっと、言葉よりも鮮明に感情を表していた。
「……鬱陶しい」
もっとも嫌そうな顔をしていたのは、予想外にもされた側だったが。
「リゼル……今ならまだ、帰る場所を用意してあげるわ」
「帰る場所?それなら今すぐここから出て行って、どこかへ消えてくれ。俺はこの世界を、必要としてくれた居場所を守る。そのために天滅機関も統合世界も、全て滅ぼす」
「……私も、必要としてるわ」
リゼルの言葉にハンナが剣を振りかざすと、直後に無数の白い雷が周辺一帯へ降り注ぐ。
距離を取ろうとしているのか、スラスターを全開に後方へと飛ぶリゼルにカミアは剣へと変わって背中へ移動すると、攻撃範囲から逃れたタイミングで元に戻る。
「さて、それで……この後はどうする?」
「……使徒が最強って呼ばれるのは実力だけじゃない。奴らはそれぞれ一振り、最強の『神威武装』を持ってる」
「ふむ、神威武装……随分と仰々しい名前だが――――――」
リゼルの言葉にカミアが僅かに感嘆の声をあげるのと同時、ハンナが地面へ一振りの剣を突き立てると、直後に一つの巨大な魔方陣が出現する。
大きさは数十メートル、否、或いはそれ以上。
中心に浮かんだのは彼女の剣から分離したのか剣身の一部のような金属の塊、距離を取ったのはこれが。
「神威武装、起動――――――」




