決意
『……お兄ちゃん、助けて――――――』
ずっと不思議だった。
いつも目を閉じると、聞こえてくるのは滅びた世界で少年が最後にリゼルに向けて、発してくれた助けの声。
ルルアは統合世界に家族が、友人が、仲間が居ると言った。
それならリゼルには?
どこにも拠り所は無かった、頼ることも頼られることも、守ろうと思った人すら守れずに。
分かっている、人格は決して完璧じゃない、不当な扱いだって半分は自分の行動の結果。
だからたった一人だけを助けたい、後は全部消してしまえばいい。
だから手を届く範囲だけ守りたい、後は全部滅ぼしてしまえばいい。
全てを救えるなんて妄想もしない、たった一人の命ですら余りにも重くて。
『いらっしゃいませ、お兄さん』
数日前、天井まで覆われた金属の通路の先、一つの扉が開く。
外の荒廃加減とは似ても似つかない、機械式の通路。
それでも各所に亀裂が奔っているその場所は、確かに人間が生活をしている街だった。
『ここが、ノルン達の家か』
『はい!ここの左の通路を行った先が居住区画、右に畑と、もっと奥に――――――』
『……ここに五十人くらいが住んでいるのか。どうしてこの世界は滅びたんだ?』
『……分かりません。でもおじさんに聞いたら何か大きな戦争があったみたいです。かくせんそう?みたいなのがあって、それで全部なくなったって』
『そうか』
リゼルの言葉に、ノルンは『はい!』と嬉しそうに答える。
世界が滅びる程の戦争、にも関わらずまるで他人事のように話しているのは、彼が既に滅びた後の住人だからなのだろうか。
隊を離脱した後、まず最初にしたことは、彼らの住居を訪れることだった。
自分の意思を確認するためじゃない。
彼らに真実を伝え、その上で『彼らの意思』を確認するため。
『でも、お兄さんが来てくださって嬉しいです!大したおもてなしは出来ないですけど――――――』
『……大丈夫だ。俺達はあくまでもお前達に本当の目的を話しに来ただけだからな』
リゼルの言葉に、ノルンが僅かに首を傾げ、後ろのアイシャが僅かに顔を出す。
この時、リゼルは自分自身の行動を卑怯だと思った。
分かっている、これは平等じゃない。
突然と世界を滅ぼしますと言われて、はいそうですか、などと受け入れる相手が居るわけがない。
むしろ、理解さえできないのが普通だろう。
『そうだ、測量じゃない。この既に滅亡した世界を完全に消滅させに来た』
突然の言葉に、二人の少年少女が僅かに首を傾げる。
それは余りに理解が追いつかない言葉だったのか。
とはいえそれは当然、だからこそ機関は都合よくそういう相手を選び、滅ぼしているのだ。
『混乱させて悪いな、だがこんな小綺麗な身なりでここの事を何も知らない。おまけに食料だけは持ってる。違和感はあっただろう?』
『……理解が追いつきません。そもそもお兄さん達は別の世界から……ここ以外にも世界があるんですか?』
『ああ、俺達は世界が増えすぎたことによって起こる歪の崩壊現象、つまりは自分達の世界の安全を守るためにお前達の住む世界を消滅させる、その為に来たんだ』
お前たちの世界を完全に滅ぼすために。
話しては問いが投げられ、また話しては少しだけ進んだ問いが返ってくる。
そんなわざわざ相手に自分たちの危険性を解くという不思議な会話は、やがてアイシャが涙を目の端に貯めるまで。
『……消滅。それなら、お兄さんは何で私達に、優しくしてくれたのよ』
『……そのことを気づかれないようにだ。感づかれて万が一にも抵抗されないように――――――っ!』
パシリと、言葉を遮ってアイシャがリゼルの頬を叩く。
同時に聞こえた言葉は何だったか、いずれにせよ止めようとしたノルンをリゼルは『大丈夫だ』と手で制止し、そのまま話を続ける。
リゼルは、その先を伝えるためにここへ来たのだから。
『でも、待ってください。どうしてそれを今僕達に?僕たちはお兄さんの事を疑っていませんでした』
『……そうだな。だからこれでフェアにした。後はお前達が選べ。このままこの話を見過ごして、静観してくれてもいい。あるいはその方が俺達にとっても――――――』
都合が良い、答えの分かり切っている下らない問答に、同時にカミアが耳元で呆れたように笑う。
『……お兄さんは、助けてって言って欲しいんですか?』
そして、予想もしていなかった言葉に、リゼルは思わず目を見開いていた。
『ふは、ははははは!主よ、これは一本取られたな。子供は時にとんでもないことを言う。どうする、あるいはもし……このまま彼らが今の日々の苦労する生活に嫌気が射し、安らかな滅びを選んだのなら――――――』
『……俺は、あくまでも君達の選択肢を尊重する。だから五日後、俺が現れるまでに答えを決めろ。このまま滅ぼされる選択肢を選んでも良い。きっと苦しみはない。それでももし……こんな滅びた世界でも生きていく気持ちがあるなら――――――』
ずっと力が欲しかった。
既に握り方を忘れた腕を伸ばした時、たった一つだけを掴める力を。
既に歩き方を忘れた足で動き出した時、ほんの一歩だけ前に進める力を。
「お兄さんは、悪い人ですか?」
「……!どうだろうな。決めるのは俺じゃない。ただこの世界を狙う人間を全員殺せば、俺はきっと――――――」
この諦め続けた人生の中で大切な一つを守る時、他の全てを捨てられる力を。
「総員抜刀‼」
いつか自分の意志で、境界線の向こう全てを焦土へと変えられる力を。
「さて、ここからどうするか」
雨の中、一筋の咆哮とも呼ぶべき叫びに槍を構える。
バギリ、そんな盛大な破砕音と共に辺りに散った一週間分の労働の結晶は、両者の開戦を告げる合図だった。
「ふははは、ああ……君は本当に愉快だ‼良いじゃないか、勝手に滅亡した無関係な愚か者共の為に自らの故郷を滅ぼすとは!私よりも極悪人だ」
「……黙れ、今更お前も降りられないからな」
「ふは、随分と大きな口を叩くようになったものだ。貴様こそ、私の奥まで踏み入った代償は大きいぞ?我が主が何を成してどういう結末を迎えるのか。見届けさせてもらおう」
カミアの言葉に、視線をこちらへ向けられる敵意へと返す。
刹那の出来事、それはリゼルにとってはこれまでの全てを投げ捨てる行為であるのと同時に、もう引き返すことは出来ない始まり。
天者だったリゼル・レインライトにとって、境界線の向こう側へ踏み込むための覚悟。
「リゼル君、何を――――――」
「ルルア、もう言っただろう。俺達は絶対に交わらない境界の対極に立った。だからさっきのはこれまでの思い。そしてこれまでの――――――!」
清算、そう言いかけたリゼルの頭上から直後、一筋の斧が振り降ろされる。
「やっぱりお前は落ちこぼれだ」
「静かにしていろ、オーウェル。我が主が話しているだろう?」
迷いのない一撃に、刹那目の前で片手を剣へと変えたカミアがその一撃を受け止めた。
上段から振り下ろしたにも関わらず、引いたのは。
「……!お前はあの時の……ちっ、お仲間か」
「おや、覚えていてくれたのか。しかし申し訳ないが、私は弱い男には興味が無くてね。我が主の道を阻むには――――――」
カミアがもう一方の手に巨大な鉄の爪を形成する。
当然オーウェルも危機を感じたのか、彼女が剣を振りぬくよりも早く弾かれるように後方へ飛び、その直後地面から一筋の刃が彼の脚を貫く。
この隊は……やはり敵ではない。
「……!ちっ、何だ?」
「オーウェル、君は弱いな。我が主の裏切りに動揺しないのは評価に値するが、これが二等天者か?」
「遊ぶな、さっさと殺せ」
「ふは、全く……道を決めた我が主は人使いが荒い」
カミアは愉快そうに笑うと、直後その身体が消える。
そんな突然の出来事に当然オーウェルも警戒するが、足がつぶされた状態では背中から迫る剣にも。
「……排熱機構」
そしてその直後、地面から顔を出したカミアごと、辺りを膨大な熱の波動が襲った。
『リゼル、お前も来いよ!せっかくクソ長え任務が終わったんだ、パーッと騒ごうぜ』
「……ああ、あの時の」
脳裏に一つの光景がよぎる。
ずっと思い出せなかった敵意の根源、それは当然リゼルという面倒な人間への間接的なものだと思っていたが。
「おや、ようやく本気――――――」
「死ね!」
刹那、オーウェルの身体が跳ね、カミアを剣ごと弾き飛ばす。
さっきまでとは比べ物にならないほどの力と速度、それはリゼルと同じように武器へ仕込まれた機構の力だろう。
やがて数度の斬り合いの後、カミアは再び地面へ潜ると、直後にオーウェルの足元から無数の刃が生え、彼の身体を覆う熱の壁に阻まれる。
直後に振り下ろされた特大の剣を、辺りを吹き飛ばす衝撃波と共に受け止めて。
「おや、少しはマシになったか?」
「抜かせ、落ちこぼれ共々てめえらは――――――」
殺す、オーウェルの斧が刹那爆発し、カミアが咄嗟に地面に潜って避ける。
躱しきれなかったのか、リゼルの元に戻った彼女の身体は僅かに欠損していたが。
「敗走か?」
「ふは、遊んでいるだけだ。とはいえ主、敵は一応他にも居るのだろう?」
カミアの言葉に、こちらへと向けられるいくつかの視線を順に確認する。
二人の戦いにはついていけないと分かっているのか周りの隊員達は誰も動く気配はない。
唯一気になるのは。
「アイシャは……ルルアが見てるのか」
「ふは、どうする。皆殺しか?」
「……ルルア以外だ。今ので借りが一つできた」
「おや、甘い事だ」
その言葉に、カミアは視線を戻すと、直ぐに再び迫る斧を、今度は自身の二倍以上はあろうかという大剣で迎え撃つ。
やはり早い、それでもまだ。
「せっかちだな」
「今度は俺がやる。丁度少し――――――」
言いかけた言葉を遮って、振り下ろされた斧を槍が受け止める。
力は向こうの方が少し上、じりじりと焼かれる熱は鬱陶しいが、それでもリゼルには鋼鉄の脚があるので押されることは無い。
長時間競り合わなければ。
「てめえらは、ここで殺す」
「思い出したよ、オーウェル。俺達は初対面じゃなかったんだな。一等天者ヴェイン・サドミック、お前がここまで俺を嫌う理由がようやく――――――」
リゼルの言葉に、刹那迫った斧が体を弾き、継いだ一撃を今度はリゼルの義足が弾き返す。
それは殺した相手を忘れていたリゼルへの怒り、否、あるいは同じ隊にいながら守りきれなかった自分への。
『兄貴‼』
『はは、一等天者。心臓を撃ち抜いたと思ったけど、凄い生命力だな』
『っ、てめえ――――――‼』
雨の中、当時三等天者だったオーウェルの身体をリゼルが蹴り飛ばす。
当時は、意識を向けるにも全てが足りない相手だった。
優秀な兄の陰に隠れた凡才、それがリゼルへの憎しみだけでここまでの力をつけたのなら。
(雨のせいで放電機構は使えないか。それでもこの程度なら……)
雨の中、舌打ちをしながら振るわれる斧を、リゼルは捌く。
数撃、数十撃くらいは打ち合ったか。
やがて一瞬だけグラりと揺れたオーウェルにリゼルは加速させた蹴りを放って体を吹き飛ばすと、追撃に大砲を、そしてそれもギリギリで躱されるのと同時、再び両足を加速させて飛び上がると、脚部から剣を纏った一撃を振り下ろす。
「熱収縮、紅炎」
「っ、再装填――――――!」
極大の炎塊をリゼルは義足の刃で切り開く。
ジリジリと肌を焼く炎は或いは脚が特注の鉱石を使っていなければ身体ごと溶かされてしまっていたかもしれない。
再び正面から強引にオーウェルの身体を勢いよく蹴り上げ、そのまま体を捻って槍を回す。
ガシャリ、雨によってかき消されたその音は、二人の戦いが決着した証明になった。




