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堕天

「……」

「おい、起きてるか?」

「……おや……もう朝か?」


翌日、人二人が入れる程度の小さめのテント内。


「ああ、珍しいな。お前が大体先に起きてるのに」

「ふむ、そうだな……この世界の壊れ加減が私の世界と似ていて、居心地が良かったのかもしれん。今は何時だ?」

「8時、とりあえず起き掛けだが外へ出るから剣に代われ。何やら少しだけ騒がしい」

「……?ふむ、確かに微かな声が聞こえるな。これは、あの女に――――――」


隣で起き起き上がったカミアは僅かに欠伸をすると、その身体を溶かす。


いつもと同じ、周囲に誰の気配もしない穏やかな朝、異世界での任務でも数少ない利点は、珍しく外から聞こえる喧騒から始まった。


『今更だが、男女二人で同じテントに泊まっても劣情すら抱かないとは、やはり君の性欲は欠損しているのではないか?』

「行為中に殺されそうな奴を襲うわけ無いだろ。というか襲われるのを受け入れるくらいならさっさと死ね」

『ふはは、まあそれもそうだ!なに、今朝は気分が良い。しかし賑やかな奴らは――――――』


耳元で聞こえる声に、少しだけ脚を速めると、やがてテントから一分も歩かないうちに、近くに人の群れ、と言う程のものでも無い、4つの人影が見える。


あれは隊長のオーウェルにルルア、そしてノルン……それと。


「……あいつは誰だ?」

『隊服を着ていない、現地人か。何やらもめているようだが……』


構図としてはルルアとノルン、少女対オーウェル。


これは、介入すると面倒になるパターンか。


内容を推測するならば、三人側が叱責されていて……ルルアが庇っている?


「ご、ごめんなさい……オーウェル様!」

「黙れ。そもそもどうして報告をしなかった?」

「……それは――――――」


ルルアが口ごもる。


これは、何に対する叱責だろうか。

状況だけを見るなら、ノルン達現地人と接触しているのをルルアがバレた。


いや、それならルルアが前に立っている説明がつかない。


オーウェルは好きじゃないが、こういった時に無暗に手をあげるタイプではない。


ならば、ノルンじゃない片方がオーウェルに損害を与える行動を取り、それに対してノルンが庇いに来て、ルルアもそんな二人気づいて同じ行動を取った。

そしてオーウェルは、現地人の存在を伝えなかったルルアに対しても叱責をしている。


「ごめんなさい、僕が悪いんです!僕がアイシャに言い聞かせなかったから――――――!」

「……盗んでごめんなさい」

「……!ちっ……まあいい。それで、こいつらの事を知っているのはお前ひとりか?」


オーウェルの言葉に、ルルアが僅かに視線を瞬かせる。


言うべきか言わぬべきかの僅かな躊躇、正直リゼルとしては彼女に不利益が被るのであれば、言って貰って全く構わなかったが。


(まあ、庇われてるのか……)


何にせよ、流石にそろそろ助けに入った方が良いか。


「その反応は、答えろルル――――――」

「俺も会ったよ。聞きたいのはそれだろ、オーウェル」

「……!リゼル君」


ルルアの言葉に、全員の視線が集まる。


同時に少しだけ冷えたように感じる空気は、それだけオーウェルがこちらへ意識を向けている証だろう。

もっとも、彼の態度をここまで悪化させている要因の一旦はこちらの態度にもあるため、一概に彼を責められるわけでもないが。


「お前……よくもぬけぬけと、また裏切る気か?」

「……裏切らねえよ。二等天者のお前なら知ってるだろ、俺の脚に付いてる従属権限の事は」

「はっ、お前みたいな腑抜けは何をするか分からねえからな。言っておくが、裏切ったときには迷いなく殺す。任務の邪魔をした時点でもな」


オーウェルが斧へ手をかける。


一触即発の空気、こちらへと向けられる明確な害意に、耳元では『殺せ』という不穏な言葉が聞こえてくるが、当然そんな選択肢は無い。


小さな反逆から始まる騒動の末は……統合世界の全てを敵に回すことに等しいのだ。


「何なら、今ここで死ぬか?」

「……お前には無理だよ」


吐き捨てた言葉に、一振りの斧が振り抜きざまに叩き下ろされる。


緩慢な一撃、当然殺すわけにはいかないので適当に受け流しつつ躱すと、直ぐに斬り返して横薙ぎに振り上げられる一撃を槍で受ける。


「止めてください!」


そして、そんな二人の間に割り込んで、オーウェルの一撃を一つの剣が防いだ。


「……!お前」

「うっ、ぐぐぐ……オーウェル様、リゼル君は裏切ったりしません!」

「……ルルア」

「はっ、探知係……最近は随分とその落ちこぼれと仲が良いようだな。言っておくが、任務の邪魔をするようならお前でも――――――」


オーウェルが斧を引く。


息を吐いたのは束の間、刹那再び振り下ろされたさっきよりも少しだけ早い一撃はルルアの剣を直撃すると、後方に吹き飛ばされる身体を一緒に飛ばされる形で受け止める。


少しだけ震えている脚と上下する肩は、正しく測られている等級の間を隔てた壁だ。


「ルルア、そこまでしなくて良い」

「はぁ……はぁ……心配しないで下さい……私だって、三等天者なんですよ」

「違う、ルルアが入ってくれたお陰で、あいつも満足したみたいだ」


小声で発したの言葉に、ルルアは小さく息を吐く。


同時にそんな彼女の様子に、オーウェルは勝ちを確信したのか小さく舌打ちをしながら斧を背中に戻すと、「精々邪魔をするなよ」とその場から背中を向けて去っていく。


彼は決して弱いわけではない。


それこそ人間が訓練と武器で辿り着く能力の中では相当に上位の部類なのだろうし、リゼルとしても義足になる前ならもう少し良い勝負になったのかもしれない。

生身を捨てて強くなるとは、不愉快極まりない限りだが。


「……あの」

「ほら、もう出てきていいぞ。良く逃げてたな」

「えっと……その、ありがとうございます」


ルルアの言葉に少女が頭を下げる。


ボロボロの見た目にお下げ髪、ノルンの背に隠れた様子はやはり現地人の中の一人か。


そういえば、そもそもリゼルが介入する前は何が起きていたのか。


「ごめんなさい、リゼル君にも迷惑かけちゃいましたね」

「いや、別に問題はない。何が有ったんだ?」

「えーっと……そうですね。本当に大した問題じゃないんですけど――――――」


歯切れが悪くなるルルアの言葉。


次いで投げられた短い沈黙は、恐らく介入する前にリゼルが予測した事そのままなのだろう。

やがて彼女に話させているのが申し訳なくなったのか、言葉をノルンが継いだ。


「ごめんなさい、お兄さん。僕が昨日、お兄さんから食料を貰って家に帰ったんですけど、それを見た妹、アイシャがそんなにあるなら少しだけ貰ってきてももって」

「……ご、ごめんなさい」


ノルンの言葉に少女、アイシャがひっそりと顔を出したまま、泣きそうな顔で謝る。


なるほど、何が起きたのかと思っていたが、食料の問題だったのか。

あの時、予備分も含めて四人家族で切り詰めれば十日食べられる分程度は渡したつもりだったが……いや、考えてみればこんな滅びた世界で人間たちが集落を作って連帯しているのならば、あの程度では足りるはずがないか。


リゼルだってキーラやハンナと暮らしていたあの頃は、十人二十人、周りにいる全ての実験動物(にんげん)が家族だったのだから。


「リゼル君、怒らないで上げてください。この子たちの家、シェルターもボロボロなんです。でも最近ようやく少しずつ食料も自給できるようになり始めた所みたいで」

「……別に怒ってない。お前たちのシェルターには、どれくらいの人が居るんだ?」

「はい、全部で五十人ほどが住んでいます。でも、この前遠征?に出たおじさんが二つ隣の町に十人くらい住んでるシェルターを見つけたみたいで、いつか皆でこの街を復興したいと思っているんです!」


今は無理ですけど、いつか……そうして笑うノルンの表情は希望に満ち溢れていた。


「……そうか」


ノルンの言葉に、小さく息を吐く。


この時、脳裏に浮かんだ言葉は何だったのだろう。

突然と、否、今となってはいつからかはもう分からない。


気持ち悪い……そんな事を思ってしまったのはきっと。


「……リゼル君?」

「……食料、追加でお前たちにやる。だからもう二度とこんなことはするな」


近くに置いたバッグの中、そこそこに物の無くなった袋から携帯食料を最低限、自分たちの分を除いて全て取り出す。


当然拒否反応を示したのはノルン、それは一度恩を仇で返すような形になっている事を十分に理解しているからであり。


「い、いいえ……これ以上お世話になるわけには――――――‼」

「……あ、ありがとう!」


ノルンの言葉に、遮るように隣から一人の少女がリゼルの手から袋を手に取る。

最低限のお礼だけ言って、ひったくるように取った食べ物を抱え込む姿は、それほどに生活は困窮しているのだろう。


当然、リゼル自身その反応を見越していたので特段怒ることも無い。


「……あの、本当に良いんですか?」

「ああ、別に怒って無いから安心しろ。実は結構まだ食べ物を持ってるんだ。ただし、次にあの怖いおじさんとかから盗んだら俺達も庇ってやれない。だからこれを持って帰って、同じことは二度とするな、アイシャ?」

「……ごめんなさい」


アイシャがノルンの背後、少しだけ顔を出すと、僅かに口を開く。


次いでぺこりと申し訳なさそうに頭を下げたノルンは最後まで遠慮をしていたが、やがて後ろから引っ張られるようにその場から去っていった。


「リゼル君は、本当に優しいですね」

「さっきの話……知ってたのか?」


リゼルとルルア、二人だけを残して。


「復興のことですか?はい、本当に凄いと思います。きっと私なら何もない世界に残されて、その日を生きることさえ諦めてしまうと思います」

「……それでも、滅ぼす気持ちは揺らがないか?」

「揺らぎますよ?それでも私には統合世界に家族が居て友人が居て、仲間が居て……その境界線は絶対に揺らぎません」


そうか……強いな。


ルルアの発現に対してリゼルが思ったのは、そんな言葉だった。


力や物理ではない意思・内面の強さ、それはむしろ前者よりも強力な意思を持たなければならいものであるのと同時に、肉体以上に崩すことが難しいくらいに強固で、ある意味一番厄介なものでもある。


きっと、違えてしまった二人の間には。


『ふははは、何やら朝から愉快なことになった。どうする、リゼル?』

「……悪い、俺はもう行く」

「えっ、あ……はい!いつも助けに来てくれてありがとうございます。私、最近はリゼル君のお陰で――――――」

「……またな」


ルルアの言葉を遮って、その場を後にする。


始めは……少しだけの違和感だった。


ただ何かが違う……そう思ってしまったのはそのままテントに戻って。


「おや、これはまた朝から引きこも――――――っ!」


開口一番、何かを言いかけたカミアの唇を、リゼルが強引に奪う。


その時、一瞬だけ交わされた瞳と同時に、彼女の身体を押し倒したリゼルは噛み切られたのか少しだけする鉄の味を飲み込み、その身体に馬乗りになると、首元にかけられた鎖の上から、内側へそっと手をかける。


突然の出来事にもかかわらず、こちらへ向けられた対黒の瞳は恍惚とした笑みを浮かべていて。


「何がおかしい?」

「かは、ぁ……ふふふ、ふはははは!そうか、やはり君にも欲は有ったのだな!良いさ、犯してくれ。私が快楽に悲鳴をあげて、もう止めてくれと懇願して、気絶したまま狂って……壊れてしまうくらいまで激しく」


カミアが自身の首を絞めているリゼルの腕に、どこかひんやりとした腕を重ねる。


空気の回っていない頭の中が急速に支配されるような感覚。


「黙れ。俺は――――――」


――――――ああ、ようやく分かった。







『歪を観測、想定到達時間、一時間二十――――――』


数日後、広場の中心、数人の隊員達に囲まれて機械の言葉が響く。


「ようやくか」

「……そうですね」


その日は、いつかと同じように雨だった。


一週間も掛かったせいか少しだけ見られる疲労の色に、ようやく帰れる安堵……少しだけ心配そうな瞳を浮かべる少女。


「落ちこぼれは?」

「……見つかりません。ノルン君とかに聞いても、知らないって……」

「はっ、ならいい。帰りに居ないのなら任務上の事故として世界ごと消し去るまでだ」

「そんな、リゼル君は――――――‼」


声を上げるルルア。


あれから五日、リゼルは隊の元へ戻らなかった。

突然の失踪に一人は心配を、その他は裏切りを警戒し、少しだけ隊は探索の距離を狭めた。


「お姉ちゃん、ここ……無くなっちゃうの?」


もしあのまま探索を行っていれば、彼らとの接触の危険も高まっていただろう。


「……!アイシャちゃん。どうしてここに……違うわ。測量するだけ、言ったでしょ?」

「……うん。でもお兄ちゃんが――――――」


少女の言葉にオーウェルが視線を向ける。


オーウェルは決して悪人という訳ではない。

それこそ積極的かつ的確に物事を仕切る姿は隊長としても、リゼルへの扱いは特例なので、客観的に見るならかなり当たりの部類に入るのだろう。


それこそ。


「……ちっ、ガキはこれだから面倒くさい。本当だ、俺達はこの国をどう立て直すか考えに来たんだ」


オーウェルはそう言うと、少女の頭を優しくなでる。


善悪の区別は、本当に難しい。

それこそ昔の学者が性善説性悪説などと言い争っていたらしいが、そんなものは立場によってもいくらでも入れ替わるし、時間・環境によっても変遷する。


ならば結局の所、重要なのは自己と言う人間にとって。


「悪い……少しだけ敵対的な生き物がいて手こずった」

「……!リゼル君!」


その時、瓦礫の向こうから姿を現したリゼルに、ルルアが間髪を入れずにその場から走りだすと、その身体に抱き着く。


少しだけ震えた手と温かい感触は、それだけ心配してくれていたのだろう。

ほぼ同タイミングで聞こえてきた舌打ちは、誰なのか言わずもがな。


「ちっ、戻ったのか。そのままくたばっていればもう虐められずに済んだのになぁ?」

「ぐすっ、リゼル君……どこに居たの?私ずっと心配して――――――!」

「悪い、やることが有ったんだ」


ルルアの言葉に、リゼルは引っ付いている彼女の背中を少しだけ強く引きはがす。


チクリと痛んだ心は、リゼルの心がまだ()()のように壊れていない証だろう。


ここに来たのは、そんな自分と。


『想定到達時間残り一時間と十分――――――』

「……リゼル君?」

「ルルア、俺は君が好きだ。強い芯を持っている所も、境界線を引いても持てる限りまで近づいてあげるその優しさも、友達としてその全てが」

「……!えっ、あ……その……私も――――――‼」


突然の告白に、ルルアが戸惑ったような表情を浮かべた後、その声色を変える。


だが彼女の真っすぐな視線は直ぐに気づいた。


その瞬間、リゼルが向けていた視線に。


次の瞬間、そんな彼の背後に映った……霞がかって見えた一人の女性の影に。


「お兄ちゃん……助けて、ください」

「……アイシャちゃん?」


そして、自分の背後に居たはずの少女が浮かべていた涙に。


「リゼル・レインライト、君の目の前には今三つの道が有る。一つはその脚と槍を使い、君が強盗から助けた店や君の家、統合世界での安らかなる日々を守る道。二つ目は、滅びかけの現地人を守るために全てを投げ捨て、取るにも足らぬ人々の英雄となって断罪される道。そして三つめは――――――」

「黙れ、今更分かり切ったことを聞くな。俺は――――――」


リゼルが槍を抜く。


ガシャリ、最早聞きなれたその音に真っ先に反応したのはオーウェル。


だが既に遅い。


「リゼル、まだ立ち止まれる」

「……いいや……もう止まらない」


例えもしここに居たのが彼女なら、もしここに居たのが使徒だったのなら。


「……リゼル君、止めて」


もしリゼルが、安易に彼女の世界に踏み込まなかったら。











「俺は……滅びた世界のために、統合世界を皆殺しにする」











これは、自らの世界を滅ぼした最悪の破壊者と、歪んだ思考を持ってしまった一人の天者の……反逆の物語だ。


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