破滅
「あら、この結果を見る限り――――――」
同時刻、統合世界内の一角、数多の機会と白で包まれた研究室らしき部屋。
「違うわね。やっぱりあれを克服するならここと……」
一つの画面を操作しながら、女性が手元にある義足に似た機械を弄る。
ピンク色の髪にニット素材の服、白いコートは、もういつから同じものを着ているのだろう。
あれは確か……
「……お邪魔するわ」
「あら、あらあら!来客なんて珍しいと思ったら……!」
その時、唯一の正しい入口の近くに、どこか懐かしい気配を感じる。
見えたのは汚れ一つ無い純白の長髪に閉じられた瞳と丸眼鏡、そして腰に差された一振りの剣。
「本当に久しぶりね、ハンナちゃん!見ない間にこんなに大きくなったのね」
「……離れて。私は昔を懐かしみに来たわけじゃないわ。禁忌とされた異世界人の人体実験を行って追放された最悪の科学者、キーラ・メイレン。今あなたの事を見逃してあげているのは私のお陰だって事を忘れないで」
ハンナの言葉に、科学者キーラ・メイレンは少しだけ驚いたような表情を向け、直ぐにまた微笑みの表情を浮かべる。
一方の彼女も、そんな反応は当然分かっているのか、すぐさま血のついた剣をしまうと、お互いの距離を警戒しながら詰める。
さながら表すなら、一触即発か。
「質問にだけ答えて」
「あら、そんなに嫌わないで、お母さん寂しいわ。あの時はお互いの目的が一致していただけじゃない?リゼルだって――――――」
「……あなたが、気安くその名前を出さないで!」
キーラの言葉に、ハンナが声を張り上げる。
それはどういう意味だったのか、突然の大声にも動じずキーラは再びクスリと笑うと、ハンナも直ぐに落ち着きを取り戻したのか小さく息を吸った。
「……ごめんなさい。キーラ、私もリゼルも、あなたに感謝をしていない訳じゃない」
「ふふ、分かってるわ。それで、第七使徒にまでなった私の可愛いハンナちゃんが久しぶりに訪ねてきたと思ったら、どうしたのかしら?事前に連絡してくれれば、警備は――――――」
「……リゼルに妙な気配を感じる」
ハンナの言葉に、キーラが僅かに眉を動かした。
「それは知っている反応よ」
「あら、本当に良く分かるわね。でも、今まで寝る時間も惜しんで献身した私を簡単に切り捨てるような機関の言う事を、どうして聞かないといけないのかしら」
「……あなたを摘発することも出来るのよ?」
「あらあら、私も大人しくここに居てあげてるんだから、それでお相子じゃないかしら?」
薄っすらと笑うキーラ。
対して微かに歪んだ口元は、相対する騎士の反応だったのだろう。
それが果たして肯定の意味だったのか、しかし未だ科学者の口元に称えられた笑みは。
「……何が望み?」
「ふふ、話が早いわね。やっぱり私にとっての最高傑作はハンナちゃん――――――」
「早く話して」
「ふふ、そう焦らないで。私はずっと時を待っているの。もしかしたら今日かもしれない、あるいは明日か、あるいは私の死んだ後かも――――――」
キーラはこれまでとは少しだけ違う、融和な笑みのまま言葉を紡ぐ。
天使と悪魔、否、彼女を正確に表するのであればこの時だけは、全世界の人が同じ言葉を発するだろう。
この一瞬だけを切り取れば、まるで……誰もが彼女という存在を悪役だと確信できるような。
「……統合世界への敵は、私が止めるわ」
「うふふふふふふ……ええ、止めてみて。きっとそろそろ始まるわ。私はあくまでも手助けをするだけ。一度狂い始めた歯車が決して修復されないように、暗闇へ落ちた天使がもう二度と――――――」
――――――光を見られないように。
『――――――♪♪』
その日は、久しぶりに夢を見た。
『……なんだ、この酷い歌声は』
身体が溶ける。
歩いていた暗い廊下、昏い牢獄、冥い地獄。
もう遠い昔……もう過日の刻……それはきっと。
『……あら、あなたは――――――』
『おや、久しぶりだなメイド女。身体中痣だらけで、酷い有様だ』
牢屋の奥、一人の鎖に吊るされた女性に、柵越しに笑いかける。
片や女性の傷だらけ、というにも生温いその姿は、きっと想像する必要さえなかっただろう。
『……カミア様……御用が無ければ、お引き取りを』
『ふは、そう邪険にするな。こうして話すのもこれが最後だ……リリーナという、誰よりも大切な家族の……』
最初の一人を殺したときは、不思議な感覚を感じた。
今まででも守るために何十、何百と殺してきたはずなのに、肉を貫いて、血が溢れて、それでもこちらに向けてくれた笑顔が、自分の中の何かを麻痺させてくれたのを覚えている。
『……イリア様が、そうですか』
『ああ、だから私はこの世界の全てを滅ぼすことに決めた。何か願いがあれば聞くぞ。私の家族である君に免じて』
『……いえ――――――』
ありがとうございます。
メイドの少女、リリーナの言葉にカミアはそうか、と短く呟く。
その時、最早涙を流す瞳さえなかったのだろう、それでも彼女の口元から発せられた嗚咽のような感情の意味を、最後まで理解することは出来なかった。
悲しみ、それともようやく苦痛から解放される安堵か。
牢屋を捻じ曲げ、そのまま左手を一振りの剣へと変形させて、彼女を吊るす枷を断つと、そのまま胸元から一息に身体を貫く。
倒れこむ身体を受け止めたカミアに……彼女は笑っていた。
『ふ、ふふふふふ……もしかして、私が最初ですか?』
『……!おや、何故わかる?』
『分かりますよ。あなたの事は、ずっとイリア様から聞いていましたから……っ!』
カミアの言葉にメイド、リリーナが僅かに血を吐く。
思えば、二人目からは特段抵抗も感じなかった。
そこそこにいた英雄の信者を殺しても、最後まで庇ってくれていた国の重心を殺しても、あるいは王を殺しても。
ただ何千万、何億と居て、おまけに少し油断すれば直ぐに増える人々を逃さないよう殺し尽くすのが大変だった。
『イリアが、そうか』
『ふふ、はい……カミア様……負い目を感じることは有りません。あなたにとってイリア様が世界の全てで、国々はあなたの世界を奪った。それならこれは――――――』
正当な報復、自分はもう死ぬと分かっているからかとんでもない理論を持ち出してきたリリーナに、カミアは思わず吹き出す。
実際、人々を殺し始めてからしばらくした頃には、カミアは人殺しでさえ、ある程度楽しめるようになっていた。
無関係を決め込んだ者達には別れを告げる暇もないほど一瞬で、二人を追うことを命令した大臣には家族を目の前で殺してから、あるいは直接殺しに来た暗殺者たちの生き残りには自身で大切な者達を殺させて。
救われておきながら恩さえ返さなかった者には、彼女と同じ苦痛を与えて。
『君には、ジョークのセンスが有ったのだな』
『ふふ、そうでしょうか。もうずっと前から……生きている感覚がないんです。だからきっと、私も心のどこかではあなたと同じように――――――』
『ふは、なら丁度いい。私が君の分まで全て殺し尽くしておこう。この世界に生きている人間は全て』
きっと何かが壊れていく感覚はあった。
正常だった何かが狂って、頭の中でずっと足を止めさせる言葉を何かが塗りつぶしていくような、聞こえていたはずの人の声がどこまでも遠ざかって行くような、そんな感覚。
『……!ごほっ……ああ、もう苦しく……』
『……さっさと眠れ、リリーナ。家族が眠るまでは旅立てん』
『ふふ、ふふふふ……ありがとう、ございます……本当に。カミア、様……私の家族……ああ……ああ、どうか……あなたの苦難に満ちた旅路に――――――』
――――――あなたの憎悪に呑まれた旅路に、いつか安らぎがありますように。




