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境界線

「この辺りで良いですよ。私も女の子なので、少しだけ離れたここで眠ることにします」


それから数十分後、隊から少し離れた廃屋の近く。


「そうか、君も女の子だったな。完全に忘れてたよ」

「あ、意地悪言いましたね。リゼル君も少し離れてください。私がその気になったら襲われちゃいますよ?」


軍服のせいか、作り切れていない煽情的な仕草に少しだけ笑う。


彼女と話していると、軍の中にも千差万別の人が居るのだろうと理解して、少しだけ心が落ち着くような、安らぐような気がしてくる。

それは彼女の無制限な優しさに対する恩恵で、当然それを感じているのもリゼルだけではないのだろうが、反対にここまで優しい彼女は現地人に対して一体どこで線引きをしているのか気になってしまう。


「ルルア、一つ聞いても良いか?」

「?はい、勿論です」

「ルルアは本当に優しい。でも、ああやって現地人と関わって、世界を消滅させる時に抵抗は感じないのか?」


同情や優しさは即ち、相手の心の中に入る行為でもある。


リゼル・レインライトも一度だけそうした事はある。

いつだったか任務内で出会った現地人の生活に踏み入って、彼らの世界が滅亡するまでの経緯を聞いて、そんな彼らと消滅させるまでの短い期間をリゼルは一緒に生活をして。


――――――()()()()()()()


「……そうですね。私は、せめて最後まで手を尽くして彼らに安らいでもらうことが世界を消滅、一応剪定と呼んでおきましょうか。剪定を行う上で彼らにせめて出来る償いだと思っています」

「気持ちは理解する。でもそれは、もしバレた時の痛みが増すだけじゃないか?」

「ふふ、リゼル君は優しいですね。でもそれは、私が負うべき痛みなんだと思います。私が大切なのは飽くまでもリゼル君やオーウェル様のような隊の仲間、私達の住む世界。だからその境界線は揺らぎません」


ルルアの表情が変わる。


それは、これまで色々と話す中で始めて見た、初めて見る堂々とした言葉。


(そうか、だからここまで……)


人には測れない部分があるが、彼女は滅ぼす相手と関わる事でせめて出来る限りの安らぎを持って消えてもらおうとしている。

リゼルがバレたことによる大きなマイナスを恐れていると仮定すれば、彼女は小さなプラスの積み重ねでマイナスを相殺しようとしている。


そう考えると。


「リゼル君、私からも一つ聞いても良いですか?」

「勿論、答えられる範囲であれば」

「ありがとう。リゼル君は、どうして機関を裏切ったんですか?」


優しさの線引き、放たれた彼女の言葉に、ふとリゼルが思ったのはそんな言葉だった。


「……どうしてって、もう散々吹聴されてるだろ?俺が人の居る世界を滅ぼすのを躊躇ったって」

「うん、でもそれは本人から聞いたものじゃないですから。それに、私はリゼル君がそんな理由で躊躇うとは思えないって、何となくそう思っちゃった……から」


わずかに竦むルルア。


それはもしかしたら聞いてはいけないことだったと思ったのか、否、実際これをルルア以外の天者に聞かれたのなら、リゼルは不機嫌にならずとも答えをきっとはぐらかしていただろう。


今考えても、余りに合理性とは懸け離れた行動だったから。


「あ、もし言いたくなかったら言わなくても大丈夫ですよ?」

「いや……別に構わない。でも、そんなに大した理由じゃない。俺がまだ天者としての経験が少なくて……関わりすぎたんだ。今から滅ぼす世界の奴らと」


ルルアの言葉に、久しぶりに少しだけ記憶の線をたどる。


あの日訪れた世界は、世界を溶かす死の雨が降り注ぐ世界だった。


元々その世界には人間たちの住んでいた痕跡が存在することをオペレーターから知らされていて、当時未成世界のみを担当していたリゼルも彼らと関わってはいけないという漠然としたルールだけを知っていた。


そういえば、当時の彼らの住まいも地下だったかもしれない。

天者は予め滅亡に際した環境要因などに対して抗体を開発、摂取してから任務へ挑む。

だが当然それらの雨によって体が濡れることは避けられなくて、偶然と出会った滅亡した世界の住居を発見して仮宿に、同時にそこに住んでいた人々と出会った。


「その世界はずっと雨が降ってる世界だった。だから基本的に地下の住居を拠点に捜索をして、珍しく歪の場所が空にあったせいで時間がかかった」

「隊長さんは、嫌な人だったんですか?」

「……いや、そういう訳じゃない。隊の奴らも今回みたいに七人くらい居たけど、現地人に暴力を振るう事も、略奪みたいな事を行うことも無かった。だから隊の環境としてはかなりやりやすかった部類、だと思う」


それこそ今回のオーウェルは別だが、機関の中にはどうせ滅ぼす世界だからと、略奪や、非人道的な行為を行うものも時折存在するらしく、機関もそれらに目を瞑っている。


あの時、唯一自分を含めて咎める点が有るとすれば、長く彼らと同じ拠点を使う中で、些細な会話から世界を消滅させる目的を聞かれてしまった事。


『……お兄ちゃん』

『ん、まだ起きてたのかベルン。眠れないのか?』

『ううん……あのね、お兄ちゃん達が、その……ここに来た理由って……』


少年の言葉に4年前、当時十六歳だったリゼルが僅かに眉を顰める。

彼が話したのは、探索から帰ってきた隊員たちが夕食時に漏らした些細な会話だった。


『……もしかして、聞こえてたのか?』

『お兄ちゃん達は、ここを無くしちゃうの?』

『……そんな事はしない』

『本当?でも斧を持ったお兄ちゃんは――――――』

『……気のせいだよ。もう寝ろ、このことは誰にも言わずに』


少年、ベルンの言葉を強引に話を切ると、いまだ不安そうなその背を寝室まで押していく。


彼は、この事を本当に誰にもバラさなかった。

否、いっそもしバラしてくれたのなら、リゼルもバラした隊員の処分を少しだけ過剰に行い、その上で何とか自分を納得させられていたのかもしれない。


そしてそれから二か月が経った頃、ようやく一等天者を筆頭としたリゼル達は空中千二百メートルに存在する歪を発見し、任務の終りを迎えた。


調査から合計三か月近くかかったこともあってか、隊員達も含めて皆の雰囲気が珍しくお祝いムードになったのを覚えている。


『リゼル、お前も来いよ!せっかくクソ長え任務が終わったんだ、まだ食料も余ってる。パーッと騒ごうぜ』

『……俺は良い。少し疲れたから先に――――――』


休むよ、そんな言葉に隊員の一人が笑う。


この時、思い出したのは誰の事だったのか、今となっては当然聞くまでもない。

隊員達と仲が悪かったわけではない、当時は不遇に扱われた訳ですら。


ただ一つだけ、果たしていない約束を……広間を出て直ぐ、物陰からこちらを見ていた少年とのたった一つの。


『……!ベルン』

『……お兄ちゃん、僕たち死んじゃうの?』


言葉が纏わりつく。


この時の感情を、リゼルは未だに覚えている。


力を手に入れた理由は生きるためだった、無力な自分たちが先生から離れても、一人で、あるいはハンナや、死んでいった仲間達と。


いつか……自分と手を繋ぐ相手が恐怖に怯える事が無いように。


『……大丈夫、無くならないよ。この世界は俺達のものじゃない。俺は――――――』



――――――俺の力は、滅ぼすためのものじゃない。



『ふは、なるほど。そんなことが有ったのか』

「……そっちが話すのか。なんにせよ、結局失敗して俺は位階降格、下らないだろ」


その言葉に、ルルアが俯く。

それは何を考えているのか、義足については意図せず伏せた形にはなったが、これを話したのは知り合いの中でもカミアを除けば初めてだった。


例え、その結果がリゼルの望みとは違っても。


「話してくれてありがとう、ございます。そんな事が……やっぱり、噂だけでは真実は分かりませんね」

「……かもな。でも、噂も別に間違ってる訳じゃない。俺がただ躊躇っただけっていうのも――――――」

「そんなことありません!」


視界の先、ルルアが珍しく声を張り上げる。


彼女は本当に優しい。

どちらの立場にも理解をし、共感する。

それこそ彼女みたいな人が相手なら確かに、自分たちの世界を譲り渡すことはならずとも、交渉の席に立つことくらいは出来るだろう。


それこそ、数える事さえ不可能な人間たちの移住の約束でも出来れば本当に、彼女は世界を跨いだ英雄にさえなれる。


『おや、随分と良い理解者が出来たことだ。立場はほぼ真逆だというのに』

「……ありがとう、ルルア」

「い、いえ……私、リゼルさんは凄いと思います。自分の信念の為にそこまでするなんて、私には出来ません!」

「……そんなことないよ」


彼女の言葉に小さく首を振る。


ルルアという天者にとって、あくまでも大切なものは自分たちの世界の人だった。

それは家族などが居れば当然、執着する対象がないリゼルが異常なのだろう。


二人は対極の壁に居る、それこそどれだけ歩み寄って、手を伸ばしても決して……手が届かない場所に。


「……さて、それじゃあそろそろ寝るか。いつの間にかもうこんな時間だしな」

「えっ、あ……ふふ、そんなに時間経っていたんですね」

「楽しいと時間を忘れるよな。このまま話していたいけどまた明日、隊で」

「……はい」


ルルアが少しだけ俯く。


これから、二人がどんな道を歩むのかは、きっと誰にも分からない。

どちらかの境界線が崩れるのか、あるいはどちらかが恭順するのか、あるいはどちらかが壊れるのか。

こちらへと小さく手を振るルルアに、リゼルは一度だけ手を振り返した。


『おや、良いのか。あの女、私が見るに寂しさに付け込めば受け入れるぞ』

「お前、時々とんでも無い事を言うな。さっさと寝るぞ、明日も早い」

『ふは、ツマらん男だ。君には性欲も無いのか?』

「それなら、お前を襲おうか?」


耳元から聞こえる声に、リゼルは近くに見えた瓦礫の裏、一つの開けた場所を見つけ、荷物を下ろす。

今日は長い一日だった。


これが後何日続くのか、いずれにせよ一度ならず二度と現地人と出会ってしまったこの世界とは、一日でも早く縁を切りたいと思ってしまうのは、きっと仕方のない事なのだろう。


「……眠くないな」

「ふは、明日はノルンと言ったか、彼らの話を聞いてみたらどうだ?また裏切りたくなるやも」

「……その時は、お前も道連れだよ」

「おや、やらないとは言わないのだな」

「お前が揚げ足を取るのが得意なのは、もう分かった」


テントに当たる風の音を聞きながら、リゼルは目を伏せる。


眠りに落ちるまでのこの瞬間が、リゼルはいつも嫌いだった。


無になろうとしてもいつも頭に浮かぶ、助けられなかったベルンの顔、リゼルの事を鬱陶しそうに見つめるハンナの顔、強盗から助けてあげられた店主の嬉しそうな顔、幼い時にずっと後ろをついてきたハンナの顔。


『はは……ゆっくり眠れ、リゼル。微睡は刹那に過ぎる。現実から逃げられる泡沫の時間を……』


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