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拝啓、滅びた世界へ

いつか、誰かが世界は無数に存在すると言った。


人間の些細な行動一つで新たな世界が生まれると、あるいは世界全体を揺るがす可能性の淵に立たされた時、実は既にその時点で二つの可能性を持つ世界が生まれていると。


ただいずれにせよ、人類にそれらを観測する術はない。

あるいは世界を旅することも、ましてや干渉する術も。


だからいつも思う、きっとこんな現実を。


「五等天者リゼル、座標軸183692、小世界ユドラリエ到着」

『現着確認致しました、リゼル・レインライト。ユドラリエの崩壊指数は0.97、再生指数は0.01、霊脈を発見し速やかに剪定を開始してください』


耳元から、女性らしき声がデバイス越しに聞こえてくる。


瞳に映る限りの赤い空と、既に焼け落ちて煙さえ上げていない崩壊した城塞都市。

背中に感じる巨大な槍の重みは、これからしなければいけない事への憂鬱だろうか。


ここは世界を滅ぼすことを生業とする『天滅機関』に指定された『滅亡世界』。


人類、もしくはその近縁種達が誕生、発展、栄華を極め……やがて滅びた場所。


「人類種の反応……遠方に一人、生き残りか。滅亡した理由は……知るわけないな。オペレーター、霊脈の場所は?」

『場所、東へ2キロの場所に存在します。生き残りによる抵抗の可能性も微弱ながら存在。十分に注意してください』

「了解」


再びプツリと切れる音声に、あたりを見渡し、崩壊した建物群の中を歩いていく。


ふと視界の内に揺れる黒髪に付いた灰は、既にこの場所が滅んでからどれほどの年月が経過したのかも分からない。

別の世界から来たリゼルのような『天者』の役目は世界の核となる『歪』を発見し、この世界を完全に消滅させることで、世界の()()()()()()こと。


「ここから数キロって言うと、まさかあのでかい城の中か。にしてもここまで人が絶滅するくらいに滅びるって、マジで何をしたんだ?」


世界は毎日無数に生まれ、進化し、滅んでいる。

最初に発見した奴の名前は何だったか、いつしか世界は観測できるものになって、踏み入れられるものになって、そして。


『霊脈反応あり、現在地から直進して数十メートル。歪あり』

「はあ、ようやく着いたか。城の中心なんて珍しいな。それじゃあそろそろもう一度ソナーを飛ばして――――――」


手元に開かれた小さな携帯型端末を操作して、周囲の様子を探る。

既に歩いてきた場所は城の中心、恐らくこの先は玉座。


世界を滅ぼす方法は至極単純、地脈の中心付近に発生する歪に、一度の任務で一つ支給される小型の『修復デバイス』を投げ込むだけ。


理論によれば、このデバイスは歪で生まれるエネルギーを増幅し、その世界を構成する粒子単位に崩壊させることができるらしい。


名前とはとても似つかない、正に人道もへったくれもない最悪の兵器だ。


「計測終了、周囲に人の気配は――――――!」


端末を開いたまま両開きの扉を押して、倒す。


その時、いつもやっている作業に思わず目を見開いてしまったのは、きっとそれが余りに見慣れない光景だったから。


少しだけ開けた空間と屋根も壁も倒壊した玉座の間、そんな中で一人の黒い鎖のチョーカーに両手の枷、ローブ、そして巨大な大剣を地面に落ちている骸骨へ突き刺した女性が半壊した玉座に腰かけて。


「おや、何やら金属音とも足音ともわからぬ気配がすると思い待ってみれば――――――」



――――――全ての文明が滅びたはずの世界に……骸の王が笑っていた。



「それで、君は誰かな?」

「……お前、囚人か?」

「ふむ、私を知らないのかい?それなら自己紹介をしなくてはいけないね。私はカミア、この世界に生きる最強の戦士にして――――――」


面倒そうな気配がする。


証拠もなくふとそんなことを思ったところで、女性は言葉を継ぐよりも早く玉座から立ち上がると、地面に突き刺したままの大剣に触れる。

過ったのは、日々何人も同じような奴らに繰り返しているのであろうオペレーターの言葉。


「君の命の輝きを見せてくれ」


とはいえまさか……突き刺していたはずの剣先が目の前から飛び出してくるなんて。


「……っ、なんだ⁉」


身体が跳ねる。


反射的に足を下げるのと同時、喉元に迫る刃を躱して地面を強く踏み込み、同時に槍の先端を女性へ向ける。

ガチャリという物々しい変形音と開いた刃の間から覗かせた砲口、一つの砲弾が衝撃音と共に発射されたのは、リゼルの持つ槍式武装の持つ遠距離攻撃。

一撃ごとに槍を大きく一回転させて弾頭交換が必要な弱点はあるが、その威力は城壁や金属製の壁でさえ易々と破壊し、前方一帯を更地にする。


それこそ、人体になど当たれば一撃で。


「おや、こちらが先に仕掛けたというのに頬を掠めるだけとはお優しいことだ。とはいえ、君のような強者は既に殺し尽くしたと思っていたが」

「……お前、何者だ?」

「ふむ、その様子は……さっきも言っただろう。私はカミア、この世界最強の戦士にして……この世界を()()()()()

「……!!は?」


女性、カミアの言葉に、思わず頓狂な声が出る。


世界を滅ぼした、それは天滅機関に所属し始めてから15年、ほとんどの人生を天者として過ごしたリゼルにとっては毎日のように聞いた言葉で、未だに聞きなれない言葉。


「世界を、滅ぼした?」

「おや、容量を得ない反応だな。まさかとは思うが君は――――――」


女性、カミアはそう言うと足元に刺さっている身体の二倍ほどはあろうかという大剣を今度こそ抜き放ち、そのまま投げる。

細身の体から考えられないほどの速度は、女性が見た目通りの力、強さでは無い事の証だっただろう。

迫る大剣を躱すと同時、カミアの体がグラりと揺れたかと思うと、その身体が地面に溶けるように消えた。


(姿が消えた、いや、地面に溶け込んだのか。何かの超能力、もし推定するなら……)


突然と訪れた静寂に思考を回す。


彼女は最初に、こちらに地面から刃を生やして攻撃した。

だとしたら彼女の能力は金属や鉱石の操作、否、もしそれらに溶け込むことも可能ならば。


「……!ちっ」


鈍い痛み、刹那頬に奔るわずかな感触と共に、刹那の静寂を置いて背後から迫った一筋の刃が体の真横を通り抜ける。


やはり、彼女の能力は金属、或いは鉱石類との操作・同化。

リゼル達の住む世界にこんな超能力のようなものは存在しないが、異世界にはそういった常識は通用しない。


次いで周囲一帯から生え出る刃の群生を槍で弾きながら躱し、その場から飛びのくのと同時に眼下から放たれた刃を身体を捻って躱す。


速度は躱せないほどではない、だがこのままでは打つ手がないのもまた。


「おやおや、これでもダメか。はははっ、本当に愉快だ!」

「……お前、どうしてこの世界を滅ぼしたんだ?」

「ふむ、世界を滅ぼす程度の事に理由が必要か?弱肉強食、自然の摂理だよ」

「……異常者か」


殺人狂、否、本当にその理屈で同じ世界の全てを殺し尽くしたのだとしたら、最早そんな括りですらない。

破壊者、絶滅大君……いずれにせよ彼女は。


「ふは、嫌悪と殺意に満ちた目、良い。だがそう嫌わないでくれ。これでも人と話すのは一年ぶりくらいでね。皆殺しの弊害は話し相手がいないことくらいか」

「……お前は、ここで殺しておいた方が良い気がするよ」

「ふはははは、ふむ、それは正解だ!私は死ぬべき存在、だが争い続ける人類は生きるべき存在か?私が献身してやったお陰でなした平和を直ぐに無下にするような連中が?恩を仇で返すような連中が?挙句には私を排除しようとする連中が?」


カミアが高笑いでもするようにわずかに地面を踏みしめる。

また瞬間移動か、あるいは地面からの攻撃か。


直ぐさま回避体制を取ったリゼルの元に、迫ったのは地面から突き出す刃の波だった。


「ちっ、今度は物量か。そんな雑な攻撃――――――」

「当然、陽動だ」


ガシャリという音と共に、槍の先端から前方へ砲撃を放つ。

同時に次の波が来るよりも早くその隙間を潜り抜け、背後と左右、迫った刃を槍ごと身体を浮かせて躱す。


だがそんな空中に浮かぶリゼルを待っていたとでも言わんばかりに、今の一瞬で姿を消していたカミアは再び姿を現すと、着地するはずの地面から無数の槍を出現させた。


空中では動きが制限されると見越して、グリーブを吐いているようにしか見えないリゼルの脚が()()()()()()()()など想像せずに。


「脚部スラスター展開」

「……!ふは、そうか。先ほどからの異常な身体能力と動き、君は両の脚が無いのか!」


カミアの言葉にリゼルは脚からエネルギーの噴射と共に地面の槍を薙ぎ払うと、再び手元に回転させた槍から彼女目掛け、大砲を発射する。


これで。


「言っているだろう。私には――――――」

「分かってる」


そして、背後から再び腕を変化させた刃を振りかぶったカミアの首元の鎖をつかみ、地面へ押し倒した。

逃げられないよう、彼女の首にも手を添えたままで。


「動くなよ、地面にでも溶け込もうとした瞬間に首を折る」

「ふっ、はははは!本当に凄いな!まさか本当に私にここまで対抗できる人間がいるとは。君、名を何という?」

「……教える必要はない」

「ふむ、そうか?ならば仕方ない、質問を変えようか。君はどこの世界から来たのかな?」


こいつは、一刻も早く殺さなければ。


「……!まさか、お前も天者か?」

「天者?知らない単語だな。とはいえ、その反応から見て異世界からの来訪者である事は間違いなさそうだな。ならば異世界の者たちが、この世界へ何をしに来たのかな?」

「……答える必要はな――――――」

「おや、君は本当につれないな。私はこう見えてマゾヒストな気質でね、焦らされるのは嫌いじゃないが、少しは答えてくれないと、私はこの拘束から()()()()()()ぞ?」


カミアは、こちらの言葉に僅かに妖しげな瞳を光らせると、首元で掴んだままの鎖をジャラリと鳴らす。

これはハッタリ、否、彼女の眼は……本気か。


(どこでバレた?いや、こいつが世界を滅ぼした。おまけに言動から察するに滅ぼす前から知らぬ人が居ないような相当の有名人……それなら一切の知識を持っていないのは確かにおかしいか……)


天滅機関では、滅ぼす世界の住民に対して異世界から来たことを告げるのは禁止されている。

それは万が一にも『異世界の知覚』という事象が現地人に発生した際に予期せぬ事態に繋がる可能性が存在するためであり、もし告げた場合にはその相手に対して最優先の消去、つまりは殺害命令が下る。


もっとも、ほとんどの場合例え知られたとしても、その数日、或いは数週間後には世界ごと消滅しているため問題になることはないのだが。


「世界を消滅させに来たんだよ」

「消滅?それは私のように滅ぼすのとは違うのか?」

「……大体一緒だ。俺たちはお前達みたいな奴らが滅ぼした『後』の世界を完全に消滅させる」

「……!おや、それはそれは……」


カミアの表情が僅かに歪む。


それは怒りか、あるいは哀れみか、消滅させられる側に立つことはないリゼルには、きっと彼女の感情は永遠に理解できないだろう。

出来ることがもしあるとするなら、せめて世界の終りを見る前に殺すか。


「君は何かの商会に属しているのかい?」

「……商会?まあ近くはあるな。だからもし仮にここで俺が死んでももっと上の奴が来るし、お前を生かして連れ帰るのとかも全部規律違反だ」


リゼルの言葉に、カミアは「おやおや、それは手厳しいことだ」と妖しく笑う。


実際、五等天者であるリゼルは一等からなる天者達の中で最低位階。

例えここでリゼルが諦めてこの世界か手を引いたとしても、しばらくした後にはより上位の天者が派遣され、それはこの世界が消滅するまで続く。


彼女程の実力者であれば、最悪何回かは追い返せるかもしれないが。


「ふむ、君のようなレベルの戦士達を幾度も追い返すのは難しいな。今一度聞こう、君の名前は?」

「……リゼル・レインライト」

「リゼル、リゼルか……ふむ、それではリゼル。君の目の前に今二つの選択肢を提供しよう。先ず一つはこの場にて命を落とす、或いは任務に失敗しておめおめと逃げ帰る道……」

「俺がお前に負けるって?」

「おや、聞こえなかったか?ちなみに私の身体に触れた代償は――――――」


彼女の言葉に、抑えきれていないもう片方の腕へ真っ先に視線を向ける。


変化したのはさっきまでとは少し違う小ぶりな一筋の刃。

速度を重視して大きさを変えたのか、とはいえこの程度なら問題はない。


そんな思考を……掌に奔った痛みがかき消した。


「な……」


何が起きた。

首を抑えていたはずの手に奔った痛みにリゼルは視線を向けると、首から手を一つの刃が通り抜けていた。


同時に、彼女の体をなぞるように地面から無数の刃が。


「ちっ」

「おや、離れてしまうのかい?首を押さえつける君の腕、ひんやりしていて気持ちが良かったんだが」


飛びのいたリゼルにカミアはゆっくりと立ち上がると、僅かに首を捻じるように曲げる。

思わず鳴らしてしまった舌は、彼女がまだ余裕があることに対しての苛立ちか。


ただ吸い込まれてしまいそうな瞳でこちらを見る彼女の姿は本当に。


「お前は……やっぱり死ぬべきだ」

「ふははは、その表情、誉め言葉として受け取っておこう。さて、それでは今一度問いの続きだ。君の前には今二つの選択肢がある。一つはこの場で命を落とす、あるいは敗残兵としておめおめと元の世界へ逃げ帰る道。そしてもう一つは――――――」


彼女の言葉に、僅かににリゼルは息を呑む。


それは恐れか……否、本当はもしかしたら少しだけ興味が有ったのかもしれない。


怒りのままに自身の力を振るった最悪の破壊者に。


気に入らない世界をたった一人で滅ぼしてしまった究極の変革者に。


まるで光の中で佇む影のように、気を抜いたら思わず引き込まれてしまいそうなほど……深く昏い闇に。


「リゼル・レインライト。この世界を消滅させる代わりに、私を君の世界へ連れて行ってくれないか」


最後まで読んでいただいてありがとうございます。


こちらでは暗い話を連載中なので、明るい話が好きな方はぜひカクヨムをご覧いただければ嬉しいです。

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