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救国の騎士団長様は魔王軍幹部(サボり魔)でした  作者: 華乃ぽぽ


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9/11

9話:『憤怒』の視察と、狂気の肉人形

 その日の朝、レオンハルトの執務室には、世界の終わりのような絶望感が漂っていた。


「……終わった。死んだ。もう魔界に帰る」


 レオンハルトは執務机の下で体育座りをして、ガタガタと震えていた。

 恐怖とストレスにより、持病の『魔力中毒』が悪化し、顔面蒼白だ。


「困ります、レオンハルト様。ここで職場放棄されては、私の『優雅な老後計画』が白紙に戻ってしまいます」


 ココは冷めた目で、机の下の雇用主を見下ろした。


「それで? 今日はどうしてそんな埃っぽい場所に隠れているのですか?」

「……来るんだよ。『憤怒のアスタロト』が」


 レオンハルトは涙目で訴えた。


「魔王軍幹部、序列3位の筋肉ダルマだ。……『人間界の侵略が進んでいない』と疑われてて、直接査定に来るらしい。もし僕がサボっているとバレたら、その場で僕ごと王都を燃やす気だ!」


 王都炎上=銀行消失=預金喪失。

 ココの脳内で冷徹な計算機が弾かれ、瞳に決意の炎が宿った。


「……要するに、貴方が『冷酷無慈悲な魔族』であると、そのアスタロト様に信じ込ませればいいのですね?」

「そう! でも今の僕、こんな震えてる状態で……とても演技なんて……」

「お任せください。特別手当、金貨30枚で請け負います」


 ココが手帳を開いた、その時だった。


 ドォォォォォンッ!!


 爆音と共に執務室の窓ガラスが粉々に砕け散り、燃えるような赤髪の巨漢が侵入してきた。

 魔王軍幹部・憤怒のアスタロト。

 人間界での擬態など必要ないと言わんばかりの、圧倒的な魔王オーラを垂れ流している。


「ガハハハハ! 久しいな、ベルフェゴール! 生きていたか、この怠け者め!」


 アスタロトは土足で部屋を踏み荒らすと、ニヤリと笑ってレオンハルトを見下ろした。


「さあ、査定の時間だ! 魔王様から『貴様が腑抜けていないか見てこい』と言付かっている。……この国でどのような『絶望』を振り撒いているのか、俺様の目に見せてみろ!」


 レオンハルトはソファに深々と座り、震える足を必死に組んで虚勢を張った。


「……騒々しいな、アスタロト。窓から入るとは、相変わらず育ちが悪い」

「減らず口を! ……おい、そこの女!」


 アスタロトの矛先が、お茶を運んできたココに向いた。


「貴様、人間だな? なぜここにいる? ……まさかベルフェゴール、人間に情が移ったわけではあるまいな?」


 殺気。

 アスタロトの掌に炎が宿る。

 レオンハルトが息を呑んだ。


 (まずい……! ここでココを庇ったら、僕が人間側に堕ちたと判断される……!)


 絶体絶命の瞬間。

 ココはスッと表情筋の力を抜き、瞳からハイライトを消した。

 そして、まるで糸の切れた人形のような、うつろで無機質な声色を作り出した。


「……勘違いなさらないでください、アスタロト様」


 そのあまりの変貌ぶりに、アスタロトがぎょっとして後ずさる。


「こ、この女、急に何……?」


 ココはアスタロトを無視し、淡々と、しかし狂気的なまでの忠誠心(という名の演技)を語り始めた。


「この状況は、全てベルフェゴール様による『高度な精神支配実験』の一環でございます」

「精神支配だと?」


 ココは幽鬼のようにゆらりと動き、レオンハルトの前に跪くと、その靴先に恭しく口付けをするフリをした。

 ココはそのまま口頭で続ける。


「今の私は、自我を破壊され、主を守るためなら己の身をも盾にする**『生きた肉人形』**に過ぎません。……先ほどの行動も、全て主の『プログラム』通り。私が彼を庇ったのではなく、彼が私を『盾として配置した』のです」


 ココは虚ろな目のまま、レオンを見上げた。


「……そうでございますよね? ご主人様マスター


 『(……さあ、乗ってください! 今です!)』


 ココの鋭い念話が、レオンの迷いを断ち切った。

 レオンハルトは覚悟を決め、肩を震わせて低く笑い出した。


「……ッ、くくく」


 彼は冷酷でサディスティックな笑みを浮かべ、跪くココの頭を乱暴に(見えるように)鷲掴みにした。


「……フフ。説明ご苦労、『No.1(ナンバーワン)』」


 彼はココの顎を強引に上向かせ、アスタロトに向かって傲慢に見せつけた。


「見たかい? アスタロト。……これが僕の新しい遊びさ」


 レオンハルトの指が、ココの唇をなぞる。


「人間の心を完全に壊し、僕への愛と忠誠しか持たない『完璧なドール』に作り変える……。ただ殺すより、恐怖で縛るより、よっぽど効率的で……芸術的だろう?」


 その碧眼は、氷のように冷たく、残忍な光を放っている。


『(うわ、演技うまい……。普段の様子が嘘みたいです)』

『(ココこそ……目が死にすぎてて怖いよ……)』


 念話で感想を言い合いながら、二人は完璧な主従を演じきった。


 ココはレオンの手のひらに頬を擦り寄せ、主人の体温だけを求める哀れな人形になりきる。


「……ほう」


 アスタロトが目を見開いた。


 彼の表情が、「疑念」から「畏怖」、そして「感心」へと変わっていく。


「人間をそこまで従順にさせるとは……。肉盾として使うために、あえて甘やかすフリをして精神を破壊したのか。……悪趣味だな、ベルフェゴール」


 完全に騙されたようだ。

 アスタロトは「つまらない」とばかりに鼻を鳴らした。


「……ちっ、つまらないな!」


 彼はドカドカと窓際へ歩み寄ると、バサリと炎の翼を広げた。


「ベルフェゴールが腑抜けたと思ったから燃やしに来たのだが、相変わらず性格が悪い ……興醒めだ。もう帰る」


 彼は振り返りもせず、空を見上げた。


「魔王様には『ベルフェゴールは変態的な実験に没頭中』と報告しておく! じゃあな!」


 ドォォォォンッ!!


 彼は捨て台詞を残し、爆音と共に夜空へと飛び去っていった。

 部屋に静寂が戻る。


「……」

「……」


 二人はしばらく動かなかった。

 完全に気配が消えたことを確認すると――。


「――ぷはぁっ!!!」


 レオンハルトはその場に崩れ落ち、ココに抱きついてガタガタと震え出した。


「し、死ぬかと思った……! 怖かったぁ……! ココ、凄すぎ! 天才!? あの演技、僕でもゾッとしたよ!」


「……お疲れ様です。貴方の『No.1』も、なかなか悪趣味なネーミングでしたよ」


 ココはため息をつき、いつもの冷静な表情に戻ってレオンの背中をポンポンと叩いた。


「でも、これで誤魔化せましたね。……『冷酷な支配者』という設定、今後も守ってくださいね?」

「うん、頑張る……。でも今は無理。……ココ成分が足りない」


 レオンはココの腰に腕を回し、顔をお腹に埋めて深呼吸を繰り返した。

 ココのひんやりとした魔力吸収体質が、彼の火照った精神を癒やしていく。


「……ねえ、さっきの」


 不意に、レオンが顔を上げた。

 その瞳は、先ほどの演技とは違う、ねっとりとした甘い光を宿していた。


「さっきの『ご主人様マスター』って呼び方。……夜だけ、あれにしてくれない?」


 彼は上目遣いで、またしてもあざとい(そして邪な)要求をしてきた。

 この期に及んで、懲りない男だ。

 ココは呆れたように彼を見下ろした。


「却下です。……それより、現実を見てください」


 ココは冷徹に言い放つと、ヒュオオオ……と寒風が吹き荒れるバルコニーを指差した。

 そこには、アスタロトの派手な登場によって粉々に砕け散った窓ガラスの残骸と、ひしゃげたサッシが転がっている。


「窓の修理代、どうするつもりですか? 王城の備品破損は、給与から天引きですよ? しかも特注の強化ガラス……金貨20枚は下りません」


 ココが電卓(脳内)を弾き出すと、レオンは「げっ」と顔を引きつらせた。


「……アスタロトのやつ、人の家を壊して帰るなんて。躾がなってない」


 レオンは不貞腐れながら立ち上がり、破壊された窓に向かって気怠げに手をかざした。


「……戻れ」


 カシャカシャカシャッ!


 巻き戻し映像のように、床に散らばっていたガラス片が舞い上がり、瞬く間に元の形へと修復されていく。

 ひしゃげた枠も元通りになり、数秒後には、新品同様の窓がそこに鎮座していた。


「……はい、元通り。修理代ゼロ」


 レオンはドヤ顔で振り返り、ココに向かって両手を広げた。


「凄いでしょ? 褒めて? ……ご褒美に、今日は『No.1』ごっこしながら寝よう?」


「却下です(二回目)。……ですが、魔法の腕だけは認めます」


 ココは溜息をつき、広げられたレオンの腕の中に自ら収まった。

 窓は直っても、部屋の空気はまだ冷たい。

 彼の体温が、じんわりと冷えた身体に染み渡る。


「……ん。ココ、あったかい」


 レオンは満足げにココを抱き締め、その頭に顎を乗せた。


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