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救国の騎士団長様は魔王軍幹部(サボり魔)でした  作者: 華乃ぽぽ


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第7話:突発クエスト発生! ご褒美は幻のスイーツ


 執務室のソファで、レオンハルトはココを抱き枕にして微睡んでいた。

 聖女の襲来という一大イベントを乗り越え、彼の魔力ストレスは限界に達していたのだ。


 ココは壁の時計をチラリと確認し、冷徹な商人の顔で告げた。


「5分だけですよ。それ以上は『精神ケア特別技術料』として、1分につき銀貨1枚を追加請求させていただきます」


「……プッ。安いね、ココは」


 レオンはお腹の底からくぐもった笑い声を漏らすと、さらに深くココの腹部に顔を埋めた。


「いいよ、払う。だから動かないで」


 そう言うと、彼は本当にぴくりとも動かなくなった。

 部屋には、時計の秒針が刻む音と、レオンの穏やかな寝息だけが響く。


(……重い)


 ココは直立不動のまま、天井を見上げた。

 腰に回された腕は拘束具のように固く、お腹に押し付けられた頭はずっしりと重い。だが、不思議と不快ではなかった。彼の体温がじんわりと服を通して伝わり、ポカポカと温かい。

 あざとくて、性格が悪くて、最強の魔族。なのに、こうして甘えている時は、ただの無防備な子供のようだ。


(……まあ、これだけの高給を貰える仕事、他にはありませんからね)


 ココは内心で通帳の残高を思い浮かべた。借金は彼が完済してくれた。今の目的は、優雅な隠居生活のための貯蓄だ。

 ココが無意識に、今度は少しだけ優しく彼の髪を梳こうとした、その時だった。


 コン、コン。


 静寂を破る、重々しくも礼儀正しいノックの音が響いた。


「レオン。第1騎士団長のギルバートだ。緊急の案件で相談がある」


 その低い男の声が聞こえた瞬間、レオンの身体がピクリと反応した。

 彼はココのお腹からバッと顔を上げ、一瞬にして「世界一不機嫌な魔王」の顔をした。


「……チッ。なんだよ、あの筋肉メガネ。空気読めないのか?」


 舌打ちの音が部屋に響く。

 しかし、次の瞬間には、彼はココの腰から手を離し、乱れた髪を手櫛でサッと整えた。


「ココ、ドアを開けて。……『キラキラ騎士団長モード』で行くから」


 彼は瞬時に姿勢を正し、ベッドの縁に優雅に座り直す。その顔には既に、慈愛に満ちた聖人の微笑みが貼り付けられていた。

 ココはドアノブに手をかける寸前で足を止め、急いでレオンの背後に回り込んだ。


「……お待ちください。髪、後ろが寝癖になってますよ」


 ココは小声で囁きながら、後頭部でぴょこんと跳ねていた金髪の一房を、指先で丁寧に撫でつけた。

 レオンはされるがままになりながら、肩越しにココを見てニッと笑った。


「ん、ありがと。……やっぱりココは、いいお嫁さんになれるね」

「……優秀な管理職、です。訂正してください」


 ココは冷たく返しつつも、素早くドアを開けた。


「どうぞ、お入りください」


 ガチャリと扉が開くと、そこには全身を銀の甲冑に包んだ眼鏡の騎士、第1騎士団長ギルバートが立っていた。

 彼はココを一瞥すると、すぐに部屋の中央にいるレオンに向かって、ガシャンと音を立てて敬礼した。


「朝早くからすまない、レオン! 緊急の要請があり参じた!」


 部屋の空気は一変して張り詰める。

 しかし、レオンは窓辺に立ち、差し込む朝陽を背に受けて、神々しいまでの微笑みを浮かべていた。


「顔を上げてくれ、ギル。君の頼みなら、どんなことでも聞こう」


(うわ、すごい演技力……)


 ココが感心していると、ギルバートは深刻な顔で地図を広げた。


「実は、北の『迷わずの森』で、凶悪なキメラの目撃情報があった。街道を行く商人たちが襲われており、一般団員の手には負えん。どうか、救国の英雄であるお前の力で、討伐をお願いできないだろうか!」


『はあ!? 森!? 遠いし、虫いるし、絶対ヤダ!』


 ココの脳内に、レオンの絶叫に近い拒絶の念話が響き渡った。

 表面上のレオンは、憂いを帯びた瞳で「それは心が痛む話だ……」と頷いているが、心の中では駄々っ子が暴れ回っている。


『ココ! なんとかして! 俺、今日新作のスイーツ食べる予定だったのに! 森なんて行ったら靴が汚れる!』


 ギルバートが地図に目を落とした一瞬の隙だった。

 レオンはギルバートに見えない角度で、ココに向かって必死に合図を送ってきた。

 親指で自分の首を掻っ切る仕草――「断れ。受けたら殺す(解雇する)」という、魔王軍式・絶対拒否のサインだ。


『適当に理由つけて追い返して! 「持病のしゃくが出た」とか「実家の猫が危篤」とか何でもいいから!』


 レオンの目は必死だった。

 だが、ココは冷静に計算した。

 ここで断れば、真面目なギルバート団長のことだ、説得のために数時間は居座るだろう。そうなればココの休憩時間も潰れるし、不機嫌になったレオンの八つ当たりを受けるのは自分だ。

 ならば、さっさと討伐に行かせて、高額な特別手当を請求する方が建設的である。


(……ここは「売り」ですね)


 ココはニッコリと微笑むと、レオンの「断れサイン」を華麗に無視し、ギルバートに向かって完璧なメイドの礼をした。


「承知いたしました、ギルバート様。我が主レオンハルト様は、民の安寧を何より願っておられます。その依頼、謹んでお受けいたします」


『おいっ!? ココ!? ふざけんな、聞いてないぞ!』


 ココの脳内にレオンの罵声が響くが、彼女は涼しい顔で無視した。

 ギルバート団長はパァッと顔を輝かせ、感涙している。


「おお……! なんという慈悲深さ! さすがは我が国の誇る騎士団長だ! では、直ちに出発の準備を!」

「ああ……もちろんだとも」


 レオンは引きつった笑顔のまま、ギリギリと奥歯を噛み締めつつ頷いた。

 その碧眼は、ココを睨みつけている。


「必ずや、そのキメラを……(ココを後でいじめてやる)……討ち果たしてみせよう」

「感謝する! では、正門で待っている!」


 ギルバートが足早に部屋を出て行き、扉がバタンと閉まった。

 その瞬間。


「……ココ?」


 レオンは低い声で名前を呼ぶと、ソファにドカッと座り込み、不機嫌そうに足を組んだ。

 床を転げ回るような真似はしない。だが、その瞳は据わっている。静かな怒りの方が怖いタイプだ。


「僕、森は嫌いだって言ったよね? 泥がつくのも、雑魚相手に剣を抜くのも大嫌いだ。……どうやって責任取ってくれるわけ?」


 完全にへそを曲げている。

 ココは小さくため息をつくと、懐から一枚のメモを取り出した。


「……新作スイーツ」


 その言葉が聞こえた瞬間、レオンの眉がピクリと動いた。


「……新作スイーツ?」


 彼はゆっくりと顔を上げ、長いまつ毛を瞬かせた。その瞳から、先ほどの不機嫌な色は消え、代わりに獲物を見つけた肉食獣のような鋭い輝きが宿る。


「あの、王都の西通りにある『銀の匙亭』の? 1日限定50個の、幻のミルフィーユ?」

「はい。予約しておきました。討伐から戻る頃には、ちょうど焼き立てが受け取れます」


 ココが涼しい顔で答えると、レオンはフッと口角を上げた。

 不機嫌な魔王から、計算高い小悪魔への変貌。


「……へえ。用意がいいね、ココは」


 彼は立ち上がり、ココの元へ歩み寄ると、その顎を指先ですくい上げた。


「よし、行こう。キメラ如き、3分で終わらせる」

「流石です。では、すぐに準備を――」

「ただし」


 レオンは顔を近づけ、逃げられない距離でココの瞳を覗き込んだ。


「条件がある。そのスイーツ、買うだけじゃダメだ」


 彼は甘く目を細め、ココの唇を親指でなぞった。


「ココが『あーん』して食べさせてくれること。 ……手が汚れるのは嫌だからね。君が僕の口に運んで? 拒否権はないよ、僕頑張るんだから」


 彼は「ん?」と小首を傾げ、あざとさ全開の笑顔を見せた。

 断ればここから一歩も動かない、という絶対の意思表示だ。

 ココは呆れを通り越して、もはや慈母のような眼差しでレオンを見つめた。


「……わかりました。お安い御用です。特別ボーナスだと思ってお引き受けします」


 ココの言葉に、レオンはパァッと花が咲くような笑顔を見せた。


「交渉成立! よし、行くぞココ! 僕のミルフィーユのために!」


 ◇ ◇ ◇


 【北の『迷わずの森』】


 王都から転移魔法(レオンが嫌々出した)を使い、一行は瞬時に北の森へと到着した。

 鬱蒼とした原生林の中は、昼間だというのに薄暗く、じめじめとした湿気が肌にまとわりつく。

 地面は腐葉土と泥でぬかるみ、歩くたびにグチュリと不快な音を立てた。


「……ッ」


 先頭を歩くレオンハルトの眉が、ほんの一ミリだけ動いた。

 完璧なポーカーフェイスを維持しているが、ココの脳内には彼の絶叫がリアルタイムで響き渡っている。


『汚い! 無理! 泥が跳ねた! ねえココ、今の見た!? 僕の磨き上げたブーツに泥が!』

『見てません。前を見て歩いてください』

『あーもう最悪だ。湿気で髪が広がるし、カビ臭いし。……ねえ、森ごと焼いて更地にしない? そしたら歩きやすいよ?』

『ダメです。環境保全にご協力ください』


 ココは無表情で荷物を背負いながら、念話で淡々とクレーム処理を行う。

 レオンは優雅にマントを翻して歩いているが、よく見ると彼の足元だけ地面から1センチほど浮いていた。風魔法で浮遊し、汚れを回避しているのだ。無駄に高度な魔力操作である。


「レオン殿、足元にご注意を。この森は『迷わず』の名に反して、魔力による幻惑作用が強い」


 何も知らないギルバートが、真剣な顔で注意を促してくる。


「ありがとう、ギル。……君たちも気をつけてくれ。魔物の気配が濃くなってきたようだ」


 レオンは聖人のような声で応じたが、直後にココへ送られてきた念話はドス黒いものだった。


『(ギルの足音がうるさいんだよ。無駄にガチャガチャ言わせて。虫が寄ってきたらどう責任取るつもり?)』

『(騎士団長様の重装備なら仕方ありません。……ほら、出ますよ)』


 ココが視線を鋭くした、その時だった。

 森の奥から、空気を震わせるような異様な風が吹き荒れた。


「グルルルゥ……ッ!!」


 地響きのような唸り声。

 木々がバキバキと音を立ててなぎ倒され、巨大な影が一行の前に立ちはだかった。

 獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ合成獣――キメラだ。

 その大きさは二階建ての屋敷ほどもあり、獅子の口からは紫色の猛毒のガスが漏れ出し、周囲の草花を一瞬で枯らしていく。


「で、出たぞ! キメラだ!!」

「総員、散開! 毒ガスに注意しろ! 盾を構えろ!!」


 ギルバートが叫び、騎士たちが慌てて陣形を組む。

 しかし、キメラの圧倒的な威圧感と、肌を焼くような毒気に、歴戦の騎士たちの足さえも震えていた。

 蛇の尻尾が鞭のようにしなり、大木を容易くへし折る。

 その破片がレオンの方へ飛んできた。


「……!」


 レオンは動かなかった。

 ただ、わずかに目を細めた瞬間、飛来した丸太は彼の目の前で見えない壁に弾かれ、粉々に砕け散った。


「下がりたまえ、皆。……毒が強い」


 レオンは静かに告げると、騎士たちの前へと歩み出た。

 その背中は頼もしく、神々しいオーラ(実はただの威嚇用魔力放出)を纏っている。


「レオン! お一人では危険です! 我々も加勢を――」

「いいや、ギル。君たちを危険に晒すわけにはいかない。……ここは私が引き受ける」


 レオンは腰の聖剣に手をかけた。

 その柄には豪華な宝石が埋め込まれているが、ココだけは知っている。あの中身が刀身のないただの飾り(魔力媒体)であることを。


『(ギルたちが邪魔で広範囲魔法が撃てない。……ココ、あいつら下がらせて)』

『(無茶言わないでください。……でも、早く終わらせないと、ミルフィーユのお店が閉まりますよ)』

『(……ッ!)』


 スイーツの危機を感じ取ったレオンの目の色が変わった。

 彼はキメラを見据え、ゆっくりと抜刀の構えを取る。


『あと1分で終わらせる。……あー、でも剣振るフリすらダルいな。ココ、「応援」して。君の愛ある声援がないと、僕のデリケートなやる気スイッチが入らない(嘘)』


 彼は戦闘開始の直前、チラリとココを振り返った。

 その碧眼は、獲物を前にした興奮と、ココへの甘えが混じった妖しい光を宿している。


『(ほら早く。「レオン様素敵!」って叫んで。黄色い声で)』

『(……)』


 ココはレオンの念話を華麗に無視し、音もなく後退した。そして、戦場から適度に離れた、最も太くて頑丈そうな大木の陰にスッと身を隠す。

 プロのメイドたるもの、主人の戦闘の邪魔(足手まとい)になってはいけない。決して恥ずかしいからではない。


『……おい。無視かよ』


 脳内にドスの効いた低い声が響くが、ココは聞こえないふりをして耳を塞いだ。

 レオンは深く、それはもう深く溜息をついた。

 その溜息は、目の前の怪物に向けられたものではなく、薄情な共犯者に向けられたものだった。


「……ハア。もういい、全部めんどくさい」


 キメラが咆哮を上げ、レオンに向かって飛びかかってくる。

 鋭い爪が、英雄の首を刈り取ろうと迫った瞬間。

 レオンは気怠げに、聖剣(の柄)を横なぎに払った。


「――消えろ」


 刃などない。

 しかし、その軌跡から不可視の『衝撃波(という名の圧縮魔力砲)』が放たれた。


 ドォォォンッ――……!!


 音が、遅れて聞こえた。

 森の空間そのものがねじ切れたかのような轟音。

 飛びかかったキメラは、悲鳴を上げる暇もなかった。

 上半身が弾け飛び、細胞レベルで分解され、黒い粒子となって霧散していく。

 後ろの木々が数百メートルにわたって扇状になぎ倒され、森に新たな「道」が出来上がっていた。


 シーン……。

 圧倒的な静寂が戻る。


「……す、凄い……」

「一撃、か……!?」


 ギルバートたちが腰を抜かし、震える声で呟く。

 レオンは「ふぅ」とわざとらしい息を吐き、飾り剣を鞘に納めた。


「手応えのない相手だったな。……皆、怪我はないかい?」


 彼は優雅に振り返り、聖人の笑みを浮かべた――が、その足は迷うことなく、ココが隠れている木陰へと一直線に向かっていた。


「お、終わったよ、ココ。……無事でよかった」


 彼はココが隠れている大木に手をつき、逃げ場を塞ぐ(本日二度目の壁ドン、ただし木)。

 ギルバートたちからは「再会を喜ぶ主従」に見える位置取りだ。

 だが、至近距離で見下ろしてくるレオンの瞳は、全く笑っていなかった。


「……応援、聞こえなかったなぁ?」


 彼は顔を近づけ、ココの頬に散った泥を親指で拭い取った。その仕草は優しいが、指先に込められた力は逃さないという意志を表している。


「僕、傷ついた。心が痛い。……これは『精神的苦痛への慰謝料』が必要だと思わない?」


 ココは冷静に、レオンの硬い胸板を指先でツンと押し返した。


「近すぎます。ギルバート様たちが感動して泣いてますよ。……誤解されます」

「構わないよ。どうせ彼らには、僕らの会話なんて聞こえない」


 レオンはフンと鼻で笑うと、下がるどころか、さらにグイと体重をかけてココにのしかかった。

 ココの背中が木の幹に押し付けられる。


「……バカだなぁ、ココは」


 彼はココの耳元に唇を寄せ、吐息混じりの低い声で囁く。

 魔力を帯びたその声は、鼓膜を震わせ、ココの背筋に甘い痺れを走らせた。


「あいつらには、『力を使い果たして倒れ込む騎士団長』と、『それを必死に支える健気なメイド』にしか見えてないよ」


 レオンはニヤリと笑うと、ココの腰に腕を回し、さらに密着した。

 森の冷たい空気の中で、彼の体温だけが異常に熱い。戦闘の興奮が冷めやらぬまま、その熱をココに移そうとしているようだ。


「だから、このまま抱きしめてて。……公認のイチャイチャだよ?」


 彼はわざとらしく「うう……目が回る……魔力の使いすぎか……」と大きな声を上げながら、ココの首筋に顔を埋めた。

 側から見れば、英雄の美しい悲劇的シーン。

 だがココにとっては、甘い匂いと彼の重み、そして独占欲に満ちた腕の力に拘束される、逃げ場のない地獄だった。


(……この役者め。あとで絶対に追加料金を請求してやる)


 ココが抗議のために口を開こうとすると、レオンはその隙をついて、耳たぶを甘噛みするように唇を寄せた。


「……さあ、早く帰ろうか。僕の『あーん』のために」


 彼の頭の中は、すでに平和とスイーツ、そしてココを独占する馬車の中のことで一杯だった。


 ◇ ◇ ◇


 【王都への帰還・馬車の中】


 帰りの馬車は、魔法で揺れが完全に遮断され、静寂に包まれていた。

 レオンは当然のようにココの隣に座り、彼女の肩にもたれかかっている。


「ねえ、まだ? さっき買ったケーキやミルフィーユ、今ここで食べたい」


 彼は待ちきれない子供のように、ココの膝の上に置かれた『銀の匙亭』の箱を指先でつついた。

 ココは「約束は約束だ」と自分に言い聞かせ、膝上の箱を慎重に開けた。

 ふわりと、濃厚なバターとバニラの甘い香りが、密室の馬車の中に広がる。


「……ほら、口を開けてください」


 ココがフォークでミルフィーユを切り取り、差し出す。

 レオンは嬉しそうに目を細め、形の良い唇をゆっくりと開いた。


「あーん」


 パクり。

 彼が一口食べ、フォークを引き抜く瞬間、その碧眼はずっとココの瞳を捉えていた。

 舌先がわざとらしくフォークの先端を掠め、その微かな振動が銀食器を通じてココの指先に伝わる。


「ん~っ! 美味しい!」


 レオンは頬に手を当て、とろけるような笑顔を見せた。そして、咀嚼しながらココの手首をそっと掴み、次の「一口」を急かすように引き寄せた。


「ココが食べさせてくれるから、いつもの百倍甘く感じるよ。 ……はい、次。早く」


 その瞳は、ミルフィーユの甘さへの渇望と、ココを支配する悦びで妖しく揺らめいている。

 ココは感情スイッチを切った。これは給餌作業だ。

 淡々とフォークを動かしミルフィーユを美しい魔族の口へと運搬する。


「はい、あーん」

「ん……♪」


 レオンは至福の表情で頬張る。しかし、その碧眼はココの無防備な首筋や、真剣な横顔をじっと観察していた。

 やがて、箱の中身は空になった。


「ごちそうさま。……美味しかった。ココの愛情(?)入りだからかな」


 彼はココの手からフォークを取り上げると、そのままココの手首を握り、自分の頬にスリスリと押し当てた。

 やがて、箱の中身は空になった。

 レオンは名残惜しそうにフォークの先をちゅっと吸うと、満足げに目を細めた。


「ごちそうさま。……美味しかった。ココの愛情(?)入りだからかな」


 彼はココの手からフォークを取り上げると、そのままココの手首を握り、自分の頬にスリスリと押し当てた。甘い香りと、少し上がった彼の体温が伝わってくる。


「さて、エネルギー満タンだ。……でも」


 レオンは窓の外をチラリと見た。馬車はすでに王城の正門をくぐり、中庭に差し掛かろうとしている。

 そこには、帰還を待つ騎士たちの姿が見えた。


「……あーあ。帰ったらまた報告書作成か。ダルいなぁ」


 彼はココの肩に重たい頭を預け、ポツリと呟いた。

 そして次の瞬間、ニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。


「ねえココ。僕、今から『魔力欠乏で倒れそうな儚い英雄』になるから。……ちゃんと支えてね?」

「……は?」


 ココが聞き返すより早く、馬車が停止した。

 ガチャリと扉が開かれる。


「よく帰った、レオンハルト!」


 出迎えたギルバートの声が響く。

 その瞬間、レオンハルトの身体から力が抜け、ガクンとココの方へ倒れ掛かった。


「……っ、レオンハルト!?」

「……ああ、ギルか。すまない……少し、力を使いすぎたようだ」


 レオンハルトは青ざめた顔(魔法で顔色を変えた)で、ココの肩に弱々しく腕を回した。

 その演技は完璧だ。どこからどう見ても、激戦の末に消耗しきった悲劇の英雄である。


「なんと……! あのキメラを一撃で葬った代償ですか……!」

「ああ。……悪いが、事後処理は任せてもいいかな? 私は少し、彼女に部屋まで送ってもらうよ……」


 彼はココに全体重を預けながら、ギルバートに申し訳無さそうな微笑みを向けた。


「も、もちろんです! 報告などは後日で構いません! どうかごゆっくり静養を!」

「ありがとう、友よ……」


 ギルバートは感涙し、敬礼で見送った。

 レオンハルトはココに支えられながら、足を引きずるようにして城内へと入っていく。


 騎士たちの死角に入り、廊下の角を曲がった瞬間。

 レオンハルトの足取りが、スッと軽くなった。


「……ふふ。ちょろいね」


 彼はココの肩に腕を回したまま、耳元でクスクスと笑った。

 顔色は一瞬で健康的なバラ色に戻っている。


「これで面倒な報告会はサボり確定だ。……さあココ、部屋に戻って『二度寝』の続きをしようか」

「……貴方って人は」


 ココは呆れ果てたが、すぐに冷徹な計算機の顔に戻った。


「分かりました。ただし、『歩行補助』および『仮病への加担』、さらにこの後の『添い寝業務』……すべてオプション料金が発生しますが?」

「いいよ、言い値で払う。……君が抱き枕になってくれるなら、安いもんだよ」


 レオンハルトは嬉しそうにココの腰を引き寄せ、逃げられないように密着した。

 

「今日は一日、僕のベッドから出さないからね? ……覚悟しててよ、僕の可愛いココ」


 甘く囁かれる言葉に、ココは小さくため息をつきつつも、彼を振りほどくことはしなかった。

 どうやら、この甘ったれで最強な魔王様との「お仕事」は、まだまだ終わらないらしい。


 背後では、すれ違うメイドや騎士たちが、赤面しながらヒソヒソと噂話をしていた。

 「見た? 団長があんなに甘えて……」「やはりお二人はそういう関係に……」

 外堀は、着実に、そして確実に埋められていくのだった。



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