第6話:天敵襲来! 聖女様の『善意』は、魔族にとっての『猛毒』でした
運命の3日後。
王城の正門前は、熱狂的な歓声に包まれていた。
「聖女エリナ様万歳!」
「我らに神の祝福を!」
降り注ぐ花びらの中、豪奢な馬車から降り立ったのは、太陽の光を糸にして織り上げたような金髪の美少女だった。
聖女エリナ。
慈愛に満ちたその笑顔は、まさに天使。存在するだけで周囲の空気を浄化する、『歩く聖域』そのものである。
(……眩しっ。直視したら目が潰れそう)
出迎えの列の末席で、ココは目を細めた。
彼女の全身から放たれる神聖なオーラは、一般人には心地よい暖かさだが、魔族関係者(共犯)であるココには、肌をチリチリと刺すようなプレッシャーとして感じられた。
(これが魔王軍幹部を脅かす『聖なる毒』……。確かに、濃度が違うわ)
ココは気合を入れ直した。
本日の任務はシンプルかつ高難度。
『いかなる手段を使っても、聖女をレオンハルトに接触させないこと』。
成功報酬は金貨50枚。失敗すれば、レオンの正体バレと共に、ココの優雅な老後計画も崩壊する。
***
「まあ! 皆様、温かい歓迎をありがとうございます!」
エリナは花束を抱え、キラキラとした瞳で周囲を見回した。
「ところで、レオンハルト様のお姿が見えませんが……?」
来た。第一関門だ。
ココはすかさず一歩前に進み出た。
背筋を伸ばし、完璧な角度の礼を披露する。
「お初にお目にかかります、聖女様。レオンハルト様の専属メイド、ココと申します」
「専属メイド? まあ、レオンハルト様が女性を側に置くなんて珍しいですわね」
「恐縮です。……誠に残念ながら、主人は本日、『極度の過労による高熱』のため、執務室にて伏せっております」
ココは悲痛な面持ちで嘘をついた。
「過労……!? あの強靭な英雄様が!?」
「はい。国境警備の激務が祟ったようで……。医師からは『絶対安静』と『面会謝絶』を強く申し付けられております」
完璧な言い訳だ。
これで「可哀想に、ではまた後日」となるはず――
「なんてこと……! それは一大事ですわ!」
エリナの碧眼が、使命感で燃え上がった。
「すぐに案内してください! 私の『回復魔法』があれば、お熱なんて一瞬で治せますもの!」
(……ですよねー!!)
ココは内心で舌打ちをした。
この聖女、手綱の壊れた暴走馬車のようだ。善意だけで突っ走っている。
「お気持ちはありがたいのですが、悪い流行り病の疑いもありまして……」
「平気です! 聖女の加護はあらゆる病魔を弾きますから!」
「い、いえ、しかし騎士団の規定で……」
「英雄の危機に、規定など言っていられません! さあ、参りましょう!」
エリナはドレスの裾を翻し、迷いのない足取りで城内へと進んでいく。
ココは冷や汗を拭い、その後ろ姿を追いかけた。
(強行突破ですか。……上等です、そっちがその気なら!)
***
第3騎士団長執務室の前。
そこが、最終防衛ラインだった。
「ここですわね!」
エリナが扉に手をかけようとした瞬間、ココが滑り込むようにして立ちはだかった。
扉を背に、両手を広げて仁王立ちする。
「どいてください、ココさん。一刻も早く治療を……」
「なりません。主人は今、ようやく眠りについたところなのです」
ココは低い声で告げた。
その背中越しに、部屋の中から尋常ではない気配を感じる。
レオンハルトだ。
聖女が近づいた影響だろう、扉一枚隔てただけで、彼が苦悶しているのが空気の振動で伝わってくる。
『……ココ、助けて……! 皮膚が……皮膚がピリピリする……!』
脳内に、情けない悲鳴が響く。
どうやら聖女の魔力は、扉など存在しないかのように透過してダメージを与えているらしい。
『動かないでください。今、追い返しますから』
ココは念話で叱咤しつつ、エリナに向き直った。
「聖女様。お気持ちは分かりますが、睡眠こそが最大の薬です。どうか、彼を休ませてあげてください」
「でも、苦しんでいるのを放置なんてできません! せめて、扉越しに『広域回復』を……」
『ヒィッ!? やめて! それやられたら僕、蒸発する!!』
レオンハルトの絶叫。
エリナが杖を構える。
先端の宝石が光り輝き始めた。
(まずい……!)
ココは咄嗟に動いた。
詠唱に入ろうとするエリナの手を、ガシッと両手で掴んだのだ。
「えっ? ココさん?」
「……聖女様。貴女の手、とても温かいですね」
ココは必死に話題を逸らしつつ、握った手からわずかに魔力を吸い取って詠唱を阻害する。
「主人は言っていました。『聖女様の手を煩わせるわけにはいかない。自分の力で治してこそ、真の騎士だ』と」
「レオンハルト様が……?」
「はい。彼は貴女の優しさを誰よりも理解しています。だからこそ、甘えたくないのです。……その誇り高い騎士の覚悟を、どうか尊重していただけませんか?」
ココは潤んだ瞳(演技)でエリナを見つめた。
エリナはハッとして、杖を下ろした。
「……そうですわね。私ったら、自分の気持ちばかり押し付けて……。彼の騎士としての誇りを傷つけるところでした」
彼女は慈愛に満ちた瞳で、閉ざされた扉を見つめた。
「わかりました。今日は引き上げます。……レオンハルト様に、どうかよろしくお伝えください」
「はい、必ず」
エリナは深く一礼すると、名残惜しそうに、しかし満足げに去っていった。
その背中が見えなくなるまで見送り――ココは大きく息を吐き出した。
「……ふぅ。ちょろくて助かりました」
***
ガチャリ。
鍵を開けて執務室に入ると、そこは蒸し風呂のような熱気に包まれていた。
ソファの上で、レオンハルトがぐったりと横たわっている。
シャツは汗で張り付き、呼吸は荒く、顔は赤く火照っていた。
「……ココ……?」
虚ろな瞳が、ココを捉える。
その瞬間、彼は弾かれたように起き上がり、ココに飛びついた。
「うわっ!?」
ドサッ!
勢い余って、二人はソファに倒れ込む。
上になったレオンハルトの体温は、火傷しそうなほど熱い。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
彼はココの首筋に顔を埋め、深呼吸をするように何度も匂いを嗅ぐ。
ココの体質が、彼の体内に蓄積した「聖なる毒」を急速に吸い出していく。
「近いです、レオン様。暑苦しい」
「……充電させて。今、離されたら本当に干からびて死んじゃう」
彼は甘えた声で囁くと、ココの腰に回した腕に力を込めた。
聖女の前では見せなかった弱りきった姿。
汗ばんだ髪がココの頬に触れ、重たい鼓動が直に伝わってくる。
それは、ただの雇用主と使用人の距離感を完全に越えていた。
「……よく追い返してくれたね。さすが僕のココだ」
彼は顔を上げ、熱っぽい瞳でココを見下ろした。
その瞳孔は、興奮と安堵で妖しく揺らいでいる。
「ご褒美、何がいい? 金貨? 宝石? ……それとも、僕?」
いつもの軽口。
だが、その声色は普段より低く、艶めいていた。
ココは一瞬ドキリとしたが、すぐに鋼のメンタルを取り戻し、彼のみぞおちに指を突き立てた。
「当然、金貨です。……今回の防衛成功報酬50枚に加えて、今の『至近距離セクハラ耐久手当』として10枚追加します」
「……いったぁ」
レオンハルトは苦笑いしながらも、ココから離れようとはしなかった。
むしろ、より深く、安心しきったように体重を預けてくる。
「……ん。安いもんだよ」
彼はそのまま、ココの肩に額を乗せて目を閉じた。
「……ねえ、ココ。聖女が帰るまで、ずっとこうしていて」
「……別料金ですよ」
「うん、払う。だから……」
規則正しい寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
ココは重たい「大型犬(魔族)」を抱えたまま、やれやれと天井を仰いだ。
どうやらこの危険な防衛戦は、あと数日続くらしい。
(ま、割の良い仕事だと思って、付き合ってあげますか)
ココはそっと、彼の汗ばんだ髪を撫でてやった。
もちろん、この「撫で賃」もしっかり請求するつもりだが。




