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救国の騎士団長様は魔王軍幹部(サボり魔)でした  作者: 華乃ぽぽ


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第5話:王族との朝食会と、表面張力の攻防戦

 魔王軍幹部の正体を知ってから、数日が過ぎた。

 ココ・メルディアの生活は、劇的に変化した――わけではない。

 唯一変わったことといえば、レオンハルトがココの前でだけ、堂々と「裏の顔(サボり魔)」を晒すようになったことだ。


 早朝。朝日が差し込む寝室。

 レオンハルトは、キングサイズのベッドの中央で、ココを抱き枕にして優雅に眠っていた。

 ココは日の出と共に目覚めたが、腰に回されたレオンの腕が、逃亡防止の錠前のように強固で身動きが取れない。


「……レオンハルト様。朝です。起きてください」

「ん……。うるさいなぁ、ココは」


 彼は不機嫌そうに片目を開けると、ニヤリと口角を吊り上げた。

 それは寝起きの甘えではなく、獲物を逃さない捕食者の笑みだった。


「そんなに騒ぐなら、二度寝の刑だ。……ほら、大人しく抱き枕になりなよ」


 グイッ!

 彼はココの腰を引き寄せ、わざと耳元に熱い吐息を吹きかける。


「ひゃっ!?」

「ふふ、いい反応。……ねえ、ここが弱いの? それともこっち?」


 彼の指先がココの背骨をなぞる。

 完全に遊ばれている。ココは眉間のシワを深くし、彼の頬を容赦なくぺちんと叩いた。


「セクハラは別料金です! 今日は王族との『公式朝食会』ですよ! 遅刻したら減給です!」

「痛っ……。君、雇い主の顔を叩くなんて、どんな悪魔だよ」


 レオンハルトは頬をさすりながら、ふと真顔になった。


「……あ、僕が悪魔か」


 自分で自分にツッコミを入れると、彼はけだるげに、しかし優雅な動作でベッドから起き上がった。


   ***


 数分後。

 クローゼットの前で、ココは純白の礼装を手に、レオンハルトの着替えを手伝っていた。

 シャツのボタンを一つずつ留めていく。

 レオンハルトは鏡の前で、されるがままに腕を広げているが、その視線は常にココを観察して楽しんでいる。


「ココ、ボタン留めるの手間取ってない? ……手が震えてるよ?」


 彼はわざと顔を近づけ、ココの至近距離で囁く。


「なんなら、僕が手伝ってあげようか? ……君の服を脱がす方なら、得意なんだけど」

「結構です。黙って立っていてください」

「つれないなぁ。……ま、そういう生意気なところも嫌いじゃないけど」


 彼はクスクスと笑いながら、ココの顎を指先ですくい上げた。


「この朝食会が終わったら、たっぷりと『充電』してもらうからね。……覚悟しておいてよ?」


 妖艶なウィンク。

 ココは「ハイハイ」と流しつつ礼服を淡々と着せ付ける。


「お戯れはその辺になさって。さあ、キラキラした英雄スマイルを装着してください」


 ココがマントを羽織らせた瞬間。

 スッ。

 レオンハルトの表情が一変した。

 人を弄ぶような小悪魔の顔が消え去り、そこには威厳と慈愛に満ちた「救国の英雄」が立っていた。


「……行くぞ、ココ。遅れるなよ?」


 完璧なバリトンボイス。

 ココは内心で(この切り替えの早さ、詐欺師の才能がありすぎる……)と呆れつつ、恭しく一礼した。


「はい、旦那様マスター


   ***


 王城の大広間。

 豪奢なシャンデリアの下、長いテーブルには国王陛下をはじめ、王妃、王子、そして高位貴族たちがずらりと並んでいた。

 その末席――とはいえ、英雄としての上座に、レオンハルトは優雅に座っていた。

 ココは彼の背後に、給仕係として控えている。


「いやはや、レオンハルト殿。先日の国境警備の件、見事でしたな」


 貴族たちが口々に称賛を浴びせる。

 レオンハルトは、完璧な角度の微笑みを浮かべて答える。


「過分なお褒めの言葉、恐縮です。全ては部下たちの尽力と、陛下の威光のおかげですよ」


(うわぁ……。心にもないことをスラスラと)


 ココはポーカーフェイスを保ちつつ、内心で呆れていた。

 この男の本音は、『あーだるい。早く帰って二度寝したい。あの禿げたオッサン、話長いな』だということを、ココだけが知っている。


『ねえココ。あのオッサン、カツラがズレてるよ。教えてあげたほうがいいかな?』


 不意に、ココの脳内にレオンハルトの念話テレパシーが響いた。

 ココはピクリと肩を震わせたが、表情は崩さない。


『やめてください。外交問題になります』

『えー、でも気になるじゃん。……あ、左の夫人のネックレス、あれ贋作だね。魔力の波長が安っぽい』

『黙って食事してください。スープが冷めますよ』


 表面上は優雅な朝食会。

 しかしその裏では、悪魔的な毒舌実況中継が行われていた。

 ココが冷や汗をかいていると、またしても脳内に気だるげな声が響いてきた。


『ねえココ、暇。この貴族の話、つまんない。あと3分で終わらなかったら、ここ爆破して帰っていい?』


 ココは無表情を保ちながら、内心で頭を抱えた。

 目の前のレオンは、ニコニコと貴族の話を聞いているように見えるが、心の中は地獄だった。


『あー、肉切るのめんどくさい。……ココ、僕の肉切ってよ。右腕が腱鞘炎なんだ(嘘)』


 レオンは不自然にナイフを止め、チラリと後ろのココを見た。

 その目は、周囲には「飲み物を頼もうとしている」ように見えるが、ココにだけは「早く世話を焼け」と訴えている。


 この場でメイドが主人の皿に手を出すのは、本来なら失礼にあたる。しかし、彼が動かないと怪しまれる。

 ココは一瞬考えた末、レオンの念話を華麗にスルーした。

 無表情のまま一歩踏み出し、銀の水差しを傾ける。


 とくとくとく……。


 ココはレオンの目の前にあるゴブレットに、なみなみと水を注いだ。表面張力が限界に挑む、職人芸のようなギリギリの量だ。これでは持ち上げるのに神経を使い、文句を言う暇などなくなるだろう。


『……おい。これ、嫌がらせだろ? こぼさず飲むの、結構大変なんだけど』


 頭の中に不満げな声が響くが、ココは涼しい顔で「失礼いたしました」と一礼し、元の位置に戻った。


 レオンは一瞬、ココを恨めしそうに睨んだ(周囲には「喉が渇いていたので嬉しい」という顔に見える)。

 しかし、ここでこぼせば英雄の沽券に関わる。

 彼は仕方なく自分でグラスを持ち上げた。卓越した身体操作と魔力制御により、水面を揺らさずに優雅に口元へ運ぶ。


「……ふぅ。美味しい水だ。ありがとう」


 彼はニッコリと、天使のような笑顔をココに向けた。

 周囲の貴族たちは「水を飲む仕草さえ絵になる……」とうっとりしているが、ココだけは知っている。

 これがただの「意地悪な遊び」であったことを。


(ざまぁみろ、です)


 ココが心の中で勝利のガッツポーズをした、その時だった。


 バンッ!!


 大広間の扉が勢いよく開かれ、今日の防衛担当だった第1騎士団長のギルバートが飛び込んできた。

 王族の食事中にあるまじき無礼だが、その表情は切迫している。


「陛下! およびレオンハルト団長! 緊急の報告があります!」


 場の空気が一瞬にして引き締まる。

 レオンハルトは優雅にナイフを置き、スッと表情を真剣なものに変えた。

 その横顔は、憂国の英雄そのものだ。


「どうしたんだい、ギル。そんなに慌てて」

「はっ……! たった今、教会総本山より早馬が到着しました! かねてより要請していた『聖女エリナ様』の派遣が決定しました!」


 ギルバートは息を整え、高らかに告げた。


「聖女様は、3日後に王都へ到着されます!」


 ガチャン。


 硬質な音が響いた。

 レオンハルトの手元から、銀のフォークが滑り落ちて皿に当たった音だった。


「……レオンハルト殿? いかがされた?」


 国王が心配そうに声をかける。

 レオンハルトは一瞬で動きを止め――次の瞬間、とろけるような「聖母の微笑み(営業用)」を浮かべた。


「……失礼いたしました、陛下。あまりの吉報に、つい手が震えてしまいまして」


 彼は優雅にフォークを拾い上げ、胸の前で十字を切った。


「聖女様が来てくださるとは……。これぞ神の導き。我が国の瘴気も、これで浄化されることでしょう。……ああ、なんという喜びだ」


 完璧だ。

 その姿は、国の安寧を心から喜ぶ騎士団長そのもの。

 周囲の貴族たちも「さすがはレオンハルト殿」「信仰心も篤いとは」と感嘆の声を上げている。


 だが。

 ココの脳内には、先ほどまでのふざけた態度とは違う、**地を這うような低い声**が響いてきた。


『……チッ。最悪のタイミングだ』


(……うわ、ガチで嫌そう)


『よりによってエリナかよ。あの子、勘が鋭いんだよね』


 レオンハルトはニコニコと微笑みながら、脳内回線でココにだけ毒を吐き続けている。


『ココ。朝食会が終わったらすぐに作戦会議だ。……僕の「平和なサボりライフ」最大の危機だよ』


 ココは無表情のまま、小さく頷いた。


『承知いたしました(また面倒なことになりそうですね……)』


   ***


 朝食会が終わり、執務室に戻った瞬間。


 ドサッ。


 レオンハルトは鍵をかけるなり、ソファへ乱暴に身体を投げ出した。

 先ほどまでの「聖人」の仮面は剥がれ落ち、不機嫌オーラ全開の「魔王軍幹部」がそこにいた。


「……あー、ダルい。本当にダルい。なんで人間って、あんなに『浄化』とか好きなわけ?」


 彼はクッションを抱きしめ、不満げに眉を寄せた。


「あの、レオンハルト様。聖女様が来ると、そんなにマズいんですか? 貴方ほどの実力があれば、人間一人くらいどうとでもなるのでは?」


 ココが紅茶を淹れながら尋ねると、レオンハルトは「何もわかってないな」と鼻で笑った。


「勘違いしないでよココ。僕は魔王軍序列2位のベルフェゴールだぞ? 人間の聖女ごとき、殺そうと思えば指先一つで消し飛ばせるさ」

「では、何を恐れて――」

「殺したら『英雄レオンハルト』の正体がバレるだろうが」


 彼は呆れたように言った。


「彼女の使う高位神聖魔法はね、僕ら魔族にとっては『強烈なアレルギー物質』みたいなものなんだよ。命に別状はないけど、肌は焼けるように痛いし、吐き気はするし……何より、集中力が途切れる」


 彼は自分の顔を指差した。


「もし公衆の面前で、僕が痛みに耐えかねて『擬態魔法』を一瞬でも解いてしまったらどうなると思う?」

「……角と尻尾が生えた騎士団長が、衆目に晒されますね」

「そう。その瞬間、僕は『英雄』から『人類の敵』に転落。この快適な城での暮らしも、美味しいスイーツも、ふかふかのベッドも全部さようならだ」


 レオンハルトは、この世の終わりみたいな顔で天を仰いだ。


「そんなの絶対イヤだ。僕はここで、死ぬまで楽をして暮らしたいんだよ……!」


 彼の徹底した「サボりへの執念」に、ココは逆に感心してしまった。

 だが、笑い事ではない。

 彼の正体がバレて失脚すれば、ココの「相場の5倍の給料」も、ようやく手に入れた「安定した生活」もすべて水泡に帰す。


(……それは困ります。私の優雅な老後資金がかかっているんですから)


 ココの中で、冷徹な計算機が弾かれた。

 彼を守ることは、自分の財布(未来)を守ること。

 ならば、打つ手はある。


「……レオンハルト様。ご安心ください」


 ココはキリッとした顔で、手帳を取り出した。


「私が完璧な『聖女回避スケジュール』を組みます」

「回避スケジュール?」

「ええ。聖女様が滞在する間、貴方が彼女と極力顔を合わせなくて済むよう、私が全ての動線を管理します」


 ココは羽ペンを走らせながら、淡々と説明した。


「公式行事以外の面会は『体調不良』を理由にすべてシャットアウト。視察の案内はギルバート様に丸投げし、貴方は執務室に引きこもって書類仕事のフリをしていてください」

「お、おお……?」

「万が一、彼女が突撃してきた場合は、私が『物理的なヒューマン・ウォール』となって阻止します。専属メイドの権限をフル活用して、半径3メートル以内には近づけさせません」


 ココはニヤリと笑い、彼を見据えた。

 その目は、金貨を見つけた時と同じくらい鋭く輝いている。


「貴方の『社会的死』は、私が全力で防いでみせます。……その代わり」


 ココは手のひらを差し出した。


「これだけの高度な危機管理業務です。……当然、『特別技術手当』は弾んでいただけますよね?」


 レオンハルトは一瞬きょとんとした後、喉の奥でククッと笑った。

 その瞳に、興味深そうな、小悪魔的な光が宿る。


「……はは。すごいな、君は。魔王軍の幹部を前にして、命乞いじゃなくて賃上げ交渉をするなんて」


 彼はソファから身を乗り出し、ココの手首を掴んでグイッと引き寄せた。


「いいよ、乗った。君のその度胸に免じて、言い値で払ってあげる」


 彼はココの腰に腕を回し、逃げられない距離で耳元に囁いた。


「だから、頼んだよ? 僕の優秀な共犯者さん。……もし失敗して僕の正体がバレたら、君も道連れにして魔界に連れて帰っちゃうからね」

「……っ、善処します」


 甘い声に隠された本気の脅しに、ココは背筋を凍らせながらも頷いた。

 こうして、金と保身のための、命がけの防衛戦が幕を開ける。




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