表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救国の騎士団長様は魔王軍幹部(サボり魔)でした  作者: 華乃ぽぽ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/11

第3話:疑惑の黒い霧

 王立第3騎士団、団長執務室。

 そこは、王城の中で最も警備が厳重で、選ばれた騎士しか立ち入れない聖域である。


 ガチャリ。


 重厚な扉がロックされる音が響いた。

 「貧血気味の英雄」を演じ、ココに支えられながら入室したレオンハルトは、部屋の中に入り、鍵をかけた瞬間――。


「……あー、だるい。顔の筋肉が引きつりそうだ」


 ドサッ。

 彼はココの肩から腕を離すと、とんでもなく気だるげな声を出す。

 先ほどまでの「慈愛に満ちた騎士団長」のオーラは霧散。

 執務机には向かわず、そのまま部屋の中央にあるソファへ優雅に、しかし脱力しきった様子でゴロンと寝転がったのである。


「……あの、レオンハルト様? お仕事は?」


 ココが尋ねると、彼はクッションを抱きしめながら、面倒くさそうに手を振った。


「あんなの部下に任せておけばいいんだよ。僕は『象徴』としてニコニコしていれば、それで国は回るんだから。……あー、肩が凝った」

「…………」


 ココの「死んだ魚の目」が、さらに冷ややかな温度を帯びる。

 どうやらこの雇い主は、想像以上の「給料泥棒」らしい。


(ま、給料さえ払ってくれれば、上司がサボり魔だろうが関係ないけど。むしろ仕事が減ってラッキーだわ)


 ココは気持ちを切り替え、プロのメイドとして一礼した。


「では、私は早速お掃除に取り掛かります。部屋の隅にほこりが溜まっておりますので」


 ココが棚の上のモップを手に取ろうとした、その時だ。


「え、掃除? そんなの後でいいよ」


 グイッ!


「わっ!?」


 レオンハルトの手が伸び、ココの手首を掴んだ。

 そのまま強引に引き寄せられ、ココはソファの上に転がされる。

 ふかふかのクッションに沈んだココの上に、黄金の髪をした美青年が覆いかぶさった。


「ちょ、何するんですか! セクハラは別料金だって言いましたよね!?」

「違うよ。……『充電』」


 レオンハルトはココの抗議を無視し、彼女の首筋に顔を埋めた。

 彼の身体は、相変わらず高熱を出した病人のように熱い。

 だが、ココと密着した部分から、その不快な熱と魔力の奔流が急速に引いていくのが分かる。


「……ふぅ。……やっぱり、君は最高だね」


 彼はうっとりと目を細め、ココの腰に腕を回して逃げられないようにロックした。

 重い。物理的にも、感情的にも重い。

 国一番の英雄が、まるで甘えん坊の大型犬のようにココにしがみついている。


「あの……レオンハルト様。これじゃ仕事になりません」

「これが君の仕事だよ。……言っただろ? 僕が『辛い』ときは触らせてって」

「それは聞きましたけど、ずっとですか? 勤務時間中ずっと、この体勢でいろと?」

「うん。だって離れると、また頭がガンガンするし」


 彼は当然のように頷き、さらに強く抱きついてきた。

 上目遣いでココを見つめるその瞳は、計算され尽くした「あざとさ」をはらんでいる。


(……この人、私のこと『人間』じゃなくて『高性能冷却パック』か何かだと思ってるわね)


 ココはため息をついた。

 だが、彼女の脳内そろばんは、この状況を「超黒字」と判定していた。

 ただ寝転がって、イケメンの抱き枕になっているだけで金貨10枚。

 冷静に考えれば、これほど割のいい仕事はない。


(顔だけは国宝級ね。この顔を拝める拝観料だと思えば、重さも我慢できる……かも?)


 ココがそんなことを考えていた、その時。


 コンコン。


 扉がノックされた。


「レオン、第1騎士団のギルバートだ。至急の決裁案件がある。入るぞ」


 低く、厳格そうな声。

 ココは血の気が引いた。親衛騎士団長ギルバート。堅物で有名なお方だ。

 こんな「メイドを抱き枕にしてサボっている」姿を見られたら、今度こそ社会的に死ぬ。


「レ、レオンハルト様! 起きてください! ギルバート様です!」


 ココは慌てて彼の肩を揺さぶった。

 すると、レオンハルトは「ちっ」と小さく、しかし優雅に舌打ちをした。

 そして――。


 バッ。


 彼は瞬時に起き上がると、乱れた襟元を一瞬で直し、髪を手櫛で整えた。

 その動作は神速。

 ココが瞬きする間に、彼は執務机の前に座り、羽ペンを手に取っていた。


「……入りたまえ」


 響いた声は、先ほどの甘ったれた声とは別人のような、凛とした威厳のある声だった。


 ガチャリ。


 扉が開き、眼鏡をかけた神経質そうな騎士――ギルバートが入ってくる。

 彼は入室するなり、机に向かうレオンハルトを見て、口を開いた。


「……執務中だったか」

「やあ、ギル。気にするな」


 レオンハルトが顔を上げる。

 そこにあったのは、完璧な「救国の英雄」の微笑みだった。

 爽やかで、誠実で、後光が差すような眩しさ。

 さっきまで「だるい」と言って寝転がっていた男と同一人物とはとても思えない。


(す、すごい……! 何この切り替え! 役者!? 詐欺師!?)


 ココが部屋の隅で戦慄していると、ギルバートの鋭い視線が彼女に向いた。


「……レオン。その女性は?」


 ココは背筋を伸ばし、最敬礼した。

 ここでボロを出せば、私の高給生活が終わる。


「は、初めまして! 本日よりレオンハルト様の専属メイドとして採用されました、ココ・メルディアと申します!」


「専属メイド? ……ふむ。レオンが人を雇うとは」


 ギルバートは疑わしげな目を向けたが、レオンハルトは困ったように眉を下げてみせた。


「ああ。実は最近、少し貧血気味でね……。医者から『常に誰かの介助が必要だ』と言われてしまったんだ。彼女は優秀だよ、私の体調管理を任せている」


 嘘だ。全部嘘だ。

 だが、その声色があまりにもはかなげで美しいため、ギルバートの毒気が抜かれていく。


「……そうか。貴様は一人で背負い込みすぎる癖があるからな。無理はするなよ」

「ありがとう、友よ。君の気遣いが嬉しいよ」


 レオンハルトは聖人のような笑顔で礼を言った。

 ギルバートは頬を少し赤らめ(英雄のキラキラオーラに当てられたのだ)、「書類は置いておくぞ」と言い残して退室していった。


 ガチャリ。

 扉が閉まり、足音が遠ざかる。


 その瞬間。


「……はぁ、本当に面倒くさい」


 ドサァッ!!


 レオンハルトは羽ペンを放り投げ、再びソファにダイブした。

 完璧だった仮面が剥がれ落ち、ただの「顔が良いだけのダメ人間」に戻る。


「ココ~、充電おかわり

「……貴方、本当にいい性格してますね」


 ココは呆れ果てながらも、彼に捕まって再び抱き枕ポジションに戻された。

 外面は完璧な騎士団長。中身はサボり魔の甘えん坊。

 この二面性を使い分けて、彼は今までうまく立ち回ってきたのだろう。


「ふあ……ギルの相手をしたら眠気が覚めちゃったな」


 レオンハルトはココの膝の上に頭を乗せ(膝枕だ)、虚空を見つめた。


「あ、そうだ。定時連絡しなきゃいけないんだった。……また『本社』の上がうるさいんだよなぁ」

「本社? 騎士団の本部のことですか?」

「んー、まあ、そんなところ」


 彼は仰向けのまま、虚空に向かってパチンと指を鳴らした。


 ブォン……。


 一瞬、部屋の空気が凍りついた。

 レオンハルトの指先から、ドス黒い紫色の霧が噴き出したのだ。

 それは明らかに、「聖騎士」が使う神聖魔法の色ではない。

 もっと禍々しく、深淵を覗き込むような、生理的な恐怖を煽る色。


(……え? 何今の。……魔法?)


 ココがビクリと身をすくませると、レオンハルトは「おっと」と言って霧を霧散させた。


「……いけない。ココの前で仕事の話は無粋だね」

「あの、レオンハルト様? 今の色は……」

「ん? ああ、ただの通信魔法だよ。……少し『回線』が混線してるみたいだね」


 彼はニコリと笑って誤魔化したが、その瞳の奥が一瞬だけ、爬虫類のように細まったのをココは見逃さなかった。


(……通信魔法って、あんな呪いみたいな色してたっけ?)


 ココの背筋に、冷たいものが走る。

 金払いはいい。顔もいい。

 けれど、この男には決定的に「何か」がおかしい部分がある。


「……ま、今日はもう報告なんてサボって寝ちゃおうかな」


 レオンハルトはココの腰に顔をすり寄せ、猫のように丸まった。


「おやすみ、僕の可愛い安定剤さん。……良い夢を」


 すぐに寝息を立て始める英雄。

 しかしココは、先ほど見た「黒い霧」の残像が目に焼き付いて、しばらく動くことができなかった。


 この時のココはまだ知らない。

 自分が足を突っ込んだのが、ただの「ブラックな職場」ではなく、人類の敵対勢力のど真ん中であるということを。


 次回、第4話『深夜の密会、映し出された巨影』。

 守銭奴メイド、ついに見てはいけないものを見てしまう!?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ