第10話:お子様王子と行く! 嘆きの渓谷・猫かぶりツアー
「――頼む! この通りだ、レオンハルトよ!」
豪奢な玉座の前で、この国の国王が深々と頭を下げていた。
重苦しい空気の中、レオンハルトは純白の騎士服に身を包み、聖剣を腰に佩いて、凛とした佇まいで跪いている。
「顔をお上げください、陛下。……人々の安寧を守るのが、騎士団長である私の使命。どのような困難な任務であろうと、断る理由はありません」
レオンハルトの声は透き通るように美しく、決意に満ちていた。
その姿はまさに、伝説から抜け出してきた英雄そのものだ。
しかし、その斜め後ろに控えるココだけには聞こえていた。
彼が腹話術のように、口の端だけでボソボソと呟いている『本音』が。
「(……帰りたい。布団が僕を呼んでる。なんで朝の10時から働かなきゃいけないの? 魔族の労働基準法なら違法だよこれ)」
ココは無表情で前を見据えつつ、心の中で鋭いツッコミを入れた。
(……ここは人間界です。諦めてください。それに、朝10時は世間一般では『昼』です)
国王はレオンの言葉に感動し、涙ぐみながら任務の詳細を告げた。
「北の『嘆きの渓谷』にて、古代の邪悪な魔物が復活したとの報せが入った。……調査に向かった精鋭騎士団は壊滅。もはや、そなたの聖なる力に頼るほかないのだ」
「承知いたしました。……直ちに出発し、その邪悪を浄化して参りましょう」
レオンハルトは立ち上がり、マントを翻して優雅に一礼した。
完璧なファンサービスだ。大臣たちや侍女たちが「おお……!」と感嘆の声を漏らす。
しかし、謁見の間を出て、長い廊下を歩き出し、周囲に誰もいなくなった瞬間――。
「だるぅぅぅぅぅぅぅぅい!!!!」
レオンハルトの背骨が抜け、スライムのように壁にへたり込んだ。
「なに『嘆きの渓谷』って! 名前からして陰気くさい! あそこ湿気すごいし、虫とか出るんだよ!? 絶対やだ! 行きたくない!」
彼は廊下の絨毯に寝転がり、手足をバタバタさせて駄々をこね始めた。
さっきの英雄はどこへ行ったのか。これが魔王軍幹部「怠惰」の真の姿である。
「……レオン様。廊下で泳がないでください。掃除したばかりです」
ココは冷静に彼を見下ろした。
だが、ココには彼を動かすための「切り札」があった。先ほど、国王から提示された報酬額を、彼女は聞き逃していない。
「今回の報酬は、金貨800枚。さらに、王家秘蔵の『最高級羽毛布団』が追加支給されるそうです」
ピタリ。
レオンハルトの動きが止まった。
「……布団?」
「はい。雲の上で寝ているような寝心地と噂の、伝説の品です」
レオンハルトがガバッ! と起き上がった。その目は獲物を狙う獣のようにギラついている。
「……行こう、ココ。世界の平和(と僕の安眠)を守るために」
「現金な方ですね」
こうして、二人は(主に物欲のために)危険な任務へと旅立つことになった。
***
【王城・正門前】
「待て! 余も行くぞ!」
出発直前、豪華な馬車に乗り込もうとしていたレオンとココの背中に、甲高い声が飛んできた。
振り返ると、王族の正装に身を包んだ銀髪の美少年――この国の第二王子、ルカ(10歳)が、小さな剣を腰に下げて仁王立ちしていた。
「……ルカ殿下?」
レオンハルトが振り返り、完璧な「兄のような微笑み」を浮かべた。
だが、ココには見えた。彼が振り返った瞬間、絶望の表情をしていたのを。
「危険ですので、お城でお待ちください。今回の任務は過酷な――」
「嫌だ! 余は将来、兄上(第一王子)を支える騎士団長になるのだ! 英雄レオンの戦いを、この目で見て学ぶ義務がある!」
ルカ王子はフン! と鼻を鳴らし、生意気にもレオンを指差した。
「それとも救国の英雄は、子供一人守りながら戦う余裕もないのか?」
痛い所を突かれた。
周囲の近衛騎士や大臣たちが「おお、なんと勇敢な……!」「レオン様なら余裕でしょう!」と無責任に盛り上がっている。
レオンハルトの笑顔がピキピキと引きつる。
そして、ココの脳内に絶叫が響き渡った。
『無理無理無理! 子供嫌い! うるさいし、汚すし、すぐ泣くし! ココ、なんとかして! あいつ置いていこうよ! 睡眠魔法で眠らせて城の堀に捨ててきて!』
(……犯罪です。落ち着いてください)
ココは無表情でレオンの背中をさすりつつ(周囲には服の埃を払っているように見せる)、ルカ王子に向き直った。
この生意気な王子を連れて行けば、レオンのストレスがマッハで蓄積し、最悪の場合、任務放棄して暴走しかねない。
しかし、王子の瞳は本気だ。テコでも動かない構えである。
「……かしこまりました。ルカ殿下のその熱意、無下にはできませんね」
ココは営業用スマイルを完璧に貼り付け、馬車の扉を恭しく開けた。
「では、どうぞこちらへ。団長様の隣という『特等席』をご用意いたしました」
『は!? ふざけんなココ! 殺す気か!?』
レオンハルトの悲鳴に近い念話が脳内に響くが、ココは無視してルカ王子をエスコートした。
王子は「うむ! 苦しゅうない!」とご満悦で乗り込み、レオンの隣にドスンと座った。
逃げ場はない。
「……さあ、参りましょうか、レオン様」
「……ああ。……嬉しいな(地獄だ)」
レオンハルトは引きつった笑顔でココを睨みつけながら、重い足取りで馬車に乗り込んだ。
***
【移動中・馬車の中】
密室と化した馬車の中は、まさにカオスだった。
「なあレオン! あのドラゴンを倒した時の『雷鳴斬り』はどうやるのだ? コツを教えろ!」
「レオン! なぜ鎧を着ないのだ? その服の素材は何だ? すごくスベスベしているな!」
ルカ王子は興奮して、片時もじっとしていなかった。
レオンの腕にぶら下がり、マントを引っ張り、太ももの上で飛び跳ねる。
ルカはレオンの着ている騎士服の袖を珍しそうに引っ張った。
「戦場へ行くのに、なぜ金属の鎧を着ない? 危なくないのか?」
「……ははは。これはね、特別な魔獣の糸で織られた、魔法の服なんだよ。鉄より硬くて、羽より軽いんだ(嘘)」
レオンハルトは引きつった笑顔で答えた。
本当は、ただ単に「重い鎧なんて肩が凝るから着たくない」だけである。彼の着ている服は、魔界の最高級シルクを使った、ただの着心地の良い部屋着に近い代物だ。
「すげぇ! さすがレオン! 余の剣も見てくれ! これで魔王もイチコロだぞ!」
子供特有の高い体温と、無尽蔵のエネルギー。
対するレオンハルトは、額に青筋を浮かべながらも、聖人のような微笑みをキープして耐えていた。
「ははは……元気だね、ルカ殿下は。……剣の稽古は、また今度ゆっくり(二度としないけど)……」
口では穏やかに答えているが、ココの脳内には彼の心の絶叫がリアルタイムで流れ続けている。
『うっさい! 黙れクソガキ! 耳元で叫ぶな!』
『あーもう! 靴のまま膝に乗るな! そのズボン高級ブランドなんだぞ!?』
『ココ! 見てないで助けて! こいつ、さっき食べたチョコがついた手で僕の髪を触ろうとしてる! 聖剣で斬っていい!?』
(……我慢してください。斬ったら国家反逆罪です)
ココは向かいの席で、優雅に紅茶(携帯用)を飲みながら、冷徹に見守っていた。
これは日頃のサボりに対する罰であり、同時に「子供への耐性」をつけるための荒療治である。
しかし、限界はすぐに訪れた。
「――おっ? なんだこれは?」
ルカ王子が、座席の隙間に挟まっていた「一冊の本」を見つけて引っ張り出したのだ。
それは、レオンが暇つぶしに持ち込んでいた魔界のグラビア雑誌『月刊サキュバス・ヘヴン』だった。
表紙には、布面積の極端に少ないお姉さんが、挑発的なポーズで描かれている。
「うわ! なんだこの裸の姉ちゃんは! すごいおっぱいだぞ!」
「――っ!?」
レオンハルトの顔が瞬時に蒼白になった。
「清廉潔白な騎士団長」が、移動中にエロ本を読んでいるとバレたら、教育上も世間体的にも終わる。
「レ、ルカ殿下! それは……その……!」
レオンハルトが奪い返そうと手を伸ばすが、ルカは「見せろ見せろ!」と無邪気にページをめくろうとする。
その瞬間。
シュッ!
ココは目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、ルカ王子の手からその危険な書物を鮮やかに回収した。
そして、微塵の動揺も見せず、氷のように冷徹かつ真剣な眼差しで王子を見据えた。
「……ルカ殿下。誤解なさいませんように」
ココは手元の『月刊サキュバス・ヘヴン』を、まるで聖典のように恭しく掲げた。
「これは、『敵の生態と弱点を研究するための極秘資料』でございます」
「……し、資料?」
ルカが目を丸くする。ココは間髪入れずに畳み掛けた。
「はい。魔王軍には、人間の心を惑わす恐ろしい女悪魔が存在します。レオン様は、万が一そのような敵と対峙した際、決して動じないよう、この資料を見て『精神耐性トレーニング』を行っておられたのです」
「な、なるほど……! ただのエッチなお姉さんを見てニヤニヤしていたわけではないのか!」
ルカは純粋な瞳を輝かせ、尊敬の眼差しでレオンを見た。
「すごいぞレオン! 敵の誘惑に打ち勝つために、あえてこんな過激な絵を見続けるなんて……まさに修行の鬼だ!」
「あ、あはは……。うん、まあね。……修行は辛いけど、世界のためだからね(棒読み)」
レオンハルトは引きつった笑顔で頷きつつ、額の冷や汗を拭った。
その背中は冷や汗でびっしょりだ。
『……ココ、愛してる。あとでボーナス弾む。……心臓止まるかと思った』
脳内に、涙声の念話が届く。
ココは涼しい顔で本を自分のカバンにしまい込み(後で没収&廃棄処分だ)、心の中で返した。
『……口止め料込みで、金貨20枚追加です。あと、二度と仕事場に持ち込まないでください』
『はい……反省してます……』
最強の魔族が、メイドに完全敗北した瞬間だった。
***
【嘆きの渓谷・入り口】
やがて馬車は、切り立った崖に囲まれた薄暗い渓谷へと到着した。
冷たい風が吹き抜け、ヒュオオオ……と不気味な音が響く。まさに魔物の巣窟だ。
「うわぁ……! ここが戦場か! ゾクゾクするぞ!」
ルカ王子は恐怖を感じるどころか、冒険への期待に目を輝かせ、小さな剣を抜いて先頭を切って走り出した。
「行くぞレオン! 悪党どもを成敗だ!」
「あ、こらルカ殿下! 先行しちゃダメだよ、危ないから!」
レオンハルトは慌てて追いかけるフリをしつつ、ココの横を通り過ぎる瞬間に、ガクッと膝を折って彼女の肩に寄りかかった。
「……無理。もう帰りたい。あの元気についていけない。……ココ、充電」
彼は一瞬の隙をついて、ココの手をギュッと握りしめ、手の甲に頬を擦り付けた。
子供に見えない死角での、ほんの数秒の甘え。
その瞳は、電池切れのおもちゃのように光を失っている。
「……あと1時間。1時間で終わらせて、城に帰って僕をよしよしして。……じゃないと暴れる」
「……わかりました。ですからシャキッとしてください」
ココが背中を叩くと、レオンハルトは渋々「騎士団長モード」のスイッチを入れ直し、ルカの後を追った。
しかし、渓谷の奥へ進んだところで、異変が起きた。
「――キシャァァァァッ!!」
突如、地面から無数の『泥人形』が湧き出し、ルカ王子を取り囲んだのだ。
しかもただの泥ではない。酸を纏った、触れるだけで火傷する厄介な魔物だ。
「わっ!? な、なんだこいつら! 剣が効かないぞ!?」
ルカが剣を振るうが、泥のボディに吸い込まれて無効化される。
王子の顔に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
「レ、レオン! 助けてくれ!」
「……やれやれ」
レオンハルトは溜息をつき、一歩踏み出そうとした。
指パッチン一つで消滅させられる相手だ。しかし、ここで魔法を使えば「人間離れしている(強すぎる)」と怪しまれるかもしれない。
それに、ルカに「戦い」を見せる必要がある。
ココは戦場のど真ん中で、まるでオペラ歌手のように両手を広げ、朗々と叫び声を上げた。
「レオン様! 今こそあの伝説の奥義を! 『聖剣の輝き(シャイニング・ブレイズ)』で、その汚らわしい泥を浄化して焼き払ってください!」
『……は? 何そのダサい名前。僕そんなの知らないんだけど』
レオンハルトのドン引きした念話が飛んでくるが、ココは無視して「さあ!」と手で合図を送った。
魔法で消し飛ばせば「魔族の技」だとバレる可能性があるが、剣から光が出たことにすれば「聖剣の力」と言い張れる。
「……っ、承知した!」
レオンハルトは一瞬だけ白けた目をしたが、すぐにキリッと眉を吊り上げ、聖剣を高く掲げた。
「我が剣に宿れ、聖なる炎よ! ……『シャイニング・ブレイズ』!!」
彼はヤケクソ気味に叫ぶと、剣を振るうフリをして、刀身から超高熱の『極光魔法(本来は戦略級兵器)』をぶっ放した。
カッッッ!!
視界が真っ白に染まる。
剣閃というよりは、もはやレーザービームだ。
光が泥人形たちを飲み込み、ジュッという音と共に瞬時に蒸発させていく。
「うわあああ! 目が、目がぁぁ!」
ルカ王子が眩しさに目を覆う間に、全てのゴーレムは塵一つ残さず消滅していた。
「……ふぅ。浄化完了だ」
光が収まると、レオンハルトは剣を鞘に納め、残心を決めていた。
泥汚れ一つない、完璧な英雄の立ち姿だ。
「す、すげぇ……!!」
ルカがおそるおそる目を開け、歓喜の声を上げて駆け寄った。
「見たぞ! 今の光! 剣からビームが出た! カッコいい! 余にも教えてくれ!」
「ははは……これは選ばれた騎士にしか使えない技だからね。無理だよ(即答)」
レオンハルトは笑顔で王子をあしらうと、ふらりとよろめき、ココの方へ倒れ込んだ。
「……ああっ、力を使いすぎて目眩が……!」
彼は苦しげに呻き、ココの肩に全体重をかけて抱きついた。
王子には「消耗した騎士団長」に見えるが、ココの耳元には「恥ずかしくて死にそう」という本音が漏れ聞こえてくる。
「ココ……あとで覚えててよ。『シャイニング・ブレイズ』なんて叫ばせた罪は重い……」
「お見事でしたよ、レオン様(笑)」
ココが小声で慰めていると、地面が再び大きく揺れた。
ズズズズズ……!
今度は先ほどとは比較にならない、巨大な振動だ。
「――グルルルルッ!!」
峡谷の奥から、ゴーレムたちの親玉――『巨大泥巨人』が姿を現した。
ビル3階分はある巨体。しかも、その泥の身体には、先ほどの戦闘で飛び散った「王子の剣」が取り込まれてしまっている!
「あっ! 余の剣が!」
「まずいですね……あの中に剣があると、広範囲魔法で焼き払えません(剣ごと溶けてしまいます)」
レオンハルトが舌打ちをした。
手加減して倒すには、泥を少しずつ削ぐしかないが、それは今の「消耗した騎士団長」設定では不自然だし、何より面倒くさい。
「……ココ。どうする?」
レオンハルトはココの背中に隠れて、耳元でコソコソと作戦会議(丸投げ)を始めた。
「僕、泥に触りたくない。汚れるから近づきたくない。……でも魔法ぶっ放すと王子の剣が溶ける。詰んだ」
ココは小声で早口に告げた。
「私が囮になって気を引きます。その隙に、ピンポイント狙撃で『核』だけを撃ち抜いてください」
「え、ちょっ……ココ!?」
ココは返事も待たずに岩陰から飛び出した。
泥だらけになるリスクも、物理的な危険も、この際どうでもいい。
ここでレオンがグズって任務失敗(報酬減額)になることだけは、何としても阻止しなければならないのだ。
「こっちです、泥人形! そのうす汚い図体で、団長様の視界に入らないでください!」
ココは足元の石を拾い上げ、正確なコントロールで巨人の顔面に投げつけた。
ガツッ!
いい音が響く。巨人のうつろな眼窩が、ギロリとココを捉えた。
「グオオオオオオッ!!」
巨人が咆哮し、丸太のような腕を振り上げる。
その影がココを飲み込む。
『……ココ。もし怪我したら、この国ごと消すからね』
脳内に、温度のない氷のような声が響いた。
次の瞬間。
「――穿て。 『聖なる一閃』」
レオンハルトが指鉄砲の形を作り、軽く指先を跳ね上げた。
ヒュンッ!
音速を超えた魔力の弾丸が、針の穴を通すような精度で巨人の胸部――泥の奥深くにある「核」のみを撃ち抜いた。
パァァァァンッ!!
核が砕け散る乾いた音が響き、巨人の動きがピタリと止まる。
そして、ドロドロドロ……と音を立てて崩れ落ちた。
泥の山の中から、無傷の「王子の剣」がカランと転がり落ちる。
「……ふぅ。危機一髪だったね」
レオンハルトは指先に残る硝煙(演出)をフッと吹き消すと、崩れ落ちた巨人には目もくれず、真っ直ぐにココへ駆け寄った。
「ココ! 無事かい!?」
彼は勢いよくココを抱きしめ、頭から爪先までを素早く撫で回して検品(怪我の確認)をした。
「……よかった。泥一滴ついてない」
「ええ、お陰様で。……レオン様、苦しいです。王子が見てます」
「関係ない。……君が潰されるかと思って、心臓が止まるかと思ったんだぞ」
彼はココの耳元で、本気で震える声で囁いた。
その腕の力は強く、痛いほどだ。
「……すげぇ……!!」
ルカ王子が、泥の中から自分の剣を回収し、キラキラした目で駆け寄ってきた。
「見たぞ! 今の指から出た魔法! ココが囮になって、レオンが決める! 阿吽の呼吸だ! まるで夫婦のようだったぞ!」
「ふ、夫婦……!」
その単語に、レオンハルトの表情が一気に緩んだ。
彼はココの腰に回した手を離さず、ドヤ顔で王子を見下ろした。
「ははは。まあね。僕たちは『運命のパートナー』だからさ」
彼はココの頬に自分の頬を擦り付け、あざとく微笑んだ。
「さて、ルカ殿下。剣も戻ったし、任務完了だ。……帰ろうか」
「うむ! 余は感動した! 城に戻ったら、父上に報告せねば!」
一行は馬車に乗り込み、王城への帰路についた。
最大の危機(泥汚れと子供の相手)を乗り越え、ココは安堵の息をついた。
……はずだった。
***
【王城・エントランス】
「ただいま戻りました」
ボロボロ(のフリをした)レオンと、泥だらけ(になったフリをした)ココ、そして興奮冷めやらぬルカ王子が馬車から降りた。
出迎えの兵士たちが整列する中、ルカ王子が声高らかに宣言した。
「父上! レオンは凄かったぞ! 指からビームを出して、ココと夫婦の連携で巨人を倒したのだ!」
「おお、そうかそうか!」
国王が満足げに頷く。
しかし、その横に控えていた「第一王子(ルカの兄)」が、冷ややかな視線でレオンを見据えていた。
「……指からビーム? 『聖剣』を使わずに、ですか?」
第一王子は眼鏡をクイと押し上げ、疑わしげに目を細めた。
彼はルカと違い、極めて理知的で、そして「英雄の力」を疑っている節がある切れ者だ。
「それに、メイドごときが前線に出るなど……騎士団長殿は、護衛一人満足に守れないのですかな?」
嫌味な追求。
レオンハルトの眉がピクリと動いた。
「ココを侮辱された」ことに対し、彼の理性が切れかけている。
ココは優雅に、かつ毅然とした態度で一歩前へ進み出ると、第一王子に向かって深く一礼した。
「……とんでもございません、殿下。誤解なきよう申し上げます」
彼女は顔を上げ、淀みない口調で嘘を並べ立てた。
「これは、団長様が私に課された『試練』なのです」
「……試練、だと?」
第一王子が怪訝そうに眉をひそめる。
「はい。『英雄の側に仕える者は、有事の際に足手まといになってはならない』……それがレオン様の教えです。今回は、私の胆力を試すために、あえて囮としての役割をお与えになったのです」
ココはチラリとレオンを見た。(……さあ、話を合わせてください!)
レオンハルトは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図を察知した。
彼の瞳から殺気が消え、代わりに「厳しくも慈悲深い師」の光が宿る。
「……ああ、その通りだ。ココは見事に期待に応えてくれたよ。……ただ守られるだけの存在ではない、彼女は僕の自慢の『戦うメイド』だ」
レオンハルトはココの肩に手を置き、第一王子に向かって誇らしげに微笑んだ。
「……なるほど。レオンハルト殿の指導方針は、随分とスパルタなようですな」
第一王子は鼻を鳴らし、眼鏡の位置を直した。
まだ疑いの色は晴れていないが、これ以上追求する材料もないようだ。
「……いいでしょう。弟を無事に戻してくれたことには感謝します。……下がって良い」
「はっ。……失礼いたします」
レオンとココは一礼し、逃げるようにその場を去った。
***
【レオンの私室】
バタンッ!!
重厚な扉が閉められ、鍵が掛けられた瞬間。
「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
レオンハルトはその場に崩れ落ち、カーペットの上に大の字になった。
「死ぬかと思った……いや、殺すところだった……。あいつ、なんなの? 僕のココを『メイドごとき』って言ったよ? 灰にしていい? ねえ、今からでも隕石落としていい?」
彼は手足をバタつかせ、先ほどまでの「聖人君子」の皮を脱ぎ捨てて荒れ狂った。
「ダメに決まってるでしょう。……私の冷や汗の量、バケツ一杯分はありますよ」
ココも壁に寄りかかり、ぐったりと脱力した。
第一王子の鋭い眼光は、精神的に胃に来るものがあった。
「でも、ココ……ナイスフォローだったよ」
レオンハルトはゴロンと寝返りを打ち、上目遣いでココを見つめた。
「『試練』かぁ。……ふふ、いい響きだね。じゃあさ」
彼はゆらりと起き上がると、ココの手首を掴んでグイッと引き寄せた。
「本当の『試練』はここからだよね? ……僕、あいつ(第一王子)への殺意を抑えるのに、ものすっごく精神力を使ったんだ」
彼はココをソファに押し倒すと、その上に跨り、逃げ場を塞ぐように両手をついた。
碧眼が、甘く、危険な色に揺らめいている。
「我慢したご褒美……たっぷりとくれるよね? ココ」
彼の手が、ココのエプロンの紐にかけられる。
任務は終わったが、魔王軍幹部の「プライベートタイム」はこれからが本番だ。
「……わかりました。では、特別コースをご用意します」
ココは押し倒された体勢から、するりと身をよじって抜け出した。
そして、乱れたエプロンをパンパンと整えると、ソファに座り直し、自分の太ももをポンポンと叩いた。
「今の貴方に必要なのは、激情の発散ではなく、安らかな休息です。……ほら、ここへ」
「……はぁ? 子供扱いしないでよ。僕はもっと、こう……大人の癒やしを求めてるんだけど」
レオンハルトは不満げに口を尖らせたが、ココの膝という「魅惑のクッション」の誘惑には勝てなかったようだ。
彼はブツブツと文句を言いながらも、ゴロリと横になり、ココの太ももの上に重たい頭を預けた。
「……今回だけだからね。次は絶対、膝枕じゃ許さないから」
「はいはい。……では、失礼して」
ココは彼のごわごわした金髪を指で優しく梳きながら、田舎の母がよく歌っていた、古臭い子守唄を口ずさみ始めた。
「♪~ 眠れ、眠れ、悪い子は~……森の熊さんに食べられる~……♪」
「……歌詞、怖くない?」
レオンハルトが薄目でツッコミを入れたが、ココは無視して、一定のリズムで彼の胸をトントンと叩き続けた。
ココの低く落ち着いた声と、規則正しい振動。そして、太ももから伝わる体温。
最強の魔族にとって、それはどんな高等魔法よりも強力な「強制睡眠」だった。
「……んぅ……。ココの手……あったかい……」
数分も経たないうちに、レオンハルトの呼吸が深く、ゆっくりとしたものに変わった。
第一王子への殺意も、雄としての欲情も溶けて消え、そこにあるのは無防備な寝顔だけだ。
「……ふふ。本当にお子様ですね」
ココは彼の頬を指先でツンとつついた。
世界を滅ぼせる力を持った魔王が、一介のメイドの膝の上で、安心しきって泥のように眠っている。
その事実に、ココは呆れつつも、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
「……おやすみなさい、レオンハルト様。……夢の中でくらい、騎士団長をサボってもいいですからね」
ココは彼の髪を撫で続けながら、窓の外に広がる王都の夕暮れを見つめた。
こうして、波乱万丈な護衛任務の一日は、穏やかな寝息と共に幕を閉じたのだった。




