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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

屍生きて

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 生ける屍。

 こういうと想像するのはホラーかディストピアな世界でしょうが、そこに共通するのは「支配」というファクターでしょう。

 死して支配されるか、生きながらにして支配されるか。いずれにしても、自分より大きな力にされるがままとなり、生殺与奪、行動静止の権利さえもゆだねてしまうこともしばしばです。

 かといって、支配そのものが必ずしも悪いものとは限りません。支配する者の資質が大きいですね。下のものから潰していくのか、あるいは自らが盾となり、後ろ立てとなって支えてくれるのか……このあたりは大きいでしょうね。

 そしてこの生ける屍のたぐいは、けっこうそばにいるかもしれませんよ。なにもいわゆる社畜という形態でなかったとしても……。

 私が以前に聞いた話なのですけど、耳に入れてみませんか。


 屍は4段目を踏むことができない。

 前に父から教わった、見抜き方のひとつです。屍と化している存在は自分がそうと意識しないうちは、階段の4段目を踏むことができないのだとか。

 ひょいひょいと階段を日頃から飛ばす人の場合は判別が難しかったりしますが、もし4段目を明らかに踏まない人が見えたら注意するように、といわれたんですね。

 これは、当人たちは全然気づけません。たとえ立ち止まって階段を見たとしても、4段目の存在を認識できないんです。そのときだけは。

 こうなっている屍状態の見分け。私もやったことがあるんですよ。


 学校に通っている時分。身体は若々しいですから飛んだり走ったりはよくやるもので、階段ダッシュも日常茶飯事でしたね。

 私はそれを後ろから見守る派。一緒になってはしゃぐのは、どこか恥ずかしいように思い始めていましたから。特に用事とかがない場合は、そんな急がなくてもいいじゃないか、という心境でした。

 その日もクラスメートたちが駆け上がるのを見ていたんですが、そのうちのひとりが明らかに不自然な動きで4段目を飛ばして上がっていったんですよ。

 その子は駆け足であっても、律義に一段ずついつもは上っていく子なんです。部活動で一緒ですから階段ダッシュのトレーニングの動きも見ているんですが、そのあたりのノルマはきっちりこなす子。日常生活にもそれが反映されているような、几帳面なタイプなんです。

 階段飛ばしなど言語道断、というのが私の勝手なイメージでしたが、父から話を聞いて間もないというのもあったんでしょうね。

 あまりに連続するものですから、その子を呼び止めましてね。父から聞いた屍にまつわる話をしたうえで階段を上り下りしてもらったんです。


「ほら、なんともないでしょ?」


 なんともありました。

 彼女はわざとらしいほどゆっくり階段を上り下りし、一段一段を踏みしめながら私を見てきます。四段目だけをきれいに抜かしながら。

 私がそのことを指摘しても、その表情をどんどんと険しいものにしていくばかり。ついには私のことがどうかしていると、突き放してきたんです。

 確かに彼女からしたら、私は突然難癖をつけてきた変な奴以外の何者でもありません。不快な存在でしょうよ。


 ――まさか、ここまで父の言っていた通りのことが起こるなんて。


 普通のじゃれ合いならいらつく程度で済ませたでしょうが、私は教えられたとおりのことを目の当たりにしたのが信じられませんでしたよ。正直、まゆつばものでしたから。

 そして……その「屍」というものの片鱗を私は目の当たりにしました。


 以前に話したかもしれませんが、私と彼女は剣道部の所属なんです。

 切り返しやかかりげいこといった基本的な稽古を終えてから、地稽古へ入るんですが……ほどなく、道場代わりに使っている多目的ホールに悲鳴がこだまします。

 彼女の足裏から、たっぷりと血が出ていたんですよ。それが木でできた床の一角をたっぷりと染めていまして。裸足ですからじかに床が汚れてしまうんですよ。

 彼女の両足の裏はたっぷりと皮がはがれていまして、痛々しいのなんの……けれども居合わせたみんなが驚いたのが、彼女がまったくこの事態を認識していないかのようであること。


「大丈夫です。なんともありませんから」


 彼女は顔にしわひとつ浮かべることなく、大あわてのみんなが足を処置したり、掃除したりするのを不思議そうに見ていましたよ。

 痛いか? という諸々の質問にも首をかしげるばかりで、はたで見ていた私は「屍」のことを思い出します。

 階段の4段目と同じく、彼女は自分から出るもの、それがもたらしたものの影響を認識できなくなっているんじゃないか、と。それはまさに、永遠の眠りについた屍が自分を取り巻くすべてのことに無関心を貫いてしまうかのように……。


 最終的に親御さんに迎えにきてもらい、帰宅した彼女の、最後まで腑に落ちないといわんばかりの不可解な表情は今も忘れません。

 そして翌日以降、原因不明の欠席を続けた彼女は一度も学校へ戻ることなく、引っ越してしまったんです。

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