第18話 世界恐慌
1929年
日本は統合社会保障ファンドの有り余るお金と日本、英連邦、ロシア帝国東領、東方エルサレム(東方耶路撒冷)の経済ブロックにより、世界恐慌の影響は極軽微
《オックスフォード大学経済学部論評》
「日本の統合社会保障ファンドは、“政府の財布”でも“民間の資金”でもなく、“社会の自己防衛機構”である。これは金融恐慌時に自動安定化をもたらす史上初の制度的成功例だ。」
日英露耶ブロックにより、米国の輸出市場がさらに縮小し、穀物・工業製品の余剰が行き場を失う
急速に通貨はさらに下落、デフレ圧力が急上昇、さらに国内農業危機が深刻化
《ルーズベルト上院議員》
「彼ら(日英露耶)は“公正な競争”を装いながら、実質的に世界市場を囲い込んでいる。このままではアメリカは農業でも工業でも孤島と化す。」
《経済史家・田辺重信論評》
「アメリカの通貨膨張政策は、需要を失った国家の悲鳴に等しい。その対極にある日本は“社会的通貨主義”を体現している。ここに資本主義の二つの未来が見える。」
ドイツ・イタリアなど輸出依存国は壊滅的打撃を受け、ナチスやファシズムが急速に台頭
《ベルリン・ターゲブラット》
「ヴェルサイユが我らの手を縛り、ロンドンと東京が我らの市場を奪った。この国に残されたのは、怒りと空腹だけだ。」
《ムッソリーニ演説》
「自由貿易は富者の遊戯だ。我らは鋼鉄と信仰で国家を立て直す。腹の減った兵士に市場は要らぬ、パンと旗があればよい!」
フランスは失業・物価高・農業破綻共和政への信頼失墜により、1934年のスタヴィスキー事件を契機に「救国暫定政府」樹立し、
1935年にはド・ラ・ロック政権が成立し議会停止、国民勤労団創設
《ラ・ロックの演説》
「自由は混乱のためにあるのではない。秩序の上に築かれてこそ、民は真の幸福を知る。フランスは再び立つ。祖国は働く者とともにある。」
1930年
恐慌で混乱している世界を尻目に中東に接近
独自に発展している日本に対する尊敬や、おもてなし文化同士、互いにお互いの文化を尊重しながら関係を深めてゆく
中東は情勢安定し石油確保
(東方エルサレムがあるため、イスラエル建国はなし)
《アラビア・アル=ハシミ家代表》
「西欧は我々の石油を奪いに来る。だが日本は、我々を理解しようとする。我らは初めて、対等な友を得た。」
《東京帝国大学東洋史学者・内藤湖南》
「西洋が“征服の文明”なら、日本と中東は“共感の文明”である。礼節を共にする民族同士の連帯は、世界秩序を変える力を持つ。」
1930年
国内は安定しており右翼団体の力も弱く濱口雄幸の襲撃事件は発生せず
1932年
シビリアンコントロールが取れており、犬養毅暗殺は起きず
《ニューヨーク・ヘラルド紙》
「不思議な国だ。社会主義でもなく、資本主義でもない。彼らは“社会資本主義”という新たな文明を創っている。」
《犬養毅 首相》
「自由とは責任の別名である。だが、責任を果たすには教育と安定が要る。ファンドの下で国民が安心して学び、働ける国こそ、真の自由国家である。」




