第9話 4月の海は冷たい
※重要:【この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません】
「そうだ。北海道でのんびり農業をやって暮らそう」
この言葉は絶対に刺さる人が居ると思うんですよ。
離婚の騒動があってメンタルがやられて退職して
何もかも無くなった時にひと騒動がありましてね。
それが落ち着いた時にどうしようかと思ったわけです。
エンジニア系とか理系の仕事で忙しくしてる人は特に刺さるんじゃないかな?
DMMの会長も金持ちになってから農業始めてるし
アメリカで一番農地を持ってるのはビルゲイツだしね。
幸いな事に荷物は全く無い状態だったので、それまで住んでた神奈川のマンションを引き払って
カバンひとつで北海道に来たわけです。
調べてみますと就農を助成するような制度があるでは無いですか。
ちょっとお話しだけでも聞いてみましょうってことで問い合わせて話を聞きます。
たしか11月頃でしたかね。
「4月から仕事が始まります。ですが人数枠がありますので、今すぐ体験と言う形で農作業していただくと有利ですよ」
まぁそんな物なのかと思いまして2週間くらいかな?体験させていただきました。
もちろん「体験」なので給料は無しですね。
ん?大丈夫なんか?と思いつつも食費として一日に2千円くらいはもらえてました。
後日ですが研修先が決まりましたので農家さんと面接をしましょうとのこと。
面接の時に。
おや?だいぶ若い方ですが経験はあるのだろう。と言った印象。
4月からよろしくお願いしますと晴れて研修が決まりました。
期間は2年の予定です。
ハウス栽培なんかのノウハウを学ぶってことですね。
勉強なので給料は出ません。
その代わり生活費としていくらか支給していただけると言う事なので良しとしましょう。
研修初日の4月1日
「本日よりよろしくお願いします。」
さて、何をするのかな?と身構えてますと。
「胴長は持ってる?」と聞かれます。
「胴長?ですか。カッパなら用意してますが。」
「カッパはダメだから、穴が開いちゃってるけど、とりあえずこの胴長を使って」
はい。解りました。と渡された胴長を着用します。
北海道の4月はまだ寒くてですね、日によっては気温が下がって雪が降る日もあるくらいです。
ちょうどその日は風も強く雪が降ってました。
吹雪きとまでは言わないのですがね。
「こういう風が強い日が良いんだよ。岸に寄ってくるから」
「岸に?ですか」
なにかなぁと思いつつ農家の親方についていきます。
軽トラに乗せられて連れてこられたのは砂浜です。
海ですね。
風が強く雪が舞ってます。ある意味で風情ではあるのですが。
「じゃあ熊手を持って腰まで入って底を引っ掛けて来て」
「底をひっかける・・・」
「この風でホッキ貝が岸に寄ってるから、熊手で引っ掛けてくるんだよ!」
「解りました。」
雪が降る中に腰まで海に浸かり熊手で砂浜の底を引っ掛けてきます。
ゴロゴロと握りこぶしより小さいくらいの貝が取れるんですよね。
しかし、穴が開いてる胴長は最悪で中に海水が入ってビシャビシャになるんですよ。
中に入った海水は抜けないですから、そのままで居ると動けなくなります。
ですから砂浜で転がって水を出して、再び海の中に入ります。
初日から寒いだの大変だの弱音は言ってられないので、とにかく言われた通りにもくもくと作業をこなします。
さすが北海道だな。農業も水産も同じ一次産業とは言え地域によっては両方やらなくちゃいけないんだな。
兼業農家と言う奴なのでしょうか。
午前中だけで相当な量をとりました。
体がかなりヤバいです。
とは言えまだまだ作業は続きます。
今度は取れたホッキ貝を仕分けします。
割れてる物、小さい物、大きい物を別けてミニコンテナに入れていきます。
もちろん砂浜での作業です。
寒い日の外作業って動かない方が寒いんですよね。
無事に仕分けが終わったホッキ貝は2台の軽トラックの荷台にいっぱいになりました。
貝ってめちゃくちゃ重いんですよ。
ですから恐らくは軽く重量オーバーしてます。
「子持ちのホッキ貝は高く売れるんだわ。明日もよろしく」
ホッキ貝を2個もらって本日の作業は終わりです。
冷えた体を熱いシャワーで温めまして食事を取ります。
採れたてもホッキ貝をさばいてお刺身にして食べます。
なんだか見慣れないブニュブニュが付いてまして、これが卵なのでしょう。
卵を持った貝なんて珍しいですよね。
なるほど、これは珍味です。
北海道ではタコの卵も食べられますからね。
スマホでニュースを見ます。
「ホッキ貝の密漁で会社員逮捕。浜辺で2個のホッキ貝を拾った」
はえー。たった2個の貝を拾っただけでそんな事になるんか。
厳しいですよね。
どれどれ。「資源保護のため産卵時期は禁漁で解禁は7月から」
「・・・」
翌日。
「親方すみません。昨日の作業日報はどのように書けばよろしいでしょうか?」
「絶対に人に言うなよ。ハウス作業とでも書いておけ」
「・・・解りました。」
リスクはあるけどリターンが無いってパターンも世の中にはあるんですね。
色々と勉強させていただきました。




