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(6)対峙

 

 翌週、日本洋楽振興会の理事長と面会した。会社に呼びつけようかとも思ったが、大人げないことをしても仕方がないので振興会へ足を運んだ。


 早速本題に入り、エレガントミュージック社67パーセント、日本洋楽振興会33パーセントの出資比率を告げると、理事長は顔を曇らせた。


「せめて、50対50にしてもらえないかな」


「いえ、それでは取締役会を通すことはできません。あくまでも我が社が67パーセント持つのが条件です」


「そこをなんとか。業界全体の発展のために取締役会を説得してもらいたいんだが」


 何を言っているんだ、この狐狸(こり)ジジイは!


 これ以上の話し合いは無駄だと思ったので、毅然とした声で最後通牒を告げた。


「この案を飲んでいただけないようでしたら、この話はなかったことにさせていただきます」


 席を立ちかけると、「まあそう言わないで」と理事長は慌てて立ち上がった。そして、動きを制するように両掌をこちらに向けた。そこまでされると仕方がないので、腰を下ろさざるを得なかった。


「わかった。御社の案を呑むことにするよ。但し、取締役の三分の一をこちらから派遣することに同意してもらいたい」


 まだそんなことを言うのか!


 思いきりケツをまくりたくなった。

 しかしその時、轟の顔が浮かんだ。業界の発展を心底から願っている顔だった。そして、交渉決裂を望んでいない顔だった。

 それに逆らうことは出来なかった。大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。


「KIZUNAステーションは予想以上に好調なスタートを切りました。というより絶好調です。ですので、弊社単独出資でも十分にやっていけます。他社からの出資は必要ないのです」


 この事実をしっかり認識させるために、ここで話を切った。

 そして、射るように理事長を見つめると、彼は、わかったというように頷いてから視線を下に向けた。それを見て、声を強めた。


「しかし、弊社は自社の利益のためにKIZUNAステーションを運営しているわけではありません。洋楽全体の再興を目的としているのです。そのことは最初にご説明した時に申し上げました。そして、これが最後のチャンスだとも申し上げました。しかし、理事長の返事は冷たいものでした。お金が無いから無理だと言われたのです」


 当時のことを思い出させるように話を切った。

 そしてもう一度射るように見つめると、今度は居心地がかなり悪そうに顔を歪めたが、理事長が視線を外すことはなかった。


「しかし、そのことは水に流してもいいと思っています」


 再度大事なことを思い出させるように、努めて冷静さを保って言葉を継いだ。


「先ほども申し上げましたが、今現在、他社の出資は必要ありません。弊社単独出資でなんの問題もありません。十分にやっていけます。ですので、洋楽振興会からの出資はまったく必要としておりません」


 すると理事長の顔が歪むのがはっきりとわかった。


「この件をどうすべきか、社長の轟に報告し相談をしました。説明をじっと聞いていた轟は、わたしの判断に任せると言いました。但し、エレガントミュージック社の専務取締役としてではなく、業界人の立場で判断するようにと釘を刺されました。わたしはそれを重く受け止めました。その意に沿うために熟考しました。そして、出資比率についていくつかの案を考え、何度も検討しました。その結果、最終的に導き出したのが67:33だったのです。そしてこの案で轟の承認を得ました。なんの付帯要求も付けずに理事長が承諾していただければ、今月の取締役会に諮ることにしております。しかし、先程のように取締役の選任に関する付帯要求が付けば、この話はなかったことにせざるを得ません。いかがいたしましょうか」


 その途端、理事長はこれ以上はないというような渋面になった。口は真一文字に結ばれていた。


 もうこれ以上こちらが言うことはなかった。

 彼が口を開くを待つだけだった。

 だから、心は平静だった。

 YESなら握手をするが、NOならケツをまくればいいのだ。

 他に何も考えることはなかった。


 すると、こちらがこれ以上何も言わない気だと悟ったのか、理事長が口を開いた。しかし、その口から出てきた言葉はぞんざい(・・・・)という以外、言いようのないものだった。


「しようがない。それで手を打ってやるか」


 恩を着せるような上から目線の発言だった。

 その瞬間、むかついた。


 なんだ、その言い草は。

 人が下手に出ているのをいいことに調子に乗るんじゃない。

 バカにするのもいい加減にしろ!


 今度こそケツをまくるしかないと意を決した時だった。またしても轟の顔が思い浮かんだ。彼女は、『ケツをまくったらあなたの負けよ』と言っていた。『我慢が勝者よ』とも『名を捨てて実を取れ』とも言っていた。『馬鹿に付ける薬はない』という声も聞こえた。


 なるほどね、


 胸の中の怒りは急速に萎んでいった。こんな奴を相手に喧嘩するのが馬鹿々々しくなった。


「ご理解賜りましてありがとうございます。ではこの案で取締役会に諮らせていただきます。御会におかれましても理事会に諮っていただきますよう、よろしくお願い申し上げます」


 丁寧に頭を下げて立ち上がり、理事長室のドアを開けた。

 そして振り返ってもう一度丁寧に頭を下げ、静かにドアを閉めた。

 その瞬間、心の中で「くそ狐狸(こり)ジジイ!」と叫んで、頭の中で奴を裸絞めにし、失神させた。


        *


 エレガントミュージック社の取締役会、日本洋楽振興会の理事会双方において承認が為され、67:33の出資比率でKIZUNAステーションが新たなスタートを切ることになった。

 須尚は両社のまとめ役の任に付き、毎月両社の意思決定機関で経営報告をすることになった。そのことにより、日本洋楽振興会からどうでもいいような雑音が入るようになったし、それを先導する理事長に嫌悪を覚え続けたが、共同出資による成果も出始めた。業界挙げてのプロモーション計画が策定され、年間スケジュールが決定されたのだ。それに沿って業界各社が活発に動き始めると、呼応して販売側もキャンペーンを打ち始めた。制作側と販売側双方によるジョイント・イベントも行われるようになった。不振を極めていた洋楽が本格的に息を吹き返すための花火が次々と打ち上げられていった。

 しかし、安心するわけにはいかなかった。大輪の花を夜空に咲かせるまでは気を緩めることはできない。自らを鼓舞するように両手で強く頬を打って気合を入れ直した。



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