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(5)業界人として

 

 1か月後、複数のバンドのオーディションを終えてデスクに戻ってきた時、交換から外線の電話を告げられた。

 知った名前だった。

 繋ぐように交換手に告げて、声を待った。


「ご無沙汰しております」


 受話器から慇懃無礼(いんぎんぶれい)な声が聞こえてきた。日本洋楽振興会の理事長だった。


 なんの用だ? 


 思わず身構えた。


「お忙しいと思いますので早速本題に入らせていただきますが、よろしいでしょうか」


 気持ちが悪いくらい丁寧な口調だった。


「FM局の出資の件ですが、理事会で検討した結果、前向きに進めることになりました」


 は~? 

 今頃なに言ってるの?


「つきましては、ご都合のよろしい時にお目にかかりたいのですが、いかがでしょうか」


 なに勝手なこと言ってるの?


「わたしといたしましては、××日と△△日にしていただければありがたいのですが」


 さっきご都合のいい日って言ったんじゃないの? 

 なのに、自分の都合を押しつけてくるなんて、なに考えてるの?


「今決めていただけるとありがたいのですが」


 バカヤロー! と声に出してガチャンと電話を切りたかったが、業界の代表者と縁を切るわけにもいかない。怒りをぐっと飲みこんで冷静を装った声を出した。


「予定が立て込んでおりますので今すぐに決めることはできませんが、検討させていただいて明日にでもご連絡いたします」


「そうですか……」


 相手は不満そうな声を漏らしたが、「では、失礼いたします」と構わず通話を終わらせた。

 それでも気持ちが収まらなかった。再度持ち上げてプープーという音を確認してから、「クソバカ野郎!」と大きな声を出して、今度は受話器を叩きつけた。


        *


「信じられますか?」


 その翌日、轟に向かって機嫌の悪い声をぶつけた。多分ふくれっ面になっていたと思う。


「そうカリカリしないで。須尚さんの気持ちもわかるけどね」


 弟を諭す姉のような口調だった。


「そう言われてもカリカリしますよ。話を持っていった時には、金が無いから無理だ無理だと言っていたのに、KIZUNAステーションが好調にスタートしたのを見た途端、掌を返したように出資したいだなんて、冗談じゃないですよ」


 轟は何も反応しなかった。こちらの気持ちが落ち着くのを待っている様子だった。

 それを感じたので、コーヒーカップに手をかけて、ブルーマウンテンをゆっくりと喉に流し込んだ。


「それで、どうしたいの?」


 機先を制された。どうすればいいか轟の意見を聞こうとしていたのだ。


「断りたいのが本音です。それもバッサリと」


 またムカついてきた。残りのコーヒーを今度は一気に飲み干した。


「業界人としては?」


 えっ、


 痛いところを突かれた。経営者としては? と訊かれたら本音と同じですと答えられたのに、業界人としては? と訊かれると、そうも言えない。


「何を言わせたいんですか?」


 攻められているだけでは面白くない。時々は攻め返さないと。


「何も」


 あっさりとかわされた。それでも、すぐに返事をするのもしゃくなので、時間稼ぎにコーヒーカップに手を伸ばした。

 でも、空だった。忘れていた。すると、轟は口をつけていない自分のカップをこちらの方へ動かした。


「わかりました。出資を受け入れればいいんでしょう」


 今度も返事はなかった。

 続きを言うしかなかった。


「但し、67パーセントの議決権保持は譲れませんよ。彼らに勝手な真似はさせたくないですから」


 轟はにこやかな表情で頷いた。それでいいというサインだった。



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