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(2)卒業

 

 その2週間後、REIZを連れてアメリカに渡った。

 サードアルバムの録音のためだ。

 と同時に、キーボーの卒業祝いをするためでもあった。


        *


「卒業、おめでとう」


 キーボーに向かってシャンパングラスを高く掲げた。タッキーとベスもシャンパングラスを、そして、麗華と令がジンジャーエールの入ったグラスを掲げた。


「ありがとう」


 ホッとしたような表情でキーボーがグラスを合わせた。しかし、目は落ち込み、頬は削げ落ち、骨と皮だけの顔になっていた。


「ガイコツみたいだろ」


 自嘲気味に呟いた。

 誰も笑えなかった。

 彼の顔の変化は、クイーン・クリムゾン再結成アルバムに賭けるバンドメンバーの妥協なき要求と、それに応える完璧な仕事を物語っていた。1年以上もスタジオに閉じこもって妥協を許さない仕事をし続けていたのだ。どれほど過酷だったか。


「これからどうするんだ?」


「……まだ……、何も決めていない」


 ガイコツのような顔で呟いた。

 すると令が労わるように「ゆっくり、のんびりすればいいよ」と優しく声をかけた。

 キーボーは微かに笑みを浮かべて応えた。


「とにかく、音楽から離れる」


 その言葉には、開放感以上の寂しさが含まれているような気がした。


「実はな、」


 最上から聞いた話を伝えた。


 彼は難聴治療薬NMEの第一相臨床試験をアメリカで計画していた。チンパンジーでの動物実験はマウスやラットと同じ結果となり、有効性と安全性が確認されたのだ。

 その上、ニタス博士のグループによってNMEの作用機序が完全に解明された。基本骨格の中に毛の再生を促す作用を持つ構造部位と再生を初期の段階で止める作用を持つ構造部位の2つの部位があるのを突き止めたのだ。

 これで、有毛細胞の毛が再生後太くなりすぎて〈聞こえすぎによるショック死〉に陥る心配がないことを完全に証明できたことになる。

 これらの結果を受けて、被験者となる少数の健常人の募集を始める準備が始まっており、最上は、その被験者の一人としてキーボーを考えていると言った。


「チンパンジーでの実験結果を人に当てはめてみると、有毛細胞の毛の再生は2年後になる可能性が高い。だからこの薬の治験は長期に渡る可能性があるが、参加を検討してもらえないだろうか」


 一般的な第一相臨床試験は少数の健常人に対して主に安全性を確認する。同時に、吸収、排泄などの薬剤代謝などを調べるが、キーボーが試験の募集に応募し、同意書にサインすれば、彼を第一相臨床試験から参加させることが可能であるとのことだった。


 それを聞いて、キーボーをなんとしても参加させなければならないと思った。何故なら、キーボーの難聴はかなり進行していたからだ。聞き取れないことが多々あり、耳に手をかざす仕草を何度も繰り返していた。


「これが公表された試験計画書と同意書だ」


 キーボーに書類を渡すと、ある個所を読んでいる時に顔が曇った。


「試験中はアルコールの摂取禁止……」


 そこで、目が止まったままになった。


「丁度いいじゃないか。難聴とアルコール依存の同時治療ができて」


 彼はすぐさま言い返した。


「俺はアルコール依存じゃない!」


 それを聞いた令が、それ本当? というような表情を浮かべて父親の顔を覗き込んだ。


「アルコール依存者は自分のことをアルコール依存じゃないと言い張るらしいよ」


 すると、余計なことを言うな、というように睨みつけたキーボーだったが、「音楽から離れて、アルコールから離れてか……、それもいいかもな」と寂しそうに笑った。


 その反応を見て、すかさずもう一つのことを告げた。

 それはニタス博士による驚くべき提案だった。


「環境をガラッと変えてみないか?」



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